Ep 4
休みに入ってからというもの、シーティエンは毎日のように父親にムエタイの特訓をさせられていた。
朝はまだ暗い午前4時に起きてランニング。帰ってきたらシャワーを浴びてご飯を食べ、すぐにまた練習。
昼過ぎにももう一度走りに行く――そんな日々を何日も続け、ついに試合の日が近づいてきた。
鏡の前に立つシーティエン。
伸びかけた短髪、午後の炎天下で走ったせいで日に焼けた肌、前よりずっと引き締まった筋肉。
こうして見ると結構イケメンで、本人が自覚していないだけで女子にこっそり好かれている。
“オネエ”だと分かっていながらも、だ。
よくジムに遊びに来るプライファーは、毎日のようにシーティエンをからかう。
「ねぇ、スーティアン。もしそのまま学校行ったら、先輩も後輩も女子がめちゃくちゃ寄ってくるよ?」
その言葉にシーティエンは飛び上がって叫ぶ。
「やだぁぁぁっ!! フィー、無理無理無理!!」
「いや、ほんとだって。しかも最近、ターンクン兄ちゃんに似てきたし。髪伸びたらもっと似るよ?」
その瞬間、シーティエンは真っ赤になってプライファーを追いかけ回した。
プライファーは小柄で足が速いので、ひらりとかわして逃げる。
二人がバタバタと走り回っていると、ターンクンが止めに入った。
「何してるの、二人とも? なんでケンカしてるの?」
様子を見ただけで、誰が誰をからかったのか大体わかったらしい。
ターンクンはプライファーの鼻を軽くつまんで注意した。
「プライファー、シーティエンをからかったんでしょ? 友だちなんだから、あんまりいじめちゃだめだよ?」
素直にうなずくプライファー。それを見てタンくんはふっと優しく笑った。
すると今度はシーティエンの鼻もつまんでくる。
「シーティエンも、力で押したらだめだよ。前より強いんだから、友だちがケガしちゃうでしょ?」
結局、二人はターンクンに言われて仕方なく仲直りのハグ。
……と言っても、抱き合いながらこっそりつねり合っていたのだが。
「覚えとけよ、フィー。兄ちゃんいなくなったら仕返ししてやる!」
「こわ〜いこわ〜い。」
プライファーは笑いながら返した。
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その日の夕方、プライファーはジムでシーティエンの家族と一緒に晩ごはんを食べることに。
何度も来ているので父母にもすっかり気に入られて、たまに料理まで手伝わせてもらう仲だ。
「シーティエン、来週はいよいよ試合だぞ。サボるなよ」
父親が少し厳しい声で言うと、母親がすぐに肘でつついた。
「そんな言い方しないの。シーティエン、自分の力を出せればそれで十分よ。勝ち負けなんて気にしなくていいからね」
「お前は甘いんだよ…こんなんじゃ男らしく――いや、シーティエン、母さんの言うとおりでいいぞ」
母ににらまれた父は、背筋をピッと伸ばして黙り込む。
その様子にシーティエンもタンくんも吹き出し、プライファーは笑いを堪えていた。
晩ごはんのあと、ターンクンがプライファーをバイクで家まで送っていくことに。
夜風が気持ちよくて、二人は特に会話をしなくても気まずさがなかった。
家の前に着くと、プライファーがヘルメットを外して言った。
「ありがとうございます、ターンクン兄さん」
でもターンクンはすぐに帰らず、その場に止まったまま。
「この辺、夜は暗いからね。君が家に入るまで待つよ」
その言葉にプライファーの胸がどきんと跳ねる。
そして、もう一度ターンクンが口を開いた。
「またジムに遊びにおいで。もしよかったら、ムエタイも教えてあげるよ。タダでいいから」
「女子の選手、欲しいんですか?」
プライファーがからかうと、ターンクンは慌てて首を振った。
「ち、違う違う。ただ…護身術くらいはできたほうがいいでしょ?シーティエンとケンカしたときも使えるし、もし誰かにいじめられたら反撃できるよ」
その笑顔に、プライファーの顔は真っ赤になる。
「お、おしまいです!」
「え?」
「な、なんでもないです!」
プライファーは誤魔化すようにため息をつき、家に入る前に振り返った。
「じゃあ、気をつけて帰ってくださいね」
「うん。おやすみ、プライファー」
彼女は家に入ってからも、窓からこっそり様子を見ていた。
ターンクンがバイクを走らせて帰っていくのを確認し、ほっと胸をなでおろす。




