第17章 ― 白銀の残響、影の階級 ―
災獣〈グローム・ブルート〉の巨腕が、
蓮の頭上へ振り下ろされた――その瞬間。
カァン――!!
金属がぶつかるような、
だがどこか澄んだ音が響いた。
衝撃波が四方へ広がり、
地面が円状に抉れる。
蓮は、
確かに“叩き潰された”はずだった。
……だが、痛みは来なかった。
「……え?」
目を開けると、
自分の前に――薄く揺らめく白銀の壁が立っている。
それは、完全なフェンリルの姿ではない。
半透明で、
輪郭だけを残した“白銀の残響”。
矢守が無線で叫ぶ。
「な、なんだあれ……!?
フェンリルの……残像……?」
志乃が息を呑む。
「……蓮を……守ってる……?」
白銀の壁は、
災獣の腕を弾き返し、
その勢いで災獣がよろめいた。
蓮は呆然としながら、
胸に手を当てる。
(……今の……俺の力じゃない……
でも……フェンリル……!)
白銀の残響が、
わずかに揺れ、
蓮の意識に直接語りかけてきた。
《……蓮……
完全な力じゃねぇ……が……
まだ……繋がってる……》
蓮の喉が震える。
「フェンリル……!
生きてる……無事なんだな……!」
《……ああ……
だが……俺は今……
“境界の狭間”に……》
蓮は歯を食いしばる。
(境界の……狭間……?)
その時――
空間が、歪んだ。
白銀の残響の向こう側、
空気が溶けるように黒く揺らぎ、
“影”が現れる。
人型。
背は高く、
全身を黒い外套に包み、
顔は仮面で覆われている。
だが――
これまでの“影”とは、
明らかに格が違った。
志乃が震える声で言う。
「……あれ……
今までの……“触れ手”じゃない……」
影は静かに歩み出る。
足音はない。
影が影を踏むだけ。
――白銀ノ残響……。
マダ……繋ガッテイタカ。
その声は、
蓮の頭の中に直接響いた。
蓮は前に出る。
「お前……誰だ」
影は首を傾ける。
――我ハ“階”。
アバターズ第二位階層――
《調停者》ト呼バレル。
矢守が呻く。
「……階級……だと……?」
調停者は白銀の残響を一瞥し、
淡々と告げた。
――フェンリルハ……拘束完了寸前ダ。
影ノ連鎖ハ……既ニ半分、完成シテイル。
蓮の心臓が強く打つ。
「……嘘だ」
――真実ダ。
白銀ノ守護獣ハ……
“器”ノ覚悟次第デ、完全ニ堕チル。
志乃が叫ぶ。
「やめて!!
蓮を……これ以上追い詰めないで!!」
調停者は志乃を一瞬見た。
――情緒的要素……不要。
器ノ安定性ヲ……試シテイルダケダ。
蓮の怒りが爆ぜる。
「試す……だと……!?
人の心を……守護獣を……
実験みたいに扱うな!!」
調停者は静かに言った。
――感情ハ……干渉ノ鍵。
オ前ノ怒リ、恐怖、執着……
全テ……影ノ栄養トナル。
蓮は息を呑む。
(だから……俺が揺れるたびに……
影が強くなる……!)
白銀の残響が揺れ、
フェンリルの声が苦しげに響いた。
《……蓮……
聞ケ……
俺ヲ……助ケル方法ガ……アル……》
「何だ!?
どうすれば……!」
《……影ハ……
境界ノ狭間ニ……“錨”ヲ……
打チ込ンデイル……》
調停者が初めて、
わずかに反応を見せた。
――……余計ナ事ヲ。
フェンリルの声が続く。
《……錨ヲ……壊サナケレバ……
俺ハ……戻レナイ……》
蓮の目に、
確かな光が宿る。
「……行く。
俺が……その“境界”に行く」
志乃が振り向く。
「蓮!?
何言ってるの!?
そんな場所……!」
蓮は志乃を見て、
静かに微笑んだ。
「志乃。
俺は……守られるだけじゃ、ダメなんだ。
今度は……俺が、フェンリルを守る」
調停者が低く告げる。
――境界ヘノ侵入ハ……
器ノ崩壊ヲ意味スル。
蓮は迷わず答えた。
「それでもいい」
その言葉に、
白銀の残響が強く輝いた。
《……蓮……
覚悟、決マッタナ……》
蓮は頷く。
「お前を助ける。
絶対に」
調停者は一歩後退し、
影の中へ溶けるように消えた。
――次ハ……“審判者”ガ出ル。
ソレマデ……器ヲ……磨ケ。
空間が元に戻り、
白銀の残響もゆっくりと消えていく。
災獣は撤退し、
戦場には静寂が戻った。
志乃が蓮に駆け寄る。
「蓮……無茶すぎるよ……」
蓮は志乃の手を握った。
「怖いよ。
でも……行かなきゃ。
フェンリルは……俺の“半身”だから」
志乃は目を潤ませ、
小さく頷いた。
「……わかった。
一緒に……帰ってきて」
蓮は空を見上げた。
(待ってろ……フェンリル。
必ず……助け出す)
その胸の奥で、
白銀の火花が、確かな炎へ変わり始めていた。
――第17章・終。




