第12章 ― 監視下の青年、揺らぐ白銀 ―
蓮が医療区画から解放されたのは、
2日後の早朝だった。
しかし、医療主任から渡された一枚の紙が
彼の胸を冷たく締めつける。
――監視対象・B。
行動記録は24時間提出。
単独行動禁止。
理由は書かれていない。
だが蓮には分かっていた。
(……俺が“暴走する”可能性があるから)
フェンリルも沈黙している。
それが余計に、蓮の背中を冷やした。
■ 隊の空気が、変わった
食堂に足を踏み入れると、
隊員たちの視線が一瞬だけ蓮に集まる。
以前は気軽に声をかけてくれた面々も、
今はどこか距離を感じる。
「……お、おう蓮。元気そうだな」
「無茶すんなよ? いろいろ……あの……な?」
曖昧な笑顔。
曖昧な距離。
蓮は無理に笑って返す。
(俺が気にするのも、おかしい……か)
災獣と戦うためとはいえ、
40メートルの巨大獣に“なってしまう”仲間がいたら、
誰だって戸惑うだろう。
頭では分かっていても、
胸の奥に小さく刺さった痛みは抜けない。
その時。
「蓮!」
明るい声が食堂に響いた。
志乃だった。
蓮はほっと息をつく。
彼女だけは変わらない笑顔を向けてくれる。
……そう思った。
だが、志乃の笑顔は、
どこかぎこちなかった。
蓮は気づいた。
(……距離を取られてる?)
彼女は蓮のそばに来たものの、
以前より半歩だけ距離を離して立っている。
「その……身体はどう?
胸の光……もう落ち着いたって聞いたけど」
「うん。痛みはないよ。
フェンリルも大丈夫だって言ってる」
そう答えると、
志乃は安心したように笑った……が、
表情の端にわずかな影があった。
蓮は気になって、
つい聞いてしまう。
「……志乃、何か……あった?」
志乃は一瞬だけ目を伏せ、
その後、無理に笑顔を作った。
「ううん。なんでもないの」
その嘘に、蓮は胸の奥が冷えるのを感じた。
■ 玲奈司令官の判断
午前の訓練を終えると、
蓮は司令官室に呼ばれた。
扉を開けると、
玲奈司令官が背を向けたまま窓の外を見ていた。
「……蓮。あなたには言っておくべきことがある」
ゆっくり振り返る。
司令官の瞳には、
迷いと覚悟が混じっていた。
「あなたを監視対象にしたのは、
単にフェンリルの暴走を恐れたからではないわ」
蓮は息をのむ。
「グロームの瘴気に触れたことで……
あなたの中に“別の意識”が残留している可能性がある」
「別の……意識?」
「アバターズの“囁き”。
体内に微弱だが影響が残っている。
それが蓮、あなたの判断を一時的に乱すかもしれない」
蓮の心臓が跳ねた。
(……あの黒い脈動)
「……俺の中に、アバターズの……?」
司令官は静かに頷いた。
「誤解しないで。
あなたを疑っているわけじゃない。
ただ、あなたを守るためよ」
蓮は言葉を返せなかった。
“守る”という言葉は温かいのに、
胸の奥は何かが軋むように痛かった。
フェンリルが沈んだ声で囁く。
《蓮……怒るなよ。
あいつらは……お前が失われるのを怖がってるだけだ》
蓮は深く息を吐いた。
「……分かった。従うよ」
玲奈の目が一瞬だけ揺れた。
「ありがとう。
あなたは、強い子ね……」
蓮はその言葉に返事をせず、
司令室を出た。
■ 新たな災獣の影
午後3時、アラームが鳴り響いた。
「緊急事態発生!
湾岸第七区に未確認巨大生物出現!」
「瘴気レベル、過去最大クラス!!」
蓮は廊下を走る。
胸の奥が微かに疼く。
(フェンリル……)
《感じる。
あれは“災獣”じゃねぇ……
もっと濃い……“憎悪”だ》
現場に到着すると――
海から這い上がる巨大な影が見えた。
体表は黒い岩のように硬質で、
全身から蒸気のような瘴気を吹き出している。
志乃が叫ぶ。
「……あれは……“重災獣”!?
今までのより明らかに格が違う……!」
矢守が唸る。
「フェンリルなしじゃ、手に負えねぇ……!」
その言葉に蓮は頷いた。
だが――
胸の奥の痛みが、一瞬だけ強く響いた。
(……今のは……?)
《蓮……落ち着け。
お前、脈が乱れてるぞ》
「……大丈夫だよ。行ける」
フェンリルは一瞬だけ沈黙したが、
すぐに応えた。
《なら……行こう。
俺たちの仕事だ》
蓮は胸に手を当て、
深く息を吸う。
世界が白銀に染まり、
彼の体が光に包まれる。
ビースト化。
白銀の巨獣・フェンリル、再び降臨。
地面が爆ぜ、
フェンリルが着地する。
その瞬間――
胸の奥で“黒い脈”がまた震えた。
《……っ!? 蓮、何だ今の!》
フェンリルの声が混乱して揺れる。
蓮自身も息が乱れた。
(わからない……!
でも……止まらない……!
動かなきゃ……!)
重災獣が咆哮し、
フェンリルに突進する。
フェンリルも応じるように吠え――
拳を振り下ろした。
だがその動きは、いつもより荒く、乱れていた。
志乃がモニター越しに叫ぶ。
「フェンリルの攻撃が……荒い!?
蓮……落ち着いて……!!」
蓮は必死に意識を成形しようとする。
(俺は……大丈夫だ……!
制御できる……!)
だが――フェンリルの動きは
明らかに“暴走の兆し”を見せ始めていた。
地面を抉り、
獣のような低い唸り声を漏らす。
重災獣の腕をへし折り、
頭を地面に叩きつけようとする。
「フェンリル、やめろ……!
落ち着いて……!!」
志乃の悲痛な声が響いた。
しかし蓮の中のフェンリルは、
蓮の声を一瞬だけ聞き逃した。
胸の奥で――
黒い脈動が“嬉しそうに震えた”。
――お前ハ……飲マレル。
蓮の意識が揺らぐ。
(……いやだ……!
こんな……俺じゃ……!)
白銀の巨体が、
苦しむように唸る。
E.O.Dの隊員たちは
その異常な動きを見て震えた。
誰かがつぶやく。
「……暴走……?」
志乃は首を振った。
「違う……!
蓮は……そんな子じゃない……!」
だが、目の前のフェンリルは――
確実に違って見えた。
白銀の光の奥に、
黒い影が揺らいでいた。
それは、
蓮の未来に深く関わる“最初の兆し”。
――第12章・終。




