森川
家に携帯を忘れてしまったことに気が付いた。
気づいたのはいつも連絡している昼休みで、今日は金曜なので金曜ロードショーを録画しておいてくれと頼むつもりだった。
まあいいか。どうせ酒クズコンビのどちらかは録画しているだろう。
授業をしながら、サブスクを契約するのもいいなあなどと考えていたら
突然大きな物音がした。
同時に悲鳴が聞こえた。
「何、どうした」
「先生、森川が」
突然、森川樹くんがケガをした。
ジャンバーのポケットから物を取ろうとした森川くんがよろけ、鉄のストーブに強打して頭から出血したとのことだった。
脳震盪を起こしているのか、なかなか起き上がらない。
「そのまま森川くんを寝かせておいて。起き上がらせないで。あと、触らないで」
携帯を取り出そうとして、忘れたんだったと思い出し、隣のクラスの教師に声をかけた。
救急車は30分後くらいに到着し、一緒に乗るよう言われ、救急車に乗った。
えらいことになった。
とりあえず意識はありそうだ。
傷口を縫うことになり、めまいと吐き気がするとのことでレントゲンも取ることになった。
森川くんの親に連絡させたが、なかなか迎えが来ない。
通りがかりに事故があったせいで道路が渋滞しているとのことだった。
車もないせいで送ることもできない。
「え、先生携帯忘れたんすか。アホっすね」
「国語29点だった人に言われたくないんだけど。追試の勉強しなさいね」
「ところで先生って彼氏いるんすか?」
気を遣ってくれているのか、森川くんがやたらとしゃべる。
「あんた具合も悪いんだからしゃべんないで寝てなさい」
「薬聞いてるんでだいじょぶすよ。え、彼氏いるんすか?」
「なにさ、いちゃ悪いの?」
「わー、まじか。相澤落ち込むな」
「相澤くん?なんで?私のこと好きなの?(笑)」
「そっすよ。木戸もっす。先生のこと好きなやつ結構いますよ。
だって先生25とかっすよね。生徒と付き合おうとか思わないんすか?」
「いやハタチだし。さすがに生徒に興味ないよ。マンガの読みすぎ」
「え!?タメじゃないっすか!」
「それは・・・四捨五入・・・?」
「彼氏どんな人?」
「急にタメ口じゃん。こわ」
「え、同い年?」
「うん」
「そうなんだ。どこが好きなの?」
「えー・・・?」
急に聞かれると(?)出てこない。
「好きじゃないのに付き合ってんの!?」
「彼氏がいてもいいかなって・・・」
「え、相澤どうっすか。え、俺とか・・・」
「私バカは嫌いなんだよね(笑)」
生徒と長く会話をするのは初めてだった。
高校生というだけで、自分の学生時代と重ね合わせて勝手に距離を置いてしまう。
私は向いていないのだろうか。
そういえば、私が担当してるクラスはほとんど国語の点数低かったな。
辻村先生みたいになりたいだけなら、教師じゃなくてもよかったのではないだろうか。
私なんてただの陰キャなんだから。
「俺せんせーのこと何も知らなかったなー。もっと最初から話したかったよ」
「そっか、そもそもコミュ力も足りてないのか私は」
「やべー女だと思ってたもん。字もばか汚ねえし」
「やべー女の定義によるよね」
「え、なんか元ヤンみたいな」
「字汚いからでしょ」
「いや雰囲気が」
「私陰キャだったし」
「え、なんで教師になったんすか。逆に。いや別に逆じゃないか・・・ん?」
こっちまでバカゾーンに侵食させようとしてくる森川くんに、私は辻村先生の話をした。
「めっちゃいいじゃん!俺が試験官なら即採用だね」
「どうも」
「じゃあ俺も前の席にいこうかな」
「形から入るタイプ」
「いや、せんせーの授業を近くで聴きたくなった。俺、事故のせいで耳悪くて、先生の声全然聞こえなくて。耳のせいなのかたまによろけちゃうから今回転んで頭縫うの3回目だし」
「それは耳のせいなのか・・・?」
「字は綺麗なほうがいいよ絶対。みんなノート取れてないし」
もしかしてみんなの点数低いのは聴き取れなさと私の字の汚さなのでは・・・
誰かが走ってくる音がする。森川(呼び捨て)の母親か?
「なつめ」
「え、琥珀何で来たの、えてか何でここにいるのわかったの」
「え!?せんせー何歳で子供産んだの!?」
「なんでLINEくれなかったの?」
「え」
「なんのために携帯持ってんだよ。ちゃんとして。ケガしたなら俺にも連絡しろばか」
えー、怒ることあるんだ。そしてめっちゃ息切れしてる。
「せんせー携帯忘れたもんね(笑)怒られてやんの(笑)」
琥珀が睨んだせいで森川は真顔になった。
「いや、俺が頭ぶつけて死にかけたせいで救急車に運ばれて、せんせーも来ることになったんだよ。ごめん。心配だったんだよね君は。母さんははケガしてないから大丈夫だから」
元気な死にかけだな。
森川が琥珀の頭を撫でると、琥珀の目が少しうるんだ。
「ごめん琥珀。携帯忘れちゃって」
「もう俺今日から未読無視するから」
「せめて既読はつけてよ、ね?」
小学校からここまで、徒歩でも1時間はかかる。
「走ってきてくれたんだね。ありがと琥珀」
「今日ビールなしね」
「え、せんせービール飲むの!?日本酒じゃないんだ!」
「ちょっと森川うるさい」
MRIに異常はなかった。
結局森川の親が来たのは1時間後だった。
私たちを家まで送ってくれた。
「ところで、何くんかわからないけど、ひいらぎ小じゃない?」
「え、母ちゃん琥珀のこと知ってんの?」
「森川ゆきと同じクラスじゃない?」
「席ちかい」
「やっぱり!」
「母ちゃんなんで知ってんの?」
「いやだって参観日の時に、こんなきれいな男の子いるんだって思ったもん」
「母ちゃん韓国顔好きだもんね」
「世間は狭いんだねえ。あんた今日風呂入れんの?」
「学校休むよ俺、病気だし」
「病気じゃなくてケガな」
「彼女も付き添ってくれてありがとうね」
「いや、担任です」
「え!??!」
「母ちゃんこの人タメだよ」
「え!!???」
「いやハタチです」
「タメじゃん!!!!!生徒と付き合えちゃうね!!!!」
「バカゾーン継続。むしろ確変」
帰宅すると、テスト用紙が置いてあった。
「おお。国語82点」
「誰と住んでると思ってんの」
「え、琥珀って字綺麗だね。習字習ってたの?」
「習ってない」
「え、まじか」
「字を綺麗に書くコツ教えてあげるか?」
「うん」
「字がきれいだと思う人の書き方をまねする」
「じゃあ琥珀の字のまねするか」
「あんたプライドないの?」
「年下だろうが年上だろうが、いいなと思うものはまねして自分の能力にするんだよ」
「ふうん」
琥珀は味噌汁を飲み干してキッチンに運び、「じゃあ俺もまねしよっと」と言って茶碗を水につけた。
「誰を?」
「もりかわ」
「え?将来バカになりたいの?」
2日後、授業に出ると森川が笑いながら話しかけてきた。
「せんせー、みんなせんせーのこと13歳で出産したバツイチで輩の女だと思ってるよ(爆笑)
しかもなんか、ははっ・・・息子からLINEブロックされたせいで病院受診したって(爆笑)」
「おい森川あんたもっかい頭ぶつけとけこのバカゾーン確変野郎」
「せんせー昨日からそのバカゾーンって何?てか習字屋さんにちゃんと電話した?」
「習字屋さんって何?(爆笑)」
「え、せんせーって森川って呼んでるんだ」
「いやおまえ(爆笑)俺は森川なんだからあたりめーだろ(爆笑)」
「森川、私バカ語わかんないからもう喋んないでくれないかな」
「先生口悪いからやっぱり輩なんだ・・・」
「森川(爆笑)習字屋さんって何売ってんの?(爆笑)」
やっぱり教師やめっかな。




