第29章 ― 疑念は刃となる ―
疑念は、
静かに、しかし確実に広がった。
第七沿岸区の一件以降、
世論は明確に割れ始めていた。
「守護者」か。
「危険因子」か。
どちらでもない――
**“制御不能な存在”**という言葉が、
最も多く使われるようになっていた。
■ 内部資料の流出
それは、
一本の動画から始まった。
《E.O.D極秘資料》
という不穏なタイトル。
内容は――
ビースト・フェンリルの顕現データ。
・完全顕現時の破壊予測
・理性喪失時の都市被害シミュレーション
・“人として戻れない可能性”の記述
どれも、
内部検証用の未完成資料だった。
だが、
切り取られ、
強調され、
編集されたそれは――
“脅威の証拠”として拡散された。
■ 世論の反転
ニュース速報。
『E.O.Dは危険性を把握していた?』
『ビースト顕現は、
最悪の場合、
都市消失レベルと判明』
スタジオの司会者が、
冷静を装って言う。
「……市民の安全を考えれば、
議論は避けられません」
SNSは、
一気に炎上した。
――「やっぱり怪物じゃないか」
――「E.O.Dは隠してた」
――「排除するべきだ」
“排除”という言葉が、
当たり前のように使われ始める。
■ 本部の動揺
E.O.D本部。
緊急会議。
「……リーク元は……
まだ特定できていません」
技術班の声が、
震える。
矢守が机を叩いた。
「内部だ!!
外部にこんな資料は渡らない!!」
玲奈司令官は、
唇を噛みしめる。
「……政府は……
一時的なビースト運用停止を……
要請してきた」
空気が、
重く沈む。
志乃が、
思わず立ち上がる。
「それじゃ……
影が来たらどうするんですか!!」
「……代替策を……
検討中、だそうよ」
“検討”という言葉の空虚さが、
全員に伝わった。
■ 蓮への視線
廊下。
蓮が歩くと、
職員の視線が一瞬だけ逸れる。
露骨ではない。
だが――
確実に、距離がある。
(……わかってた……)
胸の奥が、
少しだけ痛む。
関守博士が、
そっと声をかけた。
「……蓮くん……
君は……」
蓮は、
首を振った。
「大丈夫です。
……想定内です」
その言葉は、
自分に言い聞かせるためのものだった。
■ フェンリルの違和感
夜。
静かな部屋。
《……蓮……》
フェンリルの声は、
いつもより慎重だった。
《……人ノ視線ガ……
変ワッタ……》
「……うん」
《……怒ラナイノカ……》
蓮は、
しばらく考えた。
「……怒る理由は……
あるよ」
《……ナラバ……》
「でも……
それを向けたら……
終わる」
フェンリルは、
沈黙する。
《……人ハ……
脆イ……》
「……そうだな」
蓮は、
窓の外を見る。
街の灯りは、
変わらずそこにある。
(……それでも……
守るって……
決めた)
■ 亀裂
翌日。
本部前で、
小規模な抗議集会が始まった。
プラカード。
――「ビーストを隔離しろ」
――「人類の管理下に置け」
その中に――
白銀の狼の絵を、
乱暴に描いたものがあった。
志乃が、
唇を震わせる。
「……ここまで……」
矢守が、
低く呟く。
「……影は……
何もしてないのに……
ここまで来た……」
それが、
何よりの証拠だった。
影は、人の恐怖を利用している。
■ 静かな決意
夜。
蓮は、
屋上に立っていた。
風が、
強く吹く。
《……蓮……》
フェンリルの声が、
少しだけ低くなる。
《……次ニ……
命令サレタラ……
止マレ……》
「……止まらない」
蓮は、
迷わず言った。
「命令より……
大事なものがある」
《……何ダ……》
蓮は、
夜の街を見下ろした。
「……選ばせないことだ」
人を、
誰かを、
切り捨てる側に――
ならないこと。
フェンリルは、
ゆっくりと息を吐くような気配を見せた。
《……オ前ハ……
危険ダ……》
「……よく言われる」
蓮は、
小さく笑った。
だがその背中には、
確かな覚悟があった。
■ 次なる局面
影は、
まだ姿を現していない。
だが――
人の世界は、
すでに戦場になっている。
E.O.Dは、
内部不信と外部圧力に晒され。
蓮は、
守護者でありながら、
疑われる存在となった。
それでも――
白銀の鼓動は、
止まらない。
次に壊れるのは、
街か。
信頼か。
それとも――
理性か。
――第29章・終




