自分の誕生日の過ごし方
私の誕生日はほとんど誰も知らない。
おそらく、知ってるのは琥珀と森川だけだ。
志穂にも篠田にも誕生日を言ったことはない。
「自分の誕生日を知らない」と話していたからだ。
2月13日、有給を取った。
自分のための有給だ。
何をするかは決めている。
まずは自分のためにプレゼントを買いに行くことにした。
ワイドパンツにお気に入りのタートルネックのセーターを着た。
その上に、お気に入りのオーバーサイズのボアジャケットを羽織った。
髪を巻いてポニーテールにした。
流行を追うよりもシンプルなものを選ぶ。
スカートがダサいと言われた私が学んだことだ。
20歳の誕生日は公園でビールを飲んだ。
その次はどうだったっけ。
なんなら24歳になった今日、4年越しのお祝いになるのでは。
車で駅まで行き、そこから地下鉄に乗って大きな街まで行った。
何を買うかは決めていない。
森川からLINEがきた。
「せんせー風邪ひいたの?」
「いや、有給」
「なんで?」
おまえ。誕生日忘れてんのかよ。
「直接おめでとうって言いたかったんですけど。自分の誕生日に有給使うなよ」
「自分しか自分にお祝いできないんだからいいじゃん」
「俺!俺わい!」
スタンプが送られてきた。
ケーキから猫が飛び出て、ケーキまみれで「Happy Birth Day!!!」と言っている。
しかも、しれっとケーキを食っている。
そして猫入りのケーキを食べていた人間たちが驚いている。
そらそうだ。とんでもねえ異物が混入してるんだからな。
・・・そんなことよりお礼を言うべきか。
「あーどうもどうも」
「今からでも間に合う、来い!!!」
何にだよ。
そっとトーク画面を閉じた。
とりあえず、服を買おう。
なんなら今日着るために買ったりしようかな。
普段着ないような服とか着ちゃおうかな。
ださいと言われまくったスカートが脳内に再登場する。
いや、これをフラグにはしない。
・・・そして結局服を買わずに終わった。
もはや、自分が何がほしいのかがわからない。
どうして、人は金欠のときに限って物欲が高まり、いざ手に入れると急に惜しむのか。
なんなら、あんな欲しかったもののはずが、突然いらなくなる。
無理して買った服に限ってさほど着ない。
お金がないときに限って広告でめちゃくちゃかわいいコスメが流れてくる。
そういえば、よくパチンコを打つらしい清水さんが言っていた。
「金があると勝負に出るが、負けても勝負に出る」と。
違う人種だと認識した瞬間だった。
あの飲み会の時に森川のお兄さん、清水さんとLINE交換をした。
だが2人とも桐沢先生狙いになったらしく、清水さんから私に送られてきたのはパチンコで40,000発出したときの写真と、この言葉だけだった。
そして森川のお兄さんとはLINEをしていない。
もちろん根に持っている。
モテたくない人などこの世にはいないと思っている。
もしいたら、それは「モテすぎて疲れた人」だ。
きっと、
「もう男とかいいわ、猫ほしい(笑)」
とか言いながらモテそうな酒を飲んでいるのだろう。
そして一緒に飲んでいるのも男なのだろう。
そしてその男が「俺にしとけ(笑)」とか言う。
女は「あんた絶対浮気するじゃん。やだ(笑)」とかいう。
そういっている中、別れたばかりの元カレから「元気?笑」とかLINEが来たりする。
そしたらそれを見た男が携帯を取り上げる。
「やめて、返してよ~(笑)」
「まだ連絡取ってんの?やめろって」
「ワンチャンより戻そうとか言ってくるかもしれないじゃん」
「もっと他にいい男いるって」
「・・・じゃあ付き合ってくれんの?」
「お前、言ったな?言葉に責任持てよ」
とか言って人前で平気でキスしたりする。
・・・私は誕生日に何をしている?
妄想してる場合か。
もういいや。ちょっといいリップとか買おう。
「いらっしゃいませ。プレゼント用ですか?」
「・・・はい」
自分のプレゼントにラッピングしてしまった。
開ける時にむなしくならないだろうか。
そもそも彼氏がいる人はきっと彼氏に祝ってもらうのだろう。
カ〇ティエのネックレスとかもらってインスタにあげたりするのだろう。
「彼氏にもらった~(ネコが泣いてる絵文字)大好き~~(うるうるしてる絵文字)」
とかの内容で。しかもベッドで彼氏に添い寝されながら投稿する。
そして自分の彼氏のお祝いのときは、数字のバルーンとか買ってベッドを飾って、手作りのケーキか、注文していた好きなキャラクターとかのデザインのケーキを置く。
そしてベッドとテーブルにバラの花びらを散らす。
ストーリーには「唐揚げちょっと焦げちゃった笑」とか書いて、全く焦げてすらいない綺麗な唐揚げを載せる。(もしガチ焦げしたら証拠隠滅で自分で食べたりとかする)
で、仲のいい友達カップルを呼ぶ。(友達の性格は嫌いだけどギャルだから自分を陽キャに見せるため)
「サプライズ成功~(赤以外の色のハート)2✕歳おめでとう、アラサーだね!笑」
とか書いて載せて、そしたら友達カップルが「〇〇、酔っぱらい過ぎて泣いててまじでうけた笑」とかコメントして、そしたら「まじで!覚えてないんだけど!笑 墓場まで持って行って!笑」とかリプを送る。
・・・私は誕生日を妄想で終わらせるのだろうか。もう帰ろうかな。
私には一緒に祝ってくれる彼氏もいないし、家族もいない。
このままずっと独り身だったらどうしよう。
だめだ、絶対素敵な何かを食べるんだ。
じゃないと、誕生日を知ってしまったならではの寂しさがある。
あんなに自分の誕生日がないことにひねくれて生きてきたのに、いざ知るとこうなるなんて。
自分にご飯を作る?
でも片付けがむなしくなる。
そうだ。
通り慣れた道を行く。
途中で、実家がある通りを通りかかる。
通り道だから仕方ない。
何年振りだろう、4年ぶりか。
出ていったのは4年前の今日だ。
まさか、同じ日にここを通ることになるなんて。
あの人たちには、私が誕生日を一人で過ごしているなんて思われたくない。
素敵な誰かと一緒にいるところを偶然見かけられたい。
たまたま生徒といるところを見られて、教師になったのか、なんて。
高級な店にいて、誰かに高級なものをプレゼントされているところでもいい。
そこにたまたまテレビ局が通りかかって、
「デートですか?」
と言われて、
「彼女の、いや、将来の嫁の誕生日プレゼントを買いにきたんです」
とか彼氏が言う。
そして、身に着けているものはあいつらが買えないようなブランドのものばかり。
「うわ、あいつ玉の輿じゃん」っつって。
貧乏なあいつらが悔しそうにテレビをにらんだりして。
そんなことを考えているのに、自然と吸い込まれていく。
私の足は実家に向かっていく。
すると、ドアが開いた。
「ちょっと、荷物運ぶの手伝ってよ」
母親が家から出てきた。
綺麗なコートを着ている。
とにかく綺麗なバッグを持っている。
すると、
「俺は両手ふさがってるからさ」
と聞こえてきて、小さな子供を抱いた父親が出てきた。
二人とも、私には気づいていない。
「ひろと、ママのところにおいで」
「いや、ひろと。パパのところにいないとミッキーには会えないもんね~?」
「ちょっと、荷物大変なんだから~」
「わかったわかった(笑)」
車が発射するころには、もう私はそこを離れていた。
実家には新しい家族が増えていた。
自分の子なのか、引き取ったのか、預かっているのか、それはわからない。
だって、連絡なんて取ったことがないんだから。
あの小さな男の子とディズ〇ーランドに行くのだろう。
私は、そこにはいない。
だって、一緒に行こうなんて連絡取ることなんてないから。
本当は、バイトしていたあの洋食屋に行くつもりだった。
でも、無理だった。
こんな、どす黒い感情で食べていいはずがない。
あいつらのことを考えながら、作ってもらったこともない食べ物なんて、食べたくない。
きっと泣いてしまう。
あの夫婦にこの感情を衝動的にぶつけてしまう。
そしたら、幸せじゃない私を見て、きっと悲しむだろう。
そもそも私は何を期待していたんだろう。
私に気づいた親が「棗!元気だったの?」と言うことだろうか。
「あれはお姉ちゃんだよ」と紹介してもらうことだろうか。
「一緒においで」と言われることだろうか。
どれも違う。
不幸でいてほしかったんだ。
子供を二人も失って、途方に暮れていてほしかった。
ざまあみろ、自分たちが悪いんだぞ、って罵倒してやりたかった。
一生かけて償え、って。
それで、もし謝り倒してくるときがあったら、そのときは・・・・
いや、どこかでわかっていた。
そんな風になるくらいなら私を引き止めるはずだ。
引き止めなくたって、新しい住所を聞いてくるはずだ。
でも違った。
それをただ再確認して、自分の古傷をまた傷つけただけだ。
あのときの痛みを再度味わおうとしたわけではない。
私の過去を塗り替えてくれるような、そんなことがあればいいなって。
少しでも報われるようなことがあればいいなって。
でもこれからあいつらはテーマパークに向かおうとしていたのだ。
金銭面で困るどころか、新しい家庭で裕福な暮らしをしているのだ。
いや、仮に裕福じゃなかったとする。
なけなしの貯金を崩していたとする。
それでも、惜しみなく使おうと思える、新しい家族がいるのだ。
携帯を取り出す。
琥珀とのLINEのトーク画面を開く。
「メモ あのクズの戸籍から抜ける」
と送った。そして、
「メモ 車のタイヤをパンクさせる」
と送った。
「でもその車はない」
「家族で出かけているから」
「何がディズ〇ーランドだよ」
「破産しろ」
「家の鍵も持ってない」
「事故ればいいのに」
「死ねばいいのに」
「子供が重い病気にかかればいいのに」
「高額医療を払って破産すればいいのに」
「新しい家族迎えてんじゃねーよ」
「くだらないことに金使ってんじゃねーよ」
「何が誕生日だ」
「クソもめでたくない」
「クソ家族」
「クソ家族」
「神様なんていない」
泣きながら送り続ける。
自分の誕生日に、私は人の不幸を願っている。
それも、自分の家族だった人の。
それでも、その人たちは私のことなんて覚えていない。
私のことなんか忘れて、新しい家族と幸せに暮らしているのだから。
車も新車だったな。
いや、でも故障して買わざるを得なかったのかも。
それでも、テーマパークに行くお金がある。
帰ってきたら貧乏暮らしになるかも。
子供が「ディズ〇ーランド行きたい!」「あれ食べたい!」というかも。
そしたら、あの人たちは子供のために働くだけだ。
両親が二人ともそろっているのだから。
私にはどっちもいないのに。
どんなに考えてもあいつらは不幸になってくれない。
不幸にしようとしても幸せに暮らしてしまう。
不幸にしてやりたいのに。
こんなに憎んでいるのに。
忘れたはずのことが、私だけがまだこんなにつらいなんて。
私だけが前に進んでいない。
私だけ。
これは呪いだ。
私の何がダメだったの?
こんな気持ちになるようなことした?
私がお前らに何をしたっていうんだよ。
もっとかわいかったら、こんなにひねくれていなければ、普通の人みたいにかわいがってもらえたかもしれないって思ったことがあった。
でも違うよね。
私じゃなければよかったんだね。
私以外なら、誰でもよかったんだね。
ふらふらと歩き、公園に向かった。
琥珀と会った、近くの公園だ。
あの時みたいに、一人でビールを飲もう。
あの時だって、一人だった。
一人でお祝いできた。
でも、私はもう孤独じゃない日を過ごしてしまった。
一人じゃないことを知ってしまった。
なのに、私にはもう、琥珀もいない。
携帯を投げようとして、やめたときだった。
「琥珀 不在着信」
と、携帯に表示された。
急いでトーク画面を開く。
既読が、ついている。
私の呪いの言葉に、全部既読が付いている。
吸い込まれるようにボタンをタップして、電話をかけなおす。
「もしもし」
琥珀の声だ。
「こはっ・・・・」
声が詰まる。
「ごめ、ごめん」
「なにが?」
「ごめん、ね」
「泣かないで」
「無理、だよ」
喉がしゃくりあげる。
「大丈夫?」
「だい、じょうぶじゃ、ない」
「痛い?」
「いた、くな・・・いたく、ない」
「辛い?」
「つらい、つらいよ。たすけて、こはく、たすけて」
「・・・早く帰っておいで」
走った。
琥珀と暮らした、あの家に走った。
私は期待している。
来てくれているかもしれない。
誕生日おめでとうと言ってくれているかもしれない。
家と一緒に、その前に立つ人影が見えた気がした。
だんだん近くなる。
涙でぼやける目をこすって走る。
それでも、人影なんてなかった。
家は暗かった。
電気ひとつ、ついていない。
これが私の現実だ。
だって、手放さなきゃいけなくなったのは、自分のせいなんだから。
震える手で鍵を開ける。
もう死んでしまおうか。
自分の誕生日に。
そう思った。
だから、パン!と音が鳴ったとき、
ピストルで誰かが私を撃ってくれたのかもしれないと思った。
でも、電気がついた。
玄関が明るくなった。
どこも痛くない。
床を見ると、紙吹雪のようなものと、テープみたいなものが落ちている。
ゆっくり部屋に近づく。
「ホラー映画ってさ、なんでおそるおそる近づくんだろうね」
昔、琥珀に言ったとき、
「怖いと足がすくむのって本当で、キャー!なんて声は出ないんだよ」
と、琥珀は言っていた。
じゃあ、今、これはなんだろう。
足がよろよろする。
ドアを開ける。
薄暗い。
ケーキの上のろうそくだけが部屋を照らしているからだ。
さっきまではくだらないと思いながら、それでもうらやましいと思いながら妄想していた。
でもこれは妄想じゃない。
「はっぴばーすでーとぅーゆー、はっぴばーすでーとぅーゆー」
綺麗な、やさしい歌が聞こえる。
「はっぴばーすでー でぃあ なつめー。はっぴばーすでーとぅーゆー」
拍手がする。
「早くろうそく消して」
ろうそくを消す。うまく消えない。
だめだ、口が震える。
やっと消えた。
幻覚じゃないよね?
夢オチじゃないよね?
電気がついて、琥珀が立っていた。
私の唯一の家族で、私にとっては家族。
琥珀が拍手しながら言った。
「なつめ、誕生日おめでとう」
私が一番欲しかったものが、そう言ってくれたのだ。




