表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/41

◆ 第1章 ― 銀狼の兆し ―

 夜明け前の空は、まだ深い藍色をまとっていた。

 雲は低く垂れ込み、かすかに地響きのような震えが大気を揺らしている。

 その静寂を破ったのは、一本の赤い警報灯だった。


 E.O.D本部・総合管制室。

 大型スクリーンに浮かび上がる“異常震動波形”の反応に、

 スタッフたちは次々と端末へ向かって走っていく。


「震源は……浅層。深度一キロ未満。自然地震じゃありません!」

 オペレーターの叫びが室内に響く。


 指揮卓の前に立つのは、E.O.D司令官・九条玲奈。

 端正な顔の奥に緊張と冷徹が宿る。“災獣”の存在を最初に世界へ警告した人物でもあった。


「災獣の兆候――またか……」

 玲奈はスクリーンに映るゆらぎを睨みつけた。


 地殻がうめくように動き、波形が急上昇する。


「出現予測地点を割り出して!

 スカイ・パレットは待機状態に!」


「は、はい!」


 そのころ、蓮は基地外周の訓練場で一人、走り込みをしていた。

 まだ薄暗い朝の空気を切るように駆け、吐く息が白く伸びる。

 訓練を終えると、手首の通信端末が軽い音を鳴らした。


 ――緊急配備。


「……来たか」


 蓮は息を整える間もなく、走り出した。


 彼はE.O.Dの中でも野生動物の行動学に詳しい現場隊員で、

 災獣との初期交戦および民間避難誘導を主に担当する。

 “戦闘部隊”ではない。

 だが、彼だけが災獣の発生を「嫌な悪寒」で感じられる――奇妙な体質を持っていた。


 基地のゲートが開き、スカイ・パレットの戦闘機が次々と滑走路へ並ぶ。

 蓮は車両部隊の装甲車へ乗り込みながら、

 遠くの地面がほんのわずかに震えているのを感じた。


「……やな震えだな……今日のは」


 呟いた瞬間、地中から“鼓動”のような震えが伝わってきた。


 ドン……ドン……ドン……


 装甲車のフロントガラスがビリビリと震え、

 地平線に黒い岩塊のようなものが突き出した。


「災獣、出現!」


 司令部の声が全隊に響く。


 大地の裂け目から這い出すように姿を見せたのは、

 岩盤と獣を混ぜ合わせたような巨体だった。

 高さはビル数階分。

 角のように尖った岩片が背中から突き出し、黒い泥のような体表が滴っている。


「……災獣ラガン……」

 蓮は呟いていた。

 姿を見るより前に、その“痛み”のようなものが胸に広がっていた。


「蓮、前へ出すぎるな!

 お前は第一誘導班だ、近づくな!」

 車内の隊長が怒鳴る。


「分かってます!」


 ――それでも、胸の奥がざわつく。


(あいつ……泣いてる……?)


 頭の中に、何かの断片が流れ込むような違和感。

 災獣から“感情”のようなものを感じるという、蓮だけの奇妙な感覚だ。


 だがその瞬間。


 ――彼女が現れた。


 黒い災獣の向こう側、砂煙の中から、

 白い影がゆっくりと歩み出てくる。


 長い白髪。

 淡い青の瞳。

 白銀の狼を従えた少女。


 リエナ。


 だが蓮はまだ、その名を知らない。


 少女は災獣など存在しないかのような足取りで立ち止まり、

 両手を胸の前で軽く組み、目を閉じた。


 瞬間、空気が震えた。

 風も音も消える。


 蓮は思わず息を飲んだ。


「……何だ……?」


 少女の周囲に淡い光の粒が浮かび、

 ひとつ、またひとつと大地へ沈んでいく。

 その光は災獣へ吸い込まれ――

 災獣の体表に、苦悶とも怒りともつかぬ振動が生まれた。


「っ……やめろ!」


 蓮は叫び、装甲車を飛び出した。

 制止の声が背後で響くが、足は止まらなかった。


(あの子……危ない!)


 だが少女は、蓮を一瞥もしなかった。


 その瞳にはただ――

 “地球の痛み”だけが映っていた。


 災獣が、咆哮した。


 大地が裂け、破片が空を舞う。

 衝撃が蓮の体を吹き飛ばし、視界が白く染まった。


 耳鳴りの中、蓮は感じた。


 ――脈動。


 自分の心臓ではない、

 地中深くから届く、巨大な心臓の鼓動。


 ドン……ドン……ドン――


 蓮の手が、突如として熱く光った。

 掌の中心に、淡い白銀の紋が浮かび上がる。


「な……何だ、これ……!」


 《……呼ぶ……?》


 頭の奥で声がした。

 蓮自身の声でも、少女の声でもない。

 もっと深い、もっと原始的な響き。


 “地球”そのものの声。


 蓮の視界が白く弾け――

 体が大地に沈むように重く、しかし軽くなった。


 次の瞬間。


 大地が、呼応するように光りだした。


 裂け目から白銀の粒子が噴き上がり、

 狼の影が形を成し――

 鋭い一本角が天を突き、白銀の毛が風を巻き起こす。


 雄叫びが大気を震わせ、雲を裂いた。


 《ビオォオオオオオオオオッ!!》


 その姿は――


 ビースト・フェンリル。


 白銀の巨狼。

 地球の意思と蓮の意思が共鳴し生まれた守護獣。


 災獣が後退し、砂塵が渦巻く。

 少女は静かに目を開け、巨獣を――蓮を見上げた。


「……フェンリル……」


 彼女がそう呟いた瞬間。

 蓮と地球の意識が混ざり合い、

 フェンリルの金色の瞳が災獣を捉えた。


 風が鳴り、地面が震え、

 新しい“物語”が動き出した。


 ――第1章・完。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ