第28章 ― 祈る者と、拒む者 ―
第七沿岸区での出来事から、
三日が過ぎた。
街は復旧作業に追われ、
表面上は日常を取り戻しつつあった。
だが――
人々の心には、
はっきりとした“亀裂”が走っていた。
■ 信仰の芽生え
沿岸区の一角。
簡易フェンスの前に、
白い花が供えられている。
その中央には、
手書きの紙。
――「白銀の獣へ。ありがとう」
小さな祈りだった。
年配の女性が、
静かに手を合わせている。
「……あの子たち……
助かったのよ……
あの“獣”のおかげで……」
若い男性が頷く。
「名前は……
ビースト……だったか……」
「守護神みたいなものよ……」
噂は、
少しずつ形を持ちはじめる。
――“白銀の守り手”。
――“地に立つ神獣”。
恐怖と混乱の中で、
人は拠り所を求める。
■ 拒絶の声
同じ頃。
別の場所では、
全く逆の声が上がっていた。
テレビ討論番組。
『白銀の巨体は、本当に制御されているのか』
『一歩間違えれば、
都市そのものが危険に晒されるのでは』
コメンテーターの一人が言う。
「彼は善意かもしれない。
だが、“制御不能の力”を
都市に置いていい理由にはならない」
SNSは、
さらに過激だった。
――「次は、
あいつが街を壊す番だ」
――「E.O.Dは、
あの怪物を隠してる」
――「排除しろ」
“守護”は、
“脅威”と紙一重だった。
■ 本部への圧力
E.O.D本部。
玲奈司令官の元に、
政府筋からの通達が届く。
「……“ビーストの管理体制の再検討”。
事実上の……
制限要求ね」
矢守が吐き捨てる。
「くそ……
守った結果がこれか……」
関守博士は、
静かに言った。
「……人は……
理解できないものを……
恐れる……」
蓮は、
会議室の隅で聞いていた。
胸の奥が、
冷たく沈む。
(……想像はしてた……
でも……)
■ 直接の拒絶
数日後。
避難訓練の視察に訪れた地域で、
事件は起きた。
蓮が、
E.O.Dの制服で歩いていると――
「……あの人……」
「……ビーストの……」
ざわめき。
一人の男が、
声を荒げた。
「来るな!!」
蓮は、
足を止めた。
「……え?」
男は、
指を突きつける。
「お前が来るから、
影が寄ってくるんだ!!」
周囲が、
静まり返る。
「守護者?
ふざけるな!!
次は……
お前が街を壊すんだろ!!」
蓮は、
言葉を失った。
志乃が、
前に出ようとする。
「待って……!」
だが――
蓮は、
静かに首を振った。
■ 受け止めるということ
蓮は、
男をまっすぐ見つめた。
「……そう思う人がいるのは……
当然だと思います」
男が、
言葉に詰まる。
蓮は続けた。
「俺は……
安全を保証できる存在じゃない」
胸に手を当てる。
「それでも……
逃げません」
一瞬の沈黙。
男は、
何も言わず背を向けた。
それで、
十分だった。
志乃が、
小さく息を吐く。
「……蓮……
傷ついてる……」
蓮は、
かすかに笑った。
「……うん。
でも……
これも……
守るってことだろ」
■ フェンリルの問い
夜。
本部屋上。
《……蓮……》
フェンリルの声が、
低く響く。
《……拒マレテモ……
立ツノカ……》
蓮は、
星の見えない空を見上げた。
「……選んだんだ」
《……何ヲ……》
「人を……
守るってことを」
胸の奥で、
白銀の鼓動が――
静かに、重く鳴る。
《……人ハ……
残酷ダ……》
「……それでも……
好きなんだよ」
フェンリルは、
しばらく沈黙した。
やがて――
低い声が、
はっきりと告げる。
《……ナラバ……
オ前ノ理性ヲ……
信ジル……》
蓮は、
小さく頷いた。
■ 新たな敵意
その頃。
匿名のオンライン掲示板で、
ある言葉が拡散され始めていた。
――《対ビースト排除同盟》
――「人類の敵は、
影だけではない」
影側とは違う、
だが確実に――
現実的で、厄介な敵。
それが、
ゆっくりと形を持ち始める。
祈る者と、
拒む者。
蓮は、
その狭間に立つ。
誰にも歓迎されず、
それでも――
退かない存在として。
――第28章・終。




