喜びは二倍に、悲しみは半分に
◯登場人物
私 25歳
彼 25歳
お姉ちゃん 29歳
――友情は、喜びを二倍にし、悲しみを半分にしてくれる。
フリードリヒ・フォン・シラー
◇ ◇ ◇
人は、好きな人に振り向いてほしい時、喜んでほしいと思う時。態度だったり、メールや直接の言葉だったり、時には贈り物をしたりする。
それは私も例外ではなくて。私が付き合っている彼氏にしてもそうなのだ。
ただ、こういうのって難しいんだけど、相手にとってその好意が押し付けになっていたり、むしろ負担になっていたりすることもある。
逆に自分がそうされた時に、無下に否定したり、それを喜ばなかったら、相手はがっかりしてしまうんじゃないかと凄く気遣ってしまう。
価値観の違い? 性格の不一致? 好みがそもそも違う? う〜ん……なんていうか。そういう言葉だけでは表せないような、何か根本的なものがあるんだよね〜。
『週末のデート、ここに行かへん? パンケーキ好きって行ってたよな? 大盛り無料やで! お得やで〜!』
彼氏からのメールである。
パンケーキは好きだ。オシャレなお店も好きだ。可愛い食べ物も好きだ。でもなんでもいいわけじゃないし、大盛りを食べたいわけじゃない。お得さを求めてるわけでもない。
『あはは、そうやね。任せるよ〜。お昼はパンケーキなら、夜ごはんはあっさりにしないとやね』
それとなく、否定はしないように返す。
『えっ! 俺、焼肉食べ放題の口やったんやけど! 前に焼肉食べたいって言うてたやんか〜。あかん?』
焼肉食べ放題の口って、どんな口なんだよ〜!カバみたいな口なのかよ〜! と、心の中では毒づいているけど、実際に表に出すことはない。
『そういえば言ってたかもだね〜。うん、わかったよ。じゃあ週末ね』
私は今25歳だけど、なんとなく学生の頃から、もしくは小さい頃から人の顔色を伺うタイプだったのかもしれない。
ホントは自分とは合わないな、好みではないなと思っていても、周りの人達が決めたことだからと無理して合わせる。あぁでもこれは、私の自発性がないからというのもあるのかもしれない。
周りと違う意見を私が持っていたとしても、今それを言うことで嫌われてしまうんじゃないか。もしかしたら仲間はずれにされてしまうんじゃないか。
結局そういうことをぐずぐずと考えているうちに、物事は知らぬ間に決まっていくし、過ぎていく。
きっと、それを上手く過ごしていく術だと自分の中で納得させていたのかもしれない。言い方を悪くいうと言い訳にしていたのかもしれない。
――私は、これからもずっとこうなんだろうか?
◇ ◇ ◇
週末のデートは、予定通りお昼はパンケーキで、夜は焼肉食べ放題だった。
「俺、きっと喜んでくれると思って、実は前から予約しててんよ。まぁまぁ人気あるお店みたいやったからさ〜」
そうなんだ……ただ、申し訳ないんだけども、来ているお客さんって、パンケーキ10枚くらい平気で食べそうな感じの体格の方達が多いんですけど〜!! どんだけ〜〜!!
「あはは、そんなに人気なんだね〜。わざわざ予約してくれてありがとね」
「ええってええって。俺、喜んでほしいと思うからめちゃくちゃ調べるし、結構デートの前から考えたりとかするんやで。あまり言ってないかもやけど」
喜んでほしいと、思ってくれる気持ちは正直嬉しい……でも、なんか違うんだよなぁ……
パンケーキは、案の定凄いボリュームだった。
どんどんどん! と高くそびえ立ったパンケーキに、生クリームの城壁がこれでもかこれでもかと、立ちはだかる。
ゲーム好きの男子ならさぞかし攻略欲を唆られる難易度高めのパンケーキだっただろう。
「ごめん、ちょっと量が多すぎて……私、全部は無理かも……」
それでも、まぁまぁ無理しては食べたのだ。
「えぇっ!! せっかくスペシャルサイズのやつにしたのに〜! 俺、食べ物粗末にするの、あまり好きじゃないんやけどな……しゃーない、食べたるわ〜お皿貸して」
彼は不機嫌な様子で私の皿を受け取った。
え、これは私が悪いのか。食べられる量を頼んでくれたらいいんじゃないのか。
「ごめんね……」
なんとなく気まずい思いをしながらも、パンケーキの店をあとにする。
そのあと、少し街中をぶらぶらしたり、途中カラオケに行ったりと、それなりに楽しく過ごした。
「そろそろ、焼肉食べ放題行こか」
え。まだ私のお腹はパンケーキが、苦しいよう苦しいようともがいているんだけど。
「まだお腹そんなに空いてないんだけど……もし行くなら食べ放題はちょっと無理かも」
確実に今は無理だから、ここはきっぱりと言うことにした。
「えっ! せっかく予約してるのに! 俺ここ二週間前から予約したんやけど……」
それは私が頼んだわけじゃない。
「でも、さっきのお昼のパンケーキもかなり多かったし、今は無理だよ……」
彼の顔つきが変わった。
「無理ってなんなん!! 俺がせっかく良かれと思って色々手配してんのに、なんなんさっきから! 俺と行くのが嫌なん?」
私はなんでここまで言われないといけないんだろう。私が何をした? これは彼の自己満足じゃないのか。
「……もう、帰る」
「え?」
彼は私の態度が変わったのにびっくりしたようで、固まっている。
「もう帰るって言ってるの。もう押し付けの優しさなんてうんざり! 何か言うと、私が喜ぶから、私が喜ぶから、って。一度でも私に聞いてくれた? 私の意見聞いてくれた!?」
「え。だって、嫌なんて一言も言うたことなかったやんか……てっきりいつも喜んでると思ってた……」
私は止まらなくなってしまった。
「その時に私が否定したら怒るでしょ!? 現に今もそうだったでしょ? だからいつも顔色見て、機嫌を損ねないようにしてたんでしょ!? あなたに私の何がわかるの?」
完全に彼が黙った。
「今までありがとう。さよなら……」
「あ……来月の……」
「さよなら!!」
私は彼のことを見ることもせず、帰ったのだ。
いいんだよ、これで。このまま彼と付き合っていてもきっとあの人の言いなりになる道しか見えない。
私の生き方なんだから。
でも、なんでだろう。
こんなに心臓が痛むのは。
帰り際に一瞬見た彼の顔があんなに寂しそうだったのは。
◇ ◇ ◇
「ねぇ聞いてよお姉ちゃん!!」
『あー、どうしたん。また彼氏と喧嘩でもしたん?』
電話の相手は、私の姉である。私の四つ上の29歳の姉は、中学の時からの同級生だった男の人と結婚して、もう子供もいる。
「喧嘩とかちゃうよ! もう別れたんや! もうアイツ勝手ばっかりなんやから!」
『あら、別れたんや? めちゃくちゃ優しそうな彼氏さんやったんちゃうの?』
何回か姉にも会わせたことはあるのだ。もちろんその時は彼も猫をかぶっていたはず。
「優しいとかちゃうよ! ただの押し付けやねん! 人がパンケーキ好きや言うたらデカ盛りのパンケーキ連れて行ったり。焼肉食べたい言うたら、食べ放題連れて行ったり。私、そんなに食い意地はってないのに!!」
私は興奮冷めやらず、姉に当たり散らしていた。
『あはは、そうなんや。そりゃ好きって聞いたら、そのお店探したりするんちゃうの? それに量とか、食べ放題じゃなくていいなら、ハッキリあんたが言ったらいいんやない?』
「え? まぁ確かにそうなんやけど……でも、私が言うても全然聞いてくれへんし。なんか勝手に一人で考えて決めつけて。それって押し付けじゃないならなんて言うん?」
私は一緒に選んだり、一緒に見たりして、あれやこれやと相談したいのだ。だって選ぶ時の楽しみもあったりするから。
『押し付けじゃないなら……サプライズちゃう? アンタに言わんと秘密にしてて、驚かせたかったんちゃうの?』
サプライズ……あれ。いや、そんなはずはない。だって、ただただ多いだけのデカ盛りのパンケーキなんて私好みじゃないもん。まぁびっくりはしたけど……あれを一つ頼んで二人で半分ことかならちょうどいいかなとは思ったけど……
「お姉ちゃんって、旦那さんと喧嘩することって……ある?」
『そりゃあるで〜!! ほんましょーもないことで喧嘩もするし、子供のことでもするし。上手くいかんことなんか、星の数やで〜』
星の数っていくつくらいなんだろう……まぁたくさん、ってことか。
「そんなに喧嘩してるのに、仲はいいん?」
『う〜ん……仲いいって言うか。私とアイツの場合は中学くらいの付き合いやからアホなとこも知っとるし、逆に頼りになるなーてとこも知っとるし。まぁ、好きになることって、相手のことをどんだけ好きになる、ってこともあるんやけど。それよりも大事なのは、相手のことをどんだけ許せるか、ってことなんちゃうかな?」
相手のことをどれだけ許せるか……?
「でも、お姉ちゃん。許して許して。許しまくっても、相手がいつまでも変わらんかったらどうするんよ? 私ばっかり我慢するん?」
だってもう。自分を殺して、我慢ばっかりの生き方なんて嫌なんだもん。
『アンタはいつまでもそうやなぁ〜。まぁ小さい頃からそうやったもんな。相手がもしかしたら、アンタのことも我慢してることあるんちゃうか、って考えてみ? アンタが相手のこと我慢しとる、って言うのと同じくらい。まぁ種類は違うかもやけど、相手もそうしてる場合もあるで』
彼が私のことを我慢してる……? そんなわけないよ。そんなことあるわけ……ん〜、もしかしたらあるのかもしれない。
「でも、私は彼やないから、そんなんわからんよ」
姉は電話の向こうで爆笑している。
『当たり前やんか、そんなん! 人の気持ちなんて、心なんてわかるわけないんやから。でも……わかろうと努力することはできるやろ。あっ、そやそや、なんや昔の偉い人なんか誰か知らんけど、タメになる言葉があるんやけど聞く?』
「なんなん、タメになる言葉って?」
『友情は喜びを二倍にし、悲しみを半分にしてくれる……まぁ一人よりも二人でおったら、なんや嫌なことあっても聞いてもらったりしてちょっと楽になったり。楽しいこととか嬉しいこととか、あと美味しいものも、二人で食べたらもっと美味しいやろ?』
喜びは二倍に、悲しみは半分に。
なんだか、姉のその言葉は、私に何故かすっと入ってきた。
仕事で嫌なことあった時、彼はずっと私の愚痴を聞いてくれた。嫌な上司のことなんか、一緒になって怒ってくれた。
めちゃくちゃでっかいハンバーガーを、二人でかぶりついて、顔にソースがたくさん付いてお互い笑い合った。
『どうしたん? アンタ泣いてんの?』
「な、な、泣いてへんよ! あ……お姉ちゃん?」
『ん? どうしたん?』
「聞いてくれてありがと。彼といっぺん話してみるわ」
私は姉との電話を切った。
◇ ◇ ◇
それから数日後、私は彼と連絡を取って、二人ともが都合の良い週末に会うことになった。
「あ……久しぶり……だね」
私はなんとなく気まずくて、真っ直ぐ彼の顔を見れなかった。
「あんな……俺……ごめんっ!!」
え。彼は急に謝ってきた。
「あのあと、俺すっごくショックやって……なんか悪かったんかなぁって思って、友達に聞いてみたんよ」
なんだか、私と同じようなことをしてる。
「そう……なんだ」
「めっちゃくちゃ怒られてしもたわ。あんないい子怒らすなんて何しとんや、言うて。俺、ホンマに良かれと思って、色々考えて、そんでびっくりさせよと思って、してたんやけど。結局押しつけになってしまってたんやんな。聞くこともせんと」
あれ、なんか反省してくれてる……?
「ううん、私も悪かったんだよ。だってちゃんと私の気持ち言わなかったり、お任せする、ってばかりだったし。それに、それに……もちろんやけど全部嫌とかじゃないよ。すっごく嬉しいこともあるし。それにいつも私の話、聞いてくれることも嬉しいし」
彼は私のことを見つめている。
「俺、自分勝手やったんやと思う。これからは一緒に相談して決めよ? もちろん、バッチリ二人ともが合うことってなかなかないかもやから、その時は交代にするとか? あ、ごはん屋さんとかのことな」
まぁ、揉めるのはごはん屋さんのことが多い気がしたから、それはそうだ。
「うん、うん。私もこれからはちゃんと意見言うようにするね。ごめんね、いつも任せきりにしちゃってて。あ、あのね……これ、お詫びっていうか」
私はカバンに入れていた包みを取り出して彼に渡した。
「えっ! どうしたんこれ? プレゼント!? わっ! 手袋やん! めちゃくちゃ温かそう!」
「手袋確か薄いのしか持ってなかったかな、って思って……あ、好みのデザインじゃなかったらごめんね」
彼が、なんだかゴソゴソしている。
「あ……実は俺も……これはたまたま見つけただけなんやけど」
小さな紙袋を見た瞬間、私はびっくりした。
「え、これって……」
「なんかコマーシャルでやってて、ええなぁ〜、言うてた気がしたから。種類とかわからんくてごめんなんやけど……」
紙袋に入っていたのは、最近凄く流行っている美容器具メーカーの発売している、携帯用ブラシと、ヘアオイルのセットだった。
「私、めちゃくちゃ欲しかったやつ……凄く嬉しい。ありがと……」
「俺もありがとう! この手袋で冬越せそうやわ。あ、今日はご飯どうする? 好きなやつなんでもいいで」
なんでも、と言われると逆に困るけども……
「あ……嫌じゃなかったらなんだけど……前に一緒に食べた、すっごくでっかいハンバーガー。一緒にまたかぶりつきたいかも」
彼はにっこりと笑った。
「おぉ、おぉ、いいやん! あ、でも顔も手もベタベタになるから、ウェットティッシュ買ってから行こっか」
彼は私の方に手を差し出した。
「うんっ! あのね……」
「ん? どうしたん?」
私は色々言葉を考えてたんだけど。姉に教えてもらったことも言おうと思ったんだけど。なんだかたくさんの言葉は、彼の笑顔を見て、全部どこかへ飛んでいってしまった。
だから、一言だけ言おう。
「大好き!!」




