第23章 ― 都市試験、揺れる日常 ―
それは、
あまりにも“静か”に始まった。
午前九時三十分。
都心部・第三行政区。
通勤途中の人々。
開店準備をする店。
いつもと変わらぬ、
平凡な朝。
――空が、
わずかに暗くなった。
誰も気づかないほどの変化。
だが次の瞬間、
街のあちこちで異変が起きる。
街灯が一斉に点滅し、
信号が止まり、
電子看板がノイズを吐き出す。
「……え?
停電?」
人々が空を見上げた、その時。
ドォン……
低く、腹の底を揺らすような音が、
地中から響いた。
E.O.D本部・管制室。
「地殻共鳴反応、検出!!
災獣……じゃない……
“構造干渉”です!!」
矢守が叫ぶ。
「構造干渉だと!?
建物そのものに影響してるのか!?」
関守博士が歯を食いしばる。
「影側が……
街を“舞台”にしてる……!」
玲奈司令官は即断した。
「避難警報を発令。
スカイ・パレットは、
上空から状況を把握!」
■ 崩れ始める街
第三行政区の一角。
道路が、
波打った。
アスファルトが裂け、
地下構造が露出する。
だが――
巨大な災獣は現れない。
代わりに、
黒い影が、
建物の“隙間”から滲み出す。
壁に張り付き、
地面を這い、
人々の影と重なる。
「な、なんだよこれ……!」
「逃げろ!!
わからないけど、ヤバい!!」
影は直接攻撃しない。
ただ――
不安と恐怖を増幅させる。
人々の叫びが、
連鎖する。
転倒。
衝突。
パニック。
志乃は、
避難誘導班として現場にいた。
「走らないでください!!
落ち着いて!!
こちらへ――」
だが、
彼女の声は混乱に飲み込まれる。
その時、
一人の子どもが転んだ。
影が、
その足元へ伸びる。
「……っ!」
志乃が駆け出そうとした瞬間――
影は、
すっと退いた。
まるで――
“見ているだけ”のように。
志乃は、
背筋に冷たいものを感じた。
(……これが……
試験……?)
■ 出動判断
E.O.D本部。
ホログラムに映る街の様子は、
惨状そのものだった。
だが――
決定的な“敵”はいない。
矢守が苛立ちを隠さず言う。
「災獣がいない以上、
ビーストを出す理由がない……
だが、このままじゃ――」
玲奈司令官は、
蓮を見た。
「……どう思う?」
蓮は、
モニターに映る街を見つめる。
逃げ惑う人々。
泣き叫ぶ子ども。
影に怯える表情。
胸の奥が、
強く痛んだ。
(フェンリル……
これが……
影の“やり方”か……)
《……蓮……
今ノ顕現ハ……
“間違イ”ニナル可能性ガ高イ……》
フェンリルの声は、
慎重だった。
「……わかってる」
蓮は、
拳を握る。
「出れば……
俺が“希望”になるかもしれない。
でも……」
関守博士が続ける。
「影側は、
“判断”を見ている。
ここでビーストを出せば――
次は、さらに条件を吊り上げるでしょう」
沈黙。
志乃からの通信が入る。
「……蓮……
現場は……
まだ持ちこたえてる。
でも……
みんな、怖がってる……」
蓮は、
目を閉じた。
(守るって……
前に出ることだけじゃない……)
やがて、
顔を上げる。
「……今回は、
出ない」
管制室がざわつく。
「蓮!?」
「……代わりに、
E.O.Dが“人として”守る」
玲奈司令官が、
静かに頷いた。
「……了解。
全隊員、避難支援に集中」
■ 人の手で
スカイ・パレットが、
上空から誘導灯を照らす。
E.O.D隊員たちが、
瓦礫をどかし、
人々を支える。
志乃は、
泣いている子どもを抱き上げた。
「大丈夫……
もうすぐ……」
影は、
徐々に薄れていく。
まるで――
“期待外れ”だと言うように。
数十分後。
街は、
かろうじて日常を取り戻した。
■ 試験の結果
E.O.D本部。
影からの通信は、
来なかった。
だが――
それが逆に、
不気味だった。
蓮は、
夜の街を見下ろす窓辺に立つ。
(正解……だったのか……?)
《……蓮……
今日ノ選択ハ……
“守護”ダ……》
フェンリルの声は、
静かだった。
「……ああ。
でも……
次は……もっと厳しくなる」
遠くの空で、
雷が瞬いた。
それは、
影側が“次の問い”を
用意している証だった。
都市試験は、
始まったばかり。
――第23章・終。




