鼓動
清水くんが嬉しそうに青山先生と話している。
青山先生が、私の知らない顔をしている。
きっとあの時の青山先生に戻っているのだ。
向かい合わせに座っている森川と桐沢先生も、仲良さそうに私の知らない話をしている。
きっと私の知らない2人の時間があったのだ。
森川が少し照れていてかわいい。
森川のお兄さんは市川くんと話をしている。
「めっちゃイケメンだね。モテるでしょ?」とか言ってて、市川くんが「はい」って言ってる。
それぞれが2人ずつでいろんな話をしていて
まるで教室の中にいるようだ。
それでも、そのにぎやかさはなんだか落ち着く。
「お待たせいたしました、焼き鳥のハツです」
琥珀が私の前に皿を置くと「あっ、それ俺かな」と森川のお兄さんが言って、琥珀は少し慌てて皿を渡した。
私がハツを好きなのを覚えている。
「私、ハツ好きそうに見えた?」
意地悪してやろうと思って言うと琥珀は
「なんか先生に似てたんで」
とにやりとして言った。
「はい?」
「特にあの真ん中の串の1番上のハツとか」
「悪口だよね?」
「いや、そんなつもりは」
「じゃあハツじゃなかったら?」
「・・・」
黙って私の顔をみる。
「もういいよ、ハツってことで」
琥珀がクスクス笑っていると、市川くんが琥珀に話しかけた。
「そういえばこないだお前とのプリクラ載せたら『紹介して』って言ってきた子がいたんだけどさ、LINE教えていい?」
「誰?」
「お前が『好きな人に似てる』って言ってた子」
無意識に市川くんと琥珀を見てしまい、はっとしてあわててビールを飲む。
「誰だっけ」
「こいつ」
市川くんが携帯の画面を見せている。
うわー気になる。
私に似てるってこと?
いいよって言うの?
いや、LINEくらい別にね。いいよね。
「琥珀、彼女ほしいって言ってたじゃん」
え。そうなの?
私のこと好きって言っておきながら?
別なやつと付き合うつもり?
もうあんなのは娘が父親に「おおきくなったらぱぱとけっこんする!」とか言ってたようなものだったの?
で、父親に似てる人と付き合うみたいな?
「こいつも彼氏と別れたばっかりでさ」
「そうなんだ」
「こいつすぐ男と寝るから秒で食われるね」
「だめだよそんな人紹介したら」
脊髄反射で口にした言葉で、二人が私を見る。
「秋月くん、何年もずっと好きな子がいるんでしょ?なら自分のことも大切にしなさい。軽い気持ちで遊んでからその好きな子と付き合おうとするなんて失礼だよ」
言い終わってから、つい口を出してしまったと反省した。
森川も私を見ている。あーやってしまったか。
「先生、俺の好きな子の気持ちがわかるんですね」
琥珀が言う。意地悪すぎる。
「娘が取られそうになった父親みたいな気持ちになっただけだよ」
「先生は俺が取られるのが惜しいんですか?」
「いや、あの」
私は何を言っているんだ。誰か助けてくれ。
「俺、琥珀が取られたら嫌だ。遊んでくれなくなるじゃん!」
森川がでかい声で言った。
「頼む。琥珀に女を紹介しないでくれ。それなら俺に紹介してくれ」
森川はきっと私を助けてくれている。
「ふーん・・・森川くんって一途だと思ってたのに結構遊び人なんだね」
桐沢先生が頬杖をついてカシスオレンジが入ったグラスを混ぜるようにくるくる回している。
意味ありげな笑みを浮かべている。
「いや?俺一途だよ」
「だって紹介してほしいんでしょ?」
「そろそろ俺も彼女ほしいもん。いや、そうじゃなくて琥珀に彼女ができるのが嫌で」
「じゃあ私と付き合えばいいじゃん」
桐沢先生、周りを気にしなさすぎる。
みんなが二人を見ている。
「あー今の減点だね、桐沢せんせ。みんなの前で言ったら本気度は薄れるんだよ」
「違うよ、公開プロポーズをするほど真剣ってことじゃん」
「わかってないなあ(笑)俺が『はい』って言いやすい状況かどうか考えるのを優先しなきゃ」
「うわ、論破された(笑)」
「軽い気持ちで言ったんじゃないなら出直しな」
「わっ、めっちゃえらそう(笑)」
周りが笑っている。
告白を断っているわけでもなく、桐沢先生のこともちゃんと守っている。
二人の世界にならないように、周りのことも考えている。
あとから聞くと、森川は琥珀とも連絡を取っていて、私と会うつもりだと知っていたらしい。
森川はやっぱり頭がいい人だ。
そして、いつも私たちを助けてくれる。
人と全然連絡を取らない琥珀も、森川とは頻繁に連絡を取っていて、いつものように遊んでいる。
だけど、いつもそばにいてくれることを望むのは違う。私も森川の幸せを考えたい。
桐沢先生とうまくいってほしいというより、森川のことを幸せにしてくれる人がいればいいな。
「玲子ちゃん、俺と付き合わない?」
そこへさらに告白の言葉が舞い込んできた。
ずっと一途に青山先生を想っていた清水くんだ。
「あの時、『あなたはまだ学生でしょ』って言ってたよね。今俺大人だし。嫌ならパチンコやめるし」
清水くんは私から桐沢先生に寝返ったと思っていた。
でも、桐沢先生にも連絡はしていなかった。
そもそも私にかわいいと言っていたことで森川に紹介してもらったが、もしかしたら青山先生と再度コンタクトを取るつもりだったのかもしれないと今は思う。
「嬉しいけど、私は清水くんのことまだよく知らないし・・・」
「高校の時、俺のことどう思ってた?」
「・・・それは・・・」
「お付き合い前提で俺と友達になりませんか」
「・・・はい」
拍手と歓声が沸き起こる。
もはや、隣の席にいた団体の何人かまで私たちに混ざって拍手している。
まるでプロポーズが成功したような雰囲気だ。
まだ友達になっただけなのに(笑)
二人はLINEを交換した。
それを見て、羨望感が生まれた。
ふと琥珀を見た。
琥珀はちらっと私を見てから唐揚げを口に入れ、私の右手に自分の左手をそっと重ね、指を絡ませた。
そして、その手を掘りごたつの中に忍ばせた。
私には琥珀がいる。
その安心感と、漠然とした寂しさと、まだ残る羨望感と、ふと生まれた不安。
いつまで琥珀は私を好きでいてくれる?
清水くんみたいな一途さをもつ人間は、かなり稀だ。
琥珀が卒業するまで好きでいてくれるなんて保証はどこにもない。
約束することもできない。
人の気持ちなんて脆いものだ。
約束なんて、破られる前提も踏まえて結ぶことの方が多い。
そんな中で解散の時間を迎える。
青山先生は清水くんに送ってもらうらしい。
森川はお兄さんと一緒に帰る。
桐沢先生と市川くんは地下鉄の方面が一緒らしい。
「あれ?琥珀って俺と一緒の地下鉄だよね」
市川くんが言うと、琥珀は
「俺、今日好きな子と会うからこっちなんだよね」
と言った。
そして私と琥珀は一緒に帰宅した。
途中で雨が降ってきたので、2人ともびしょ濡れだった。
「ただいま」
琥珀が言って、家に入る。
「あれ?おかえりって言ってくれないんですか?」
「なんでまだ敬語なのさ」
「先生、俺は生徒じゃないですか」
なんで急に線引きしてくるの?
意味わかんない。
「あれ?怒ってるんですか?」
「・・・別に。あれ?秋月くん、ご飯作るって言ってたよね」
「だってお腹いっぱいじゃないですか。もう17時半ですけど、晩ご飯食べます?」
「じゃあ何しにきたの?」
いらついている私の目の前に琥珀が来る。
「意地悪だなあ、先生。何しにきたかなんてわかってるくせに」
「・・・用がないなら帰りなさい」
「俺が敬語を使う理由なんてひとつです」
琥珀は私のネックレスを触った。
「わざわざ敬語を使うなんて、なんかえっちじゃないですか」
自分より背が低い私を見下ろしている。
その言葉と、私を見るその目に、自分の顔が熱くなるのがわかる。
私の髪と、琥珀の髪からたまに雫が落ちる。
「『おかえり』って言ってください」
「・・・おかえり」
帰ってきたはずの琥珀が、知らない人に見える。
「はい。ただいま」
琥珀がさらに私の目の前にくる。
呼吸が聞こえそうで、恥ずかしくて、それでも何だか息苦しい。うまく呼吸ができない。
めまいがする。飲みすぎたのだろうか。
拒まない私を見て、琥珀がそっと私を抱き寄せる。
琥珀の心臓の鼓動がわかる。
少し早い。
琥珀も緊張しているのだろうか。
甘い香りがする。
琥珀の首のにおいをかいだ。
琥珀が少しぴくっと動く。
私のお腹に、固いものが触れた。
琥珀が、さらに私に密着する。
ぐっ、と、当ててくるように。
腰に回す手の力が強い。
くらくらする。
ゆっくり、琥珀が体を離した。
「・・・何か飲み物ありますか?」
「・・・うん」
琥珀の耳が赤い。
「ちょっと、落ち着きたくて」
私もだ。
頭がおかしくなりそうだ。
あれが限界だった。
だから、琥珀から離れてくれてよかった。
「あったかいココアとかどう?」
「冷たい飲み物がいいです。・・・暑いので」
自分の心臓の鼓動がうるさい。
耳が脈打っているかのようだ。
コーラに氷を入れたグラスを二つ用意した。
琥珀が一気に飲み干して、氷がカラン、と音を立てる。
もう一度コーラを注いだ。
そして、お互いタオルで髪を拭いた。
琥珀は私の隣に座らなかった。
食卓テーブルで頬杖をついていて、携帯ゲームをやっている。
そんな落ち着いている琥珀をみて、私も徐々に落ち着いていった。
それから少し話したりしているうちに2時間が過ぎた。
テレビをつけると「豪雨・強風警報」と表示されている。
カタカタと少し揺れているのに気づく。
「なんか揺れてる」
そう言って立ち上がると、琥珀が窓を見ている。
「風ですね。めっちゃ雨やばいです」
「うそっ」
窓に近づくと、激しい雨が窓を叩きつけるように降っている音に気づいた。
「俺、帰れるのかな」
「え?」
琥珀が携帯の画面を私に見せる。
地下鉄の運休画面だ。
浸水の危険があるらしい。
「この天気のせいで、俺の家あたりが停電になってるみたいです」
激しい雷の音がした。
すると、私より先に琥珀が激しく驚き、肩をすくめた。雷が怖いんだ。
そんな様子、今まであったっけ。
いや、たまたま一緒にいなかっただけなのか。
どうだったっけ。
「大丈夫?テレビの音少し大きくしよう」
画面に「大雨警報」と表示されている。
確かに、これだと帰れないかもしれない。
そこから、お互いそれについて何も言わなかった。
言葉にしてしまったら、やましいことをしているようで、一線を越えようとしているみたいで言えなかった。
琥珀もきっと同じだ。
それでも「お風呂入ってきます」と言ってお風呂に入り、まるでこうなることを予測していたかのように、しれっと部屋着を着ている。
私もお風呂に入り、部屋着に着替えた。
部屋に戻ると、琥珀が携帯を見ている。
後ろを通りかかった時にちらっと見ると、反射で自分が映っていて、画面越しに琥珀と目があった。
慌てて目を逸らす。
「・・・気になるんですか?」
「えっ、何が」
「さっきのことです」
「・・・さっきって?」
「やだなあ先生。俺に女を紹介しないでくれって言ってたじゃないですか」
「いやそこまでは言ってないし」
「じゃあ、どこまでならいいんですか?」
「いや・・・」
琥珀の見透かすような目に、ひるみそうになる。
「自分がされたら嫌なことを、しなければいいんじゃない?」
「なら俺は、異性と仲良くしてるのも嫉妬しちゃうし、異性と連絡を取られるのも嫌です。他の人が目に映るのも。それでも、もし誰かと付き合ったとしても俺は待ちます」
「・・・なら、なんでいなくなったの・・・?」
つい、わかっていることをわざわざ聞いてしまった。
「未来を守るためです」
琥珀がまっすぐ私の目を見る。
大人になったようで、この綺麗な目はずっと変わらない。
琥珀の気持ちも変わっていない。
「言ったじゃないですか。大人になったら迎えにいくって」
「・・・うん」
「だから待っててください。・・・じゃあ、俺は右側のベッドに寝ますね」
「うん」
琥珀は寝室に入ろうとして、
「そういえば俺、童貞なんです」
と言った。
「先生には関係ないかもしれないですけど、なんとなく言っておこうかと思って」
そして寝室に入っていった。
しばらくして私も隣のベッドに横になったものの、なかなか眠れなかった。
雨が窓を叩く音も、風の音もうるさいのに、それが逆に私の気持ちを落ち着かせてくれた。
そして気がつくと朝だった。
隣に琥珀はいない。
いいにおいがする。
テーブルに、ご飯と味噌汁とだし巻き卵がある。
そして置き手紙があった。
「またあとで」
と綺麗な字で書いてある。
琥珀がいないことにほっとした。
いつもの日常に戻ってしまうことに、琥珀が自分の生徒に戻ってしまうことに寂しい気持ちもある。
それでも今日ばかりは、ほっとしていた。
「白雪先生おはよう」
教室に向かう途中、桐沢先生が声をかけてきた。
「桐沢先生、おはよう」
「聞いて聞いて、実は昨日、森川くんとデートの約束したの」
「急展開」
「公開告白がだめなら二人の時にいつか告白するって言ったら、森川くんが『二人の時って?』って聞いたから、まずはデートしようって言って、映画観に行く約束を取り付けたの」
「おお。積極的」
「でも、攻めすぎたから私も引きたくて、ダブルデートにしようって言ったんだ」
「ダブルデートかあ」
「で、白雪先生を誘おうと思って」
「私・・・?えっ、青山先生じゃなくて?」
「うん。白雪先生がいいなって」
「・・・どうして私なの?」
「私・・・女友達がいなくて。私にとって仲の良い友達って白雪先生なんだ」
桐沢先生は、森川が私のことを好きだと知っている上で誘っている。だから、うっかり嫌なことを考えてしまうところだった。
森川が私に時計を渡したのもわかっていて、その気持ちを大切にしたいと言ってくれたのに。
「嬉しい」
思ったことが、そのまま声に出た。
「私、親友だと思ってた人に裏切られたことがあって、それがトラウマでなかなか人に心を開けなかったの。そんな私に桐沢先生を紹介してくれたの、森川なんだ。あいついい奴だから、いい人のことを見抜けるのかもしれない」
「白雪先生…」
「桐沢先生のこと、柚希って呼んでもいい?」
「私も、棗って呼ぶ!」
「あなたたち、学校では敬語を使って話さなきゃだめです」
青山先生が来た。
私たちがにやにやして先生を見ると、
「なんですかその顔!」
と言ってから、先生もにやにやした。
「昨日は、熱い夜を過ごしましたか?」
「えっ、何言ってるんですか」
「清水くん、一人暮らしって言ってたんです」
「・・・」
私と柚希が顔を見合わせてにやにやする。
「青山先生、学校の外では私も『玲子ちゃん』て呼びますね」
「私も」
「・・・別に呼び捨てでいいのに」
三人で教室に向かう。
今すごく幸せだ。
失った友情の枠を2人が埋めてくれる。
埋めて、枠を大きくしてくれる。
きっと私たち全員が似たような経験をしているからこそ、お互いの気持ちを理解できる。
一緒に喜び合える。
ルンルンで教室に入って教卓に荷物を置くと、
頬杖をついた琥珀が観察するように私を見ている。
「先生、楽しそうですね」
昨日のことなんてもう忘れてしまったかのような、
余裕な表情だ。
「うん。おいしい朝ごはんを食べたんだ」
琥珀はちょっと嬉しそうに教卓に来た。
「先生、実は俺も・・・いいことがあったんです」
「・・・どんな?」
「彼女の家に泊まったんです」
琥珀がいたずらな笑みを浮かべている。
「すごく大変でした」
「・・・大変だったの?」
「はい。気持ちを抑えるのが」
それを聞いて、顔が熱くなるのがわかる。
昨日はなかなか眠れなかった。
「先生って、からかいがいがありますね」
「そう?もう少しこっちにきて」
私ばっかり翻弄されるもんか。
近づいてきた琥珀の耳元で
「・・・結構、大きいんだね」
と言った。
琥珀の顔が真っ赤になった。
「どうしたの?背の話をしてるんだけど・・・」
琥珀が黙って席に戻る。
そして顔を伏せたまま、自分の両目に人差し指と中指を当てて、その指を私に向けた。
これは、ちょっと。
いい。
かなりいい。
にやけが止まらない。
琥珀が赤くなっているのを初めてみた。
どうしよう、にやけてしまう。
そんな私の顔を、市村くんが見ている。
その瞬間、私はにこっと微笑んだ。
琥珀だけと仲が良くなったつもりはない、とでも言うように。
ちょっとからかいすぎたかもしれない。
すると、市村くんが私のところに向かってくる。
笑顔のままでいるようにしているが、内心は焦っている。
どうした。なんでこっちにくる。
おい。
市村くんが私を見下ろすように見ている。
でも、嫌な表情ではない。
「・・・どうしたの?何か用事?」
「昨日はありがとうございました」
「あっ。どういたしまして」
市村くんが何か言いたげな顔をしている。
「そんなに見られたら、顔に穴開くんだけど(笑)」
「・・・俺、知ってるんです。二人のこと」
「・・・え」
「中学の時、公園の近くに住んでて」
思わず立ち上がった。
みんなが私を見る。
琥珀も私たちを見ている。
「琥珀には内緒にしてください」
「え・・・なんで・・・」
「先生のこと信じてますから。その間は俺は何も言いません」
市村くんが、私と琥珀のことを知っている。
そして、琥珀には言うなと言っている。
どうしよう。
どうしたらいいんだろう。




