第一夜 令和のシンデレラ
「…えっ。契約…打ち切り?」
突然職場から告げられたひと言に、わたしは絶句した。
わたし、小坂澪は、5年前から今の家事代行サービスの会社で働いている。
4年前、松永さんというお客様から指名契約をいただくようになって、その指名料のおかげで、贅沢はできないけれどこの仕事一本でやり繰りできるようになった。
しかし、急遽海外転勤が決まったとのことで、突然の契約打ち切り。
「またバイト…掛け持ちしなくちゃ」
わたしはため息をつきながら、家までの帰り道をとぼとぼと歩いていた。
SNSなどで見かけるわたしと同世代の女の子たちは、キラキラしていて毎日が楽しそうだ。
できることなら、わたしもそんな人生を歩んでみたかった。
恋して、それなりに仕事して、休みの日には友達と遊んで。
――でも、そんな望みはとうに諦めた。
わたしは、父の小坂茂雄と母の季絵との間に生まれたひとり娘。
しかし両親は、わたしが4歳のときに離婚。
原因は、母の度を超えた浪費だ。
そんな母に愛想を尽かした父は、1人家を出ていった。
わたしを引き取ることもなく。
それからというもの、わたしたちはギリギリの生活を強いられながらもなんとかやってきた。
死にものぐるいで勉強した結果、わたしは推薦を勝ち取り、都内では偏差値トップクラスの私立高校に入学することができた。
奨学金を借り、度々請求される雑費はアルバイトの自分のお給料から支払った。
塾に通うお金はないから、休み時間はいつも勉強。
部活に入ることなく、学校が終わればすぐにバイトに向かう毎日。
もちろん、そんなわたしに友達なんてできるはずもなかった。
だけど、唯一声をかけてきた人物がいた。
「ねぇ、小坂さん」
それは、同じクラスの名取くん。
本名、名取結弦。
国内最大級の総合電機メーカー『ナトリホールディングス株式会社』の御曹司。
ナトリホールディングスは、国内のみならず世界でもシェアを獲得しており、だれもが知る超有名電機メーカー。
さらに、その他の分野にまで事業を拡大していて、この日本を支えると言っても過言ではない名取グループの頂点に立つのが、名取くんのお父さんだ。
初めは、そんなすごい御曹司が同じクラスということに驚いたけど、名取くんは雲の上の人。
わたしには関係ないと思って、とくに交流はなかったけど――。
1学期の終わりに、突然名取くんから声をかけられた。
しかも、英語を教えてほしいと。
名取くんは頭もよくて、運動神経も抜群。
おまけに身長も高くて、顔も整っているから非の打ち所がない。
そんな名取くんが、…わたしに?
聞くと、この前の期末テストで、英語の成績が学年で10位だったんだそう。
それより成績が落ちるようなら親に怒られるとかで、英語が学年1位のわたしに教えてもらいたいと。
こうして、わたしと名取くんは出会った。
初めこそぎこちない関係だったけど、気さくな名取くんにわたしは次第に心を開くように。
お母さんがどうしようもない人で、わたしの家が貧乏なことなんて、本当はだれにも知られたくなかった。
だけど、名取くんには不思議とすべてを打ち明けてしまっていた。
そんな話を聞かされても、名取くんはわたしの気持ちに寄り添ってくれた。
わたしは、相手が超有名企業の御曹司だということも忘れて、そんな名取くんの人柄に惹かれていった。
――そして、高校2年生の夏。
「澪のことが好きだ。俺と付き合ってほしい」
まさかの名取くんからの告白で、わたしたちは付き合うことになった。
初めて好きになった人と過ごす毎日はとっても楽しくて。
これまでのつらい日々がなんだったのかと思うほど、わたしの世界が一変した。
もちろん、わたしは男の人と手すら繋いだこともなくて――。
わたしの“初めて”、そのすべての相手が名取くんだった。
幸せだった。
こんなに好きと思える人はこの先現れないと思えるくらい、わたしは名取くんのことが好きだった。
しかし、この幸せはそう長くは続かなかった。
名取くんと付き合って1年後のある日――。
「ねぇ、澪。あんた、名取グループのボンボンと付き合ってるんだってね?」
突然、夜遅く酔っ払って帰ってきたお母さんがそんなことを言ってきた。
「どうして…それをっ…」
名取くんと付き合っていることは、学校にも秘密にしているのに。
わたしの反応を見て、お母さんはニヤリと笑う。
「お願いがあるんだけどさ〜。そのカレシから、お金借りてきてくれない?」
その言葉に、わたしは耳を疑った。
「…なっ、なに言ってるの…!」
娘の彼氏からお金を借りるつもり…?
軽蔑した。
自分の母親が、ここまで落ちぶれた人間だったなんて。
しかもお母さんは、わたしが名取くんと2人でいるところにまで現れるように。
それに学校では、名取くんがわたしと付き合っているという噂も流れ始めた。
「…えっ。なんで名取くんと小坂さんが…?」
「いや、絶対嘘でしょ。名取くんがそんなシュミ悪いわけないじゃん」
学校でも、お母さんのことでも…名取くんに迷惑をかけてしまう。
悩んだわたしは――。
「…ねぇ。わたしたち、別れよう」
名取くんと別れる決断をした。
好きだからこそ、これ以上いっしょにはいられないと思ったから。
「…えっ、別れる…?急にどうして…!」
「だって名取くん、アメリカの大学に進学予定なんだよね?海外なんて…、遠距離ってレベルじゃないよ」
「それが理由…?俺は、アメリカに行ったとしても澪とはこのまま――」
「わたしは無理なの!それに、名取くんと付き合うことにも疲れちゃった。やっぱりわたしたち、そもそも住んでる世界が違ったんだよ」
あなたは、世界からも一目置かれる名取グループの御曹司。
一方わたしは、毒親持ちの貧乏高校生。
もちろん、そんなことも忘れさせてくれるくらい名取くんはわたしに同等に接してくれた。
こんな扱いは生まれて初めてで。
底知れないやさしさを持つ名取くんのことが大好きだった。
だから、遠距離が無理とか、住んでいる世界が違うとか。
そんなことはすべて嘘。
だけど、わたしと付き合っていたところで名取くんにはなにひとついいことなんてないから――。
「これ以上話すことはないから。さようなら、名取くん」
わたしは一方的に名取くんに別れを告げた。
わたしが名取くんと別れたことを知って、お母さんは激怒。
わたしが留守の間に、コツコツと貯めていたバイトのお給料を腹いせにすべて使われていた。
これでは、学校から請求される雑費も支払えない。
これからの受験シーズン、なにかとお金もかかってくる。
だから、わたしは潔く学校を辞めた。
学校を辞めれば、バイトの時間も増やすことができる。
それに、名取くんと会わなくて済むのなら――。
そうして、わたしは3年生の夏に高校を中退し、この7年間フリーターとしてなんとかやってきた。
お母さんはアルコール依存症で病気を患い、数年前から入院中。
そんな昔のことをなぜか今思い出しながらちょうど家に着いたとき、わたしのスマホが鳴った。
画面を見ると、お母さんが入院している病院からだった。
「はい、小坂です」
何気なく取った電話だったけど、驚きの言葉を告げられる。
〈小坂季絵さんの容態が急変し、先ほど亡くなられました〉
* * *
それから数日後。
火葬場には、わたしと――。
21年ぶりに会う、お父さんの姿があった。
一応、お母さんが亡くなったことを伝えるため、無意味と思いながらもお父さんの職場『富士川電機株式会社』へ電話をかけた。
驚いたことに、お父さんはいつの間にかその会社の社長になっていた。
連絡がつき、火葬場へ直接くることになり今に至る。
小さくなったお母さんを見ても、なんとも思わなかった。
涙すら流れないわたしは、ひどい娘だろうか。
「澪、久しぶりだな」
「…は、はい」
4歳のとき以来に会うお父さんは、ほぼ他人と同じだった。
聞くと、お父さんはお母さんと離婚したあと、同じ会社に勤めていた社長の娘さんと結婚したんだそう。
それで、婿養子として会社を継ぐこととなり、姓も“小坂”から“富士川”に変わっていた。
「ここへきたのは、季絵のためではない。久しぶりに澪の顔が見たくてな」
「わたしの…」
「澪も、今年で…25か?今、なにをしているんだ?」
「今は、家事代行サービスの会社でスタッフとして…」
「家事代行?」
なにかに引っかかったのか、お父さんはわたしの顔をのぞき込む。
「それなら、ウチにきたらどうだ?」
「え…?」
キョトンとするわたし。
「なにも養子になれとは言っていない。ちょうど新しい家政婦を探していたところでな。部屋も空いているから、住み込みというかたちできたらどうだ?もちろん、今の給料よりは多く支払うぞ」
そう言って、お父さんはわたしに名刺を差し出すと行ってしまった。
この数日、葬儀の準備などで出勤できていなくて、松永さんからの指名もなくなって…正直来月からのお給料がピンチだった。
新たにバイトも増やさなくてはと考えていたところへ、お父さんのあの提案――。
家賃のことも考えると、こんないい条件はなかった。
ただ、お父さんの家族と同じ家に住むことに抵抗がないわけがない。
でも、お父さんも他人のように感じたし、変に“家族”と意識しなければ――。
数日考えたのち、わたしは富士川家へ住み込み家政婦として働くことに決めた。
* * *
52歳になるお父さんは、もうすぐ45歳になる妻の富士川由美さんと約20年前に結婚。
そして、ひとり娘の愛理さんが生まれた。
今では、わたしにとっては信じられないくらいの贅沢な暮らしをしていた。
都内の一等地に、100坪を超える広々とした庭付きの立派な一軒家。
この大きな家に家族3人で暮らしている。
いくら話が通っていると言われても、ほぼ赤の他人のわたしが転がり込むことに不安でいっぱいだったけれど――。
驚いたことに、由美さんと愛理さんは快く迎え入れてくれた。
「あら〜、あなたが澪さん?はじめまして、よろしくね」
ハーフアップのセミロングヘアが、妻の由美さん。
「わ〜、あたしのお姉ちゃん?になるんですよねっ。よろしくお願いします!」
ペコッと頭を下げ、流れる巻き髪を指ですくって耳にかけるのが娘の愛理さんだ。
お父さんの家庭にわたしが居候することになったと思ったら居心地はいいものではなかったけど、3人のことを“お客様”と思えばそれほど苦ではなかった。
掃除、洗濯とこなし、3食の食事も用意する。
そんな淡々とした日々が続いた。
しかし、日を追うごとに由美さんと愛理さんの善人を装っていたメッキが徐々に剥がれだす。
「ちょっと澪さん!私、なすは嫌いだって言ったわよね!?作り直してっ」
「も…申し訳ございません」
初めは、お父さんがいないときに。
でも次第と、お父さんもわたしに無関心だということがわかり、お父さんがいようといまいが関係なく、2人のわたしに対する当たりはさらに厳しくなっていき――。
「澪さんって家事“だけ”はできるけど、それ以外はほんと使えないわね。よくそれで今までやってこれたわね」
「やめなさい、愛理。澪さんは高校中退なの。あなたと違って学歴がないんだから、仕方ないでしょう?」
「ああ、たしかにっ」
こんな会話は日常茶飯事。
愛理さんは、超名門校の音大に通っている大学2年生。
同じお父さんの娘とはいえ、学歴の差は天と地。
愛理さんは、これからも挫折や苦労も知ることなく順風満帆な人生を歩むのだろう。
そんなまぶしすぎる人生は、わたしにとっては非現実的すぎて妬みすら起こらない。
幸い、お父さんが言っていたように毎月のお給料は松永さんの指名があったころよりも十分すぎるくらい与えられた。
追い出されない限り、いびられようと罵られようと、わたしはただここで細々と暮らしていけばいい。
そう思っていた。
まさか、わたしの人生を大きく変える出来事が訪れようとしていることも知らないで――。
わたしが富士川家へきて数ヶ月後。
今日は、富士川電機の大口顧客である企業主催の親睦会のパーティーに招待されていた。
なんでも、社長のご長男がグループ会社のニューヨーク支社からの異動で帰国されたそうで、次期後継者としての挨拶も兼ねているのだそう。
帰国するのは7年ぶりで、将来を期待されたエリートだ。
世界でもシェアを誇るあの超有名企業、ナトリホールディングスの御曹司――。
そう。
そのエリート御曹司というのが、あの名取くんなのだ。
今回招かれたパーティーは、ナトリホールディングス主催のもの。
まさか、再び名取くんの話を耳にする日がくるとは思わなかった。
今日のパーティーには、関連企業の社長とその家族も招かれている。
というのも、噂によると名取くんのお見合いも兼ねたパーティーなのだとか。
そのため、将来のナトリホールディングス社長の妻にと、愛理さんは気合が入っていた。
わたしは家族ではないし、当然家で留守番だと思っていた。
それに名取くんとも顔を合わせることになるかもしれないから、そもそもパーティーになんて行きたくなかった。
――ところが。
「ねぇ、パパ!“家族”も招かれてるのなら、澪さんもいっしょでもいいんでしょ?」
愛理さんの突然の発言で、話が思っても寄らない方向へと向いた。
「い…いえ、わたしは――」
「遠慮することないじゃない〜!澪さんだって、家族であることに変わりはないんだからっ」
ということで、今日のパーティーに出席することになってしまったわたし。
パーティーに着ていくような服もないとも言ったのに、自分のドレスを貸すからと愛理さんに言われ――。
そうして、わたしはシンプルな紺色のパーティードレスを着ることに。
愛理さんが買ったものだから、丈が膝上で落ち着かないけれど。
そして、パーティー会場であるホテルに到着。
名取くんに会ったらどうしようと不安に思っていたわたしだったけど、会場に入ってすぐにそんな考えは無用だったと思わされる。
というのも、会場内には驚くほど多くの招待客の姿があった。
家族連れということもあり、何百人と集まっていた。
いくら名取くんが挨拶してまわるとはいえ、こんな大勢の中からわたし1人に気づくはずもない。
わたしの考えすぎだった。
安心したような…。
…でも、なぜか少しだけ寂しいような。
そんな複雑な心境だった。
〈本日はお忙しい中お集まりいただきまして――〉
いよいよ定刻。
まずはナトリホールディングス社長の挨拶があり、――そして。
〈ここで、みなさまにご紹介いたします。我が名取グループ次期後継者である、息子の結弦です〉
会場からの大きな拍手に包まれながら壇上に上がったのは――。
黒に近いダークブラウンの髪色に、流れるような爽やかな短髪。
ライトグレーのスーツが似合う脚長の9頭身。
切れ長の目に高い鼻、非の打ち所がない整った顔。
髪型や雰囲気で少し変わったように感じたけれど…。
それは紛れもなく、わたしの昔の恋人である名取くんだった。
好きで好きで、大好きで。
だからこそ別れた名取くん。
7年ぶりに会って、わたしの心臓がトクンと跳ねる。
この場にいる招待客たちからの注目を一身に浴び、堂々と挨拶する名取くんの姿は…やはり雲の上の人。
一時でもあの隣にいたことが、今となっては夢のよう。
わたしはそんなことを考えながら、会場の端から人混みに紛れながら名取くんを見つめていた。
「パパ〜!名取グループの御曹司、かっこよすぎない!?」
愛理さんは、名取くんを見てはしゃいでいる。
「愛理。あとで挨拶にこられたら、結弦くんに顔と名前を覚えてもらいなさい」
「そうよ!愛理のかわいさなら、きっと結弦さんも気に入られるわ」
お父さんも由美さんも愛理さんも、あわよくばと考えているのだろうか。
「これはこれは、富士川社長」
すると、そんな声が聞こえて振り返ると、恰幅のいい中年の男性がいた。
自動車関連の大企業の社長さまなのだそう。
「紹介します。妻の由美と娘の愛理です」
お父さんからの紹介に、由美さんと愛理さんは愛想よく会釈をする。
「…おや?そちらのお嬢さんは?」
一歩離れたところにいたわたしの存在に気づく社長さま。
「彼女は、姪です。たまたま予定が合ったのでいっしょに」
さすがに“別れた妻との子”とは言えないので、わたしのことはそういう設定になっている。
「そうでしたか。それにしても、聡明でお美しいお嬢さんですな。ウチの息子の嫁にするなら、君のような人がいいものだよ」
「そ…そんな、わたしは……」
と否定するわたしに痛いくらいに刺さる横から視線。
おそるおそる目を向けると、愛理さんと由美さんがものすごい顔でわたしのことを睨んでいた。
愛理さんよりもわたしがほめられ、由美さんもおもしろくないのだろう。
「澪お姉さんよかったですね!お嫁にほしいですって!」
不気味なくらいににっこりと微笑む愛理さんが、わたしの背中をポンッと軽くたたく。
その瞬間、背中に違和感を感じた。
なにかが外れて、重力によりストンと落ちるような――。
それに気づいて、わたしはとっさに胸の前で腕を交差させ、崩れるようにして床にへたり込んだ。
「…どうしたんだね!?大丈夫かい!?」
わたしに手を差し伸べようとした社長さまだったけど、わたしの異変に気づいて思わず後ずさりをする。
わたしは恥ずかしさで、顔を真っ赤にしながらうつむく。
なぜなら、突然背中のファスナーが外れて、パーティードレスがずり落ちたのだった。
瞬時に押さえたけれど、それでも両肩が露出している状態。
「ヤダ〜!澪お姉さんったら、恥ずかしい〜!」
愛理さんは、あえて周りに聞こえるように声を張り上げる。
その声に反応して、辺りにいた人もなんだなんだと視線を向ける。
わたしはなんとか背中のファスナーに手を伸ばすも、噛んでいないはずなのになぜか上がらない。
その間に胸元が見えそうになり、慌てて手で隠す。
「それにしても愛理、あれはやりすぎなんじゃない?」
「そう?あたしは、ママに言われたとおりにしただけだけど?」
そんな声が聞こえて顔を上げると、愛理さんと由美さんがわたしを横目で見ながらクスクスと笑っている。
きっと、2人がファスナーに細工をしたんだ。
快くパーティーに誘われて…おかしいと思った。
2人の狙いは、大勢の前でわたしに恥をかかせること。
お父さんは、自分には関係ないと早々にこの場から離れていた。
今すぐここから立ち去りたい…。
けれど、周りからの好奇な目にさらされ、わたしは足に力が入らなかった。
やっぱり…こなければよかった。
…もう消えてしまいたい。
そう思っていた、――そのとき。
わたしの肩を包み込むように、なにかが被せられる。
見ると、それはライトグレーのジャケット。
この色のスーツは――。
「彼女は見世物ではありません!」
周りにいた招待客たちに怒鳴る声に驚いて振り返ると、それは…ジャケットを脱いだ名取くんだった!
名取くんに気づかれると思い、とっさに顔を背ける。
「ひとまずこの場を離れましょう。…立てますか?」
「…だ、大丈夫です…。わたしのことはお気になさらず――」
「そうはいきません。申し訳ないですが、少し失礼します」
名取くんはそう言うと、ふわりとわたしの体を持ち上げた。
「…きゃっ」
わたしから小さな悲鳴がもれる。
突然のお姫さま抱っこに注目を浴び、わたしは顔から火が出る思いだった。
「…あのっ、名取結弦さんですよね!その人は1人で大丈夫ですから、あたしといっしょに――」
「申し訳ございませんが、僕は一旦ここで失礼します」
名取くんは愛理さんの誘いを断ると、わたしを抱えたままパーティー会場をあとにしたのだった。




