第7章 ― 都市の影、白銀の叫び ―
午前11時12分。
光都〈ミレイア〉の中心街は、平日の喧騒に満ちていた。
子どもたちの笑い声、
買い物袋を提げる人々の姿、
カフェのテラスから香るコーヒー。
――平和。
少なくとも、人々はそう信じて疑わなかった。
だがその日。
都市の空気が、ひどく重く感じられたのは偶然ではなかった。
蓮は、E.O.Dの車両で移動しながら胸を押さえていた。
(……胸が痛い。
違う……胸じゃない。“中の何か”が暴れてる……)
玲奈司令官が前方座席から振り返る。
「蓮、無理をしていない?
まだ医療ブロックで休むべきだった」
蓮は首を振る。
「大丈夫です。
ただ……少し胸の奥がざわつく程度で……」
(嘘だ。
本当は……今すぐ叫び出したいほど苦しい)
だが――告げられない。
自分の中にある“白銀の声”を。
《……呼べ。
この地の痛みが……近づいている……》
蓮の眼がわずかに揺れた。
そんな中――
通信士の声が車内に響く。
『司令、中心街地下で異常エネルギー反応!
地表が……波打っているぞ!』
玲奈が眉を寄せる。
「中心街? まさか……災獣が地中から?」
矢守の声が上ずった。
「おいおい、勘弁してくれよ。
市民がいっぱいいるってのに……っ!」
蓮は窓の外を見た。
ビルの反射ガラスに映る自分の顔が汗で濡れている。
(……嫌な感じが……どんどん強くなる……)
鳴り続ける鼓動に、もう一つの脈動が絡む。
《来た。
“あれ”が地に穴をこじ開けている……》
蓮は小さな声で呟いた。
「……災獣だ……」
玲奈が振り返る。
「蓮、何か感じるの?」
蓮は頷いた。
「“来る”……
中心街の……真下から……!」
その瞬間――
都市が、揺れた。
ゴゴゴゴゴ……ッ!!
ビルのガラスが震え、街路樹が倒れ、
道路が波打つように盛り上がっていく。
次の瞬間――
破裂音。
アスファルトが砕け、
巨大な甲殻が突き破って姿を現した。
■ 災獣出現
灰黒色の外殻に覆われた、
巨大なモグラのような形状。
だが、眼は異様に赤く膨張し、
全身から“土砂の瘴気”を巻き散らす。
《ガシャアアアアア!!!》
悲鳴が街に響く。
「うわああああっ!
化け物だ――!!」
「避難誘導班は急げ!
第1~3装甲班、前に出ろ!」
E.O.D隊員たちが車両から飛び出す。
だがガルドモルスは地面に再び潜り、
地下から別の地点を爆ぜさせた。
ドンッ!!
「ビルが――倒れるぞ!」
崩れかけたビルが斜めに傾き、
その下にはまだ逃げ遅れた人々の姿が見えた。
蓮は息を呑む。
(……助けなきゃ……!
だけど……)
胸の奥が焼ける。
(また聞こえる……呼ばれている……!
フェンリルが……目を覚まそうとしてる……!)
玲奈が蓮の肩を掴む。
「蓮! 落ち着いて!」
「俺……俺、もう……限界かもしれません……!」
《蓮……呼べ。
この都市を……喰わせるな》
蓮の視界が白くにじむ。
手が震え、爪が皮膚を抉るほど拳を握る。
「だめだ……ここじゃ……
こんな街中で巨大化したら……!」
フェンリルは蓮に囁く。
《守るためだ。
恐れるな。
我も、お前も――もう一つだ》
蓮は叫んだ。
「いやだ……!
俺は……まだ……俺のままでいたいんだ……!」
その時。
風が止んだような気配がした。
街のざわめきの中で――
蓮の目の前に、ふっと少女が立つ。
白いワンピース。
無表情だが、どこか優しい瞳。
リエナ。
「蓮。
拒絶すれば、痛むだけ」
蓮は震えた声で答える。
「リエナ……やめてくれ。
俺は……人として戦いたいんだ……」
リエナは静かに首を振る。
「あなたは“人”であると同時に……
“地の牙”でもある。
それを否定すれば、壊れてしまう」
《その通りだ、蓮》
胸の奥の声が重なる。
蓮は後ずさる。
「やめろ……!
俺は……――」
その時。
ガルドモルスがビルを押し倒し、
鉄骨が悲鳴をあげた。
ビルが倒れれば、
下の十数名が――助からない。
蓮の瞳に、決意が宿った。
「守らなきゃ……!
でも……巨大化したら街が……!」
リエナは一歩踏み込む。
「蓮。
“制御”すればいい。
あなたなら……できる」
蓮は荒く呼吸する。
(できる……?
本当に……?)
鼓動が高鳴る。
《蓮。
我に委ねろ。
お前が望む限り――破壊者にはならない》
蓮は拳を握った。
そして――
「……フェンリル……力を貸してくれ!!」
光が爆ぜた。
玲奈司令官が叫ぶ。
「蓮――ッ!!」
中心街が白銀の光に包まれ、
瓦礫が宙に浮き上がり、
大気が揺れる。
蓮の身体が光とともに膨張し、
白銀の鬣が燃えるように形を成す。
そして――
都市の中心に、巨大な影が降り立った。
ビースト・フェンリル。
今回は荒れていない。
だが――目に“焦燥”が残っている。
蓮の中に混じる、フェンリルの意思。
そして蓮の迷い。
この不安定な融合が、
後の悲劇を生むことを――
まだ誰も知らない。
フェンリルの咆哮が響き渡る。
《アオォォォォォオオン!!!》
都市の中心で、
ついに――
“人前での戦闘”が幕を開けた。
――第7章・完。




