琥珀の彼女
森川は高2になっても私の受け持ちクラスにいた。
「ねえせんせー、うちの妹がせんせーの子供のこと好きなんだって」
「だから子供じゃないし」
「琥珀は彼女いんの?」
「いるよ。あやちゃん。って言ってもわかんないか」
中1になってもまだ2人は続いている。いいことだ。
「あー!やっぱりか。吉田あやちゃんだよね?小学校同じだった子だよね?学校で1番かわいいって妹が言ってた。え、ってことは学校1ってことじゃない?」
小学校の時に1番可愛かったということは、中学でも1番可愛いってことだよね、と言いたいのだろう。
やばい。とうとうバカをフォローするようになってしまった。バカに追加投資してしまった。
「あやちゃんは学校で一番かわいいが、うちの妹は琥珀くんよりは可愛くない。ただし、琥珀くんは男子とする。ぶはっ。数学のテストみたい(笑)」
まじで無駄金だった。時間も無駄。
「お前また先生にバカうつそうとしてんな」
相澤くんと木戸くんがきた。
バカ三國志大集結(笑)激アツ(笑)
大当たり濃厚(笑)
「羨ましいんだろ〜(笑)今度俺の妹と遊んでくれるってさ〜(笑)」
とうとう脳内で覚えのない約束を生み出した。
「え!?俺も行く」
いや(笑)なんでだよ(笑)
「え、じゃあ俺も…」
いやいやいや、バカが続々と爆誕(笑)
「よし、じゃあ俺も行くか。え、てか妹いらなくね?(笑)」
覚えのない約束が消え、新たな約束が正式に取り付けられた。
席に戻る途中で3人は謎の握手を交わしていた。
バカ園の誓いが締結(笑)
「俺も行く」
1人増えようとしている。
琥珀がおいしそうに味噌汁を飲むので、私も飲み干しておかわりした。
琥珀が作った味噌汁は卵と玉ねぎが入っている。
作ってくれる味噌汁で1番好きな具材だ。
「琥珀はなんのために来るのさ」
「森川がいるから」
そうだ、琥珀は森川のバカ菌に感染したんだった。
「いいけど、そしたら森川の妹も呼ぶ?」
「なんで?」
勝手に「あんたのこと好きらしいよ」と言えない。
「同じ歳の子いたほうがいいじゃん」
「それならあや呼ぶ。あんたに会いたがってた」
「え、そうなの」
それなら森川の妹は呼べない。
森川にLINEをした。
「琥珀とあやちゃんも連れてっていい?」
「いっすよ!てか何します?(笑)」
犬の口からガリガリの猫が飛び出して旗を振って「元気?」って言っているスタンプが届いた。
もう無理だ。ツッコむ気力がない。
「ラウワンとかかな」
「やっぱバスケっすよね」
「それじゃあ伝わらんから、ラウワンにしましょうって言え」
「先生ってバスケできます?(笑)」
携帯をソファに投げて茶碗洗いを始めることにした。
「えっ、琥珀茶碗洗いありがとう!」
琥珀は振り向かずに頷いてテレビをみている。
しごできな中1だ。
ご飯も作れるし、家事もやってくれる。
環境がそうさせたのだろうか。
気力がない私は惣菜ばかり買ってくるが、琥珀は文句ひとつ言わずに食べている。
私もちゃんとしないとな。
手料理を食べたいと言ってくれる彼氏と、手料理を振る舞ってくれるスパダリ中1男子。
私に構ってくれるバカ三國志達。
最近楽しいな。
ラウワンに集まり、まずはご飯を食べた。
「先生ごちそさまっす」
「はーい」
あやちゃんがずっと私をみている。
「あやちゃん、俺の妹、同じクラスのゆきだよ」
やっと目をそらして森川を見た。
「そうなんだ。ゆき熱下がった?」
「下がったよ。月曜から学校行ける」
「よかった」
「てかまじでかわいいね。学年1かわいいって言われてるだけあるわ」
「私より琥珀のほうがかわいいよ」
「すげえ、ノージェンダー発言」
「イケメンと美女が並ぶとやべえな。俺の姉ちゃんめっちゃブスだから助かる」
「ブスじゃねえよ。くされ神に似てるだけで」
「ブスってことじゃん」
「ははっ」
つい笑うと、バカ三國志がこっちを見た。
「え、なに」
「先生って笑うとかわいいんすね…」
「遠回しに真顔はブスって言ってる?」
「先生彼氏いるんすよね、どんなやつですか。写真とかないんすか」
「あるけど需要ないだろ」
「え、あります。見たい」
篠田の写真を見せた。
「え、イケメンじゃないすか。坂◯健太郎をゴリラにした感じっすね」
「私の親友は坂◯健太郎と鈴◯亮平を足して2で割って煮詰めた顔って言ってた(笑)」
「ははっ(笑)たしかに(笑)」
「先生、親友とかいるんすね」
「いるよ。美人な親友」
琥珀が言った。
琥珀も人のこと美人とか言うんだ。
「琥珀くん会ったことあるの?」
「めっちゃ家に来るからね」
「まあ、志穂入り浸ってるからね」
「俺も浸りたい」
「お前は妄想にひたってろ(笑)」
バカ三國志がふざけ始めた。
やばい、戦いだ。誰がバカを統一するか(笑)
にやにやしながら見ていると、
あやちゃんが
「教師なんだ」
と言った。
「うん。高校のね」
「琥珀、何も教えてくれないから」
「別に言う必要ないじゃん」
琥珀が言うと、少しむすっとした。
ふくれ顔もかわいい。
「あやちゃんは琥珀といつも何して遊んでるの?」
「琥珀、あまり遊んでくれないし」
「そうなの?」
琥珀はストローをつつきながら私を見て、
「うち門限あるし」
と言った。
門限なんてない。
何か理由があって言ってるのかもしれないから言わないでおこう。
「なんで先生は大人なのに子供にご飯作ったりさせてるの?」
「いや俺が勝手にやってるだけだから」
「門限があるからでしょ?」
どうやらあやちゃんは私に怒りを感じているようだ。
とりあえず黙っていると、琥珀は「なつめ、行こう」と手を引っ張った。
「えっ、待ってよ」
あやちゃんもあわててついてきた。
そのあとはバスケをしたり、ローラースケートをやったりした。
喧嘩をしたかと思ったが、あやちゃんは琥珀とドリブルリレーをやったり、回転するボールに入れて転がされたり、わりといちゃついて楽しそうにしていた。
「酔った」
戻ってきた琥珀が私の隣に座った。
「大丈夫?なんか飲む?」
「いまなにもいらない」
琥珀の隣にあやちゃんが座った。
「琥珀、次あれやろ」
「まっていまむり」
森川が汗だくで戻ってきた。
「あちー俺着替えよっと。うわっ」
森川が慌ててバックをごそごそした。
あやちゃんが飛び退いたので見ると、琥珀が吐いていた。
何もないので慌ててパーカーを脱いで受け止めていると、咳き込みながら琥珀が
「汚いから触らなくていい」
と言った。
具合が悪いのに、私が苦手だと思って気を遣ってくれている。
あやちゃんはおろおろしている。
「いいから全部吐きな、大丈夫だから」
「せんせーこれ。俺の服でかいけど着替えたほうがいいからこれ着せて」
汗だくの森川が、着替える前の服を貸してくれた。
「琥珀、食った量より吐いてない?(笑)」
森川は長袖の服を脱いで、中に着ていたタンクトップを脱いで床を拭きながら言った。
そんなことまでしてくれるんだ。
「さっきのボールのせいかも」
あやちゃんがぼそっと言った。
「あやちゃんは服汚れてない?」
「大丈夫。なつめちゃん、ズボン汚れてるよ」
「これさっき森川が飛ばしてきたソースだと思う」
「フォーク落とした時のやつ!?俺そんなに飛ばした?ごめん先生!」
残りのバカ二國志が状況に気付き、カウンターへ行って雑巾を持ってきてくれた。店員も来てくれた。
琥珀が過換気を起こしかけて息苦しそうにしている。
森川が水を持ってきて、
「琥珀、大丈夫?苦しいと思うけどうがいしな。ちょっと落ち着くから」
と言い、店員がくれたバケツでうがいをさせると、少し落ち着いたようだった。森川はバケツを洗いにまで行ってくれた。何から何まで森川のおかげで状況が落ち着いていく。
水を少し飲ませ、背中をトントン叩いていると、琥珀がもたれかかってきた。
「ちょっと寝な」
「せんせー、先に服着替えさせな」
戻ってきた森川がパーカーを着ながら言った。
「そうだね、これ洗濯して返すから」
「できればオードリ◯クス使ってください」
無視して着替えさせ、膝に琥珀の頭を乗せるとすぐに寝た。
「琥珀、楽しみにしててあんまり寝てないんだ。そのせいだったかもしれない」
しょぼんとしてるあやちゃんに言うと、少し嬉しそうに笑った。
「さっき態度悪くてごめんね。ずっとなつめちゃんが羨ましかったの」
「一緒に住んでるから?」
あやちゃんは首を振った。
「あやが告白したら、いいよって言ってくれたの。でも、なんでいいよって言ってくれたの?って聞いたら、好きな人に似てたからって言われた。なつめちゃんと似てるのは顔とかじゃないんだと思う」
「それは私じゃないんじゃない?(笑)」
「なつめちゃんのことだよ。でも今日わかった。琥珀の『好き』はガチ恋なんだなって」
「いやいや(笑)おちつけあやちゃん(笑)」
「違うよ。あやは琥珀のことが好きだから見てたらわかるの。小6のとき、なつめちゃんからLINEが来ないって言ってた日があったんだけど、嘘ついて早退したの。高校行くって」
「えっ」
「いた?って聞いたら、いなかったから病院に行ったらケガしてる人と一緒にいたって言ってた。あやがLINE返さなくても心配なんてしてくれたことないのに」
森川が頭を縫ったあの日、高校まできてくれたんだ。
そこから病院まで。
そういえば、あれから琥珀はLINEの返事をくれるようになったな。
「すぐ家に帰るのも、なつめちゃんにご飯つくるためなの。いつもレシピとか見てるし」
琥珀。かわいいやつだ。
「なんでそう思うか教えてあげよっか。嬉しい気持ちとか、楽しい気持ちとか、今までになかった感情が芽生えると、それを恋だと思い込むことがあるの。何でも頑張れちゃったり、その人に何かしてあげたいって思ったり。今まで琥珀の周りにいなかったのに、現れたのがたまたま私だから今は錯覚してるだけだよ。仮に私を本当に好きだったとしてだけどね」
「そうなのかな」
「今はいろんなことに興味ないように見えるけど、大人になったら気持ちは変わるから。ずっと食べられなかったピーマンが大人になったら好きになったり、ずっと好きだったアイドルなのに、大人になってから好みが変わったりするじゃん。琥珀もあやちゃんも、まだ知らないことがたくさんあるから、後からその時の気持ちがわかるよ、きっと」
あやちゃんは嬉しそうに笑って「先生って感じ」と言った。
「ねえ、あやって呼んで。私もなつめちゃんのことなつめって呼ぶね。ライバルだから」
そう言ったあやちゃんがめちゃくちゃ可愛くて、キラキラしているっていう表現はこのためにあるんだなと思った。
羨ましい気持ちを正直に出せる環境にいることも、好きな気持ちを好きだとはっきり言えることも、子供の頃の私にはできなかったことだ。
そんな気持ちを殺して、無にして生きてきた私はむしろあやちゃんが羨ましいかもしれない。
琥珀が目をさましてから「腹減った」と言ったので、みんなでラーメンを食べに行き、それから解散した。
「今日はごめんね」
洗濯をしている私に、琥珀が言った。
「いや、具合治ってよかったよ」
「汚いのに触らせてごめん」
「いや、琥珀だったから平気なのかもしれない。あれがもし森川だったら多分無理だったし(笑)」
「俺も、なつめのなら触れるよ」
琥珀は爪をいじりながら、
「でも恥ずかしかった。醜態晒したから」
と言った。
「なーに言ってんのさ。小6の時、お腹壊して…」
「ごめん今日の方が全然マシだった。記憶から消しておいて」
「私は何をされても平気だし、琥珀ができなかったことも全部してあげたいと思ってるよ」
「じゃあLINEブロックするね」
「そしたら小学校に乗り込むけどいい?」
琥珀は笑って「いいよ」と言った。
月曜日、教室に入ると森川がすぐに来た。
「せんせー、琥珀大丈夫?」
「森川、いろいろありがとね。これパーカーとタンクトップ返す」
「え!?まじでオードリ◯クス使ってくれたの!?やべー!」
「あとこれ」
日曜に買ってきたパーカーをお礼に渡した。
「えっ!もらっていいの!?まじ!?」
「土曜日は助かった。ほんとにありがとう。あんた医療職とか保育士とか向いてそう。てきぱきやってくれたから私も少し冷静になれたよ」
「俺の家族、体弱いやつ多いから慣れてんだよね。
袖にタレがついたときに「汚い」って言った篠田に比べて、袖を洗ってくれる琥珀。
そして他人の汚物を処理してくれる森川。
まさかタンクトップで拭いてくれるとも思ってないし、自分は汗だくなのに着替えを貸してくれた。
「私の彼氏より森川の方がいいやつだと思った」
「えっ!?せん…!まじ?!おい相澤!せんせー俺のこと好きだって!」
「は!??えっ先生嘘でしょ!?」
脳みそどうなってんだ。やっぱりバカだわこいつ。




