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出席番号だけ書いたバレンタイン

作者: さっちゃん
掲載日:2026/05/06

三階の窓は、少しだけ風が強い。


――でも、その前の話。


四月。


入学したばかりの頃、校舎はまだ少しだけよそよそしかった。


三年生の兄がいたから、廊下を歩くと、その友達たちが気軽に声をかけてきた。


「お、ゆきじゃん」

「中学生なったのか〜」


当たり前みたいに笑いかけてくる。


その中に、ひとりだけ。


何も言わない人がいた。


野球部の人。


目が合うと、ほんの一瞬だけ止まる。

でも、何も言わないで通り過ぎる。


それが、なぜか気になった。


理由なんてなかった。


ただ、その人だけが、ずっと心に残った。



放課後。


三階の窓から、二階の窓を見ている。


三年生の教室。


誰かが顔を出すたびに、胸が少しだけ跳ねる。


あの人がいるかもしれないから。



秋。


帰り道。


前を歩く、見慣れた背中。


私は友達と一緒にいた。


何度も迷って、それでも思い切って声をかけた。


「……あの」


振り向いた彼と、目が合う。


頭が真っ白になる。


言葉が出てこない。


沈黙の中で、隣にいた友達が背中を押す。


「この子、好きなんだって」


彼は少しだけ困ったような顔をして、何も言わなかった。


否定も、肯定もせずに。


私はやっとの思いで言う。


「……三連休、終わったら……返事ください」



三連休が終わって、その日の放課後。


体育館の扉を開けた瞬間――


彼が、ひとりで立っていた。


(来てくれたんだ)


そう分かったのに、体が動かなかった。


びっくりしすぎて、そのまま素通りしてしまった。



更衣室で急いで着替えた。


(行かなきゃ)


そう思って外に出る。


でも――


もう、いなかった。


体育館の窓から見えたのは、

ひとりで帰っていく後ろ姿。


その距離が、どうしても埋まらなかった。



お正月。


兄宛の年賀状の中に、彼の名前。


「ゆきにもよろしく!」


たった一言なのに、

それだけで、ちゃんとつながっている気がした。



バレンタイン。


名前は書けなかった。


でも気づいてほしくて、

「何年何組 出席番号」だけ書いて、下駄箱に入れた。


あの時の自分なりの、精一杯だった。



ホワイトデー。


それは、卒業式の日でもあった。


朝、三階の窓から校門を見る。


彼が登校してくるのが見えた。


ふと顔を上げた彼と、窓越しに目が合う。


その瞬間だけ、距離がなくなった気がした。



しばらくして――


彼が、三階まで来てくれた。


ざわつく廊下の中で。


「ゆき」


初めて名前を呼ばれた。


その一言だけで、全部が報われた気がした。


手渡されたのは、ホワイトデーのお返しと、手紙。



教室に戻って、すぐに開いた。


「ゆきにバレンタインもらえて嬉しかった。

卒業しても電話してきていいからね。

ゆきに会いに学校に来るからね。」


短い言葉なのに、

ずっと欲しかった答えが、そこにあった。



卒業式のあと。


私は、ちゃんと言えた。


「第二ボタン、ください」


彼は少しだけ照れながら、それを外してくれた。


その重みが、やけにあたたかかった。



それで終わりだった。


でも――


あの日は、ちゃんと幸せだった。


少しだけ寂しくて、でも、それ以上に嬉しかった。



そのあと。


私が二年生になったある日。


放課後、部活に向かう途中。


彼が、いた。


本当に、会いに来てくれていた。


あの手紙の通りに。


嬉しかったのに。


でも――


また、何もできなかった。


ただ、素通りしてしまった。



あとから、何度も思った。


あの時、声をかけていればって。



それ以来。


彼に会うことは、二度となかった。



それでも。


あの時間は、ちゃんと残っている。


言えなかった言葉も、

間に合わなかった一歩も、

全部そのままの形で。



大人になった今でも、思い出す。


三階の窓から見ていた景色を。


あの時の風の強さを。


届きそうで届かなかった距離を。



たぶんあの恋は、

うまくいかなかったから、消えなかった。



そして今でも、少しだけ思う。


もし、もう一度だけ会えたなら。


今度は、ちゃんと立ち止まれる気がする。

これは、私が中学一年生の時の実体験をもとに書きました。

うまくいかなかったけど、今でも大切な思い出です。

読んでくださってありがとうございました。

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