第8章 ― 白銀と黒土、街の呼吸が止まる日 ―
中心街は、ただの“街”ではなくなっていた。
白銀の巨体――ビースト・フェンリルが立つだけで、
周囲の風がひずみ、
地面が低く震えている。
対するは、地中を破壊しながら姿を現した災獣。
その外殻は土砂と瘴気に塗れ、
眼だけが赤くぎらついていた。
市民の悲鳴、サイレンの音、
E.O.D隊員たちの怒号。
それらすべてが混ざり合い、
都市は“異常な鼓動”で満たされていた。
■ フェンリル、跳ぶ
フェンリルの四肢の筋肉がきしむ。
蓮の意識は、フェンリルの内部で荒波のように揺れている。
(冷静に……冷静に戦え……!
ここは都市だ……倒し方を間違えたら……!)
《蓮、気を張りすぎるな。
我は破壊の獣ではない》
(……本当に信用していいのか?)
フェンリルは短く咆哮し、
ガルドモルスに向けて駆け出した。
ゴッ……!!
ビルを揺らす足音が響く。
しかし、その巨体とは裏腹に速度は鋭い。
街路を一瞬で駆け抜け、
跳び上がり、災獣に向けて牙を向けた。
ガルドモルスは反射的に防御姿勢を取る。
外殻を地面に潜らせ――
ドガアッ!!
フェンリルの牙が外殻をかすめ、
飛び散る黒砂のような瘴気。
だがそれだけで終わらせない。
フェンリルは斜め横へ着地し、
尾を大きくしならせ――
ブォンッ!
尾が災獣の側面に直撃、
重い衝撃音を響かせた。
《ギャァアァァ!!》
災獣が痛みにのたうつ。
蓮は胸の奥で息を荒げる。
(攻撃は通る……!
でも、まだだ!)
しかし問題はここからだった。
■ 市民が見てしまった“巨影”
倒壊したビルの影から、
逃げていた市民たちがフェンリルを目にする。
「……あれ、人間……じゃないよな……」
「災獣を倒してる……のか?
それとも……もう一匹の怪物……?」
「やめて! こっちに来るな!」
フェンリルはそちらを振り返る。
蓮の意識はすぐに制御に集中した。
(違う……!
俺は守りたいだけなんだ……!
怖がらないでくれ……!!)
《蓮、迷うな》
フェンリルの声が重く響く。
《守るための牙は、恐れられることもある》
蓮は歯を食いしばる。
(わかってる……
でも、怖がられるのは……嫌なんだ……!)
その一瞬の迷いを、
ガルドモルスが逃さなかった。
地下へ潜り――
フェンリルの足元から突き上がるように飛び出してきた。
ズガァァァアアッ!!
腹部に重い衝撃。
フェンリルの巨体が後方に吹き飛ばされ、
衝突したビルの壁が大きく崩れた。
「うわああああ!!
来るな、巨獣!!」
「フェンリルって名前らしいぞ!
昨日から噂が……!」
「いや、あれは危険だ! 化け物だ!!」
蓮の胸に、鋭い痛みが走る。
(……俺は……守ろうとしてるんだ……
なのに……!)
《冷静になれ。
人は恐れる生き物だ》
フェンリルの声は穏やかだった。
《守り方は……いずれわかる》
蓮は深く息を吸う。
(わかってる……!
まずはこの怪物を――倒すんだ!)
■ フェンリル、白銀の牙を剥く
ガルドモルスが再び地下に潜ろうとする。
「蓮、やらせるな!」
玲奈司令官の声が遠くから届く。
蓮は前脚……いや、巨大な“爪”を地面に突き刺し、
地中の震動を読み取る。
(そこだ――!!)
跳び上がり、
地面に向けて白銀の光を帯びた咆哮を叩き込む。
《ルミナ・ハウル!!》
白銀の衝撃波が地面を貫き、
地下を駆け抜け、
ガルドモルスを吹き飛ばした。
災獣が地上に投げ出され、
外殻が大きく砕ける。
《ギャアアアアッ!!》
蓮はすぐにその動きを追い、
肩から体当たりを叩き込む。
ボガァッッ!!
災獣が横倒しに転がる。
(このまま……!
倒し切る!!)
蓮が牙を突き立てようとした瞬間――
視界が急にぼやけた。
(う……!?
なに、これ……意識が……!)
蓮の意識が、一瞬“溶けた”。
フェンリルの声が深く響く。
《蓮。
我を拒むな。
この力は……お前のものでもある》
(……違う……違うッ!!
俺は……俺は……!)
意識が二つに割れ、
白銀の視界が揺れる。
その一瞬の隙を、
ガルドモルスが突いた。
ガァンッ!!
鋭い前脚がフェンリルの肩を抉る。
《グルァァァッ!!》
巨体が崩れ、アスファルトを割った。
蓮が声にならない叫びをあげる。
(痛い……!
でも……倒れたら街が……!
こんなところで……終われない!!)
フェンリルがゆっくりと立ち上がる。
その姿を、
市民も、E.O.Dも、
誰もが固唾をのんで見つめていた。
「……立った……?」
「本当に……街を守ってる……?」
「でも……あの目……
人間じゃない……」
蓮の中で、何かが軋む。
(……俺は……何なんだ……?)
■ 決着と、残された影
フェンリルは最後の力を振り絞る。
全身の白銀の毛が光を帯び、
尾がしなる。
跳び上がりながら――
残った力をすべて込めた一撃を災獣へ叩き込む。
ドガァァァアアッ!!!
ガルドモルスの外殻が完全に砕け、
黒い瘴気が霧散する。
災獣は砂のように崩れていった。
蓮は膝をつき、
ゆっくりとフェンリルの姿が薄れていく。
(……俺は……守れた……?)
消えゆく中で、
蓮は街の人々の表情を見た。
恐怖。
困惑。
期待。
不安。
全部、混ざった顔。
誰も――
“感謝”の顔はしていなかった。
蓮は胸の奥に重いものを抱えたまま、
光の中へ溶けていった。
■ 戦闘後――リエナの目覚める言葉
蓮の身体は、ビルの陰で倒れていた。
E.O.D隊員が駆け寄る。
志乃「蓮くん……っ! また倒れて……!」
矢守「くそ……こんな戦い方じゃ、身体が保たねぇだろ……!」
蓮はゆっくりと目を開く。
(街……守ったのに……
誰も……喜んでなかった……)
その時――
横に、白い影が立つ。
リエナ。
彼女の瞳は、いつになく深い色をしていた。
「蓮。
あなたは今日、人を救った。
けれど――
“守護者”は、いつも理解されるとは限らない」
蓮は弱く問う。
「……じゃあ……どうすれば……
俺は……何で……こんな……」
リエナは膝をつき、蓮の手を取った。
「蓮。
あなたは――“選ばれた理由”を知らないまま戦ってる。
だから苦しいの」
蓮は息を呑む。
「……理由……?」
リエナはゆっくり頷いた。
「ええ。
その“牙”が与えられた理由。
あなたの中に棲む“白銀の獣”の正体。
そして……
あなたが“選ばれた日”のこと」
蓮の心臓が跳ねる。
リエナは静かに言った。
「蓮。
あなたは――フェンリルの“半身”なの」
蓮の瞳が大きく見開かれたところで、
章は幕を閉じる。
――第8章・完。




