篠田とスカート
最近やたらと篠田からの誘いがある。
嬉しいわけではない。
とはいえ別に嫌なわけでもない。
ただ、意外と忙しくて時間を作るのが難しいだけだ。
今日は飲みに行くことになっている。
篠田はラフな格好に下駄を履いていた。
歩くといい音がする。
「棗さ、スカートとか履かないの?」
「履いて欲しいの?」
「いや、なんていうか…」
持っていないわけではない。
ただ、あまり好きじゃないから履いていないだけだ。
強風のときにめくれないか気にしたり、階段やエスカレーターでも気にしたりするあの落ち着かなさがあるくらいならデニムでいい。
「見てみたさはある。だって彼女のスカート姿じゃん…」
「彼女と他人のスカートの違いがわからん」
「…」
男はなんでこんなにスカートが好きなのか。
いっそ己が履けばいい。
今日の居酒屋は焼き鳥がおいしいらしい。
「そのときたまたま琥珀が適当に作った卵焼きがめっちゃ綺麗でさ。あれってなんだろう、運動神経?」
「卵焼きに運動神経もクソもねえよ。棗、袖汚いよ」
「やば。タレついちゃった。でさ、卵焼きに入れるのはシーチキンが1番うまいんだと昨日思った。まじで試してみて欲しい」
「俺に作ってよ。彼女の手料理食いたい」
「手料理ねえ…」
最近何作ったっけな。
「私別に料理うまくないよ。こないだおみやげで志穂にもらった炊き込みご飯の素を入れてご飯炊いたら水の量間違えてガッチガチになってさ(笑)そしたら琥珀が鶏ガラスープで作った汁に入れてくれてさ、雑炊みたいにして食べたらそっちの方がおいしかった」
「俺のおみやげ耳かきだったな」
「耳かき(笑)あんた志穂の声聞き取れてないからじゃない?(笑)」
「…」
ここの焼き鳥、結構うまいな。
今度琥珀と来ようかな。
焼き鳥の写真送ろっと。
「うわっ、お前何食ってんのそれ」
「ハツだけど」
「さっきもへんなの食ってたじゃん」
「食べてみなよ、うまいよ」
「いや俺無理だわ。よくそんなの食えるね」
「もう一本食べよっと」
「うわー」
その日は意外と早めに解散した。
「ただいまー」
琥珀が何か作って待っていた。
「おかえり」
「わー、なんか作ってるー。なになに。わっ、シチューだ!私のもある??」
琥珀が笑ってる。
「楽しそうじゃん。焼き鳥うまかった?」
「…」
自分の背後から焼き鳥を出した。
「じゃん!おみやげ!」
「焼き鳥だ」
嬉しそうだ。よかった。かわいくて助かる。
琥珀はシチューを盛り付けて、大きめの皿に焼き鳥を並べてくれた。
「ハツ多くない?(笑)俺そんなにハツ好きなわけじゃないんだけど」
「えっ、いっつも食べてたじゃん!」
「あんたがうまそうに食べるから俺もなんか食べちゃうんだよ。俺が1番好きなのはねぎま」
「おっとなー!」
よし。飲み直すことにした。
缶ビールを2缶持ってくると、琥珀が1本しまった。
「いいよどーせすぐ飲み終わるんだから」
「俺持ってくるからいいよ」
「琥珀〜あんたってやつは〜」
「冷めないうちにシチュー食べな」
「…」
琥珀が同い年だったらよかったのに。
「俺を留守番させて行ったデート楽しかった?」
「棘(笑)」
ビールを一口飲んだ。
「琥珀、あやちゃんのスカート姿みたい?」
「なんでスカート?」
「かわいい子のスカート姿、見たいじゃん」
「俺別になんでもいい」
「顔が可愛いから?(笑)」
「はっ(笑)」
「何その冷めた笑いは。じゃあデニム派なの?」
「俺スカートと付き合ってるわけじゃないし、デニムと付き合ってるわけじゃないから」
「え、名言…琥珀、私と付き合おう」
「何志穂さんみたいなこと言ってんの。てか別に何着てたっていいじゃん」
「ダサかったら?」
「ダサさによる」
「えーなんだろう」
飲んでたビールを吹き出した。
琥珀がティッシュを持ってきた。
「今日篠田さ(爆笑)下駄履いてきたんだよね(爆笑)」
琥珀は笑っていない。
「…」
ビールを一気に飲んだ。
下駄がダサいと思ったわけじゃない。
そんなにおもしろいことでもない。
「篠田がさ、スカート履いてって言うの。彼女のスカート姿見たいじゃん、って」
琥珀がシチューに入っている鶏肉を私の方に入れた。
鶏肉の量が多かったらしい。
「彼女の手料理食べたいって言うの」
「なつめ、袖にタレついてるよ。洗うから着替えな」
「…」
ついビールを勢いよく置いたので、琥珀は一瞬肩をすぼめた。
篠田に電話をかける。
「棗?どうし」
「カノジョカノジョうっせーんだよ!!私は私なんだよ!!!そんなに自分の理想に合わせたいんだったらカノジョと付き合えよクソが!!!」
ビールを一気に飲んだ。
「なつめ、彼女は三人称だから擬人化しないで」
琥珀が冷蔵庫からビールを持ってきて言った。
「何食ってたっていいだろ!!!好きで食ってんだから!!!好きなもの食わせろ!!!てかずっと機嫌悪いのなんなの!?まずはハツを食ってから文句言えよ!!ハツもおめーのこと嫌いだって言ってたからな!!!もう出禁だわ!!」
琥珀が肩を震わせて笑っている。
「…機嫌悪かったのはごめん」
「スカート履いて欲しいならこっちも下駄禁にするからな!!!」
「下駄禁(笑)」
琥珀がなんか楽しそうだ。
「…だってお前琥珀くんの話ばっかりすんだもん。いい気持ちしないよね」
今日の篠田は酔っ払っていないらしい。
「すぐ『琥珀が、琥珀が』って。俺の彼女なのに」
「だからカノ」
「俺の彼女だよ。俺の話をしてほしいんだよ。一緒に何をしたいとか、こういうものが好きだとか、これからのことを話したりそういうのを楽しみにしてたんだよ俺は」
そうだったのか。
「下駄だって、中学のときに一緒にお祭り行った時に俺が浴衣に下駄を履いてたら、下駄の音が好きだって喜んでたから。お前が」
「そのエピソードでこの度下駄を調達したんだとしたらすごいね」
「なんだよそれ。喜んで欲しかったの。俺は。そして俺を喜ばせて欲しかったの。データを俺は毎回楽しみにしてるわけ。俺は」
倒置法めっちゃ使ってくるじゃん。
「昔、こんな口悪かったわけじゃないのにすげえ口悪くなってるし、すげえ喋るし、俺の知らない棗がいたこともなんかショックで」
「はい?」
「幻滅とかの話じゃなくて。素のお前なんだなって。俺の知らないところでは琥珀くんとこうやって過ごしてるんだなって」
「小6相手に何をそんなに(笑)」
「俺は小6とか関係ないから。羨ましいと思ったものはそいつから奪いたくなるから。小6の琥珀くんをライバルだと思ってるとかそういう話じゃなくて、お前と毎日一緒にいる琥珀くんが羨ましいから。俺だって毎日一緒にいたいから」
昔、弟を羨ましく思っていた。
私が欲しかったものは全部持っていた。親からの愛情も、ピカピカのランドセルも、おもちゃも、流行りの服も。
羨ましさはやがて憎悪になった。そのあとは、そんな感情すら薄れて、自分の欲すら消えて、無になる。その生活が当たり前になっていって、周りへの期待もなくなる。
大人になってからあの時欲しかったものをぼーっと眺めてみても、なんの価値も感じなかった。
欲しかったのはランドセルでも、流行りの服でもなかったのだ。
「それを与えたいと思うほどの愛情」だったのだ。
どっかの知らない他人が突然ランドセルをくれたとして、私は嬉しかったのだろうか。
そういうことなのだ。
琥珀に服を脱がされ、タンクトップ姿で電話を続ける。
「スカート、検討してみる」
「え」
「手料理も。簡単なのしか作れないけど」
「まじで!え、なんで?」
「やばっビールこぼした。切るわ」
「なんで!?」
電話を切って風呂に入ることにした。
べちゃべちゃになった私を琥珀が二度見していた。
誰かに好かれていたり、ヤキモチを妬かれたりするのって悪くないもんだ。
悪くないというか、こんなに嬉しいんだな。
1週間後、スカートを履いてデートをした。
「よっ」
「おお。え、スカートダサっ!!」




