第5章 ― 白銀の咆哮、森に満ちる ―
白銀の光が弾けた。
蓮の叫びを中心に、地面そのものが波打つように揺れ、
黒霧に覆われた森林帯が一瞬だけ“昼のような明るさ”に染まる。
「な、何だ……光が――!」
「蓮はどこだ!? 撤退させろ――!」
E.O.D隊員たちが混乱する中、
光の柱は膨張し、次の瞬間――破裂した。
ドォンッ!
爆風の後に現れたのは、
人の倍ほどもある巨大な影ではなかった。
もっと大きい。
もっと禍々しく、そして――神々しい。
濃い白銀の毛並み。
逆立つ鬣のような首毛。
額には鋭い一本角。
牙は鋼のように長く、尾は狼のそれを巨大にしたもの。
全長40メートル級。
白銀に輝く神獣――
ビースト・フェンリル。
だが今、フェンリルの目は以前と違っていた。
“蓮の意識が宿っている”。
その双眸には、確かな意思と迷いが入り混じる。
(俺……これが……フェンリル……)
蓮は巨大な身体の中で息を呑んだ。
(見える……
森の痛みが……タルガーノの怒りが……
全部、俺の中に流れ込んでくる……)
蓮の思考に、大地の低い声が重なる。
《――守れ。
生命を喰らう災獣を、排除せよ》
蓮は奥歯を噛み、拳――いや、巨大な“前脚”を握った。
(守る……それが、俺の意思とも一致してるなら……!)
フェンリルの喉が震え、
巨木を揺らすほどの咆哮を解き放つ。
《アオォォォォォォン!!》
その咆哮は森と大地を震わせ、
タルガーノが動きを止めて顔を上げた。
■ 災獣タルガーノ、覚醒
蔦と甲殻の巨獣タルガーノは、
フェンリルの咆哮を受けて瞳を赤く輝かせた。
《グルルォァァ――ッ!》
背中の樹木状の突起が開き、
黒霧が滝のように噴き出す。
「瘴気濃度が急上昇!
やばい、周囲の植生が――腐食していく!?」
「フェンリル……また現れたのか!?
いや……今回は前と違う。動きが“意思的”だ!」
隊員たちは距離を取りつつ、両者の動きを注視する。
フェンリルが一歩踏み込む度に、
地面が陥没し、砂煙が上がる。
タルガーノも大地を削りながら前進する。
互いの距離が数十メートルまで迫った瞬間――
激突。
ドガアアアアッ!!
耳を裂く衝撃音が森を震わせた。
フェンリルの前脚とタルガーノの甲殻がぶつかり合い、
衝撃波が周囲の木々を吹き飛ばす。
蓮は咄嗟に踏み込む。
(硬いッ……!
けど、押し負けるかよ――ッ!)
フェンリルは身体をひねり、
タルガーノの横腹へ牙を突き立てる。
《ガアアァァッ!!》
黒い液体が噴き出す。
タルガーノは怒涛の勢いで尾を振り、
フェンリルを弾き飛ばした。
ドウゥンッ!!
フェンリルは数十メートル滑り、
大地に深い傷を刻む。
蓮が歯を食いしばった。
(痛ぇ……!
でも、これが……“戦う”ってことか!)
しかしタルガーノの瘴気はさらに濃度を増し、
その黒煙はフェンリルの体表にまとわりつき、
蓮の呼吸を締め上げてくる。
(う、ぐ……意識が……!)
大地の声が低く響く。
《――負けるな。
我が牙を思い出せ》
(牙……?)
胸の奥が熱く光る。
フェンリルの口元から白銀の輝きが漏れた。
《アオォォォォン!!》
放たれたのは――
白銀の咆哮“ルミナ・ハウル”。
音と光が衝撃波となり、
タルガーノの瘴気を一気に吹き飛ばす。
「瘴気が散った!?
フェンリルの攻撃か!?」
「見ろ、タルガーノの脚が……!」
タルガーノの蔦が裂け、
内側の腐肉が露出し始めていた。
フェンリルはさらに踏み込む。
(今だ……畳みかける!)
巨体をしならせて跳び上がり、
タルガーノの背に飛びかかった。
ガシャアアアア!!
背中の樹突を噛み砕き、黒煙を止める。
タルガーノがのたうち回り、
最後の抵抗のように全身の蔦を振り回す。
だがフェンリルはその蔦を両前脚で掴み、
大きく振りかぶって――
地面へと叩きつけた。
――ズガァァァン!!!
地面に巨大な亀裂が走り、
タルガーノの動きが止まる。
そのまま、全身が黒い粒子に崩れ、
森に溶けていくように消滅した。
蓮は大きく息を吐く。
(……勝った……のか?)
だがすぐに胸の奥に鋭い痛みが走った。
(ぐ……ッ!
また意識が……!)
大地の声が遠のいていく。
《――戻れ、蓮。
己を失うな……》
視界が白く霞み――
フェンリルの巨体が光となって溶け始めた。
■ 戦闘後の静寂
光が消えた後、そこには蓮が倒れていた。
「蓮! 蓮、聞こえるか!?」
志乃医療官と矢守が駆け寄る。
蓮は息を荒くしながらも、かろうじて目を開いた。
「……大丈夫……です。
タルガーノは……倒しました」
矢守が溜息をつく。
「お前……本当に何者なんだ……?」
蓮は答えようとしたが、
胸の奥の“もう一つの声”が響いた。
(……フェンリル……)
だが蓮は、その声を胸に押し込む。
(まだ……言えない。
俺自身、まだ……わかってないんだ)
志乃は蓮の手首を掴み、震える声で言った。
「蓮くん……心拍も体温も……全部、人間の範囲を逸脱してる。
今日のあなたは明らかに……“前と違う”」
蓮は視線をそらす。
(俺は……本当に人間なのか?)
遠くで、白銀の狼がこちらを見ていた。
すぐ後ろには、リエナ。
彼女は静かに囁いた。
「蓮。
あなたは、地球が選んだ“牙”。
まだ始まりに過ぎないよ」
蓮はただ、胸の奥のざらついた不安を抱えたまま、
救護車へと運ばれていった。
森は静かだった。
だがその沈黙の裏で――
次なる災獣が、静かに蠢いていた。
――第5章・完。




