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妖怪の妻になってしまった男  作者: 夢想花
妖術
3/13

3.妖術

 食事が終わると、妖術の練習を始めた。

 妖怪も子供のころは妖術が使えず、親に教えてもらうことによって使えるようになるらしい。

 基本的な妖術は教えてもらうことによって誰でもできるようになるが、特殊な妖術は個人差が大きく元々持っている妖力に大きく依存するそうだ。もともとその妖力がなければどんなに練習しても使えるようにはならない。

 妖術は精神集中の仕方でいろんな術が使えるようになる。妖術を学ぶとはこの精神集中の仕方を教わることになる。

「精神を集中するんだ、宙に浮いている所をイメージする」

 ゾージャは宙に浮いてみせてくれた。

「やってみろ」

 精神を集中してイメージしてみるが浮き上がらない。

「目は右上を見る感じ、でお腹に重い石を抱えて、足を少し曲げた感じでやってみて」

 ゾージャは精神の持ち様を言葉で説明する。

 今井がナキータが右上を見ると。

「いや、実際に右上を見るんじゃなくて、気持ちの持ち方、さあやってみて」

 この説明はものすごく分かりにくい、

「どうすればいいのか、ぜんぜんわかりません」

「だから、感覚だよ、頭でイメージするんだ」

 やってみるがうまくいかない。

「手を少し曲げてみて」

 ゾージャはナキータの腕を持って少し曲げる。

「お腹の石はかなり重いやつ、そうこの机くらい、で左上を見て」

「えっ、右上じゃないの?」

「いや、左上だよ、そういったろ」

「さっきは右上と言ったよ」

 ゾージャの説明は毎回微妙に違う。

「それで、体を少し前かがみで」

 妙な姿勢になった、からかわれているのかもしれない。

「ゾージャ、からだの形ってそんなに微妙なの?」

「ああ、大事なんだ。それで、足はもう少し開いて」

 言われたとおりにする。

「それで、石を抱えている感覚で、さあ、やってみて」

 やってみると、足が床からすうと離れた。

「浮いた」

 今井は思わず叫んだ。

「できた、できた」

 今井はゾージャを見た。彼もうれしそうだ。彼の指導は、あながちデタラメではなかったみたいだ。

 一旦浮き上がれるようになると、飛ぶのは簡単だった、宙を移動してみる。そう思うだけで思う所に移動できる。

 ちょうど水中を泳ぐような感じでテーブルの下をぬけてみた。天井まで登って天井に腹ばいになって天井板をたたく。

 ゾージャが横に飛んできて一緒に天井に腹ばいになった。ナキータが天井をたたくとゾージャもたたく。二人で大笑いになった。

 今井はうれしくてたまらない。部屋の中を飛び回るとゾージャがそれを追いかけた。

 食堂を飛び出して家中を飛び回りながら鬼ごっこが始まった。ナキータは台所、広間などを笑いながら逃げまわった。ゾージャが追いかけてくるがきわどいところでかわして逃げる。納戸の天井で逃げ場がなくなってゾージャに捕まった。

 ゾージャはナキータを捕まえるとぐっと抱きしめた。そしてキスをした。

 今井も、そんなに嫌がってはいられない。毒食らわば皿までだ。今井はゾージャにキスを返した。

 ゾージャはナキータを抱きしめたまま二人は宙に浮いていた。

 彼はナキータの目を見つめている。

「ナキータ好きだ」

 彼はキスをした。いつまでたってもキスをやめない。手はナキータの体をさわり始めた。来るときがきた。我慢しなければならない。

 ゾージャは唇や耳にはげしくキスをする。男にキスされるのはやはり気持ち悪い。今井は我慢してじっと耐えていた。

 ふとゾージャを見ると彼はナキータの目をじっと見ている。

 彼はナキータを抱きしめていた手を緩めた。

「俺を警戒しているのか?」

 今井の困惑の気持ちがナキータの目に出ていたのだ。

「いえ、あの、何も覚えていないから、いきなりこうなっちゃうと・・・」

 彼はしばらく黙っていたがナキータを抱いて床に降りた。

「そうだろうな、わかった。君がもっと慣れるまで、待つよ」

 ゾージャはやさしい男だ。待ってくれた。


 幸いなことに、ナキータの部屋があった。

 今井は自分の部屋に入った。一人になると、やっと演技から開放され、疲れがどっと出てきた。しかし、とりあえずここで生活していくめどがついた。空も飛べるし、そこそこ楽しめるかもしれない。

落ち着いて部屋を見てみた。広い部屋で家具がたくさん置いてある。ガラス戸があってその外はテラスになっていた。

 テラスに出てみた。

 すばらしい景色だ。山々が夕日を浴びて赤く染まっている。

 テラスには手すりがない。テラスの端に立って下を見ると断崖になっていて足がすくむ。ここに手すりがなく板の隙間も広いのは彼らが空が飛べるからだ。彼らには落ちるという概念がないのだ。

 山々には転々と赤い家が建っている。ここみたいな妖怪の家らしい。彼らは空が飛べるので平地に密集して住む必要がないのだ。だから景色がいい山の上に住んでいるのだろう。

 すうと浮き上がって家から離れてみた。テラスを越えると足元に断崖が広がる。思わず身がすくむ。空が飛べるという理性とは別の所で高さに恐怖を感じる。離れるにつれて家の全体が見えてきた。急な山の斜面に家が建っている。よく落ちないなと思うような場所だ。家は奥行きが少なく、正面にたくさんの部屋があって、すべての部屋から景色が見えるようになっている。

 今井は部屋に戻ってきた。大きなベットが置いてある。人が5人は寝れそうな大きなベットだ。横には鏡台があったので、前に座ってみた。

 始めて等身大で自分の姿を見た。信じられないくらいかわいい。あどけないところがあって年齢よりはるかに若く見える。10代と言ってもいいくらいだ。その一方で妖艶な色気がある。あどけない目をしているのだが鋭い所がある。

 微笑んでみた。鏡の中のナキータが今井に微笑む。微笑んだ顔はまた格別にかわいい。

 今度は鋭い目で見つめてみた。鏡の中のナキータが今井を鋭く見つめている。鋭い顔もまたかわいい。

 いつまでやっていても飽きない。今井は28才で彼女はいない、こんなかわいい娘に微笑みかけられたことなどない。でも、彼女はいくらでも好きなだけ微笑んでくれる。

「失礼します」

 今井があほなことをやっていると、廊下の方から声がした。

 扉が開いて、女性が入ってきた。清楚な感じのするすらっとした美人だ。

「ナキータ様、お帰りなさい」

「どなた?」

「私は侍女のミリーといいます、ナキータ様のお世話をいたします」

 彼女はにっこり微笑む。

 さっきゾージャが言っていた侍女だ。彼女は理知的でその目からは強い性格を感じた。少しおっとりした所があるゾージャと比べて彼女の方がだますのは難しそうだ。すぐにナキータでないと見破ってしまうかもしれない。今井は緊張した。

「あの、ナキータです、よろしくお願いします」

 自然と丁寧な挨拶になってしまった。

「いえ、私は侍女ですから、そのように丁寧にされなくてもいいですよ、それに、ナキータ様が封印される前からお仕えしていますから、存じ上げています」

「すみません、なにも覚えていないんです」

「お着替えされませんか?」

 ミリーは聞く。

「着替える・・・なんと着替えるんですか?」

「失礼ですけど、その着物かなりすりきれています」

 自分の着ている着物を見てみた。確かにこれを3年着ていたはずだ。袖を見るとすりきれてぼろぼろになっている。

「ああ、じゃあ、そうしよう」

 話し方が難しい、相手は使用人だから少しいばった感じで、しかも女の話し方で話す。

 ミリーは扉を開けてどこかに入っていく。彼女について入ってみるとそこは納戸だった。

 たくさんの着物が着物掛けに掛けられて置いてある。ものすごい量だ。

「どうです、これ、全部ナキータ様のお着物ですよ」

 ミリーはさぞナキータが喜ぶだろうと思って言う。

 今井はまわりを見回した。女ならこれだけ着る物があったら嬉しいのだろうが、今井はまったく興味がなかった。

「どれになさいます」

 着るもの選びが一番楽しいといった雰囲気でミリーが手を広げた。

 しかし、こんなにあると選ぶのは大変だ。

「ミリーはどれがいいと思う」

「では、これなんかいかがですか」

 ミリーは落ち着いた柄の着物を取り出した。悪くない。いい柄だ。

「ああ、では、それで」

 今井はミリーが指示する通りに動くことにした。その方が無難だ。なにか聞かれた時も逆にミリーに聞き返してミリーの言う通りにすればいい。


 着替えが始まった。ミリーにどんどん脱がされていく。

 携帯電話とか財布はナキータが持っていた袋に入れて首から下げてある。これだけは自分で外してベットに置いた。

 全部脱がされて素っ裸になってしまった。ナキータの裸が見える。なんかはずかしいようなうれしいような気分だ。ナキータはすばらしい身体をしている。胸も大きかった。

 次は着なければならないが、妖怪の着物は紐がたくさんあってどう着ればいいのかわからない。まるで子供のようにミリーに着せてもらった。

「はい、完成です」

 ミリーはナキータを鏡の前に連れていく。

 鏡に写ったナキータはそれはかわいかった、着物がよく似合う。

 この着物は帯や紐を使って着るのだが、日本の着物とかなり違う。ふっくらとした感じになっていて長い袖がある。

 今井は袖を振ってみた、鏡に写るナキータの袖がかわいく動く。

 こんなかわいい着物が着れるなんて女も悪くない。今井は始めて自分を着飾る楽しさがわかってきた。

 うれしそうなナキータを見て、ミリーも笑顔を見せた。

「お記憶がなくて、さぞ不安だと思います。わからないことは何でも私にお尋ねください」

 なんと答えたらいいか分からない。

「ありがとう」

 と言ってみたが、どこかピント外れだ。

「私はナキータ様がゾージャ様と結婚された時からお仕えしています。だから、私には何を話されても大丈夫ですよ」

 ミリーはナキータが必要以上に緊張しているのを感じ取ったのかもしれない。

 しかし、これにもなんと答えたらいいか分からない。

「ありがとう」

 と言ってしまった。間の抜けた返事になってしまった。


「もう、人間界には行かれない方がいいと思います」

 お茶の準備をしながらミリーが言う。

 人間界とは今まで今井が住んでいた普通の世界のことらしい。だいたい、ここは何なんだろう地球上のどこかなのか、それともぜんぜん違う所なのだろうか。ここは何なのか聞きたかったが、彼らからすればここが普通の世界だろうから、逆に聞いた方がいい。

「人間界って、私が封印されていた所のこと?」

「そうですよ、怖い世界です」

 怖いとはどんな認識なのかわからないが、それは置いといて。

「人間界って、ここと何が違うの?」

 ミリーは説明のためにちょっと考えた。

「もちろん人間が住んでいる世界です。人間界は自然に出来た世界です。はるか昔から人間や妖怪が生まれる前からある世界なんですよ」

 これで説明は終りと言うようにミリーはナキータを見た。

 これでは肝心の、ここの世界のことがわからない。

「ここは違うの?」

「ここは私たちが結界で作った世界です。昔は私たちも人間界に住んでいたんですよ。それが結界世界を作って私たちはここに住むようになったんです」

 なるほど、すごい話だ。自分たちで自分たちの世界を作ってそこに住む。自分たちで作った世界なら公害も自然破壊もなにも心配ない。


 ミリーはかいがいしく世話を焼いてくれる。今井は1人になりたかったがミリーはなかなか部屋から出ていかない。

 小さなテーブルがあって、今井はそこに座ってミリーが入れてくれたお茶を飲んでいた。

 ここからは窓の外が綺麗に見える。夕暮れの山々がまだ明かりが残っている空を背景にそそり立っている。

「暗くなってきましたね、明かりを点けましょうか?」

 明かり、ここに電気があるのだろうか。

「ええ」

 今井が答えると、ミリーが手を動した。すると天井全体が明るくなった。電気の照明とちょっと違う感じだ。

「どうやっているの?」

「発光の妖術です」

 ここはなんでも妖術で出来てしまうらしい。

 明るくはなったが、やはりミリーはナキータの横にじっと立っている。

「お菓子でもお持ちしましょうか?」

 ミリーが聞く。

「いえ、いいわ」

 今井は1人になりたかった。もう緊張は限界に来ていた。しかし、ミリーはナキータの横にじっと立っている。

 ナキータから下がるように指示しないとミリーが自分から出て行くわけにはいかないのかもしれない。

「あの、ちょっと疲れたんですが」

 言い方が難しい、今井は意味不明のことを言った。

 しかし、ミリーはすぐに意味がわかった。

「お一人になりたいんですね」

 ミリーは頭を下げると扉から出て行きかけたが、ふと立ち止まって。

「私が邪魔な場合は遠慮なくそうおっしゃて下さい。私は侍女です。遠慮なんか必要ありません」

 そう言って彼女は扉を閉めた。

 やっと1人になれた。

 ベットの上に横になった。緊張から開放されて身体の筋肉が緩んだ。

 これからの事を考えていたが、いつの間にか眠ってしまった。


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