浮気
「ねえ、またあやからLINE来て琥珀が既読無視するって愚痴ってたよ。ちゃんとLINE返してあげな」
琥珀は、
「あいつのLINE、終わりが見えないんだもん」
と言いながら味噌汁を飲んだ。
「おやすみ、って言ったら?」
「言っても『まだ寝ないで!』って言われるから意味ない」
「かわいいね」
「俺よりも鈴木ってやつのほうがあやのこと好きだから、鈴木と付き合えば?って言ったらめっちゃキレられた」
「最低だなあんた」
「だって鈴木の話ばっかりしてくるし」
「それはヤキモチやいてほしいとかなんじゃないの?」
「別にそういうのない」
「鈴木くんに取られてもいいの?」
「仕方ないんじゃない」
「冷めてんなぁ。逆に別れてあげたら?」
「別れたくないって言われるからもう全部無理なんだよね」
「純愛〜」
「それはない。あいつ鈴木のゴリ押しに負けてこないだ遊びに行ったからね」
「あー。浮気だ」
「別に好きにすればいいけど、鈴木はもう奪う気満々だなとは思う」
昔、弟が熱を出して保育園を早退した時、両親の過保護は加速した。私も早退したくて、机に突っ伏して熱をこもらせようとしたり、脇をこすって熱を出そうとしたりしたことがあった。
一度だけ36.9度で早退できたことがあったが、寝てなさいと言われてずっと1人で部屋で寝ていた。することもなく、ずっと空を眺めていた。
愛情を確かめたかったんだろうな、あの時は。
それでも、相手にその気持ちがないならもうどうしようもない。
我慢するのか、自分がやめるのかの2択だ。
あやは鈴木くんと付き合いたいわけではないのだと思う。琥珀からもらえない愛情を、代わりに鈴木くんからもらうことで自分の欲を満たしているのだろう。
その数日後、志穂からLINEが来て、篠田と一緒にビールを飲んでいる写真が送られてきた。
「もっと大事にしてあげて!」
とその後に送られてきた。
あいつまた志穂に愚痴ったんだな。
もらったピアス無くしちゃったことかな。
お揃いで買ってくれたパーカーを一回も着てないことかな。
その次の日、2人は大量のビールを持って家に来た。
2人はすでに酔っていた。
最近はもう酔っ払ってる姿しか見ていない。2人で飲んでからうちに寄っているらしい。
「こないだ篠田との約束忘れてたんだってー?」
志穂が言って、篠田とデートの約束だったのを忘れて琥珀と映画を観に行ったことを思い出した。
「あー、映画観に行ったときのことか」
「あの映画クソだから観ない方がいいよ」
琥珀が笑って言った。
「あれやばかったよね(笑)しかも伏線立てておいて回収しないスタイル(笑)」
「やたらラブホ行くシーン多かったよね(笑)」
「最後お金払ってなかったのにどうやって出れたんだろう(笑)」
「お金払い忘れたら出れないの?」
「ドア開かないようになってるんだよ」
「そういえばこないだ篠田さ、お金」
志穂の言葉とそれを二度見した篠田を見て、一瞬静まり返った。
「映画でお金払い忘れそうになったよね!」
篠田が言ったが、もう言い訳はできない雰囲気だと感じたのか、志穂は黙っていた。
「今のタイミングはもうラブホ行ったってことになるね」
琥珀が言うと、
「棗が悪いんだからね!篠田のこと雑に扱うから!私は何回も棗に言ったのに!」
「なつめが悪いことと、浮気をすることは別の話なんじゃない?」
「琥珀くんには関係ないから」
「関係あるよ。なつめが傷つけられてんのに俺が黙ってるわけないよね」
琥珀が言うと、なぜか篠田が「ごめん」と言った。
「なつめ、ビール飲みな。これもっかいあっためてくる」
琥珀が新しいビールを開けてくれて、飲んでいたぬるいビールを捨てた。
ぬるくなったアヒージョをあたためてくれた。
「なんで何も言わないの?」
篠田が私の顔を覗き込んだ。
志穂は黙ってビールを飲んでいる。
「志穂は篠田が好きなんだね」
「そうだよ。あんたたちが付き合う前から」
「えっそうなの?」
「好きじゃない人とヤるわけないじゃん」
「男と女って違うんだね…」
篠田の言葉で中3のときの噂を思い出した。
「篠田中3のときさ、しおりとセフレだって噂流れたね」
私の言葉に、志穂が「えっ、最低!しおりあんたのこと好きだったんだよ!」と言った。
「いや、しおりに付き合った覚えはないって言ったらめっちゃ泣かれて、めっちゃ噂広められた」
「相手がしおりだから私にも広まるんだよ。あんたセフレ10人いるとか言われてたよ」
「いねえよ(笑)しかもしおりが『えっちしよ』つって誘ってきたんだよ。付き合ってとも言われてねえし。しかも高校のとき、より戻そうって言ってきたし」
「しおりと同じ高校だったの?てことは学ランか」
「うちらセーラーだったね、そういえば」
「えっ!?まじ!?見たい!!」
「卒アルあるよ、あれ琥珀、私の卒アルって」
琥珀はいなかった。
温かいアヒージョだけ置いてあった。
「じゃあねー!」
見送った後に、アヒージョを食べ忘れていたことを思い出した。
部屋に戻ると、琥珀がまたアヒージョを温めてくれていた。
「ありがとう、食べるの忘れてたよ」
「浮気の話どうなったの?」
「あ。忘れてた」
琥珀はアヒージョと麦茶を持ってきてくれた。
もうビールの気分じゃなかったから助かった。
「俺、あやと別れる」
「えっなんで」
「あいつも浮気だから」
さっきと話が違う。
「なつめは?別れないの?てかなんで篠田にも志穂さんにもキレなかったの?」
「あー…」
それはもう決定的だった。
「篠田を好きじゃないし、志穂のほうが篠田を好きだったから」
「でも傷つけられたんだよ」
「私傷ついてないんだ」
傷ついてない。志穂が篠田を好きだったことはなんとなく気づいていた。
「篠田を好きな志穂の前で、私は好きでもない篠田と付き合ったから私だって悪いんだと思う」
「なんで篠田と付き合ったの?」
「私のことを好きになってくれたから」
「俺もなつめのこと好きだよ。俺と付き合ってくれるの?」
「そういうことじゃなくて、私は相手を傷つけることを考えてなかったんだなって。好きじゃないなら付き合わない選択肢もあったのになって。浮気されたのに全く傷ついてないし、私にとっては許せるレベルのことだったんだなって思った。それって篠田を傷つけることになるよね」
「なら別れないとね」
そのあと、篠田からLINEが来た。
「傷つけて本当にごめん。棗が俺と2人で全然会ってくれないからって志穂に甘えたせいでやってはいけないことをした。言い訳になるけど、寂しさでこうなってしまった。本当にごめん」
私は「私のほうこそごめん。ちゃんと謝ってくれたから許すけど別れよう。これからは友達として普通に飲んだりしよう。志穂と付き合っても浮気しちゃだめだよ!」と送った。
志穂からもLINEがきた。
「本当にごめんなさい。親友失格だね。棗が違う話をしてくれたことに甘えて、ちゃんと謝りもせずに帰ってごめん。直接謝らなくて、逆ギレまでしてごめん。絶縁されても仕方がないことをしたと思ってる」
私は「私のほうこそごめん。志穂が篠田を好きなのはなんとなくわかってたのに、私は好きじゃないくせに付き合ってた。これからは2人のこと応援する
し、謝ってくれたからこれからも親友ね!」と送った。
なんだかいいことをしたように思えた。
普通じゃない気がするけど、これでいい。
もし、私が本当に篠田を好きだったらどうなっていたんだろう。
志穂とは絶縁したんだろうか。
一生篠田のことを許せなかっただろうか。
そうじゃなかったんだから考えても仕方がない。
いつか本当に好きな人と出会えたら、味わったことのない感情に出会えるんだろう。
そのあと、あやからもLINEがきた。
「琥珀に別れようって言われた。あやのことは好きじゃないし、浮気するような人とは付き合えないって。こないだ違う人と遊びに行くって言った時はそんなこも言わなかったのに」
琥珀も私と同じだったのかもしれない。
相手が自分を好きじゃなくたって、浮気は絶対にダメだから琥珀は間違ったことも言っていない。
お互いちゃんとお別れしたんだな。
寝室に行くと、琥珀はまだ起きていた。
「さっきあやからLINE来たよ。別れるんだね」
「うん」
「お互い本当に好きな人と付き合えたらいいね」
「そうですね」
私は琥珀の隣で横になった。
そういえば、いつまでこうして一緒に寝るんだろう。
もうそろそろ別々に寝ないとまずいな。
「今週、ベッド買いにいくかな」
「買い換えるの?」
「ベッド増やすの」
「あいつら泊まりにこさせるの?」
なんで別々に寝る選択肢が出てこないんだよ。




