選択
このネックレスの石は、宝石の「琥珀」だ。すぐにわかった。
ネックレスは、ピンクゴールドの枠に黄褐色の小さな丸い石がはめ込まれているようなデザインだ。
添えてある小さな紙にはこの枠部分がK18であると書いてある。
手紙を開けると、
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なつめ
父親からもらったお小遣いが貯まったので。
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と書いてある。
綺麗な字を見て確信した。
大切なお小遣いを貯めて、私にプレゼントをくれるなんて。
父親ともうまくやっているのだろうと思うとそれもうれしい。
私にとっては琥珀が唯一の家族だ。
誰にもらうよりも琥珀にもらうことが嬉しい。
琥珀にもらったものなら消しゴムだって、摘んできた一輪の花だったって嬉しい。
それでも、琥珀は自分の名前と同じ宝石が入ったネックレスをくれた。
買い物にいったのだろうか。
ネットで調べて注文したのだろうか。
想像するとかわいくて、とても愛おしい。
直接お礼を言えたら。
でも、ただ大切に身に着けること。
それが今の私にできることだ。
すぐにネックレスを付けると、桐沢先生が来た。
「森川くんからですか?」
「いや、昨日言ってた歳下の子から」
「きれいなネックレスですね!」
数学担当の青山先生がこちらに来た。
「生徒とプレゼントのやりとりをしてるんですか?」
来ると思った。
「いえ。これは生徒の友人でもある私の知り合いからです」
「まず、職員室でのやりとりは控えてください。貸し借りしてるのも同じです。そして個人的なやりとりも控えてください」
青山先生は職員室を後にした。
納得いかず、後を追う。
「青山先生」
青山先生が足をとめる。
「はい」
「あの・・・さっきの桐沢先生の件や、私の件でどうしてもお伝えしたくて」
私たちの横を生徒が通ろうとしている。
「場所を変えましょう」
青山先生は理科室の前に来た。
「なんでしょう」
「あの・・・さっきの桐沢先生の件ですが、生徒の家庭状況もあったようです。私も、生徒を介したとはいえ、個人的なやりとりは控えてます」
「何が言いたいんですか?」
「私たちは線引きして関わっているつもりです。注意にしては・・・」
「自分の身を守れと言ってるんです」
さえぎるように青山先生が話す。
「・・・あなたたちみたいに若い人って、自分がどれだけ無防備かわからないの。でも、守るべき立場にいる人のことなんて、誰も助けてくれないの」
そこから先生は話し始めた。
「噂を広めるのは何だと思う?勝手な憶測と少しねじまげられた情報と、ほんの少しの事実。噂になってしまったら、消えるか修正されるのを待つしかない。じっと耐えるしかないの。それがどんなに辛いか、裏切られた気持ちになるか、本人じゃないとわからない。そうならないために、何が必要だと思う?」
「・・・距離、ですか?」
「それは最低限のもの。もっと必要なのは日頃の行いや言動です。何の証拠もない噂をさらに信ぴょう性の高いものにしていくから。自分の身を守りたいのなら、噂になりかねない言動や行動を選ばないこと。時には、誰が味方でいるかによって状況が変わることだってある」
女子と仲が良くて好かれている青山先生の普段の振る舞い。
もしかしたら計算された行動なのかもしれない。
まっすぐ私の目を見て話す青山先生の言い方は、口調は少し強くても私を守ろうとしているかのような言い方だ。
「大切な日常を無駄にしたくないと思うなら、私の言葉を思い出すときは『起こる前』であってほしいだけ。私だから言えることだと思ってる。嫌な気持ちにさせたのは、申し訳ない」
その言い方が少し辛そうで、やけに優しくて、つい自分のことを話してしまった。
「・・・青山先生。私、二年くらい前に12歳の子を預かったことがあるんです。それで、私の親友だと思っていた人が・・・ある噂を広めたんです。その子が中学になったころ、噂が広まって・・・それで、預かっていた子は出ていきました」
「・・・そうですか」
「・・・悪い事なんて何もしてないのに、って。それならあのときどうすればよかったんだろうって、たまに思うんです」
青山先生は私から目をそらし、しばらく何も言わずにいた。
そして、またまっすぐ見つめた。
「人を信用しすぎないことかもね」
そう言って、少し間を置いてこう言った。
「それでも、あなただからできたことだってあるんじゃないの?」
志穂が頭に浮かんだ。
あのときの楽しかった日常も、全部嘘だったのだろうか。
あのときの出来事は、後悔しかないのだろうか。
「どんな理由があったとしても、どんなに自分にその気がなかったとしても、噂が嘘だったとしても、それを信じる人や広める人がいる限りそれは本当になる。同じような日常の中での小さな楽しみになってしまうから。そうなると、自分に残るのは後悔だけ。そんなふうにならないようにね」
青山先生は背を向けてゆっくり歩いて行く。
「ありがとうございます」
目が一瞬潤み、瞬きをする。
後悔してももう取り戻せないのなら、あとは今後の選択を間違えないだけだ。
仕事が終わって家に帰り、手を洗ってふと鏡を見た時にネックレスが目に入った。
琥珀と次に会うのはいつになるんだろう。
普通に連絡を取れる日はくるだろうか。
琥珀は元気にしている?
中学での噂はもう消えた?
そういえば、もう一つの包みを開けるのを忘れてた。
ビールの缶を開け、一気に飲んでからもう一つの包みを開けた。
中から腕時計が出てきた。
黒のベルトにピンクゴールドのふちの文字盤。
名前もない、メッセージもない。
でもこれを私のものだと言ったのは森川だ。
私を好きである琥珀からのプレゼントと一緒に渡してきた時計。
だけど、森川からは連絡が来ない。
それは私にとって決定的だった。
学校で開けたのがこっちじゃなくてよかった。
___森川。
そっと時計をつけた。小さく秒針の音が鳴っている。
今まで、私は森川に対してどう接してきた?
これから、この距離をどう守る?
何を選んで、何を守る?
捨てなきゃいけないものはある?
次の日、森川を呼び出した。
森川は、表情を変えずについてくる。
「12月6日のお兄さんたちとの集まりさ、桐沢先生を誘おうと思ってるの」
私の言葉に、森川は驚かなかった。
「誘えるくらい仲良くなったんだ。よかったじゃん」
「うん」
「居酒屋でいい?うちの兄ちゃんと友達は25歳だから酒飲むと思う」
「うん、私も飲むかな」
「・・・」
「・・・」
沈黙が続く。
「あの・・・私ね、もう自分の選択に後悔したくないの」
「うん」
「・・・それだけなんだけどさ」
森川はずっと私を見つめている。
「せんせ」
「・・・ん?」
「選択なんか必要なくて、大人になっても、何年経ってもずっと変わらずにいて、例えば一緒にお酒を飲んだり、どうでもいいLINEをしたり。もし結婚しても心から祝福してさ。でもちゃんと相手を想ってるからこそ、そばで見守ってる、みたいな。そういう人がいたらいいよね」
「・・・うん」
「そう思ってる人に時計をもらったんじゃないかなって」
森川の気持ちが伝わる。
時計を通して、この言葉を通して。
好きとか付き合いたいとか、そんな軽いものなんかじゃない。
これは森川の覚悟で、森川の想いなんだ。
答えはいらないって言ってるんだ。
だけど、ただ私をまっすぐ見てくれている。
ずっとそばで見守るって言ってくれている。
なんだか、涙が出そうだ。
親と離れて暮らし始めた時、どこか寂しさはあった。
一緒にいる時は恨み、妬みの感情があって、無にしてきたつもりだった。
それでも、いざ離れてみると、今まで持ち続けていた感情が消えることで
今度は寂しさがあったのだ。
そんな気持ちを中和してくれるような森川の言葉に、私は救われている。
「せんせー、今日いい時計つけてるじゃん」
「・・・ありがとう」
「何があったか知らないけど、そのままでいいと思うよ」
森川はきっと何年たっても私のそばにいてくれる。
私の自信になってくれている。
「戻ろ。せんせーなんかおもしろい話してよ」
そう言って歩き出した森川には、強がっている様子はない。
しっかり目を見てくれる。本心なんだ。
だから、先に行ったりもせずに一緒に歩いてくれる。
森川の気持ちを絶対に無駄にはしない。
「せんせー友達いないから無理か。じゃあ俺が・・・」
張り切っている森川の頭をクリアファイルで叩いた。
森川は、にやにやしながら言った。
「相澤がさ、ダイエット始めたんだよね。週5とかで会ってんのに彼女が料理ヘタだから、ほぼ毎回外食してるせいで太ったらしくてさ、とりあえず夜だけ鶏むね肉食ってるって言ってたんだよね。でさ、二日目にLINE来て『食べ慣れた味だ。彼女の手料理が恋しい』とか言い始めて(笑)まだ二日しか経ってないし、不味い手料理に恋しさまで感じてて(笑)」
「しかも二食目で(笑)」
「やばいよね(笑)うまそうなステーキの写真送ったら既読無視された(笑)」
「あんた最低だよ(笑)」
「あ、噂をすれば相澤じゃん(笑)」
職員室に足りないプリントを取りに来た相澤くんが、「おー」と言った。
そして私と、私に呼び出されていた森川を交互に見た。
すると森川が、
「相澤、いいところに来た。せんせーと密会してたってみんなに噂広めてくれない?」
と相澤くんに言った。
もし距離が近すぎれば、自分が噂を広められる立場にいるかもしれないことを森川はわかっている。
これは「もし今後噂になったとしても『ネタ落ち』させるための言葉」だ。
もし私と森川が仲がいいことで噂が広まったとして、この言葉が前提だったとわかった場合、これは作られた噂なんだとわかるからだ。
仮に森川が本気だったとして、私にその気がないということが一番本人もわかっているし、周りもそう思うだろうとわかっている。
森川はバカなんかじゃない。私なんかよりもずっと賢い。
私は深くため息をつき、
「森川、くだらないこと言ってないで。昨日の夜相澤くんが何食べたのかを聞かないと」
と言った。
すると相澤くんは少し嬉しそうに、
「うーわまじかお前」
と言った。
森川が望んでいた私の反応は、絶対にこれだ。
「相澤、昨日の彼女の手料理はおいしかったのかい?(笑)」
「いやー森川。まじで。・・・昨日は山岡家のラーメンでした」
「恋しがってたくせに意地でも食わないじゃん!(笑)」
「二日坊主!(笑)」
私と森川は爆笑した。
「先生、彼女の手料理食ってみな?まじでやばいから。隠し味って何?ってなる」
「レシピとか見ないの?」
「や、見るよ?材料だけね。あとはそれを想像で作る」
「逆に天才じゃん(笑)」
「・・・言ったな?先生、絶対食えよ。明日持ってくるからね」
「・・・モノによっては食べるわ」
「酢豚」
「こっわ・・・うん、ごめん。やめとく(笑)」
「森川は?」
「明日俺、高熱出る予定なんだ。ごめんね」
「わかったよ。じゃあ明後日にする?」
「ごめん相澤くん、私が悪かった」
「相澤、俺も悪かった。本当にごめん」
「わかればいいんだよ、うん」
その日の帰宅後、思い立って酢豚を作った。
食べながらビールを飲んでいると森川からLINEが来て、
「ねえ、俺んち今日酢豚だったんだけど笑」
という内容と一緒に酢豚の写真が送られてきた。
何も言わず、こちらの酢豚の写真をそっと送る。
すると、森川からまた写真が届く。
相澤くんとのLINEのスクリーンショットで、相澤くんからは「こちらがうちの酢豚です」というLINEとともに、焼きすぎて乾いた豚肉がキャベツの上に乗っている写真が届いた。
「生姜焼きじゃなくて?」という森川の返事に対して「うん。豚の酢焼きです」という返事とともに、リスが笑いながら虹色のゲロを吐いているスタンプが送られてきている。
相澤くんの彼女は、もはや名前だけをヒントに作ったのだろう。
「ははっ」
一人で笑って、琥珀とのLINEを開く。
最後に送ったメモは今日で、内容は「12/6飲み会」だ。
そもそも、本当に開催していいのだろうか。
私は、森川の気持ちも桐沢先生の気持ちも踏みにじっているのではないだろうか。
普通ならどうするんだろう。
自分だけ行くのをやめようか。
いや、これでいい。
あのときの気持ちのままでいい。
森川は何も言わずに時計をくれた。
だから私も森川に、桐沢先生を誘う、とだけ言った。
だからこれでいい。
12月4日はとても天気が良かった。
11月に雪が降ったにもかかわらず、まだ秋であるかのような顔をしていた。
それでも風は冷たく、約束の17時半になると辺りは暗く、街中にイルミネーションがところどころで光っている。
迷った挙句、ベージュのボアカーディガンに白のタンクトップを着た。
それにお気に入りのスキニーをはいた。
「白雪せんせ」
森川が来た。
私以外の全員がすでに合流していた。
「この人が俺の兄ね」
森川のお兄さんは「はじめまして」と頭を下げた。
茶髪で短髪の森川とは違って、黒髪でセンターパートだ。
森川はスウェットのような素材のグレーのパンツに、黒のパーカーを着ている。
それに黒のニット帽をかぶっていた。
「森川のお兄さん。はじめまして」
「で、その友達の清水」
森川のお兄さんの横にいた人が、「こんにちは」と言った。
にこにこしていて気さくそうだ。
キャップをかぶっていて、ツーブロックが際立っている。
「白雪先生~」
桐沢先生が隣に来た。
髪はおろしていて巻いているが、デニムのワイドパンツに細身の黒ニットを中に入れて、黒のベルトをしている。
その上に茶色のトレンチコート。
ウエストが細い。そして少し大人っぽい。
「桐沢先生。今日もきまってますね」
「今日のために買ったんです」
桐沢先生は小さな声で言って笑った。
居酒屋はおしゃれな間接照明で少し薄暗い雰囲気だ。
全部が黒のソファー席で、チーズの香りがする。
フライドポテトやステーキを食べているグループもいる。
「なんかアメリカンな感じだね」
「ピザうまそう」
「頼もうよ」
みんな思い思いに話して、それをお互いに拾っていく。
意外と会話は弾んだ。
「春高なつかしいな。俺も通ってた」
「じゃあ森川はお兄さんと同じ高校に行ったんだね」
「家から近い公立ってなったら桜高しかないもん」
「桐沢先生は出身どの辺?」
「私、秋高だったの」
「え、かしこ」
「英語の推薦で入ったから、それ以外は全然ダメだったんだけどね」
「秋高の制服かわいかったなあ」
「兄ちゃんヤ〇チンだったもんね」
お兄さんが素早く森川の頭を叩く。いい音が鳴った。
「彼女がいっぱいいたと言いなさい」
「カノジョガイッパイイタ」
みんなが笑う。
「森川のお兄さん、モテたんだ」
「友達がインスタに俺とのプリクラ載せたっけ『え、紹介して!』みたいな。でもほとんど女子高からモテたって感じだったかも。元カノほとんど夏高だったし」
「夏高行きたかったな、私」
「桐沢先生が夏高だったら兄ちゃんに食い散らかされてたかも」
「言い方(笑)清水くんも春高だったの?」
「うん。かわいい先生いるって有名だったから」
「そうだ。清水、青山先生のこと好きだったもんね」
え??
「青山先生って・・・」
「まだいるよ。数学の青山先生」
森川が言って、確信した。
ここで青山先生の名前が出るとは。
「まだいるんだ。玲子ちゃん」
青山先生の下の名前だ。
青山先生は、確かに整った顔をしている。
猫目で、シンプルなメイクで、丸眼鏡をかけている。
地味さはなく、ちょっと素朴よりな感じだろうか。
「これ、俺が高3で担任だった時の。玲子ちゃんは25歳とかのはず」
ということは、清水くんたちが25歳だから七年前だ。今は32歳なのか。
清水君とのツーショットの写真の青山先生は、ロングの巻き髪で、派手なメイクにカラコンをしている。
今とは雰囲気が全然違う。
「青山先生、ギャルだったんだ。今はちょっと落ち着いた雰囲気ですよね」
桐沢先生が言葉を選んでそう言って、私はうなずいた。
すると、森川のお兄さんと清水くんが話す。
「化粧濃すぎるって女子は言ってたけど、なんか許されてたらしい」
「玲子ちゃん、母親が自殺して父親がの不倫のせいだったからグレたけど、公務員にならないと食っていけないから先生になったって言ってた」
「でも2年前くらいに生徒に手を出したって噂あったよね」
「あった。岡本の弟に聞いたもん。証拠もないし、ただの噂だからニュースにこそならなかったけど、2年前のやつらの中では有名らしい」
「山内と一緒に歩いてるの見たことあるって聞いたことならある」
「山内は振られたらしいよ。俺、バスケ部のやつだって聞いたけど」
私と桐沢先生は思わず顔を見合わせる。
きっと、思っていることは同じだ。
「・・・青山先生はそんなことするような人ではないと思う」
私が言うと桐沢先生が、
「私もです。ちょっと過敏な感じで注意・・・指導してくださっているのを考えると、誤解されたのかなって・・・」
と言った。
「そうなんだ。青山先生、あのときは女子にあまり好かれてなかったから、女子が変な噂広めたのかなとは思ったけど」
「結局、校長の耳にも入って玲子ちゃんだけが注意されて、一部の男子がキレて犯人捜しみたいなことしてたけど、それで一部の女子が玲子ちゃんに嫌がらせみたいなのするようになって、結局解決しないで終わった感じらしい」
「バスケ部のやつ本人が噂を広めたっていうやつもいたらしいけど」
これがすべてだ。
どの噂が本当なのか、解決もしていない。
それで青山先生は今の教師像を選んだのだろうか。
そのうえで私たちに声をかけてくれているのかもしれない。
私と話したときも、口調は厳しいようで「自分の身を守れ」と言っていた。
噂が本当だとしても、嘘だったとしても、
そこで働き続けることを選んだ青山先生は、毎日辛かっただろう。
私も桐沢先生も少ししんみりしてしまった。
その帰り、二人になったときに桐沢先生が言った。
「あんな話がありながら・・・私、森川くんに告白したの」
「えっ!」
「今の立場も理解して、青山先生の話を踏まえたうえで、高校卒業したら私と付き合うことを考えてほしいって」
「それなら健全だもんね・・・」
この返しで合ってるだろうか・・・
酔いも回ってるせいで余計に思考が追い付かない。
「てか、あの場で敬語使うの変かなと思ってタメ口で話してそのままだった・・・」
「え、そういえば私も・・・」
二人で笑った。
「森川くん、『ありがとう』って言ってくれた。『今の自分の気持ちがわからないから返事は今できないけど、嬉しいって思ってる』って」
「そっか」
「だから、誘ってくれてありがとう、白雪先生」
桐沢先生の笑顔を見て、心がちくっとした。
森川がおそらく私のことを好きだなんて、言うべきでもないし言うつもりもない。
謝罪することでもない。
応援するのも違う。
何が正解なんだろう。
「また飲みにいこうね」
これが精一杯の答えだ。
桐沢先生が「行きましょう!」と嬉しそうに言ってくれた。
だから、森川とのあの日の会話を桐沢先生が聞いてしまったと森川から聞いたとき、さすがに少しびっくりしてしまった。
その日の夜、森川からLINE通話が来たときだ。
「俺、桐沢せんせーに告られたんだー」
「え、そうなんだ・・・」
ちょっと反応薄すぎたかも。
「卒業したら俺と付き合ってほしいんだってさー」
「あの・・・何でその話を私に・・・」
私が気になっていたことはひとつだった。
自分が告白まがいのことをした相手に、わざわざ報告したことに対する理由だ。
すると森川は、
「桐沢先生を誘おうって先生が言ってた日あったじゃん。あの時、桐沢先生通りかかろうとして隠れて聞いちゃったんだって」
「えっまじか!」
・・・ん?
「・・・でも、あの会話の内容って」
「桐沢先生を誘う話と、いい時計じゃんって話しかしてないよ」
「だよね」
「でも俺、前に桐沢先生とうまいラーメン屋の話してたときに検索しようとした時さ、最後に調べてたの腕時計なんだよね」
「・・・あー・・・・」
やっぱり、森川は私に告白まがいのことをしたということになる。
「あれを見てたし、『白雪先生はいつも腕時計つけてなかったからすぐにわかった』って」
「あんたを見てたからこそだったってことね」
「でも、『そばで見守っていられればいいって言ってたのを聞いてもし私と付き合ってくれたら、そんな森川くんの気持ちを大事にしたい』って。『私も、そばで見守っていられればいいって気持ちはわかるから』って」
「それは・・・」
「ちょっと揺れちゃうよね(笑)」
「だろうね(笑)」
「てかさ、桐沢せんせーさ、俺と白雪せんせーが一緒にラウワン行った時、バイトしてたらしいよ」
「えっ・・・・!!」
「俺にバケツ渡してくれたんだって」
「え・・・いや・・・え!!???」
「ね(笑)俺も『まじ!?』っつって、でかい声でたもん(笑)で、バケツ返したときに桐沢せんせーが『どこの高校なの?』って聞いて、俺は『春高』って言ったって。その時の俺を見て好きになってくれたから、教師になったらこの高校行きたいと思って俺に話しかけたってことらしい」
「・・・純愛だ・・・」
「もはや偶然じゃなくて必然(笑)」
たしかに、あのときの森川に私は助けられた。
それに、そんなことがありながらも桐沢先生は私と普通に接してくれた。
今日も来てくれて、一緒に飲みましょうって言ってくれた。
「私、桐沢先生なら信用できる。本当に、一途にずっと森川のこと待ってるんじゃないかな」
「ぶりっ子の服装も話し方もやめたしね。まあ、先のことはわかんないけど」
「そのときの森川が決めればいいね」
森川は、私のどんなところを好きになってくれたんだろう。
でも、聞く必要はない。
何かを意識するより、今のままの私でいたい。
「てかせんせー、明日のテストの答え教えて(笑)」
通話を切った。




