第34章 ― 選択という罠 ―
異変は、
“善意”から始まった。
都市圏西部。
人口密集地から外れた、
新興住宅地。
行政が発表したのは、
一見もっともな判断だった。
――「危険予測区域からの、段階的住民移動」
理由は、
地盤不安と異常気象。
誰も、
疑わなかった。
■ 誘導
志乃が、
端末を睨む。
「……おかしい……
避難区域……
影性反応の“縁”だけを……
なぞってる……」
矢守が、
低く言う。
「……影は……
“人を動かしてる”……」
蓮は、
地図を見つめた。
避難先――
旧工業区。
広い。
人が集めやすい。
そして――
監視が薄い。
(……罠だ……)
■ 非公式の限界
玲奈司令官から、
短い通信。
「……公式には……
この避難は……
“正しい判断”よ……」
それが、
何を意味するか。
非公式の蓮たちは、
介入できない。
「……止められない……?」
志乃の声が、
震える。
「……止めたら……
“妨害”になる……」
矢守が、
歯を食いしばる。
「……影は……
人の“正しさ”を……
使ってきた……」
■ 群衆
旧工業区。
人が、
集まり始めていた。
不安。
焦り。
それでも――
“従えば安全”という安心。
蓮は、
遠くからその光景を見ていた。
(……ここで……
顕現したら……)
管理対象。
敵対認定。
それでも――
《……蓮……》
フェンリルの声が、
低く響く。
《……人ガ……
自ラ……
檻ニ入ッテイル……》
「……ああ……」
■ 影の顕在化
空が、
歪んだ。
群衆の中心。
影が――
面として浮かび上がる。
悲鳴。
逃げ場は、
少ない。
「……来た……!」
志乃が叫ぶ。
公式部隊は、
遠い。
非公式の彼らだけが、
ここにいる。
■ 信じられない側
蓮は、
一歩前に出た。
だが――
周囲の人々が、
彼を見てざわめく。
「……あの人……
ニュースの……」
「……ビースト……」
恐怖が、
向けられる。
(……信じてもらえない……)
《……蓮……
今ダ……》
フェンリルの声が、
強くなる。
《……顕現シロ……》
「……」
蓮は、
拳を握った。
■ 決断
「……下がって!!」
叫んだ声は、
群衆に飲まれる。
影が、
拡張する。
時間が、
ない。
蓮は――
踏み出した。
白銀の鼓動が、
解き放たれる。
地面が、
震える。
人々が、
悲鳴を上げる。
それでも――
止まらない。
■ 守る行為は、疑われる
白銀の巨影が、
完全ではない形で現れる。
ビースト化――
制限顕現。
角は、
不完全。
牙は、
抑えられている。
だが――
力は、
十分だった。
影の面が、
引き裂かれる。
群衆が、
散る。
だが――
その瞬間を、
無数の端末が捉えた。
「……ほら……
やっぱり……」
「……街で……
暴れた……」
事実は、
歪められる。
■ それでも
影は、
退いた。
被害は、
最小限。
だが――
拍手はない。
感謝も、
ない。
あるのは――
恐怖と疑念。
蓮は、
静かに後退した。
《……蓮……》
フェンリルの声が、
揺れる。
《……人ハ……
オ前ヲ……
選バナカッタ……》
「……それでも……」
蓮は、
息を整えながら言った。
「……俺は……
選ぶ」
■ 影の理解
遠く。
影は、
確信した。
人は、
守護者を
信じない瞬間がある。
その瞬間こそ――
最も、
脆い。
次は、
もっと鮮明な形で。
“信じない理由”を、
突きつける。
白銀の巨影が、
夜に溶ける。
蓮は、
背を向けた。
信じられない側に立っても。
選択を、
罠にされても。
それでも――
立つ。
――第34章・終。




