第18章 ― 境界への扉、選ばれた覚悟 ―
E.O.D本部・作戦会議室。
円卓の中央に投影されたホログラムが、
複雑な層構造を描き出していた。
青白い光で示されるのは――
《境界層》。
現実と異界、
地球の意思と影の領域が重なり合う、
極めて不安定な空間。
関守博士が重い声で説明する。
「……フェンリルが囚われている“境界の狭間”は、
物理的な場所ではない。
精神・意識・共鳴――
そのすべてが重なった“内的領域”だ」
蓮は腕を組み、真剣な眼差しでホログラムを見つめていた。
「……つまり、
そこに行くには――」
関守博士は頷いた。
「精神ダイブだ。
蓮くん、君自身の意識を、
フェンリルの残響を媒介に境界へ送り込む」
室内がざわつく。
矢守が即座に声を荒げた。
「正気か!?
前例がないどころか、
成功率ゼロだぞ!!」
別の隊員も続く。
「失敗すれば……
蓮の意識は戻らない可能性もある!」
玲奈司令官は黙って聞いていたが、
やがて静かに口を開いた。
「……それでも、
今のままではフェンリルは完全に拘束される。
災獣の発生頻度も、明らかに上がっている」
志乃が蓮を見つめる。
「……蓮……
本当に……行くの?」
蓮は少しだけ考え、
そして静かに笑った。
「行くよ」
その即答に、
会議室が静まり返った。
「俺が行かなきゃ、
フェンリルは戻れない。
それに――」
蓮は拳を握る。
「フェンリルは、
俺を“器”としてじゃなく、
“相棒”として選んでくれた。
今度は……俺が応える番だ」
志乃の唇が震える。
「……もし、戻れなかったら……?」
蓮は志乃をまっすぐ見つめた。
「戻るよ。
約束する。
守るって決めたんだ――
この地球も、みんなも……
そして、フェンリルも」
志乃は目を伏せ、
やがて小さく頷いた。
「……わかった。
私、支える。
どんな形でも……」
■ 決断と対立
会議が終盤に差しかかった頃、
一人の上級幹部が立ち上がった。
「待ってください、司令官。
この計画は危険すぎる。
蓮くんは“戦力”だ。
失えば、E.O.Dは――」
玲奈司令官は、
鋭い視線でその言葉を遮った。
「違う」
室内の空気が一変する。
「蓮くんは“戦力”ではない。
一人の人間よ。
そして――
今の彼は、唯一フェンリルに手を伸ばせる存在」
沈黙。
玲奈は蓮を見た。
「……行きなさい、蓮くん。
ただし、条件がある」
「条件?」
「一人で背負わないこと。
あなたが境界にいる間、
E.O.Dは全力で現実世界を守る。
あなたが戻る場所を……必ず残す」
蓮は深く頭を下げた。
「ありがとうございます」
■ 精神ダイブ準備
深夜。
医療・研究複合区画。
蓮は専用チェアに座り、
頭部と胸部に複数の共鳴装置を装着されていた。
白銀の微光が、
装置の間を脈動している。
関守博士が確認する。
「フェンリルの残響、安定している。
ただし――
ダイブ中、影の干渉があれば、
君の“心”が試される」
蓮は目を閉じた。
「……大丈夫です」
志乃がそっと蓮の手を握る。
「蓮……
帰ってきて。
絶対に」
蓮は手を握り返した。
「帰るよ。
だから……待ってて」
志乃は涙をこらえ、
無理に笑った。
「うん」
玲奈司令官の声が響く。
「――精神ダイブ、カウントダウン開始」
モニターに数字が浮かぶ。
5
4
3
蓮の胸で、
白銀の火花が確かな光へと変わる。
(フェンリル……
今、行く)
2
1
「――ダイブ開始!」
光が弾け、
蓮の意識が引きずり込まれる。
視界が反転し、
世界が溶ける。
最後に聞こえたのは――
遠くから響く、
白銀の咆哮だった。
――第18章・終。




