桐沢先生
11月の今、職員に配られた書類を見ている。
教師を集めて親睦会という名目の飲み会があるらしい。
去年は校長が心臓の手術があったために中止になったらしく、
一昨年はインフルエンザの流行だかで中止になったらしい。
行きたくない。
非常に行きたくない。
不参加に〇をつけようとしているところに森川が来た。
「せんせ、ちょっと来て」
呼ばれて、職員室の外に出た。
さらに、誰もいない理科室の前まで呼ばれた。
「はい」
森川が見せてくれた携帯の画面に、琥珀とのトークがある。
昨日琥珀とやりとりあいたようだ。
「せんせー髪切ったよ」
という森川の送信履歴と一緒に、私の写真が送信されている。
昨日「琥珀に送るから」と言って撮られた写真だ。
琥珀からの返事を見て、胸が高鳴った。
「かわいすぎ」
琥珀が褒めてくれてる。
うれしい。
「森川、ありがとね」
「来週釣り堀で魚釣って食おーぜってことになってる」
「クマ気を付けなさいよ」
「うん。てかせんせー飲み会行くの?琥珀には言わないけどさ」
しっかり見てやがった。
「不参加にするし・・・」
「なんでさ。行けばいいじゃん」
「やだ。ぼっちだし」
「いい機会なのに?」
「一人で飲んだほうがうまいし」
「あーそういえばさ、桐沢せんせーもビール好きだって言ってた。で、白雪せんせーもビール好きだよって言っといた」
「え!?なんて言ってた!?」
「必死じゃん(笑)」
「うっせーばか」
「桐沢せんせーもなかなか馴染めないって言ってた。だから『ぶりっ子やめたら?』って言っといた」
なんだと・・・?
そういえば、志穂の男友達の中に中卒の男がいた。
その男は、緊張していると言った志穂に「俺、緊張しないんだよなあ。なんでか分かりますか?俺はバカだからっす。緊張するのは頭がいい人ですよ」と言ったらしい。
高3になれたとはいえ、似たようなにおいがする。
「そしたら桐沢せんせーが『私、見た目と喋り方で勘違いされるんだ』って言ってた。意外と気合うかもよ。桐沢せんせーと話したら?」
「えー・・・」
生徒に大人を紹介されている。
「ぼっち同士で盛り上がるね(笑)」
「おい(笑)てかあんた怖いもの知らずすぎん?もしキレられたらどうすんの」
すると森川は
「俺は人を選んでっから。言っていい人にしか言わないから。校長にタメ口でも教頭は敬語だし」
と言った。
恐ろしい男・・・・・
え、なに、校長にタメ口・・・?私なら即クビ案件すぎる。
こいつ、許される人を見抜く力があるの・・・?
たしかに私は許している・・・
桐沢先生もだろうし、校長先生と話してるのも見たことがある・・・
こいつ、ただのバカじゃないのか・・・?
「せんせー、寝耳にミミズだったな(笑)」
え、何が?
え、ミミ・・・?
しっかりバカじゃん・・・
職員室に逃げると、桐沢先生が目に入った。
目が合うと、桐沢先生は少し微笑んでから机に目を向けた。
声かけてみようかな・・・
「桐沢先生」
声をかけると「はい!」という声とともに、書類を手で覆った。
「あっすいません。見るつもりはなくて・・・見てないです!」
「いや、あのびっくりしただけです・・・すいません・・・」
「いや、こちらこそ・・・」
「・・・あの・・・?」
「あ、いや、飲み会行くのかなーと思って・・・」
「え、白雪先生は行きますか・・・?行くなら私も行こうかな・・・」
「行きます、行きます・・・」
「え!?じゃあ行きます!いや、不参加にしようとしてたからつい隠しちゃったんです、これ・・・」
書類は親睦会の案内の紙だった。
「ずっと白雪先生と話したかったんですけど、なかなか声かけられなくて・・・」
話しかけるなオーラ放ってたよな、私・・・
「だから話しかけてくれて嬉しいです!よかったら当日一緒に行きませんか?」
「行きます。あっLINE交換しませんか?」
「しましょ!待ってくださいね・・・」
行くってよ、森川・・・
LINE交換までできたよ・・・
QRコードを出してくれている。
そして、数学の青山先生が厳しい顔でこちらを見ている。
でももう気にする必要はない。
今の私は無敵だ。
「『ゆずき』は下の名前です」
「できました。スタンプ送りますね。『なつめ』で出てきます。あっ本名は漢字なんですけど」
そんなんどっちでもいいよね(笑)
「なつめさん。どんな字書くんですか?」
広げてくれた。
「束みたいなのを縦に並べたやつです」
「私は柚子の『柚』に希望の『希』です。果実かぶりですね」
「あっナツメヤシだから・・・」
「ふふ。そうです」
桐沢先生っぽいかわいいスタンプを送ってみた。
「あっ」
桐沢先生が笑ったあと、スタンプを送り返してくれた。
「こんぬずわ」と言っている知らないじいさんのスタンプだ。
スタンプを押すと「熊本弁で話す横田正雄」と書いてあった。
「・・・んぐっ」
笑いをこらえたせいで変な声が出た。
「おもしろいですよね。これプレゼントしますね」
突然、『熊本弁で話す横田正雄~くいしんぼう編~』が送られてきた。
笑いをこらえながらスタンプのひとつを押すと、「すす」と言いながら寿司を食べる横田の姿があり、
「すす!」
という、張り切った横田の声が職員室に響き渡った。
まさかの横田の音声付きだった。
さすがに限界突破して桐沢先生と一緒に吹き出した。
そして声を殺して笑った。
そのまま席に戻ると、桐沢先生はしばらく机に顔を伏せていた。
スタンプのセンスが最高過ぎる。そして最高のギャップだ。
世話になったな、横田。
親睦会は金曜の夜からだった。
何を着たらいいのかわからず、黒のパンツにくすみピンクのオーバーサイズのシャツを着た。
袖を少し折り、お気に入りのブランドの時計を付けた。
去年、ボーナスで買ったものだ。
待ち合わせ場所に行くと、カーキ色のワイドパンツにベージュのシアーシャツを着て、巻き髪のポニーテール姿の桐沢先生がいた。
いつものスカート姿と雰囲気が違うが、綺麗なので目を引く。
「お疲れ様です」
声をかけると桐沢先生が「お疲れ様です~!」と嬉しそうに言って、「あっ。雰囲気が似ていて安心しました」と笑った。
「今日はスカートじゃないんですね」
「いや、それには理由があるんですけど・・・あ、お疲れ様です!」
校長が向こう側からやってきた。
「あ、お疲れ様です」
「二人ともお疲れ様。道に迷っちゃってさ」
「お店そっちですよ。一緒に行きましょう。あ、白雪先生、話はあとでしますね」
「はい」
店は提灯が何個も取り付けられていてほかの店よりもひときわ明るく、わかりやすかった。
とてもがやがやした店内だ。個室でかなり広いところだった。
先に来たので隣同士に座ることができた。
親睦会が始まり、私たちは他の話に相槌をうちながらほとんど二人で話をした。
「白雪先生は彼氏いるんですか?」
「今はいないです。なかなか長続きしなくて」
「そうなんですね」
「桐沢先生は?」
「いるんです。好きなアイドルに似てるなって思いながら話してたんですけど、バカっぽいのに大人っぽいところがあって最近仕事も楽しいです」
「バカと言えば、先生を紹介してくれたの森川なんですよ」
「えっそうなの!?」
「はい。気が合うんじゃないかって(笑)」
「え~嬉しい~。森川くんいい子ですよね!」
「そうですか?(笑)生意気ですよね(笑)」
「あの、さっきのスカートの話なんですけど。やめてみたきっかけは森川くんなんです。森川くんが最初に私に話しかけてきたとき『先生の素を見れるの楽しみにしてる』って言ってきたんですよ」
あいつすげえな・・・
「私、高校とかから周りにぶりっ子認定されるようになって。でも本当はただ声が高いだけで腹黒いし、口も悪いし、部屋も汚いし。周りの女子と合わないせいか女友達もなかなかできないし。で、男子ばかり寄ってきて勝手な印象を持たれて勝手に幻滅されているうちに疲れてきて。試行錯誤した結果、周りからの印象に応えなきゃって思ってイメージ通りでいるようにしたんです。だけど森川くんにそうやって言われたのもあって、最近服装変えてみようかなと思ってスカートやめてみたんです」
「そうだったんですね。スカートも似合ってましたけど・・・どっちも履けばいいんですよ」
桐沢先生に勝手な印象を持っていたのは私も同じだ。
てかそんなこと言われてキレなかったんだな。
「今後はそうしてみます。でもぶりっ子してる私にそんなこと言ったのって森川くんがはじめてで」
でしょうね・・・
「本当は汚いテーブルの上でビール飲んでチータラ食べ散らかしてるっていったら森川くんが『きったね』って笑ったんです。でも森川くんは私にとって素を出せる生徒なんです」
森川救世主じゃん・・・
「白雪先生はどういうきっかけだったんですか?」
「高校の時に憧れている先生がいて」
「いや、森川くんと仲良くなったきっかけです」
そっちかーい。
森川のことめっちゃ気に入ってんじゃん。
「あいつ高1のとき、頭を縫うケガしたことがあるんですよ」
「えっ」
「それで付き添ったときに話したのがきっかけでしょっちゅう絡んでくるんです、あいつ」
「そうなんだ・・・」
「まあ、私にとってはただの話し相手ですね」
「そうなんですね、ふふ」
ちょっとほっとしてる?
「私の知り合いと友達でもあるんですよね」
「・・・担任だし、接点多いんですね・・・」
あっ、羨ましそう?
わかりやすい~
「森川、今年卒業したら地元で進学したいって言ってましたよ」
「そっか、もうすぐ森川くんは大学生かあ・・・」
そういえば、琥珀は来年高校生か。
さすがに高校進学はさせてくれるはず。
「森川くんってどういう人がタイプなんでしょうね?」
もはや好きみたいなこと言ってる。
そんなこと言っていいんか?大丈夫?
「異性だからとか、そういうので特別扱いしないような人がいいって言ってたな」
「え・・・」
そりゃあその反応になるよね・・・
好意むき出しだもんね・・・
「どうしたら・・・」
どうしたらとか言っちゃってる。え、もう好きだよね?
「白雪先生は好きな人とかいますか?」
白雪先生は、って言っちゃってる。
もうそれ、「今の話は私の好きな人です」って言っちゃってる。
「歳下とかどう思います・・・?」
加速していく。止まらぬ愛。
「歳下・・・大人になったら迎えに行くって言ってる中学生がいます・・・」
「え!!??!?まって、二人で抜けます!!!???」
食いつきますよね、そうですよね。
「まあ、それが森川とも仲いい子なんですけどね」
「その子のこと好きなんですか?」
「好きっていうか、うーん」
事件が事件過ぎて、異性として認識したのは事実だけど・・・
「一緒ですね!!!」
もう隠す気ないなこの人。
「桐沢先生、歳上が好きなんですか?(笑)」
「そういうわけじゃないんです。今まで付き合ってきたのは同い歳とか歳上しかいなかったので、こんなはずじゃないんです・・・」
沼ってるね。いやもう歳下とかじゃないよね。森川に沼ってるよね。
「結婚するなら歳下がいいかもって・・・」
いろんな過程すっとばして結婚の話してるよ。
「じゃあ、森川でいろいろと練習ですね・・・?(笑)」
「それは本番になるので・・・」
「森川のこと好きなんですよね、もうそれでいいですね?(笑)」
「え、わかります・・・?」
桐沢先生は、森川が卒業したら付き合いたいと言っていた。
それまでに約束を取り付けたいと。
そもそも彼女がいたら?と聞くと、
「白雪先生が聞いてみてください・・・!」
と言われた。
次の日森川がタイミングよく話しかけてきた。
「せんせー釣り竿持ってる?」
「逆に持ってると思う?よくそんな質問で話しかけにきたね」
「釣り堀って釣り竿いらないのかな」
「調べてみたら?」
「せんせー釣り堀いったことある?」
お。いい質問持ってんじゃん。
「元カレと行こうとしたけど別れちゃったからな~。てか、琥珀じゃなくて彼女と行けばいいじゃん~」
我ながらいいボール投げてない?ストライクじゃない?
「琥珀が行きたいって言ってたんだよ。秋の魚って何釣れるんだろう?マグロとか釣れっかな」
おっと変化球になったようだ。
「タイとか釣って売ろうかな」
「ど〇ぶつの森じゃねんだから。ねえねえ、あんたたちダブルデートとかしないの?」
「今の琥珀に彼女いるわけないじゃん。あいつせんせーに好きって言ったんでしょ?あいつ女に興味ないよ。元カノはしつこく連絡してくるみたいだけど。かわいいから付き合えばいいのにさ」
だめだ、1本もピンを倒さないわけには・・・
「彼女会わせたりしたことある・・・?」
「ないけど。・・・なんで?」
「あんたから彼女の話聞いたことないなーと思って・・・」
「ふうん・・・何、先生俺の彼女になりたいの?」
ガーター。きれいなガーター。
「・・・はあ」
「何そのため息」
「もういいわ。あんたみたいなバカでも彼女いるのかなって思っただけだよ・・・」
「いないけど俺好きな人いるし」
「え。誰よ。同い歳?」
「・・・せんせー俺と付き合いたいんだね?」
「・・・疲れたから今日は強い酒買って帰る」
「(笑)せんせーは彼氏いる?」
「うるせーな。いねえよ。見たらわかんだろ」
「琥珀にせんせーの写真送るときに兄ちゃんと友達が見ててさ、せんせーのことかわいいって言ってたんだよね」
「別に興味な・・・」
いやまって、これはチャンスでは。
「いや。お前の兄紹介しろ。いや、友達も。両方で。で、お前も来い」
「よくばり(笑)はい?俺も?」
「場をつなげろ。いいご歓談を成し遂げるためにお前はいる。何のためにお前は生まれてきたんだ」
「主語でかくない?」
「こっちも誰か一人連れてっていい?」
「誰?」
「いや・・・これから探すんだよ」
「友達いないのに?(笑)」
クリアファイルの束で頭を叩いた。
「うわー体罰だ体罰。相澤、せんせーが体罰食らわせてきた」
そういえば、相澤くんも木戸くんも、彼女ができたらしく、そこからめっきり来なくなった。
こいつも彼女ができたら話し相手にすらなってくれないのだろうか。
桐沢先生を誘おうと職員室にいくと、桐沢先生が数学の青山先生と話している。
「いいですか。そういう個人的なやりとりは控えてください。誤解を招きます」
「ただ貸し借りしただけです」
「生徒との距離感を大切にしてください。あなたは教師なんですよ」
私の席は桐沢先生の席から少し離れている。
私の両隣の先生が小声で「また若い子辞めちゃうんじゃない?」と話している。
「桐沢先生、ちょっといいですか」
あえて呼んでみた。
青山先生はそれに気づくと戻って行った。
「桐沢先生・・・」
「あの。お誘いがあって」
「えっなんですか?」
森川の兄と友達の話をした。
「えっ!!・・・でも・・・」
「え、だめですか?」
「実は、クラスの男子とCDの貸し借りをしたんです。それが青山先生の耳に入ってしまって」
「CDの貸し借りはどういうアレだったんですか?」
「お金がなくて、お家も金銭的に厳しいと言ってたので貸したんです」
「別にその生徒とどうこうなりたくて行くわけじゃないですよね?」
「はい・・・でも森川くんにはガチ恋なんです。行っていいんでしょうか」
うーんそう言われると・・・
「森川は気づいてないですし、まさか森川に手を出そうなんて考えてないですよね?」
「・・・はい・・・」
え?(笑)
「でも、もし二人で話せたら私の気持ちは伝えて、卒業したら考えてほしいって言うつもりで」
あ、そっちか。びっくりした(笑)
「それならいいんじゃないですか?一線を越えるようなことをしなければ」
「行きます」
はや(笑)
「じゃあ言っときますね」
「あの、私は渋々行く感じだと伝えてください・・・」
いやばかか。
「告白の話はどうしたんですか(笑)」
「あっそっか・・・じゃあ好きアピールしていいんですかね?」
「いつも通りでお願いします(笑)」
森川が教室に来た。
「白雪せんせー、忘れ物してるよ」
「こら。失礼しますっていいなさい」
「シツェーシャス」
「なんか忘れてたっけ」
「これ」
小さな包みが二つあった。
「?私のじゃないけど」
「じゃーねせんせ、宿題やれよ」
「お前がな」
一つ開けてみると、手紙とネックレスが入っている。
ドクンと心臓が鳴った。
琥珀からのものだ。




