ちょっとした違和感
帰ってきて琥珀のいない日は、陸翔くんと通話を繋げながらご飯を食べたり、家事をやったりするのが定番になっていた。
陸翔くんと話していると自分の話もどんどんするようになって、会話が苦痛じゃなくなっていった。
家事もはかどった。
陸翔くんの家に行った時はご飯を作り、洗い物もした。
いつもやってもらっていたことを誰かにする日がくるとは思っていなかったし、充実している気がした。
そして、昼休みにレシピを検索することが増えた。
SNSでおいしそうな料理が流れてくると、次遊びに行った時は作ろうと思い、携帯にメモしたりしていた。
なんだか日常もうまくいっている気がした。
キラキラして見える。
全人類に優しくできそうな気がする。
「せんせー、相澤が彼女できたんだって」
廊下を歩いているとバカ三銃士が現れた。
「あれ、先生今日のスカートなんかいつもと違うね」
最近ほぼ毎日スカートを履いていた。
今日は花柄のロングスカートだ。
陸翔くんはロングスカートも好きらしい。
「そういれば・・・そういえば、今日数学のせんせー、スキニー履いてたね。いつも電子レンジみたいな格好なのに」
「電子レンジ?」
「てか今総入れ歯って言った?」
陸翔くん、スキニーはおしりが突き出て見えるからあまり好きじゃないって言ってたな。
「で、相澤の彼女なんだけどさ」
森川が催促して、相澤くんが彼女の写真を見せてくれた。
「おお、かわいいね」
目がぱっちりしていてかわいい。
だぼっとしたパーカーにショートパンツを履いている。
こういう格好すきなんだよな。
小さめのパーカーより、オーバーサイズが好きだ。彼氏から借りましたみたいなレベルのオーバーサイズだと最高。
「いや。先生が彼氏できたから俺も彼女作っただけだし。別にモテないわけじゃないし。でも、全然スカート履いてくれないんすよね。こいつ。俺なんて彼女が好きだって言うからロングコート買ってさ。着たりとかしてるのに」
「相澤がロングコート(笑)」
「俺意外と似合うから!」
陸翔くんは何が似合うかな。
なんかいつもぴったりした服着てるけど、ぶかぶかのパーカーとか着たら似合いそう。
パーマかけても似合いそう。
「俺、ぴったりした服しか着たくないんだよね」
通話中に提案してみると、陸翔くんが言った。
「なんかだらしなく見えるじゃん。ぴったりした服の方がスタイル良く見えない?」
そうなのかな。
陸翔くんはガッチリしてるから、ぴったりした服より
パーカーとかのほうが良さそうだけどな。
「パーカーにツイストパーマとか良くない?パーマかけてみてよ。茶髪パーマとかいい。あっテレビみて。5チャン。この人履いてるスニーカーみたいなのとか似合」
「俺は着せ替え人形かよ」
一瞬時が止まった。
言葉の意味合い的にはわからないけど、この空気と言い方的には不快だったんだなと伝わった。
「・・・」
自分の好きな服着たいもんね。そうだよね。
「最近スカート多いですね」と言ってきた数学の青山先生を思い出した。
そんときまだ2回しか履いてねえよ。
てかスカート多いから何??
あんたに迷惑かけたんか。
あんただってスカート履いてんだろ。
冷蔵庫からビールを取り出して開ける。
「え?」
陸翔くんがやっと声を発した。
「今日ビール飲まないって言ってなかった?」
あ。そうだった。
昨日話してたんだった。
「今日はもう飲む!」
ビールを一気飲みした。
うまい。
「そういえばさ、前に話してた相澤くんに彼女ができたんだよ。かわいい子だった。しかもかわいいパーカー着ててさ。私もパーカー欲しくなった。うちのクラスはわかんないけど、隣のクラスに相澤くんのこと好きな人が3人いるらしくてさ」
「・・・・・そうなんだ」
「彼女が好きだからって黒いロングコート買ったらしくて森川にバカにされてたんだよね(笑)で森川がさ、相澤くんが自撮りして送ってきた写真見せてくれたんだけど後ろの背景が汚すぎてめっちゃくちゃ笑った(笑)」
「・・・・俺はロングコート好きじゃない」
「でも意外に似合っててさ。やっぱり着てみないとわかんないなーって思った」
ビールをもう一本持ってきて開けた。
「今日琥珀は泊まりなんだって。森川んちに泊まる
らしくてさ。前に遊んでから仲良くなっちゃって。バカが感染したのか、村中の村人たちを説得して牛の姿に変身させて、絞った乳で農村を経営するみたいなクソゲー一緒にやってるんだよね(笑)」
「同居人の話とかどうでもいい」
「あっ、ごめん・・・」
「てかさ、休肝日にするっつってなんでしれっと飲んでんの?アル中じゃん」
それはアル中なの?
休肝日なのに飲んだから?
「クラスの男子との距離感考えるって話、前にしたよね。女子の話、全く聞かないけど」
距離感考えるって話したっけ?
あ。青山先生に注意されたやつで、歳も近いんだしって注意されたんだっけ。
女子と話してないというか、私に話しかけてくるのがあの3人なだけなんだけどな。
「棗ちゃんさあ、まじでちゃんとしなよ」
「・・・私ちゃんとしてないの?」
「ちゃんとしてないっていうか、言ったことは守んなよ。まじで。アル中だけはやめてほしい」
「・・・私あなたの元カノじゃないし、アル中じゃないよ。アル中の定義って知ってる?」
「いや、だるいだるい。てか飲むと気強くなるのやめな?それもアル中だよ」
別になってないんだが。
「やめよ、喧嘩になる。今日は飲みすぎないで。電話の時、すぐ寝ちゃうのも俺寂しいんだよ」
たしかに、最近寝落ちが増えた。
でも別に酒のせいとは思ってなかったんだけどな。
「ごめん、棗ちゃんのこと元カノと重ね合わせたわけじゃないから。それだけは誤解しないで」
「・・・うん」
あ。これ、好きな曲だ。
最近ラジオとか有線でよく流れてる。
「生徒と仲良いのもわかるけど、俺はただ周りの生徒とか先生の目も気にしなきゃだめだよって思ってるんだよ。うまくやっていかないとさ。俺の職場にも仕事できないやついてめっちゃ腹立つけど今人足りないからさ。うまくやってくしかないって思ってる。まあ俺だけはキレる権利あるからこないだめっちゃブチギレちゃったけど。あいつ取引先の人待たせてんのに俺になんかぐだぐだ相談してきたからさ。『いや、まず優先は取引だろ』つって。その後横山さんに『桃山、あいつ怖がってたからやめてあげて〜』って言われた(笑)別に俺怖がらせたわけじゃないからさ(笑)ただ、ちゃんと仕事しろよって思っただけなんだよ。俺は。優先順位とかもそうだけど、評価するのって自分じゃなくて周りじゃん」
「そうだよね」
「それを測り違うやつが結構いるからさ。横山さんも朝礼ギリギリにきたりとかする時あるから『横山さん、それアルバイトのやつとかがやるやつっすよ』つって(笑)横山さん『いやごめんごめん、道に迷ってさ〜』つって(笑)」
「ははっ」
「横山さん、俺の母親がつくった大根の漬物が好きで、しょっちゅうもらってっから俺にはあまり強く言えないんだってこないだ言ってた(笑)」
あ。曲終わっちゃったな。
「棗ちゃんに今度あげるよ」
「え?」
「漬物。ちょっとダシも入れてるらしい」
「あー、大根の?ほしい。いや〜」
いや〜、絶対ビールに合う。
と言おうとしてやめた。
「めっちゃ冷蔵庫が大根臭くなるからジップロックに3重とかにしたほうがいいよ」
「そうなんだ(笑)」
機嫌治ったみたい。よかった。
「今日はごめんね。陸翔くん」
「んーん、大丈夫。電話切る?」
「琥珀帰ってくるらしくて」
「あー・・・そうなの?じゃあダメだね」
嫌そうな言い方だ。
つい嘘をついてしまった。
寝落ち通話できるって言えばよかった。
「じゃあ・・・また明日」
不満そうだ。
「うん。おやすみ」
電話を切った。
喧嘩になるかと思った。
いや、喧嘩だったのかあれは。
志穂に言ったら「陸翔くんの前で飲まない方がいいよ」って言われちゃいそうだな。
3本目のビールを開けて携帯を見ると、森川からLINEが来ていた。
琥珀の寝顔の写真だった。
かわいい。綺麗な顔で寝ている。
「俺の妹が見たら気絶してるかも」
と追いLINEがきてちょっと笑った。
しばらく琥珀の寝顔を見ていない。
一緒に寝ることもほとんどなくなった。
年齢的にも仕方ないんだから普通かもしれないけど、寂しさがずっと残っている。
普通ってなんだろう。
普通は彼氏を優先するものなのか。
彼氏の前ではビールを飲まないほうがいいのか。
一緒に住んでるのは中学生だから一緒に寝てはいけないし、気にかけるのは過保護なのか。
今まで毎日ご飯を作ってもらって、一緒にご飯を食べて、一緒にテレビをみて過ごしてきたのは普通ではなかったのか。
そもそもどうしてこうなったんだっけ。
だけど、もし今までが普通じゃなかったなら、私は普通の生活になりつつあるのだろうか。
普通ってつまらないんだな。
いや、彼氏もいて、ちゃんと仕事して働いていて、充実してると思ったことは否定しちゃダメだ。
家事を自分でやって、自分でご飯も作る日が増えた。
志穂と篠田みたいに寝落ち通話をしている。
彼氏がいる生活が普通になってきているってことなんだ。
テレビでYouTubeを開いた。
さっき通話をしていて聴けなかった曲を選んで、フルでかけながらビールを飲んだ。




