第11章 ― 白銀の記憶、かすかな軋み ―
翌朝のE.O.D本部は、
昨夜の戦闘報告が持ち込まれたせいで異様な静けさに包まれていた。
蓮は医療区画のベッドで目を覚ました。
天井の白いパネルがぼやけ、
しばらく視界が定まらない。
(……いつの間に寝たんだっけ?)
昨日の戦いの最後、
グロームを倒した直後の記憶が途切れている。
身体を起こした瞬間――
胸のあたりにズキリと痛みが走った。
「っ……!」
その痛みはすぐに引いたが、
代わりに“別の何か”を感じる。
体内を、微細な光が流れるような感覚。
まるで体が自分だけのものではないような……
そんな、得体の知れない感触だ。
(フェンリル……?
これ、なんだ?)
問いかけようとした瞬間。
《……すまねぇ、蓮。
昨夜……意識を保つのに、力を使いすぎた》
フェンリルの声はいつもより低く、
どこか不安定だった。
(意識を……?)
《お前を守るために……
“あいつら”の声を遮断した。
そのせいで、俺の力が少し……乱れた》
蓮は胸の奥がざわつくのを感じる。
(じゃあ、この感じ……お前の力が流れ込んでる……?)
《ああ。だが誤解すんなよ。
痛みも苦しみも与えねぇ。
ただ――お前と俺が近づいただけだ》
蓮は言葉を失ったまま、
胸の上にそっと手を置いた。
(……近づく、ね)
その時、医療室の扉が開いた。
志乃が顔を出し、
蓮を見るなり息を飲んだ。
「蓮……大丈夫?
胸が……光ってる……」
蓮は思わず胸元を見下ろす。
制服の上からでも、
微かに白銀の光が脈打つように揺れていた。
「ちょ……ま、待って、これ俺のせいじゃ……!」
志乃が駆け寄り、蓮の肩に触れる。
「違う!
その……前も言ったけど……
蓮、あなた倒れたのよ。
フェンリルの力が不安定で……
危うく暴走しかけてた」
蓮の心臓が跳ねた。
(暴走……? 俺が?)
志乃は唇をかみしめる。
「……昨日、フェンリルがあなたを抑えてくれたの。
あなたの身体が災獣の瘴気に負けそうになって、
意識が……半分フェンリルに飲み込まれてた」
蓮は何も返せない。
胸に手を当てても、
微かな鼓動だけが静かに響くだけだ。
その時だった。
白銀の狼――“フェンリルの核”が
蓮のベッド脇に現れた。
リエナの姿もその後ろに。
狼は蓮をじっと見つめ、
リエナは静かに告げる。
「蓮。
あなたの体に流れているのは、
フェンリルの“記憶の欠片”よ」
蓮は眉をひそめた。
「……記憶?」
リエナは頷く。
「フェンリルは、ただの巨大な狼ではない。
かつて大地と共鳴した“神獣”。
その深層にある記憶の断片が……
あなたの中に流れ込んでいる」
蓮の胸が微かに熱を帯びる。
そして――
蓮の視界が、ふいに白銀の色に染まった。
■ 白銀の記憶
一瞬だけ、
蓮は“別の世界”を見た。
白く照り返す荒野。
天を裂くほど巨大な“黒い影”。
その前に立ちはだかる――
角を持つ白銀の神獣。
吼え声が風を裂き、
地がひっくり返るほど震えた。
そして――
その神獣の視界に、
“蓮と同じ瞳”が映った。
(これ……フェンリルの記憶……?)
記憶が途切れ、
蓮ははっと息を吸った。
志乃が心配そうに覗き込む。
「蓮!?
どうしたの、今……!」
蓮は息を整えながら答える。
「……見えたんだ。
フェンリルが……何かと戦ってる記憶。
黒い影と……」
リエナは静かに目を伏せた。
「それが“アバターズの本体”。
彼らは、フェンリルが守ったこの地を
再び奪おうとしている」
蓮の拳が音を立てて握られる。
(奪われてたまるか。
俺の……俺たちの地球を)
■ E.O.D内部に広がる“恐れ”
同じ頃――
E.O.Dの作戦会議室。
玲奈司令官はモニターに映された蓮の生体データを見つめ、
深く息をついた。
「……フェンリルの力は、
蓮の体に確実に侵食を始めている」
矢守は腕を組んで言う。
「だが昨日の戦闘は……
蓮がいなければ街は壊滅していた。
あれはもう……戦力だ」
だが玲奈は首を振った。
「戦力である前に、
私たちは“人間”を守る組織よ」
「……!」
志乃の父である関守博士が
重い口調で言葉を続ける。
「蓮くんの現状は――
人と神獣が意識を共有するという、
歴史上前例のない危険な状態です」
「危険……?」
博士は静かに頷く。
「昨日、蓮くんの意識は
フェンリルの本能に半ば飲み込まれかけた。
あのまま進めば……
彼は“蓮”ではなく、
フェンリルそのものになってしまう」
部屋に重い沈黙が落ちた。
その沈黙の中で、
玲奈はゆっくり口を開いた。
「――監視を強化する。
蓮を、フェンリルを……
組織として“管理下”に置く必要がある」
その言葉を、
扉の影で聞いてしまった者がいた。
志乃だった。
彼女の顔は青ざめ、
手は微かに震えていた。
「……蓮を……管理って……」
視線が揺れる。
“守りたい人”が
組織の中で“危険物”扱いされる――その現実に。
志乃は拳を握りしめ、
首を横に振った。
「違う……
蓮はそんな存在じゃない……!」
だが、彼女はまだ知らない。
E.O.D内部の“恐れ”は、
既に一部の隊員にまで広がり始めていた。
■ 白銀の狼が蓮に寄り添う夜
医療室に戻ると、
白銀の狼がベッドの下に静かに横たわっていた。
蓮は狼の頭に手を伸ばし、
そっと触れる。
「……フェンリル。
お前……昨日、俺を守ってくれたんだよな」
狼は目を閉じ、
蓮の手に頬を寄せる。
フェンリルの声が静かに流れ込む。
《蓮。
俺とお前は半身だ。
お前が俺を必要とするなら……
何度でも立つ》
蓮は小さく笑った。
(ありがとう……)
だがその瞬間。
胸の奥で、
白銀の光とは違う“何か”が僅かに震えた。
(……え? 今の……)
フェンリルも同時に気づいた。
《……おい。
お前の中に……別の気配が……?》
蓮は息をのむ。
胸の奥で――
黒く冷たい脈が、
ほんの一瞬、確かに脈動した。
それは、アバターズの声だったのか。
蓮自身の“別の闇”だったのか。
まだ誰にも分からない。
だがその“微かな脈”は確実に、
物語の先に潜む大きな影へと繋がっていた。
――第11章・終。




