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2年前まで同居してた高校生の担任になってしまった  作者: 冴花


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19/23

琥珀の誕生日

「え、知らなかったの?!」



教壇の前で、森川がわりかし大きな声で言ったので、私は「声でかいよ」と言った。




「え、今までどうしてたの?」


「・・・何もしてない」


「お互い?」


「うん・・・」


「えー、まじ?」




森川が驚いているのは、琥珀の誕生日を私が一度もお祝いしたことがないからだ。



というのも、自分の誕生日も平日同然に過ごしてきた。

幼少期、親に自分の誕生日はいつか聞くと親は、


「そんなもの聞いてどうするの?」



と言い、教えてくれることはなかったからだ。

誕生日は聞いてはいけないものと認識し、高校生になるまで知ることはなかった。

何を見ればわかるのかすら知識もなかった。



もちろん、弟は毎年お祝いしてもらっていた。

弟の誕生日に、私は作りたくもない誕生日用のご飯を作っていた。

その反発心と、祝いたくない気持ちがあり、米が余っていても同じものを食べずに白米に塩をかけて食べたりしていた。


一度、弟が私に半分わけてくれようとしたのを突き放し、料理がこぼれて弟の服にかかったことがあった。

私はきつく叱られ、物置に閉じ込められたのだった。

それから弟との距離はさらに遠くなっていった。 



いつからか、一緒に食事をとることすら嫌になり、部屋に閉じこもった。

家事をやれと言われてからも、作り終えるとすぐに自分の部屋に閉じこもっていた。

洗い物をやれと言われるのが一番不愉快で、一番家族を憎んだ瞬間だった。

なぜ食べてもいないのに他人の物を洗わなくてはならないのか。


不愛想にキッチンに向かい、ガチャガチャ大きな音を立てながら洗い物をする私を不快に思った親に「うるさい。割れたらどうするの」と注意されることも何度かあった。




「せんせー、だいじょうぶ?」


「あ、ごめん。ぼーっとしてた」


「ちゃんとお祝いしなよ?琥珀、誕生日のお祝いしてもらったのは保育園でみんなにお祝いしてもらったのが最後って言ってたから」



私が保育園に通っていた時はそんなイベントなかったな。



「いつだっけ」


「んもう、携帯にメモ入れなさい。12月20日です。ちなみに僕、森川樹の誕生日は5月5日子どもの日です!!」




今日は17日か。


・・・あと3日だと・・・?



「いやもっと早く言えよ」


「いやしらんて!そして知っとけ!」





自分の誕生日をしっかり認識するきっかけになったのは、高校生になってバイトをした時だ。

専門学校に行くには学費が必要だと知って、貯金するためにバイトを始めようと思い立ったのだ。

必要書類をそろえるのに親に頼む必要があり、親に借りた保険証と年金手帳のコピーをもらった。


その時、自分の誕生日が記載されているのを見たのだった。

泣きたいような、嬉しいような、なぜ今まで知らなかったのかと思うと怒りすら湧くような、そんな気持ちだったのを覚えている。




最初に応募したのはパン屋で、書類選考で落ちた。

次に応募したケーキ屋は面接で落ちた。


その次に受かって働いたラーメン屋は「声が小さい」と言われ続け、嫌になり始めていた時だった。

コンロの近くにこぼれたスープをティッシュで拭こうとしてしまい、火が燃え移り、床に落としてしまったのだ。客の前で怒鳴られたこともあって逃げるようにやめたのだった。



・・・だめだ。今はこれ以上思い出すのはやめよう。




そして授業を始めた。



仕事が終わると、琥珀の誕生日プレゼントを買いに行った。

何がいいか考えた結果、リュックにした。

学校で使わなかったとしても何かの機会に役に立つだろう。


黒の無地のリュックにした。

奮発して、少し有名なブランドにした。

自分のスーツを買った時以来の出費だが、自分にとってはいい出費だ。

誰かのためにプレゼントを買うのはいい気分だな。



そのあとはスーパーに買い物に行った。

総菜コーナーを通りかかり、オムライスが目に入る。




ラーメン屋の次に面接を受けたのは老舗の定食屋だった。




「どうしてここで働きたい?」



気むずかしそうな年配の店長が聞いたとき、私は



「オムライスがとてもおいしそうだったので」



と言った。



「食べてもいないのになんでわかるの」



そんなことを言われるとは思っていなかった私は黙ってしまった。

店長がため息をつき、首を振る。



「適当なことを言われるのは慣れてるんだよ。そういうのは食べてみてから言いなさい。薄っぺらい動機を並べるくらいなら『家から近い』とか言えばいいんだから」




店長にそう言われ、私は少し腹が立った。




「こういうところに連れてってもらったことがないんです。作ってもらったこともないので」



と吐き捨てるように言った。店長は、



「オムライスを食べたこともないっていうのかい」



と聞いた。



「味を覚えてません」


「・・・ビーフシチューは?」


「作ったことないです」


「いや・・・食べたことは?」


「ないです。ここにあるものほとんどないです。だからおいしそうだと思ったんです」



何でそんなことを聞かれなくてはならないのか。にらみつけたい気分だった。


そのとき店長が「おい」と誰かを呼んだ。




「ちょっと待ってなさい」


「・・・はい」



奥で店長が誰かを呼び、女性と話している声がする。

店長の奥さんだった。



戻ってきて、店長は座った。



おそらく数十分であろう、沈黙の時間が続いた。


店長はトントンと人差し指でテーブルを叩いたり、足を組みなおしたりして落ち着かない様子で、それを見ている私はぼーっと待つことすらできず、こちらまで落ち着かない気持ちだった。

もしかしたらいつ帰るんだろうと思われているかもしれない。

うっすら恐怖すら感じて、ただ待つしかなくて、逃げ出したくなっていたときだった。



いい香りとともに、だ円形の卵が乗ったオムライスが目の前に置かれた。

そして、奥さんが「温かいうちに食べなさい」とやさしく言ってくれたのだ。



状況を読めず、困惑していると、



「食べたことないんだろ?なら食べてみればいいだけだ」



と店長が言い、新聞を読み始めた。




あの時の私にとってのオムライスは「食べて欲しいとも思わずに無心で作ったもので、自分はまともに食べたこともない、ケチャップがついた食べ物」だった。

作ってもらった記憶も、その時の私にはなかった。



奥さんがにこっと笑って、だ円形の卵にナイフを入れてそっと切った。

半熟の卵が開き、ケチャップライスの上から綺麗に滑り落ちていく。

きれいだ。



その瞬間だった。



「こうやってやったら卵が綺麗にとろん、となるつもりだったんだよ~!」



と言いながら、ただ固焼き卵を綺麗に二等分したものを見つめる父親の姿を思い出した。

一度だけ、父親が手料理を作ったことがあった。

そうだ。父親と二人きりの日だった。



母親が帰ってこなかった日で、もちろん弟もいなかった。


慌てて父親が作ったものの、手慣れない料理が終わったのは21時ごろだった。

その時間帯に放送する夜のニュースがテレビにうつっていたからだ。



あれはオムライスだったのか。

そうだったのか。あれが。




こらえる間もなく涙がこぼれた。突然だった。

涙が出たと気づいたときには、もう止まらなくなってしまった。

あわててぬぐっても、どんなにぬぐってもあふれてくる。



突然よみがえった父親との思い出に、うっかり泣いてしまったのだった。



奥さんは「あらあら」と言い、ティッシュを持ってきた。

店長が私を見たが、しばらくしてまた新聞に目を移した。



「だいじょうぶ?どうしたの?」


「いえ・・・とても、おいしそうで・・・」


「ふふ。そっかそっか。はい」



奥さんがスプーンを渡してくれた。

オムライスをスプーンですくう。

黄色と、赤と、白。きれいだ。


そっと口に入れた。


あたたかい。あまい。ケチャップの味がする。

あの時食べたケチャップライスよりパラパラしている。

いつだったか食べたことはある味だが、それでも温かくて、鶏肉とコーンが入っていて贅沢だ。



「おいしい・・・おいしいです」


「・・・そうか」



夢中で食べた。

自分が作ったご飯よりも、残り物よりも、給食よりも、

今まで自分が食べたものの中で一番おいしい食べ物だった。



食べ終わると、店長が言った。



「この先、うちのオムライスを二度と食べることがなかったとしても、これで君はオムライスを食べたことがあるとひとつの記憶になった。味を比べることができる。君の経験になっただろ」


「頑張って働いてまた食べにきます。ごちそうさまでした」



店長がまた私の履歴書を見る。




「・・・うちで働きたいかい?」


「はい」


「来週の夕方からきなさい。もっと早くてもいい」



そして受かったのだった。

あとから店長は「履歴書の字はもっと綺麗に書きなさい」と言っていた。



私はビーフシチュー、オムライス、ロールキャベツ、コロッケのレシピを覚えた。

週5回働いた。

恩返しをしたくて、ただただ黙々と働いた。

おそらく声も小さかっただろうし、会話もほとんどなかったが、とがめられることもなかった。

あの時は16だったから専門学校時代も含めて4年ほど働いたのだ。


就職が決まりやめることになったとき、店長に言うと、



「もうそんな時期になったか。俺の店ももう終わりだもんな」



と言った。





そんな店長は、最終日に挨拶をしてプレゼントを渡すと、肩を震わせながら私のために泣いてくれたのだった。



「こんなに寂しいと思うなんて、昔犬が死んだとき以来だ」



そして、プレゼントを顔の前に持ち、頭を下げたのだった。

奥さんもプレゼントを受け取りながら大泣きしてくれていた。







・・・いかん。うっかりスーパーで泣いてしまうところだった。


あの時は涙が出なかったものの、どちらかというと自分のために泣いてくれる人がいるという嬉しさのほうが強かった。

プレゼントはお揃いのカトラリーセットにした。



それから店には行っていない。

なんとなく勇気が出なかったのだ。



そうだ。琥珀の誕生日祝いにオムライスを作ろう。

明日森川に頼んで琥珀に渡してもらおう。



レシピは覚えている。

バターを使うのだ。


買い忘れたことに気づき、スーパーに戻った。







次の日、森川に渡した。

呼び出して渡すと、戻ってきたときに怪しまれるから教室で渡そう。



「これ、琥珀に渡しておいて」


「俺のは?」


「はい?」


「え、俺の分ないの!?」



森川が大きい声で言った。

そうか。ここは教室だ。

自分のではないことをアピールしてくれているんだ。



「ありません。頼んだよ」


「ついでに作れるじゃん・・・」



森川が小さな声で言った。


もしかして本心か?






その日の夜、余ったオムライスを食べながらビールを飲んでいると、電話が鳴った。

森川からだ。




「あー森川?渡してくれた?」


「渡したよ」


「喜んでた?」


「多分」


「はい?」


「ごめん、うんちしたいから切るわ」



電話が切れた。

いやお前がかけてきたんやろ。




翌日、また森川からかかってきた。



「なんの用?」


「え?冷たくね?ごめん、犬に餌やるから切るわ」


「いや、用事ないときに電話しろよ」



電話が切れた。

いや、森川犬飼ってないだろ。


用事あるときに電話しろよ・・・いや、ないときに・・・?

・・・ん?




次の日もかかってきた。


無視していると、またかかってくる。


なんだこいつ。




「ごめん、うんちするから電話しないで」



私が言うと、




「・・・もしもし」




と低い声がした。




「・・・琥珀?」


「うん」





琥珀だ。


琥珀が、森川の携帯から電話をくれている。


まさか、琥珀と話せるなんて。




「なつめお腹痛いの?」


「えっ、いやちが、森川が」




クソ、森川っ・・・!

うんちだけに・・・!



「元気?」


「うん、私は元気。琥珀は?」


「元気」


「そっか・・・そっかそっか・・・」


「プレゼントありがとう」


「あ、うん。どういたしまして」


「通学に使うから」


「そっか、もう今年高校生だもんね。早いね」




だめだ、遠くに住んでる祖父母みたいな言葉しかでてこない。



「オムライスおいしかった」


「よかった。久しぶりにつくったけど、レシピは覚えてたんだ」


「うん。なつかしい味だった」




そういえば、琥珀に何度かオムライスを作ったことがあった。

いちばん最初に作ったのは、初めて琥珀にご飯を作った時だ。



「琥珀がいちばん好きな食べ物ってオムライスだと思ってて・・・」


「なつめが作ったご飯なら全部好きだよ」




あざといやつだ。



「また食べれるの楽しみにしてる」


「うん」



次はいつになるんだろう。

森川が卒業したら、こういうこともできなくなるのか。

いや、でもあいつなら届けてくれそうだ。




「俺は父親ともとりあえずうまくやってるから心配しないで」


「ほんと?殴られたりしてない?」


「会話とかはないけど、別にもめたりもしてないから」




よかった。

琥珀の父親とは、葬式の時以来会ってない。

必要なものがあれば連絡していただけで、琥珀が父親のところへいくことも本人から聞いただけで、父親からの連絡は特になかった。


それでも、普通に暮らしていけるなら安心だ。




「高校生になったらバイトして、家出て一人暮らしするつもり」


「え、家を出るの?大丈夫なの?」


「学費とかは出してもらうし、貯金も少しあるから」



養育費の通帳のことだろう。

琥珀にずっと持たせていたが、本当に必要な時以外はきっとおろしてないんだろうな。




「そっか」


「受験頑張るから応援して」


「うん、頑張れ」


「あと、誕生日いつ?」


「え、私は・・・2月13日」


「お祝いするね」


「えっ、ありがとう」


「あと、乾電池ちゃんと買った?」


「え?」


「じゃあね」



電話が切れてから、まずは久しぶりに琥珀と話した余韻に浸った。



元気で暮らしてるんだ。

森川ともまだ交流がある。

直接お礼を聞けるなんて。


連絡を取れなくても、こうやって近況がわかれば安心だ。

でも、森川が卒業したら?


いや、あいつなら絶対連絡をくれる。

大丈夫だ。



落ち着いてから、『乾電池』の正体は、私が琥珀とのトークで一方的に送り付けていたメモだ。



まあ、もちろん買い忘れた。



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