第24章 ― 失われた声、それでも守るために ―
第二の“都市試験”は、
前触れもなく始まった。
午後四時二十分。
郊外住宅区・南ブロック。
学校帰りの子どもたち。
買い物袋を提げた主婦。
夕焼けが、
街を穏やかに包んでいた。
――空気が、
歪んだ。
誰かが、
耳鳴りを訴えた直後。
ガシャン!!
一棟の古い集合住宅が、
内部から“押し広げられる”ように崩れた。
「なっ……!?」
「中に人が――!!」
だが、
それは事故ではなかった。
崩れた建物の影から、
“何か”が現れた。
災獣ではない。
影そのものが、
人の形を模したような存在。
半透明で、
輪郭が揺らぎ、
顔は――無い。
――第二試験、開始。
その声は、
空ではなく、
人々の“内側”に響いた。
■ 現場の混乱
E.O.D本部。
「影性実体、確認!!
災獣規模ではありませんが、
直接攻撃性あり!!」
矢守が叫ぶ。
「くそっ……
今度は“殴ってくる”ぞ……!」
ホログラムには、
影が人を突き飛ばし、
壁に叩きつける映像が映る。
致命的な攻撃ではない。
だが――
確実に“恐怖と混乱”を生む。
玲奈司令官は、
即座に蓮を見る。
「……出る?」
一瞬。
ほんの一瞬だけ、
時間が止まったように感じた。
蓮の胸が、
強く脈打つ。
(出れば……
すぐ終わらせられる……)
だが、
同時に思い出す。
――前回、出なかったことで守れた日常。
――影が“反応”を弱めた事実。
《……蓮……
今度ハ……
“見ラレテイル”……》
フェンリルの声が、
低く響く。
蓮は、
歯を食いしばった。
「……待ってくれ。
まずは……
E.O.Dで抑える」
その決断に、
矢守が頷く。
「了解……!
全地上班、突入!!」
■ 届かなかった手
現場。
志乃は、
崩れた建物の瓦礫を押しのけ、
中に入っていた。
「こちらE.O.D!
まだ中に人は――」
その時。
影の実体が、
壁から“浮き上がる”。
志乃は咄嗟に身構えたが――
遅かった。
影の腕が、
彼女の横をすり抜け、
背後の男性に触れる。
「……え?」
次の瞬間、
男性は崩れ落ちた。
命は、
失われていなかった。
だが――
目は虚ろで、
声が出ない。
「……しっかり……!
聞こえますか!?」
返事はない。
医療班が駆け寄る。
「精神遮断……!
一時的ですが……
回復の保証は……」
志乃は、
その場に立ち尽くした。
(……間に合わなかった……)
■ 出動
その報告が、
本部に届いた瞬間。
蓮は、
拳を強く握った。
「……俺が出る」
玲奈司令官は、
何も言わず頷いた。
空き地。
蓮は立ち、
静かに息を整える。
《……蓮……
覚悟ハ……》
「ああ」
白銀の鼓動が、
一気に高鳴る。
「行こう……
フェンリル」
■ 不完全顕現・再び
白銀の光が、
今度は荒々しく立ち上る。
地面が割れ、
空気が震える。
ビースト・フェンリル(不完全顕現)。
だが――
今回は、
街の人々が“見ている”。
「……あれが……」
「守護……なのか……?」
恐怖と、
期待と、
戸惑い。
それらすべてが、
蓮の胸に突き刺さる。
ビーストは、
影の実体を睨みつけた。
吼えず、
ただ――
踏み込む。
拳が、
影を打ち抜いた。
影は、
悲鳴もなく霧散する。
第二体、第三体も、
数十秒で消滅した。
静寂。
■ 残ったもの
光が消え、
蓮は膝をついた。
志乃が駆け寄る。
「蓮……!」
蓮は、
彼女の顔を見て、
すぐに悟った。
「……間に合わなかった……んだな」
志乃は、
唇を噛み、
小さく頷いた。
「……一人……
心を……奪われた……」
蓮は、
何も言えなかった。
胸の奥で、
白銀の鼓動が――
痛みを伴って鳴る。
《……蓮……
コレガ……
“選択ノ傷”ダ……》
蓮は、
震える声で答えた。
「……それでも……
俺は……
立つしかない……」
空を見上げる。
夕焼けは、
もう消えていた。
影側の試験は、
一段階――
残酷になった。
そして蓮は、
初めて知った。
守るという選択が、
必ずしも救いにならない日があることを。
――第24章・終。




