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妖怪の妻になってしまった男  作者: 夢想花
妖術
10/13

10.魂の移動術

 次の日。マドラードがやってきた。

 彼は断っても断ってもやってくる、今井も根負けして彼を部屋の中に入れた。

 彼は、ねずみがたくさん入った籠をテーブルに置いた。

「これだけねずみを捕まえるのは大変だった」

「どこで、捕まえてるの?」

「人間界。穀物倉庫の中にねずみがたくさんいるんだ」

 マドラードはナキータのためのここまでしてくれるのだ。彼とどう付き合うか考えてしまう。

 彼はナキータを楽しそうに見ている。

「今日の君は綺麗だ」

 ナキータはこの前ゾージャに買ってもらった着物を着ていた。褒められて思わず微笑んでしまう。

「これ、新しく買ったの」

「よく似合ってる、君は何を着ても上手に着こなすね」

 着こなしてなんかいない、ナキータは何を着ても似合うのだ。マラドーラと話しているといると楽しい。今井はすっかりゾージャが今家にいることを忘れていた。

 突然、扉が開いてゾージャが入ってきた。彼とマドラードと目が合った。

 ゾージャは驚愕の表情で二人を見ている。

 マドラードが頻繁にくるので不用心になっていた。ついに見つかってしまった。大喧嘩になってしまう、決闘になるかもしれない。

 ゾージャは凍りついたように二人を見ていたが、何を思ったのか、扉を締めて出ていった。

「ゾージャ」

 今井はあわててゾージャの後を追った。なぜ、ゾージャが出ていったのか分からないが彼に謝らなくては。

「ゾージャ、誤解よ。なにもしていない」

 ゾージャは足早に歩いて行く。

「ゾージャ、待って」

 ゾージャの袖をつかんで懸命に引っ張った。彼に悪いことをしたという思いでいっぱいだった。

「ゾージャ、悪かったわ。あやまる」

「もう、いいよ、1人にしてくれ」

「ゾージャ、誤解よ、彼に魂の妖術を教えてもらっていただけ。ゾージャが教えてくれないから」

 彼は後ろを向いたまま立ち止まった。

「言わなかったけど、君はマドラードが好きなんだ。俺とはもう終わっていた」

「マドラードから聞いたわ。詳しくはミリーから」

 彼は悲しそうな目でナキータを見た。

「俺は、君が記憶をなくした事をいいことに、君を騙したんだ・・・。卑怯な男だ」

「マドラードは断ったわ。今のは、本当に妖術を教えてもらっていただけ」

「断った?」

 ゾージャが不思議そうな顔をしている。

「本当よ、だから、彼とはなんでもないの」

「それは、いけないよ。俺は君を騙していたんだ。本当は君は俺が嫌いなんだ」

 本当のナキータはそうだったのかもしれないが今井にはなぜかゾージャが好きだった。いい奴だ。

「ゾージャ、好きだよ」

 彼は戸惑っている。

「俺は君を自分のものにするために、君を騙すような男だぞ。そんな奴が好きなはずないだろう」

 ゾージャには昔のナキータとの喧嘩の傷があるのだろう。事実が分かればナキータが自分を嫌いになると思っている。

「ゾージャ、自信を持って。私、ゾージャが好きよ」

 自分はナキータではないのだから言い方が難しい。愛してるとは言えない。ただ、ゾージャとこれまでのような関係を続けていきたかった。

「ナキータ」

 彼は目に涙をいっぱいにためている。嬉しそうだ。こぼれ落ちる涙を拭っていたが。ふと、彼はナキータの後ろを見た。誰かいるみたいだ。

 振り向くと、マドラードがいた。

「立ち聞きするつもりはなかった。君がゾージャに殴られるんじゃないかと思って追ってきたんだ」

 彼はゾージャにちょっと会釈すると、廊下を帰っていく。

 今井は彼の後ろ姿を見送っていた。自分が優柔不断なために彼にも迷惑をかけた。彼を気持ちを利用して彼を都合のいいように使ってしまった。俺ってひどい悪女だ。


 数日がたった、

 今井は自分の体の様子を見に行くことにした。できれば攻撃してきた相手の事も知りたかった。

 人間の女の服に着替えた。

 スカートをはくのは女装をしているようでどきどきする。着替えが終わると鏡を見た。スカート姿もいい。ナキータは何を着ても似合う。

 外は珍しく曇っていた。ここは晴れている日が多いのだ。

 病院へ着くと病室へ行った。

 相変わらず同じ状態だった。自分の身体はチューブを鼻に通して眠っている。

 自分の身体の横にすわって眠っている自分を見た。少し痩せたようにも見える。床擦れなどは大丈夫なのだろうか。

「その人、相変わらずだねえ」

 隣のベットの沖田さんが声をかけた。

「そうですねえ」

 まずは気のない返事をした。しかし、先日の法力使いとの戦いの状況が知りたい。それとなく法力使いにの話にもっていった。

「そうだ、ナキータ退治作戦はどうでした?」

「ナキータは思いのほか手強い妖怪じゃ。返り討ちにあった」

「えっ」

 驚いたふりをする。

「一人殺られた」

「ええ、殺られったって、死んだんですか?」

「いや。ただ。左足が動かなくなってな。今入院中だ」

「左足が?」

 よかった。死んでいなかったんだ。でも魂を一部食べると体の一部が動かなくなるらしい。

「今度はもっと大勢で攻撃をかける計画じゃ。今、人を集めている」

 一瞬、魂の味を思い出した。攻撃を受ければまた魂が食えるかもしれない。そんな思いが頭をよぎる。恐ろしい考えだ。あわってその思いを吹き払った。

「そこまでして殺らなければならないんですか?」

「絶対にナキータは封印する。あいつは許せんのじゃ」

 ナキータはよほど恨まれているらしい。

「いつまで封印するんですか?」

「もちろん死ぬまでじゃよ」

「死ぬまで、なぜすぐに殺さないんですか?」

「妖怪を殺しても、その死体から新しい妖怪が出てくるんじゃ。封印して妖力を全部使いきらせると妖怪は消滅してしまう」

「そうなんですか。でもそれって残酷じゃないですか」

 沖田はわらった。

「妖怪じゃぞ。残酷なことがあるもんか」

 今井はあの狭い穴に死ぬまで閉じ込められると思った時の恐怖を思い出した。

「妖怪だってかわいそうです」

「人間を殺してその魂を食べるような奴じゃぞ。あんたの彼氏だってそいつに殺られたんだ。それなのにかわいそうだと思うのかね」

 ナキータだって悪気があるわけじゃない。魂がこんなにおいしいんなら我慢できないのも無理はない。今井は思わずそう考えてしまった。

「残酷な殺し方には反対です」

「どこが残酷なんじゃ」

「あんな狭い穴の中で過ごさなきゃいけないんですよ」

「妖怪が苦しむことはない。自然に消えるように消滅するだけだ」

 勝手な考え方だ。妖怪の事を知らないからそんなことが言えるのだ。

 自分は人間の味方なのか妖怪の味方なのか分からなくなった。今、妖怪と人間が戦争を始めたらどちらにつくだろう。人間につくと言える自信はなかった。


 その日の夜。今井はベットの上で横になって眠ろうとしていた。

 すると、指先がぴりぴりする。法力の攻撃だ。

 今井は緊張した。大丈夫だとは思うが、今度は相手だって今井の反撃を防ぐ方法を考えたはずだ。

 すぐに戦闘体制に入る。精神を集中し法力を遡って相手の様子を探る。

 法力を使った戦いはこれで3回目だ。法力の使い方は格段に上達していた。自由に法力を使うことができる。簡単に相手の様子がつかめた。相手は30人くらいいる。それが同時に法力で攻撃をかけてきていた。躊躇していたら封印されてしまうか今すぐ殺される。全力で戦わなければならない。相手を殺すかもしれないが止む得ない。が、内心は魂を食べる口実ができた事を喜んでいた。

 すぐに相手の魂を探った。相手は何も対策を講じてなく簡単に魂に触れた。すぐに吸い出す。たくさんの魂が吸い出されてきた。口の中に甘い味が広がる。えもいわれぬ恍惚感。ここまでおいしいとは。人間の魂が胃の中に入っていく。今井は我を忘れ魂を食べるのに夢中になってしまった。

 突然、法力使いと繋がっていた法力の回路が切れた。

 魂も来なくなり、今井は魂が食べれなくなった。やっと正気に戻った。

 方法は分からないが、ナキータに逆襲されたら法力の回路を遮断する準備をしていたのだろう。それで切れてしまったのだ。

 正気に戻ると、急に自分が恐ろしくなった、今度は自分ではやめられなかった。もし、回路が切られなかったら全部食べてしまっただろう、30人殺すところだった。

 魂を食べ始めると自分じゃなくなり、ナキータの本性に取り付かれてしまう。

自分が止められなくなりそうだ、魂 食べたさに人間を襲うかもしれない。

 しかも、人間の法力使いもナキータにかなわない、法力が使えるから妖怪もかなわない、誰も手出しできない化け物が出来かかっているのかもしれない。

 次は間違いなく相手を殺すだろう、これ以上魂を食べてはいけない、食べる度に化け物になっていく。

 法力使いに会って話がしたかった、今井はもう魂を食べるつもりはないのだから話せばわかってくれるかもしれない、でもどうやって会うか、沖田さんでは自分の体が心配なので危険な話は持ち込めない。

 ふと、法力使いに会う方法を思いついた。会えるかもしれない。


 次の日。今井は人間界に向かった。今日はナキータとして人間に会うつもりだから妖怪とわかるように妖怪の着物をきた。

 人間界に着くと携帯電話のスイッチを入れてニュースのサイトを見てみた。『宗教的儀式の最中に集団麻痺』の見出しがあった。これだ。30人も麻痺がおこって病院に運ばれたらニュースになるはずだ。

 記事では死者はいないらしい。とりあえず安心する。搬送された病院が書いてあったので、そこへ行ってみた。病院の前は取材の車やパトカーが駐まっている。受付で病室を聞いても教えてくれなかった、しかし、記者や警察が出入りしている病室を探せばいい。

 それらしい病室があった。明らかに警察と思えるような険しい顔をした人が数人病室から出ていった。その病室に入ってみた。

 6人部屋なので誰が法力使いか分からない。しかし、法力使いなら今ナキータが着ている着物が妖怪の着物だとわかるはずだ。ぐるっと見回した。一人の男と目があった。彼はナキータを見て驚いている。

 今井はその男のベットの横に行った。彼は恐怖の目でナキータを見つめベットの端へ逃げるようにもがいている。

「ナキータです」

 今井は言った。

 彼は口をぱくぱくしているが言葉にならない。

「話し合いにきました」

「殺さないで」

 彼はかすれた声でやっと言った。

「そちらが何もしなければ、私も何もしません。法力使いの方ですか?」

 彼はかすかにうなずいた。

「怖がらないでください。私は何もしません」

 ナキータがそんなに怖いんだろうか。彼女はどんな悪行を働いたのだろう。

「あなたは、法力使いの中で責任ある立場に人ですか?」

「いや。私は、応援を頼まれただけだ」

 できれば責任者と話したいが、意向を伝えるだけなら彼でもいいだろう。

「では、責任者に伝えていただきたいのですが、休戦を申し入れます。私は今後人間を襲いません。そ ちらも私を攻撃しない。この条件で休戦しませんか」

 彼はナキータを見つめている。少し落ち着いたようだ。

「休戦ですか?」

「そうです」

「しかし。あなたが、人間を襲わないという保証がない」

「休戦だから、そのような保証はありません。どちらかが約束を破れば再び戦いになるだけです」

「なぜ、休戦したいんです?」

「私はもう人間の魂は食べないと誓ったんです。でもこれ以上食べたらその誓いを守れそうにないんです」

 彼にどんな風に話すか考えた。少し脅す方がいい。

「もう誰もわたしを止めることができません。止めているのは唯一わたしの理性だけです。でも、これ以上、魂を食べるとその理性が崩壊しそうなんです。わたしの理性が崩壊したら、わたしは殺戮の限りを尽くすでしょう。それが怖いんです」

 彼は落ち着いて話を聞いていた。しっかりした人らしい。

「妖怪とこうやって話せるなんて思っていませんでした。ましてナキータと・・いやナキータさんと話すことがあるなんて夢にも思いませんでした。わかりました。伝えておきます」

「あした。結果を聞きにここへきます」

 わかってくれたみたいだ。これで、法力使いとの戦いはなくなるだろう、一安心だ。

 今井は人目につかないところから青空に向かって飛び出した。


 次の日、今井は休戦の確認に人間界へ行った。

 病院に着いたが、警察の車がたくさん来ている、廊下を病室へ向かったが人が誰も歩いていない、異様な緊張があった。

 罠なのかもしれない、そう思ったが、しかし、昨日のあの人は妖怪と話し合いができる事がわかったはずだ、待ち伏せなどしているはずがない、少なくとも話だけは聞いてくれるはずだ、そう思って廊下を進んだ。

 昨日の病室の前まで来た。突然身体に糸が絡みついてきた、法力の攻撃だ。やっぱり待ち伏せだったのだ、そんな卑怯な。

 今井はその場に座った、精神を集中する、だが距離が近いせいか法力の攻撃は強かった、糸が急激に絡みついてくる、あっと言う間に息ができなくなった。

 今井は懸命に相手の魂をさぐった、しかし、頑強にガードしていて魂に触れない。

 負けるかもしれない、あの狭い穴が一瞬脳裏をよぎった。

 恐怖を感じたら精神力の戦いは負けだ。今井はそんな考えを振り払い魂を吸うことに集中した。魂を食べれるとの思いが体の中から何かを引き出した、強力な妖力が魂を吸い始めた、彼らのガードは簡単に壊れ、魂が吸い出されてきた。魂の味が口の中に広がる、ものすごい恍惚感が今井を襲った、今井は完全に自制を失い魂をむさぼり食う。

 突然、頭を殴られ廊下に転がった。魂を食べるのは中断されてしまった。

見上げると、モップ棒を構えた男が目の前に立っていた。精神を集中するため目をつぶっていたので男に気がつかなかったのだ。

「この野郎」

 今井は魂を食べるのを中断され激しい怒りがこみ上げてきた、こいつの魂を食ってやる。魂を吸おうとしたが思うように精神が集中できない。もう一発モップ棒で殴られた。

 今井は立ち上がろうとしたが、体がしびれて思うように動かない。

 さっきの法力の攻撃で思ったよりダメージを受けているのだ。まずい、今、法力使いの新手が来たら対抗できない、すぐに逃げなければあぶない。

 今井はよろよろと立ち上がった、モップの男がこれ以上追ってこないように睨みつける。

 モップ男から離れて窓を開けた。空を飛ぶのも難しそうだった、しかし飛べなかったら終わりだ。

 渾身の力を集中して宙に浮いた、窓から外へ出て、よろよろと飛んで逃げた。

 モップ男の魂が食えなかったことが腹立たしかった、誰でもいい、力を回復したら食ってやる。

 ともかく安全な場所で休憩しなくては、今井はそう思った。


 今井は病院から離れた森の中で座って休憩していた。しびれも取れ体力も回復していた。

 時間がたったので魂を食べることへの呪縛はなくなっていた。

 今回もあの男が殴ってくれたからよかったが、自分では自制できない、一旦魂を食べ始めたらもうやめられない、どのくらい魂を食えばやめられるのだろうか、まったくわからない。化け物が出来かかっている。



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