凸凹トリオ結成
私立聖ヴァルプルギス学園。
創立100年を超えるこの全日制の伝統校には、明文化されていないものの、全生徒の血肉に刻まれた不文律の「三原則」が存在する。
一つ、男子は凛々しくあれ。
一つ、女子は淑やかであれ。
そして一つ――「校則は絶対」であれ。
「――と、いうわけでね。我が校の輝かしい伝統と美徳を守るためにも、君のその『下半身』は完全にアウト、いや、言語道断なわけだよ、猪瀬さん」
昼休みの生徒会室。
マホガニー製の重厚な机をピシッと叩いて、至極厳格に言い放ったのは、生徒会副会長の一ノ宮 律だった。
ミリ単位の狂いもなくセットされた黒髪、アイロンのシワ一つない制服の着こなし、知性の塊のような銀縁眼鏡。その隙のない完璧な容姿から、全生徒の間で「四角四面のプリンス」と恐れ敬われるエリートである。
対する、校則違反の温床となっている女子生徒――猪瀬 いのり(いのせ いのり)は、フンと野性味あふれる鼻鳴らしをひとつ。
「固いこと言うなよ、一ノ宮。これは機能美ってやつだ。動きやすさ重視だよ、動きやすさ」
いのりはブレザーの制服を着ている。そこまでは、かろうじて及第点だ。最大の問題は、ひざ丈であるべきチェックスカートの裾からニョキッと伸びた、鮮やかすぎるエメラルドグリーンのジャージだった。
「動きやすさを追求して良いのは体育の時間と部活動だけだ! そもそも女子生徒がそんな風に、パイプ椅子を逆向きに跨いで大股を開いて座るなど、破廉恥にも程がある! 女子たるもの、凛とした佇まいを――」
「あー、はいはい。んな女子ばっかじゃねえんだよ、この世は。それより説教なら手短に頼む。あと5分で昼休みの購買が、血で血を洗う戦場になっちまうんだからさ」
いのりがソワソワと鼻をピクつかせ、獲物を狙う獣のように身構えた、まさにその時。
バァァァン!! と、生徒会室の扉が、文字通り吹き飛ぶような衝撃音と共に開いた。
「遅れてごめんなさい、律様ァァァア!!」
薔薇の幻影を背負った突風と共に現れたのは、180センチを超えるモデル顔負けの長身に、風にそよぐ艶やかなロングヘア、誰もが振り返るほどの絶世の美女――
いや。女子制服を限界までスタイリッシュに着こなし、プロ級の完璧なメイクを施した、学園一の超絶イケメン女装男子、如月 蘭だった。
「お、おい如月くん!? 扉は静かに開けなさいと何度も……! というか君もなぜ女子の制服を着て……!」
「そんなことより律様! 誰ですか、律様の神聖な領域に居座る薄汚い緑のイモムシは! 律様の清らかな視界に、そんな彩度の狂った遺物を入れないでちょうだい!」
蘭は鋭いネイルが光る手で前髪を妖艶にかき上げ、いのりをギロリと睨みつける。
「あ? なんだよオカマ。こちとらこのジャージに魂賭けてんだよ。文句あんのか。……あ、お前、顔の色と首の色が違うぞ?」
「な、なんですってェ!? これは今季トレンドの、内側から発光するマシュマロツヤ肌仕様よ! 黙りなさいよ、この野生動物が!」
「なんだとぉ!? あたしは人間だ!!」
「おい如月くん、猪瀬! 生徒会室でケンカを始めるな!」
早くも収拾のつかないカオスと化した室内に、パチ、パチ、と優雅で、どこか他人事のような拍手が響いた。
部屋の最奥。ふかふかの高級ソファに深く腰掛けていた男――生徒会長の天王寺 司が、楽しげに細い目をさらに細めている。
「うんうん、今日も期待通りだね。いいねぇ、若さ溢れるエネルギーって」
「会長! 呑気に高級煎茶をすすっていないで、この校則違反のバーゲンセールみたいな二人を早く叩き出してください! 僕の胃に穴が空きます!」
ハンカチで額の汗を拭う律に対し、司はフッと不敵な笑みを浮かべ、カップをソーサーに戻した。
「まあ待てよ、副会長。実は今日、この尖りきった二人をわざわざここに呼んだのは他でもないんだ。君たち3人に、生徒会から、いや、僕個人の特命として、ある『密命』を受けてほしくてね」
「密命……ですか?」
律が怪訝そうに端正な眉をひそめる。
会長の司は、マホガニーのテーブルの上に1枚の写真をコトッと置いた。そこに写っていたのは、無残に底をさらけ出した、空っぽの購買の段ボール箱だ。
「ここ一週間、我が聖ヴァルプルギス学園の昼休みを激しく揺るがす、ある大事件が起きている。購買の幻のメニュー『特製焼きそばパン・地獄濃い口ソース仕立て(限定5個)』がね、一般生徒が売店に並ぶ前に、毎日綺麗さっぱり消え失せているんだ」
「はあ? たかが焼きそばパンじゃないですか」
蘭が長くて美しいまつ毛を伏せ、退屈そうにヒールのローファーで床をトントンと叩く。購買のパン争奪戦など子供のママゴトにしか聞こえないのだろう。
しかし、その瞬間にいのりの目の色、いや、野生の輝きが完全に変わった。
「たかが、だと……!? お前、あのモチモチのコッペパンに挟まれた炭水化物と炭水化物の奇跡のコラボ、そして味を引き締める紅生姜の絶妙なアクセントを知らねえのか! 私がどれだけ毎日、4時間目のチャイムと同時に廊下をマッハ3で爆走して、あの味を求めてると思ってんだよ!」
「知るか! あんたの野生丸出しの食欲なんて地球上で一番どうでもいいわよ!」
「まあまあ二人とも落ち着け」
掴みかからんばかりのいのりを、司が手のひらをかざして優雅に制する。
「問題は味じゃないんだ。購買のおばちゃんに確認したところね、毎日、昼休みが始まる『5分前』――つまり授業終了の直前に、生徒会役員の腕章をつけた人物が『会長の指示だ』と言って、5個すべてを回収していっているらしいんだよ」
「な、何っ……!?」
律の眼鏡の奥の瞳が、驚愕でカッと見開かれた。
「もちろん、そんな指示は出していない。生徒会の公式な議題にも上がっていない。……つまり、こういうことだ。副会長。我が生徒会メンバーの中に、職権を乱用して焼きそばパンを独占している『犯人』がいる、かもしれない」
「そんな馬鹿な! 我が生徒会にそんな校則を無視した卑劣な真似をする者がいるなど、僕は断じて認めません……!」
「だからこそ、だよ、副会長」
司はソファからゆっくりと身を乗り出し、机を囲む3人をまっすぐに見つめた。その瞳に、一瞬だけ鋭いカリスマの光が宿る。
「現在、生徒会メンバーは全員が容疑者だ。だからこそ、生徒会に一切染まっていない『外部の特異点』が必要なんだよ。人間離れした野生の直感を持つ猪瀬さんと、圧倒的な情報収集力、および物理的な戦闘力を持つ如月くん。そして、この学園で唯一『絶対にシロ』だと確信できる、生真面目すぎる君をリーダーにして、犯人を突き止めてほしい。名付けて『学園特別捜査班』だね」
「お、俺が……! この校則違反のデパートみたいな二人とチームを……!? 冗談ではありません、会長! 職務とはいえ、僕の胃が爆発してしまいます!」
律が全力で、それこそアイデンティティを懸けて拒絶しようとした、まさにその瞬間。いのりがドンッ! と凄まじい音を立ててテーブルを叩き、パイプ椅子から立ち上がった。
「のった!! その姑息な焼きそば泥棒、絶対に私の鼻で引きずり出してやる! 報酬は、事件解決の暁に、明日の焼きそばパン3個だ!」
「ちょっと待ちなさいよジャージ女! 律様がリーダーのチームなら、この私が一番の側近兼ハニーに決まってるじゃない! 律様、この蘭、地獄の果てから奈落の底まで、どこまでもお供いたしますッ!❤️」
「あぁ……もう胃が痛い……。如月くん、とりあえずそのハートマークは止めてくれ……! 猪瀬! テーブルを叩くな!」
静寂と秩序を愛する副会長の悲痛な叫びは、二人の熱気にかき消されていく。
こうして、聖ヴァルプルギス学園の100年の歴史の裏で、最もカオスで、最も凸凹な3人の秘密捜査が幕を開けたのだった。




