第26章 ― 選ばれる街、選ばれない命 ―
第三の都市試験は、
“宣告”から始まった。
午前零時。
すべての通信網に、
同一の映像が割り込む。
黒い仮面。
無機質な声。
――第三都市試験ヲ通達スル。
眠らぬ街が、
一瞬で静まり返った。
――対象都市:第七沿岸区。
人口、約三十万人。
避難猶予、六時間。
E.O.D本部。
管制室が凍りつく。
矢守が叫んだ。
「……避難猶予!?
今までと……違う……!」
――本試験ハ、“選別”ヲ伴ウ。
器ヨ。
汝ガ介入スレバ、
他ノ都市ハ……対象外トナル。
志乃が、
震える声で言った。
「……つまり……
助ければ……
他が……?」
関守博士が、
苦渋の表情で頷く。
「……影側は……
“一点集中”を要求している……」
■ 選ばれる街
第七沿岸区。
古い港湾施設と、
新しい住宅地が混在する街。
漁師。
工場労働者。
観光客。
特別でも、
象徴的でもない。
――ただの、
“生活のある街”。
現地の映像が、
管制室に映し出される。
人々は、
まだ事態を理解していない。
「……ここが……
選ばれた街……」
蓮は、
小さく呟いた。
胸の奥で、
白銀の鼓動が重く鳴る。
《……蓮……
コレハ……
“誘導”ダ……》
「……わかってる」
蓮は、
拳を握りしめる。
■ 条件
影側の通信が、
再び割り込む。
――条件ヲ提示スル。
スクリーンに、
三つの光点が浮かぶ。
――第一。
汝ガ即時介入スレバ、
沿岸区ハ保全サレル。
――第二。
汝ガ介入シナケレバ、
影ノ実体ガ顕現スル。
被害ハ……推定三割。
――第三。
汝ガ介入シ、
更ニ力ヲ深ク引キ出セバ……
白銀ノ獣ハ、
“完全顕現”ニ近ヅク。
室内がざわめく。
「完全……顕現……?」
関守博士が、
青ざめた顔で言った。
「それは……
蓮くんが……
“戻れない”可能性を含む……」
影の声が、
淡々と続く。
――選ベ。
街ヲ守ルカ。
自分ヲ守ルカ。
■ 問われる理由
会議室。
蓮は、
一人で椅子に座っていた。
志乃も、
矢守も、
あえて口を出さない。
――選ぶのは、
彼自身だからだ。
(……守る理由……)
人々の顔が浮かぶ。
泣いていた子ども。
声を失った男性。
ビーストを恐れる視線。
(……俺は……
何のために……)
《……蓮……》
フェンリルの声が、
いつもより近い。
《……オ前ハ……
“選バレタ”ワケジャナイ……》
「……ああ」
《……オ前ハ……
“立ツ”ト……
決メタダケダ……》
蓮は、
ゆっくりと目を閉じた。
(守る理由は……
正しさじゃない……)
目を開ける。
「……俺は……
この街を……
特別だとは思わない」
会議室の外で、
皆が息を呑む。
「でも……
ここで“選ばせる”ことを……
認めたら……」
蓮は、
はっきりと言った。
「次は……
もっと簡単に……
誰かが切り捨てられる」
拳を握る。
「俺は……
“選別”に加担しない」
■ 決断
蓮は、
司令室へ戻った。
玲奈司令官が、
静かに問う。
「……出る?」
蓮は、
まっすぐ頷いた。
「出ます。
でも……
“条件通り”じゃない」
影側の通信が、
即座に応答する。
――理解不能。
条件外ノ行動ハ……
蓮は、
空を見上げる。
「街も……
俺も……
切り捨てない」
《……蓮……
ソレハ……》
フェンリルの声が、
覚悟を含む。
《……道ナキ道ダ……》
「……それでも行く」
白銀の鼓動が、
今までで一番強く鳴った。
影側が、
初めて沈黙した。
――計算外。
それが、
沈黙の意味だった。
第七沿岸区の空に、
不穏な雲が集まり始める。
第三都市試験は、
“条件破り”という未知数を抱え、
次の局面へ突入する。
蓮は、
選ばなかった。
だがそれは――
最も重い選択だった。
――第26章・終。




