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第38章 ― フェンリルの覚悟 ―

 夜は、

 深く、静かだった。


 人の灯りは、

 遠くにある。


 もう、

 近づかないと決めた場所だ。


 ■ 境界


 蓮は、

 山の尾根に立っていた。


 風が、

 白銀の毛並みを撫でる。


 半身だけが、

 変質している。


 角は、

 一本。


 牙は、

 抑えられたまま。


 完全なビースト化ではない。


 だが――

 人でも、

 ない。


「……ここが……

 境目か……」


 独り言のように、

 蓮は呟いた。


 ■ フェンリルの声


 《……否……》


 低く、

 確かな声。


 《……境目ハ……

 既ニ……

 越エテイル……》


 蓮は、

 苦く笑った。


「……やっぱり……

 そうか……」


 《……戻ル意思ハ……

 アルカ……》


 問いは、

 静かだった。


 だが――

 重い。


 蓮は、

 目を閉じる。


 街の音。

 人の声。

 名前。


 全部、

 遠い。


「……ない……」


 その一言で、

 十分だった。


 ■ 主導権


 白銀の鼓動が、

 一段、

 深く響く。


 《……理解シタ……》


 フェンリルの声が、

 変わる。


 怒りでも、

 苛立ちでもない。


 決断の音だった。


 《……蓮……

 次カラハ……

 我ガ……

 一歩前ニ出ル……》


 蓮は、

 驚かなかった。


「……半分……

 だろ……?」


 《……崩サナイ……

 約束ダ……》


「……なら……

 いい……」


 それで、

 よかった。


 ■ 地球の意思


 大地が、

 微かに震える。


 遠くで、

 影の兆候。


 都市ではない。


 山でもない。


 地脈の交差点。


 《……来ル……》


 フェンリルが、

 告げる。


 《……次ハ……

 “守ル”ノデハナイ……》


 蓮は、

 息を吸った。


「……止める……

 ってことか……」


 《……地球ノ……

 意思ダ……》


 そこに、

 善悪はない。


 あるのは――

 選別だけ。


 ■ 覚悟


 蓮は、

 ゆっくりと拳を握った。


 爪が、

 伸びる。


「……人に……

 どう言われても……」


 《……気ニスルナ……》


「……言われるさ……

 怪物だって……」


 《……既ニ……

 ソウ呼バレテイル……》


 一瞬、

 沈黙。


 そして――

 蓮は、

 静かに言った。


「……なら……

 最後まで……

 怪物で……

 いい……」


 白銀の力が、

 応える。


 ■ ビースト・フェンリル


 角が、

 完全に顕現する。


 背骨が、

 伸びる。


 尾が、

 夜を裂く。


 四十メートル級の、

 白銀の神獣。


 だが――

 咆哮は、

 上げない。


 暴れない。


 ただ、

 立つ。


 《……行クゾ……

 蓮……》


「……ああ……」


 この瞬間。


 主でも、

 従でもない。


 共に在る存在として。


 ビースト・フェンリルは、

 地を蹴った。


 人の世界から、

 半歩外れた場所へ。


 物語は、

 終わりへ向かって、

 確かに動き出した。


 ――第38章・終。

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