証拠
昨日の今日でそんな偶然あるだろうか。
とにかく自分の予測と勘も含めて確かめるしかない。
朝のホームルームで市川くんの話をした後、教室を出ると琥珀が追いかけてきた。
私は何も言わず、携帯を琥珀に見せた。
琥珀は頷いて教室に戻った。
授業の準備のために職員室へ行くと、先に琥珀にLINEした。
「今日仕事が終わったら市川くんがいる病院に行くつもりなんだけど、一緒についてきてくれないかな。確かめなきゃいけないことがあるんだけど、一人で行くのは避けたくて」
すぐに返信が来た。
「わかった」
「行きの車でちゃんと説明するから」
「わかった。どこで待ち合わせする?」
「私の家で待っててほしい」
柴の子犬が「OK」と書いた紙をくわえているスタンプが送られてきた。
仕事を急速で終わらせ、急いで家に帰ると琥珀が外で待っていた。
一瞬、どうして家の中で待たなかったの?って聞きそうになってしまった。
中に入ってもいいのか確認すらせず、忠実に約束を守ってくれているのに。
琥珀への信頼感が消えないと実感した瞬間だった。
そして琥珀が車に乗り、目的地に近づくたびに決意が揺れる。
本当に話していいのだろうか。
他人の個人情報を軽率に扱ったり、口外したくはない。
でも、私一人しか知らないこの状況で頼れるのは琥珀しかいない。
万が一私に何かあったときに信頼できる人が知っておく必要性もある。
「琥珀・・・市川くん、ご両親に何かされたのかもしれない」
もちろん、ただの想像でしかない。
それでも、市川くんは幼少期からずっと両親に監視されている。
両親が私たちの会話を何らかの方法で知った可能性もある。
昨日話を聞いたタイミングでこうなってしまうなんて、不慮の事故とは思えない。
できればその可能性は否定したい。
それでも自分の身まで不安になってしまった私は、市川くんから聞いた話を琥珀に全て話した。
「それを本人に確かめるために行くんだね。意識戻ってるかな」
琥珀が言った。
「実は昨日、市川くんにボイスレコーダーを持たせたの」
市川くんがいつかとんでもない脅迫をしてくるかもしれないと思い、自分で用意していたものだ。
高性能のキーホルダー型のもので、金額が高かっただけあって音は鮮明で作動時間も24時間は確実に持つものだった。
それを、話が始まる前に作動させた。
話を聞いているうちに、ご両親が常に市川くんを盗聴・監視されているかもしれないと頭をよぎり、市川くんが帰る前に握手したときに録音機能を作動させた状態でそのまま持たせることにしたのだった。
そのまま持っていてもらうためにライト点灯部をスライドさせて気が付くようにアピールし、合図を送った。
お願い。両親に気づかれていませんように。
市川くんがちゃんと持っていますように。
そして病院に到着した。
まずは4階に行き、ナースステーションの看護師に伝える。
「420号室の市川湊の高校の担任です。面会に来ました。」
もしだめなら盗聴器を回収する。
服のポケットに入っていないか確認したいと言えばいい。
そして、もし家族の許可が必要だったり、病室に義両親がいたときは・・・
「420号室はこの角を曲がって進んでいただき、右側にあります」
いろいろ考えを巡らせてはいたが、まずはクリアした。
そして病室の角を曲がったときだった。
「市川さん、医師から説明があります」という看護師の声が聞こえた。
万が一のため、私はすぐにあった角をさらに曲がって身を潜めた。
複数の足音が通り過ぎていく。
陰に隠れながらそっと姿を確認し、男性、女性が看護師の後をついていくのを見送った。
いなくなったことを確認すると病室に入った。
心電図モニターの音がする。
意識は戻ったのだろうか。
「市川くん」
声をかけたが、反応はない。
それでも心拍はある。よかった。
周りを見渡すとリュックがあり、思わず二度見した。
リュックにキーホルダーがついている。
「あれ、これ私が落としたやつだ。市川くん拾っててくれたんだね」
見られていたり盗聴されていてもいいようにわざと言った。
琥珀が白けた目で私を見ている。
きっと考えすぎだと思っているんだろう。
キーホルダーの一部をスライドさせると、まだ録音状態のライトが光っていた。
そっとボタンを押し、録音を停止して保存すると、自分のポケットに入れた。
もし私服のポケットに入っていたりしたら、看護師か最悪の場合は義両親にお願いするしか方法はなかった。
とりあえずは一安心だ。
「市川くん、早く元気になってね」
声をかけ、買ってきたフルーツのかごのそばに手紙を添えた。
もしキーホルダーがなくなってることに気づいても私が来たからだとわかるためだ。
あたりさわりない内容しか書いていない。
市川くんの入院先は、ご両親が教えてくれた。
名前を聞いた瞬間は驚きを隠せなかったが、ご両親も取り乱した様子だった。
もしかしたら本当に不慮の事故かもしれないとも思った。
それでも、市川くんが嘘をついているなんて思えない。
だから私にできることは、市川くんの回復を願うことだ。
帰り道、車の中で琥珀がぽつりと言った。
「今日、泊まっていく」
「え」
「一人にすると思う?」
「・・・でもまだ何もわからないし・・・」
「わからないからだよ」
どうしたらいい?
市川くんが意識を取り戻してないからって約束破っていいの?
「しかも、仮になつめの推測が当たっていたとしても、欲しい情報が録音されてるとは限らない。その時はなつめだけが証人になる。まずは港の意識が戻るのを安全に待たなきゃ」
「・・・あのね、琥珀を家に来させないって決めたのは、市川くんに言われたからなの」
あくまでも、市川くんが琥珀を守ろうとしたという言い方で琥珀に話した。
「知ってた」
琥珀が言った。
「え」
「でもなつめがそう言ったからには理由があるってちゃんとわかってるから」
「・・・そっか」
「とりあえず今日は泊まる」
スーパーだけ寄って、琥珀はそのまままっすぐ家に来た。
家に着いてから、はっとした。
「中学の時の服ばっかりだけど大丈夫?」
すると琥珀は、自分の部屋だったところから着替えを出してきた。
「え、いつの間に」
「誕生日の時に置いてった」
そして買ったものを私にくれた。ビールだった。
「ちょっと飲みな。そのほうが寝付けるから」
琥珀が手料理を作ってくれた。
ハンバーグと、ほうれん草のナムルと、ニンジンのラぺだ。
ハンバーグはSNSでバズったレシピらしい。
それを食べながらビールを飲んで過ごした。
一人で過ごすより何億倍も心強くて、安心できた。
それでもやっぱり何度も夢を見た。
自分が市川くんの義両親に狙われる夢だったり、市川くんの意識が戻らなかったり、とにかくろくな夢を見なかった。
被害者ぶるつもりはない。不可抗力だ。
両親が突然いなくなって、監視されて、誰も味方がいなくて、琥珀だけが友達だった。
私には琥珀がいたから今まで生きてこられた。
市川くんも同じ気持ちだったのかもしれない。
だから、今は市川くんを助けたい。
市川くんの意識が戻ったのは翌日だった。
両親から連絡があったのだ。
学校に連絡をするのは普通のことだし、変に考える必要はない。
よかった。最悪なパターンも考えてしまっていた。
とにかくもう一度お見舞いに行かなくちゃ。
琥珀に連絡し、仕事終わりに二人で病院に行き、市川くんの病室に入った。
市川くんは起きていて、こちらに気づくと驚いた表情をした。
「・・・市川くん・・・よかった」
市川くんは怯えたような表情をしている。
すぐには話さず、まずは安心させたい。
「体は痛む?大丈夫?」
「・・・痛いけど、痛み止め打ってもらってるから大丈夫」
「そっか・・・」
「・・・来てくれてありがとう」
市川くんは琥珀と私の顔を交互に見ながら言ってくれた。
そして「先生、今までごめん」と言うと、琥珀が飲み物を買いに行くと言って二人にしてくれた。
琥珀が病室を出ると、市川くんはノートを取り出した。
そしてノートに「先生が無事でよかった」と書いた。
すぐに「親に突き飛ばされたせいで車に轢かれたから」と書いた。
やっぱりか。
予測が当たってしまった。
LINEも監視されているかもしれない。
そこでノートに書いた。
「目が覚めた時、怖くなったでしょ」
「麻酔がさめかけた時、一瞬暴れたらしい」
「辛かったでしょ」
「想定内ではあったけど心の準備はできてなかった」
「会話の内容が知られていたってことだよね」
「親にボイスレコーダーとGPSつけられてたから」
「今は?」
「ない。GPSは体に埋め込まれてた」
驚きのあまり、ひゅっと息を吸って市川くんの顔を見る。
市川くんも恐怖と不安が入り混じったような表情をしている。
「医者に言われた。レントゲンに出てきたって説明したら親が知らないってシラを切ったから取り除いたって言ってた」
もしかして、昨日看護師に呼ばれたときのことだろうか。
「いつからなのかな」
「わからない」
「ボイスレコーダーは?」
「携帯ケースのポケットに小さいカード型のが入ってた。さっき探したら出てきた」
「他にもあるかもしれないね」
「しばらく探し続けるつもり」
琥珀が戻ってきたので、ノートに書いた。
「謝りたいことがある」
「何?」
「琥珀にも言った」
「言うと思ってたから大丈夫」
「ごめん」
「覚悟してたから」
市川くんは琥珀にノートを見せた。
琥珀は目を通し、私たちを見てうなずいた。
琥珀からノートを受け取り、ノートに書いた。
「キーホルダーのこと気づいた?」
「うん。ポケットに入れてたけど、家を出る前にリュックにつけた」
「よかった」
「先生が持ってるってすぐわかった」
「内容は確認できてない。市川くんが聴いて、どうするか決めて」
「うん。まだ持ってて」
市川くんは何かを書いて、琥珀に見せた。
「俺のせいだから先生のこと頼む。あいつらが気づいたら何するかわからない」
「殺意はあったのかわかる?」
市川くんは琥珀の顔を見て「前も同じようなことがあった。母親が突き飛ばして父親が轢いた。前回は軽いケガで済んだ」と書いた。
今回のことを考えると殺意があったかもしれないってことだろう。
琥珀がノートに書く。
「今のうちに内容を確認したほうがいい」
私はイヤホンとノートパソコンを渡した。
そして、キーホルダーの一部をスライドさせ、microSDを取り出した。
ここに録音されたデータが入っている。
市川くんはmicroSDをパソコンに入れ、イヤホンを付けた。
何度か早送りしたり、巻き戻したりをしながら再生していたが、何度も辛そうな表情をしながらも確認を続けた。
そしてイヤホンを外し、ノートに書いた。
「全部入ってる」
「警察に提出しよう」
市川くんの表情に戸惑いがみえる。
当たり前だ。殺されかけたんだから。
まだ生きている実感がわいたばかりなのに。
それでも、退院したらどうなるかわからない。
牽制のために事故に遭わせたとしてもだ。
身の安全が保障されることはない。
琥珀がノートに書いた。
「もう恐怖と不安とたたかう必要ないよ」
市川くんは琥珀を見つめる。
さらに琥珀が「ずっと一人で辛い思いしてたんだね」と書くと、とうとう涙目になった。
「ありがとう」
ノートに雫が落ちる。
市川くんはノートを私に渡し、琥珀にキーホルダーを渡した。
私たちはそれぞれかばんに入れた。
市川くんは鼻をかみ、壁に背を預けた。
「退院いつ?」
琥珀が先に口を開いた。
「3カ月後とか。全治はもっと長いからすぐに学校いけるかはわかんないけど」
「なつめ、この場合単位ってどうなるの?」
「前例ではイヤホンつけながらオンライン授業を受けてたはず」
「ビデオ通話だね。湊ならサボりかねないし」
「せっかくサボれると思ったのに・・・」
三人で笑った。
私たちが帰ったあと、市川くんは面会禁止にしてもらった。
もちろん、両親もだ。
個室なので施錠もできる。
私たちは安心して帰ることができた。
「今日は何食べたい?」
車に乗ると、琥珀が言った。
琥珀がいるから私も安心だ。
「今日はめちゃくちゃ飲みたい気分。祝い酒だね」
「殴られたのに、港のこと許してお祝いまでするなんてね」
・・・え?
「・・・琥珀・・・知ってたの?」
「二人で会おうとする時点で警戒するんだから二人にするわけないじゃん」
「えっ、いや、なんでそのとき、えっ」
「今からだって港に殴りかかれるよ、俺は」
そうだったんだ。
あの時見てたんだ。
「でも、なつめの邪魔をしたくなかった。湊を殴ったらなつめが何かされるんじゃないかって。その前から、誰かに脅されてるかもしれないって思ってたし」
「・・・琥珀」
「殴られたのはなつめだから。なつめが許すなら俺も許す。なつめが許さないなら俺も許さない」
「・・・私も、琥珀が許すなら許すよ」
「俺だけの気持ちなら許さないよ」
「なら私はゆる・・・ん?」
琥珀が、ふっと優しく笑った。
「なつめは俺のものだから。許してもいいけど線引きはしてもらう」
「・・・最初ね、市川くんに『琥珀から離れろ』って言われたとき、どうして関係ないくせに邪魔してくるんだって思ってたし、正直嫌いだったの。でも、琥珀を守りたいって気持ちもあるってわかったから許せたんだよ。私が琥珀に助けられたように、市川くんも琥珀に助けられたんだよね」
「俺は助けてないよ」
「ううん、市川くんは琥珀に助けてもらったんだよ。何もしていなかったとしても、それが市川くんの助けになったんだから」
聞かれたくないこともあるし言いたくないこともある。
それが何なのか、気になって仕方ないこともいる。
それを踏み込まずに、しっかり距離を保ったからこその信頼関係なのだろう。
琥珀が市川くんを許すと言ったのはきっと他にも理由があると思ってる。
私にはわからない二人の時間もあったはずだ。
もしかしたら本当に私よりも信頼関係があるのかもしれない。
そう思うと、少しモヤっとする感情があった。
琥珀は春巻きを作ってくれた。
春巻きと、エビとブロッコリーのバジルサラダと、ベーコンとジャガイモのガーリックバター炒め。
ビールがはかどって仕方がない。最高だ。
琥珀が家にいる。
ご飯を作ってくれてる。
前はそれが当たり前になっていたなんて。
今までどうやって一人で過ごしてたんだろうって思うくらい、
一緒にいることの安心感と、帰ってしまえばなくなってしまうんだという寂しさと、
このままずっと一緒にいたいという欲が混ざり合って、余計にビールを飲んでしまう。
そんな今、テレビで流れているドラマには別れようとする彼氏と彼女が映っている。
「琥珀は私がいなくたって他の誰かと幸せになれる日がくるのにさ」
つい言葉に出てしまった。
琥珀は私を見ない。
「わかってても、どうしてだろうね」
琥珀は春巻きにかぶりついている。
「もし離れる時が来たら、私もこの彼女みたいに泣くんだろうな」
「・・・そうならないからじゃない?」
テレビから視線を移すと、琥珀は私を見ていた。
「俺が離れないってわかってるから、そう言えるんだよ」
「・・・そうなのかな」
「なつめもそうなら俺はこんなに苦労しないのにね」
「なにさ、出ていったくせに。LINEも未読無視したくせに」
琥珀が立ち上がった。
私の前に来て、私を立ち上がらせて、私を抱きしめた。
安心するにおいがする。
「そんな一時的な感情に負けるわけないじゃん。俺が高校卒業したら毎日、嫌でもそばに居続けるのに」
「・・・毎日?」
「うん。毎日」
「邪魔だって言われたら?」
「そのときは消えるよ」
とっさに琥珀の顔を見た。
琥珀はやさしい顔で、それでも淡々と話す。
「俺はなつめのために生きてるんだから」
_____何かがはじける音がした。
琥珀を引っ張って、ソファーに座らせた。
その上に座った。
首筋にかみついた。
「・・・っ」
琥珀が私の腕をつかむ。
「今の言葉、一生言ってね」
私にだって琥珀しかいない。
どんな形であれ、ずっと一緒にいられたらいいな。
もし琥珀に好きな人ができたとしても、絶対に私を優先して私に会いに来てくれるのならきっと許してあげるから。




