表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

追放されたい音の魔女 今日も勝利のために弾く!

作者: 巳之坂 尋

追放テンプレ全部入りセットの練習のつもりで書いたのですが、よくよく考えたら肝心の追放がありませんでした……


「この者は国家への反逆を計画した大罪人である!よってこの場で処刑する!」


 手を縛られ、処刑台に跪く『音の魔女』ミューズは、彼女を見つめる民衆のことを空虚な目で眺めながら、安堵もしていた。


 ああ、これで、もう弾かなくて良いんだ、ヴァイオリン……



—--


 野営地にヴァイオリンの音が響く。

 戦闘前に緊張していた兵士達は、その音を聞き、自らの闘志が湧き上がってくるのを実感した。


「これが音の魔女の音色か!」

「体の奥から力が湧いてくるようだ!」


 口々に興奮の声を上げる兵士達。

 その兵士の前には、ヴァイオリンを弾く一人の女性、ミューズがいた。


 ミューズの横で満足げにその様子を眺めるのは、この部隊の若き指揮官アナトール・クランギルだ。

 帝国南西部の国境付近にある辺境国の伯爵クランギル家の長男である。クランギル家は代々この地を守ってきた武人の一家であり、今日も隣国からの攻撃から領地を守るため部隊を展開しているのだ。


「聞け!我等が勇敢なる戦士たちよ!非道なる隣国はまたもや我等が帝国の領地を侵略すべく侵攻をしてきた。この地で我等が敵を殲滅することこそ、帝国の繁栄を支える礎となるのだ!

 この音色を聞き続ける限り我等は負けぬ!さあ死を恐れず敵を殲滅しようぞ!!」


 ウオオオオオオオと、兵士達が雄叫びを上げる。そしてアナトールの号令とともに迫りくる敵に向けて突撃していった。


 こんなにうるさかったら、音聞こえないでしょうに……


 怒号を上げる兵士達に対して、ヴァイオリンを弾くミューズの心は冷めていた。


 しかし自分の気持ちはどうでもいい。

 誰かが聞いてるとか、誰も聞いてないとか、そういうことではない。

 ただ戦争を盛り上げるために、ここでヴァイオリンを弾くことが彼女の仕事だ。


 この日、クランギル軍は殆ど被害もなく敵を追い返し、大勝を収めた。


—--


「いやはや見事な戦果だ!良くやったアナトール!」

 

 勝利に沸くクランギル家の晩餐の時間、クランギル家の現当主デニソフ・クランギル伯爵は、満面の笑みで息子を称えた。


「もったいなきお言葉で御座います、父上。この勝利は私だけのものではありません。勇敢に戦った兵士達、そしてここにいるミューズの力あってこそのものです。」


 アナトールはそう言うと、正面に座るミューズにさり気なく視線を向けた。


「いえ、私はただ、ヴァイオリン弾いてただけで……」


 ミューズは思いっきりポテトフライを頬張っていたため、不意を打たれてそっけない返事をした。

 まあ、食べてなくても、あまり積極的に入りたくなる様な会話ではない。


「そう謙遜するな!ミューズが我が家に来てくれてから我等クランギル軍は連戦連勝!まさに勝利の女神だな!」


「ええ、本国の奥様達の間でも話題になっていましてよ。今最も勢いのある貴族はクランギル家ですって!

 こんな素晴らしいお嬢さんを許嫁に迎えられるだなんて、さすが、私の可愛いアナトールだわ!」


 そう誇らしげに声を上げるのは、デニソフの妻でありアナトールの母であるナターシャ・クランギルだ。


「母上、可愛いはやめて下さい……私ももう25になります。それにミューズが来年成人し結婚すれば、私も妻を持つ身。もう子供ではありません。」


「そう、そうね、許してちょうだい私のアナトール。でもね、最近は帝国騎士団長のクロード・ドビス様もクランギル軍に注目していると言うわ。

 もし貴方が帝国騎士団に重用されでもしたら、あの本国でふんぞり返っている奥様方の鼻を、今度こそ明かしてやれるって、想像するだけでも、もうママは嬉しくって!」


 オッホッホと笑うナターシャに、まんざらでもなさそうなアナトール。


 そんな一同をミューズは冷めた目で見つめていた。


 クッッッッッソどうでもいいわ……


 武人が武勲を上げて立身出世を望むのはわかる。奥様方が夫や子供のステータスでのマウント合戦に命をかけるのも、まあ好きにすればいいだろう。


 ただミューズには全く興味が無い。

 巻き込まないでほしい。

 彼女はただヴァイオリンが弾ければそれで良いのだ。


 ミューズが初めてヴァイオリンに触れた時の記憶はない。

 物心ついた時には、母に支えられてヴァイオリンを弾くのが既に日課となっていた。


 4-5歳の時には人前で演奏するほどにもなる。皆小さな子供が健気に弾く姿に感動してくれたものだが、次第にその姿ではなく演奏そのものを楽しんでもらえるようになった。

 人に喜んでもらえると嬉しくなり、もっとうまくなりたくなる。

 毎日練習に励み、家族や知り合い、町行く人にも聞かせ続けた。


 そんな風に人に聞かせる生活を続けていくうちに、ミューズの演奏を聞くと元気になるという噂が流れるようになった。

 嘘か真かわからぬが、お昼に彼女の演奏を聞いた者と聞かなかった者で、午後の仕事の効率が倍も変わると言うのだ。

 

 噂が噂を呼び、ついたあだ名が「音の魔女」。音楽の力で人に活力を与える様が魔法だなんだと話題になり、いつしか誰もがミューズの演奏を聞きに来るようになる。


 自分の演奏を聞くと、どんなに暗い顔の人も笑顔で元気に帰っていく。

 ミューズは幼心に、演奏に生きがいを感じていた。


 クランギル家に目をつけられたのは16歳になった頃である。

 彼女の噂を聞きつけたデニソフは、彼女を戦地に呼び、演奏をさせた。


 当時のクランギル家は隣国からの侵攻の激化に苦しんでおり、国境線もジワジワと破られ、領地を奪われるという屈辱の日々を過ごしていた。

 それが、ミューズの登場で一気に戦況が変わった。

 ミューズの演奏を聞いた兵士達の士気はとんでもなく高く、凄まじい勢いで国境線を取り戻した。それだけにとどまらず、国境付近の曖昧な紛争地域も奪い、領地拡大を成し遂げたのだ。


 気を良くしたデニソフは、ミューズの力を誰にも取られまいと、息子のアナトールと婚約させることとした。

 ミューズの家はあまり裕福とは言えない庶民の家庭であったため、伯爵家からたんまりお金がもらえると聞けばすぐにミューズを差し出した。


 こうしてミューズは、アナトールの許嫁としてクランギル家でヴァイオリンを弾いているのである。


「少し疲れたので、部屋に戻ります……」


 ミューズは食事を終えると、そそくさと立って食堂を後にした。

 自室に向かい廊下を歩いていると、アナトールが後から追いかけてきて、ミューズに声をかけた。


「ミューズ、君には本当に感謝してる。君がいなかったら我らの繁栄は無かっただろう。」


「いや、そんな、私はホント、ヴァイオリン弾いてただけなんで……」


 アナトールが少し強引にミューズの腰を抱いた。顔を背けるミューズだが、顎をくいっと指で触られ、強引に見上げる形に。

 頭一つ分背の高い、アナトールの整った顔に見つめられるミューズ。


「これからも私とともに我が家を、いやこの帝国を支えてもらいたい。私の愛するミューズ……」

 

 そう言って目をつぶり、顔を近づけてくるアナトール。

 二人の唇がぶつかる……

 直前に、ギリギリで指を入れてキッスを回避。


「こ、婚姻までは、そのような事はしない約束で御座います。お義母様からも止められていますので……」


「母は関係無い。君も僕も、もう子供では無いよ。」


「いや、その、大丈夫です。あと一年なんで、我慢して下さい……」


 そう言って腰に回されたアナトールの手をさり気なく解き、


「おやすみなさい」


 と言って、ミューズは早足で自室へ戻った。

 後でアナトールがチッと舌打ちしするのが聞こえた。


 部屋に戻ったミューズは勢いよく扉を締め、鍵をかけた。


「あっぶね〜

 今回はマジ危なかった。

 貞操の危機……」


 部屋に戻ると素がでて、そのままベッドにダイブ。

 常に貴族もどきでいることを求められるこの家の中で、自室は素に戻れる数少ない場所の一つだ。


 アナトールは背が高くたくましい体つき、美しい金髪に整った顔立ちの誰もが認める美青年である。町中で声でもかけられたら、どんな町娘でもイチコロだろう。


 しかしミューズは全く好きになれなかった。

 恋だの愛だの興味はないし、そもそもこの貴族の家が性に合わない。

 男達は戦争のことしか考えてないし、女達はマウントに命がけだ。ミューズ程のヴァイオリンの名手が家にいれば、真っ当な貴族なら毎日でもその演奏を聞きたいと思うだろうが、この家の連中にはそう言った音楽を楽しもうという風情もない。

 家族の生活が楽になるならと、許婚になることは受け入れたものの、そんなクランギル家のお坊ちゃまアナトールと夫婦として生活することは未だに想像も出来ず、正直言って無理だった。


「二十歳になったら無理矢理ヤられちゃうのかな〜……

 イヤだな〜……」


 ミューズは枕に顔を埋め、一人呟いた。


—--


 戦争で聞かせる分には演奏の上手い下手とかはあまり関係ないのだが、ミューズは毎日ヴァイオリンの練習をする。

 屋敷の中で演奏するとうるさいと言われるので、庭の角の方にある離で練習するのが日課だ。

 お前ら私の演奏のお陰で生きながらえてるのにその対応で合ってると本当に思う?って、聞いてみたい気もするが、演奏できるのならどこでも良いし、音楽の価値を理解しないあの連中に聞かせて欠伸とかされるのを見てイライラするくらいならむしろ聞いてほしくないとすら思う。


 練習というが、特に何を弾くでもない。

 手が動くまま、心の思うままに弾き鳴らす。


 彼女にとって、ヴァイオリンは言葉よりも正確に思いを表現する。

 今自分が考えている通りに音が出る。

 感情がグジャグジャで整理出来ないときなど、ヴァイオリンの音で自分の状態を客観的に理解出来ることすらあった。


 今日は、昨日アナトールに迫られたことをまだ気にしているらしい。

 イヤだなー、ヤバいなーという雰囲気が、曲に籠もっていた。


 一曲弾き終わり、弓をおろした。すると、

「なんか荒れてんなぁ。」

 背後から声がした。

 驚くこともなく振り向くと、男が地べたに座り込んで彼女の演奏を聞いていた。

「お嬢、嫌な事でもあった?」

「別に、アンタには関係ないでしょ。」

 声をかけてきたこの男はペーチャ。

 クランギル家に出入りするパン屋の従業員である。


 本当はパンを届けたら、何もせずそのまま帰るべきなのだが、この男は通用口まで行く途中で必ず少しハズレたここを通り、勝手にミューズの演奏を聞いて帰るのだ。

「こっちもさ、毎日聞いてるとなんとなく分かるわけよ。なんかあったなって。悩みがあるならオイラが聞くぜ。」

 この男、図体はそれなりにデカくて、歳もミューズと同い年であるものの子供っぽく、一人称なんてオイラである。


 今時、聞かないでしょ。自分のことオイラっていう人。

 ミューズも初めて聞いたときは僅かに自分が気まずくなったが、毎日聞いてるうちに慣れた。

「うっさい、関係無いって言ってるでしょ。聞く気が無いなら帰ってよ。」

「ごめんごめん、詮索するつもりは無いのよ。それよりもうちょっと穏やかな、午後の陽気にピッタリな感じにしてくれよ。」

 そう言うとペーチャは地面にゴロッと寝転がった。

「午前の配達がハードでさ、ちょっと昼寝させてもらうよ。」

「え、なに、聞かないの?」

「聞くって。だから昼寝にピッタリな睡眠導入音楽をプリーズ。」


 自分勝手な奴……


 寝たら聞けないだろうと、内心ツッコむミューズだが、リクエストされたら引けぬとばかりに、眠りに良さそうなマッタリした曲を弾いた。


「おお、いい感じ。こりゃよく眠れそ………」

 と、言い終わらぬうちにペーチャは寝息を立てた。

 ミューズは、寝てんじゃねーよと思いつつ、眠りを妨げない程度の音量で演奏を続けた。


 おわかりいただけたかも知れないが……

 いくらミューズがただヴァイオリンが弾ければそれで良いと言っても、ただの一人も聞く者がいなければ流石に張り合いがない。

 元々は演奏で人々を元気付けることに生きがいを感じていた彼女である。

 ただ弾くことよりも、人に聞かせることの方が彼女には重要であったかも知れない。


 この誰一人彼女の演奏を聞く気の無い屋敷において、音楽の教養があるかはわからぬが演奏を楽しむ意思はあるこのペーチャの存在は、少なからずこの貴族の家でミューズが生きていく上での励みになっていたのであった。


 暫くして演奏を止める。

 するとペーチャが、んあっと言って起き上がった。

 

「あ、終わり?よく寝れたよ。ありがとう。」

「アンタ聞いてなかったでしょ。」

「夢の中で聞いてたよ。これが本当の夢見心地。」

「つまんねーよ。」

「ハハハ、すんません。じゃあもう行くよ。本当に悩みあったら聞くから、遠慮しないでくれよ。」

 そう言ってペーチャは去っていった。


「悩みかぁ……」

 改めて考えると何がそんなに嫌だったのかわからないくらい、頭の中がスッキリしていた。ただ彼に自分の演奏を聞いてもらうだけで、悩みが打ち明けられたような清々しさを感じていた。


—--


 ある日、珍しくアナトールが用があるというので、部屋に呼ばれた。


 ヤられそうになったらどうしよう……

 いや、せめて結婚までは全力で逃げてやるぞ……


 ミューズは決意を固め、アナトールの部屋のドアをノックした。


「アナトール様?」

 何やら中からバタバタと音がするが、アナトールはでてこない。

 自分から呼んでおいてなんだよと思いつつ、ノブに手をかけると扉が開いた。


「失礼しますよ……っと……」


 そこでミューズは見てはいけないものを見た。

 アナトールが、あろうことかベッドの上で、女と抱き合い接吻をしていたのだ。


 ゥワーオ………


 驚き立ち尽くすミューズ。

 女に被さる形でいたアナトールは、ミューズに気づき、慌てて起き上がった。


「ミューズ!?なんで、いや、これは、違って!」


 顔中に口紅をベッタリつけた顔で必死に言い訳しようとするアナトール。

 よく見れば上半身は裸だ。


 何が違うんかーいと、心の中で思いながらも、ツッコむ気にもならない。

 嫉妬心など起きるはずもなく、ただ面倒臭い現場に出くわしてサイアク〜としか思わなかった。


「私が呼んだのですわ。アナトール様。」


 ベッドに横たわっていた女が、体を起こしてそう言った。


 女は上下とも下着姿だ。ウエーブのかかった焦げ茶色の髪、ぱっちりした大きな瞳が特徴的な美女だった。いやらしく腰をくねらせながらミューズの方に来て、挑発的な視線を向けてきた。


「初めまして、ミューズさんですわね?」

「はぁ、そうですけど……」

「私はエレナ・ワシーリン。アナトール様の正妻になる者です。」

「せいさい……?」


 何を言われているのかわからないミューズ。エレナは、ミューズの事を舐め回すように隅から隅まで観察すると、いきなりプッと笑い出した。


「ああ良かった!あのクランギル伯爵が御子息の許婚に選ばれるくらいだから、どんなに素敵な女性かと思ったのだけど、やっぱり『音の魔女』の力のためだけに仕組まれた偽りの婚約だったということね。」


 エレナが暗にミューズの容姿が己より劣っているということを言っているのだとミューズは分かった。

 まあ私が一番カワイイとか言うつもりないし、自覚あるから別にいいけど……


「アナトール様からご相談を受けましてね。貴方が許婚であるにも関わらず、殿方を奮い立たせる様な支援を何もしてくださらないって。」


 つまりヤらせてくれないって言いたいのか……

 そんなにヤりたかったのかよ、猿じゃん……

 ドン引きのミューズ。

 更にはそんなことを他人にベラベラ話すアナトールの神経をミューズは疑った。


「貴方のような可愛げのない女性を抱いてくださるというだけでも感謝すべきなのに、それを拒むような許婚なら、いないほうがアナトール様のためだと私はお伝えしたのよ。

 でも、お優しいアナトール様が貴方に同情なさるものだから、側室として残してあげることになったわ。」


「いやそんな、良いですよ。気遣わなくて。他に好きな人が出来たなら私とは婚約破棄して頂いて結構です。」


「そういうわけには行かない。君の力は我らクランギル家に必要なんだ。お願いだミューズ。ずっと私のそばにいてほしい。」


 都合良すぎだろ…

 他に女いるけど、戦争のために必要だから出ていくなって……


 そう内心は憤りつつ、上半身裸のアナトールが、顔が口紅で真っ赤なのにも関わらず真剣な眼差しを向けてくるので、笑ってしまいそうだ。

 

「貴方にとっても悪い話では無いのではなくて?殿方のお相手をする気もないのに、この家に置いて頂けるのよ。ヴァイオリンを弾くことしか能の無い貴方を貴族の一員として今後も置いてくださるクランギル家の恩情に感謝なさい。」


 良い方はムカつくが、一理ある。

 別にここにいたい訳では無いが、ヤラなくて済むならまだ我慢できる。三食ついてるし、家事もしなくていいし、一応ヴァイオリンも弾けるし。

 ただ本当に良いのかはよく分からなかった。


—--


 晩餐の時間になってもエレナは当たり前のように姿を現した。

 どうやらデニソフとナターシャも元から知り合いらしい。

 エレナが正妻になると言うと、デニソフはガハハハと豪快に笑った。

「一夫多妻とは、我が子ながらやるではないか!」

「しかし、複数の女性と交際だなんて、ちょっとふしだらではありませんか?」

 眉を潜めるナターシャに、エレナは笑顔で応えた。

「お義母様、アナトール様はどちらも均等に愛を注いでくださる素晴らしいお方です。それに、ミューズ様はまだアナトール様の愛を受け入れるご覚悟の無い様子。私が正妻になった暁には、すぐにでもお孫様のお顔を見せて差し上げられますわ。」


 事実上のヤりまくります宣言じゃん。

 親によく言うなこんなこと……

 しかしナターシャは孫と聞いてまんざらでもない様子。


「なんだ、ミューズとはまだヤってないのか。アナトールだと物足りないなら、ワシが相手をしてやろうか?まだまだ若いものには負けん熟練の技が」

「およしなさいよ!何を馬鹿なことを!」

「ワハハハハ!冗談だろうが!でも寂しくなったらいつでも部屋まで行ってやるからな!」


 もう苦笑する気にもならなかった。

 前言撤回。

 早くここからいなくなりたい。



—--


 次の日はムシャクシャしてずっと庭でヴァイオリンをかき鳴らしていた。

「なんか最近荒れてんなぁ。」

 ペーチャには見透かされている。

 声をかけられてもミューズは暫くヴァイオリンを弾き続けていた。


 弾きまくっても気持ちは落ち着かなかった。ペーチャは黙ってずっとミューズの演奏を聞いている。

 段々申し訳なくなって、演奏を止めた。


「あれ、終わり?もっと弾いてて良いのに。」

「いいよもう。ずっと付き合わせてるのも悪いし……」


 ミューズも地べたに座り、そのまま寝転んだ。


「なんか、正妻とか言うのが来てさー。」

「正妻?お嬢が許婚じゃなかったのか?」

「一夫多妻にするんだって。そんで私が側室。まあ別に、正だろうが副だろうが、どっちでも良いんだけどさー。」

 

 ミューズは顔を腕で覆い、大きくため息をついた。

「もう用済みなんだったら婚約破棄してくれよ……呼ばれたら戦場でもどこでもちゃんと行くからさー、この家から追放してくれ……」

「でもここから追い出されたら行くところ無いだろう?何もされないなら、黙って寄生してれば良いんじゃないのか?」


「そうなんだけどさー、居心地悪いんだよ。とにかく。

 息子はヤることしか頭に無いし、親父はセクハラするし、母親の話はつまんねーし、正妻はマウント取りたいのか知らないけど、メッチャ弄ってくるしさー。

 放っといてくれよマジで……

 ヴァイオリン弾くだけで勘弁してくれ……」

 なんか反応無いのかと、ペーチャの方をチラッと見た。

 ペーチャは黙って聞いていた。


 つまらん。なんか言えよ。

 悩みがあったら聞くって言っただろ……

 そう思うと、ペーチャが困りそうな事を少し言ってみたくもなった。


「ペーチャと一緒になってパン屋でもやろうかな〜」

「〜〜〜〜!」

「私、ヴァイオリン弾くよ。多少パンが不味くてもメッチャ集客する自信ある。」

 ペーチャは黙ったままだが、目を見開き、顔を紅潮させた。

 ミューズは口を滑らしてしまった事を後悔した。

「ご、ごめん、パンが不味くてもってのは物の例えで、ペーチャのとこのパンは全部美味しいよ……」

「いや、あの、『一緒になって』っていうのは、その、どういう意味で……」


 ミューズもその時になってようやく気付く。

 一緒になってって、聞こえ様によっては結婚の申し込みじゃん。


「ちが!そうじゃなくて!一緒にパン屋で働こうかなっていうだけで!」


 ペーチャは顔を隠すように俯いた。

 ミューズの顔も真っ赤になる。

 

 気まずい空気が流れ、二人とも黙り込んでましまった。


 その時、背後に人の気配があった。


「随分と仲が良さそうですわね。」

 

 慌てて振り向くと、エレナが不敵な笑みを浮かべてコチラを見ていた。

 ミューズが驚きの顔を浮かべると、エレナはプッと吹き出した。


「アナトール様のお誘いを断るくらいだから何かあるとは思っていたけど、まさか他に男がいたとはね。」


「ち、違います!この人はそういうのじゃなくて!」

「貴方、出入りのパン屋よね?側室の許婚とは言え、クランギル家の令嬢に手を出すなんて、良い度胸じゃないの。」

「オイラは、手を出してなんか……」

「オタクのパン屋との取引はやめさせてもらうわ。」


 ミューズは血の気が引いた。

「ま、待って下さい!本当にそういうのじゃないんです!この人はただの知り合いで、そう、ヴァイオリンの練習に付き合ってもらっているだけで!」

「どうだか。貴方がなんと言おうと、そちらの殿方はどう思っているかわからないわよ。他の令嬢や召使いにまで手を出されたら溜まったものじゃないわ。」


 ペーチャは立ち上がり、エレナを睨みつけた。

「な、何よその反抗的な目は!」

 僅かに怯むエレナ。そんなエレナに、

「申し訳ございません!」

 しかしペーチャは勢いよく頭を下げる。


「本当に、ミューズ様とは何もありません。私がミューズ様のヴァイオリンを聞きたいがばかりに、勝手に庭に入っていただけで、本当に、演奏を聞かせていただくだけで、言葉を交わしたことだって殆ど無いんです。

 でも、迂闊だったことはおっしゃるとおりです。伯爵家の令嬢にお近づきになるなんて、私が軽率でした。私は金輪際、屋敷には近づきません。だから、どうか取引だけは……」


 深く頭を下げたまま言うペーチャを見て、エレナは満足げに恍惚とした表情を浮かべた。

「そこまで言うのなら、私から伯爵にお伝えしましょう。ただ、これまで通りの取引は出来ないと思いなさい。伯爵は厳しいお方よ。もし許しを請おうというのなら、誠意を見せるよう店主にも伝えなさい。」

「はい、ありがとう御座います……」

 ペーチャは頭を上げ、ミューズに振り向いた。

「じゃあ、ミューズさん、お元気で……」

 そう言うとペーチャはトボトボと去っていった。


「ペーチャ……」

 じっとその背中を見つめるミューズ。その視界をエレナが遮った。エレナは怒りの籠もった目でミューズを見つめると、手を振り上げ、ミューズの頬を強く叩いた。

「恥を知れ!このアバズレ女!」

 ミューズは頬を抑える。言葉が出ない。

「あんな庶民にまで色目を使って、どれだけクランギル家の名を汚せば気が済むの!?ヴァイオリンを弾くことしか取り柄がないんだから、余計なことをしないで!」

「私は、何もしてない……

 ただヴァイオリンを聞いてもらいたくて……」

「まだ言うか!庶民の出の分際でおこがましいのよ!貴方はねえ、所詮戦争の道具なの!」

「戦争の、道具……?」

「そうよ!ヴァイオリンを弾きたいなら戦場に行きなさい。そして兵士達にたっぷり聞いてもらうが良いわ。戦場以外であなたの演奏なんて誰も求めてないの。クランギル家と帝国の勝利のためにヴァイオリンを弾くのがあなたの仕事。それ以外に貴方に存在価値なんて無いの!」


 薄々気付いていた。

 自分は戦争のためだけにこの家にいる。

 戦争が無かったらこの家にいることも無い。

 まだ、妻という立場であれば、存在意義はあるだろう。でも自分はそれを拒んだ。

 嫌いな男に貞操を捧げるよりも、戦争の道具として使われることを選んだのだ。


 その時、また新たな人影が通りかかった。

「エレナ、声を荒げてどうしたんだい……?」

 やってきたのはアナトールである。

「ああ、私のアナトール様!」

 エレナは先程の怒気のこもる顔から一変、悲しげにすすり泣きを始めて、アナトールに抱きついた。

「ど、どうしたんだ?何があった?」

「ミューズ様がパン屋の者にたぶらかされて、アナトール様の誘いを断っていたのもそのせいだったのです!」

 

 コイツ、何言い出すんだ。


「他に男がいただと……本当なのかミューズ?」

「いや、それは……」

 彼とは何の関係もない、そう言おうとしたミューズの言葉を遮るように、エレナが被せた。

「ミューズ様を責めないで!悪い男にたぶらかされていたのです。私が窘めたから、彼も『もう屋敷に近づかない』という約束を取り付けましたわ。おまけにパンも今までよりも割引するとのことでした。ね?そうよね?ミューズさん?」

 エレナがミューズに不敵な笑みを向ける。

 違う、ペーチャとはそんな関係じゃない。

 そう言って済むならどれだけ楽になるだろう。

 しかしそれを言ってどうなる?

 エレナはパン屋との取り引きを止めるとまで言ったのを、ペーチャが近づかないなら許すとした。

 どんなに自分と彼の名誉のために言い訳をしたところで、彼と彼のパン屋に迷惑がかかることに変わりはない。

 そうであれば、無理に反論をせず、少しでもパン屋の利益になるように、ペーチャに迷惑をかけないように、受け入れるしか無い。

「はい。」

 ミューズが言う。

「もう彼とは会いません。だからパン屋との取り引きは続けて構いません。」

 ミューズは感情を殺して声をひねり出した。


—--


 帝国内のある場所で、四人の男女が話をしていた。

「隣国との和平の件はどうなってる?」

 そう言ったのは、帝国騎士団団長のクローと・ドビス、その人である。

「進めてはいますが、やはりクランギルがネックです。国境に展開している部隊が退かなければ、隣国も話に応じる気はありません。」

 応えたのは帝国騎士団皇室親衛隊の若きエース、サティス・エルリック。

 サティスの言葉にクロードが唸る。

「クランギルを説得するしか無いか……そちらの状況は?」

「聞く耳を持たないとのこと。やはり『音の魔女』の力で調子に乗っているようです。」

 そう応えたのは、同じく皇室親衛隊所属のモウリーズ公爵家令嬢ラベルナ・モウリーズ。

「クランギルの説得は無理です。やはりすぐにでも叩きましょう。」

「しかし大義名分が無い。今クランギルを叩いても本国が辺境国を迫害していると捉えられかねない。ただでさえ国境付近の国は自分達が帝国領土防衛の最前線だという自負がある。下手に叩けば、逆に帝国への反発をうむ。それは避けねばなるまい。

 それに、『音の魔女』の力は我々にとっても脅威だ。甘く見ると返り討ちに合うぞ。」

「ではやはり、音の魔女の始末を……」

「駄目だ。」

 四人目の男が言った。

「音の魔女にはまだ利用価値がある。生かして我らの下に引き入れなければならない。」

「しかし、それではクランギルが……」

「私に任せて欲しい。必ずクランギルの尻尾を掴んで見せる。」

 四人目の青年がそう言うと、ほかの三人はそれ以上何も言わなかった。


—--


 今日もミューズはヴァイオリンを弾く。

 国境の野営地付近で隣国の挑発行動が散見されると言うので、ミューズは派遣されてきた。

 不安がる兵士達に向けてミューズはヴァイオリンを弾く。兵士達は活気付き、興奮し、死を恐れず立ち向かっていく。

 隣国の国境にある砦から出てくる兵士たちを、クランギル軍は次々となぎ倒していく。

 結局、クランギル軍は誰ひとり負傷者も出さず、敵の反撃行動を無き物にした。


「これが音の魔女の力か!」

「いやはや、本当に自分の体じゃないみたいに力が溢れてくるな……」

「こんな力があれば帝国騎士団なんていらないんじゃないか!?」


 興奮してそう話す兵士達を尻目にミューズは馬車に乗り、屋敷へ帰る。


 なんか、音良くなかったな〜。


 どのくらい負傷者がいたとか、どれだけの圧勝だったとか、ミューズは全く気にしていなかった。戦地で兵士達の雄叫びや悲鳴が上がっても、ミューズには聞こえず、ただ自らの奏でるヴァイオリンの音だけを聞いた。

 勝利も敗北も関係無い。

 ただここでヴァイオリンを弾く。

 それだけがミューズのすべきことだ。


「今回も素晴らしい戦果だ!」

 帰ってきたアナトールとミューズを、デニソフは満面の笑みで称えた。

 既に晩餐の時間でもあり、一同は食卓についた。

「これでアナトール様が指揮官になってから50連勝は下らないのではありませんこと?既にデニソフ様を超えたのではないかしら?」

 悪戯っぽく言うエレナに、デニソフはすこし眉を潜めるも、僅かに誇らしげにアナトールを見つめた。


「我が子ながら見事というしかない。これならば我らクランギル家の将来も安泰というものだ。」

「そんな、父上を超えたなど、私にはおこがましい限りで御座います。それに私の作戦は全て防衛戦。奪われた領土を奪還した父上の手腕には遠く及びません。」

 アナトールが言うと、デニソフはニンマリと笑みを浮かべた。

「そうだな、確かに防衛と奪還ではまるで別の作戦立案が必要となる。あらゆる作戦に対応できてこそ、本当の指揮官であると言えよう。」

「おっしゃるとおりで御座います。」


 デニソフは、会話の途中で深くため息をついた。

「しかしだ、最近本国から和平交渉の打診が来た。」

「和平というと、隣国との戦闘をやめろということですか……?」

「そうだ。隣国からも打診があったらしい。我らクランギルが防衛線を退けば、他の国境も含めて兵を退き和平に応じる、と。」

「なんという勝手なことを!毎日のように奴等が攻めてくるからこその防衛戦ではありませんか!まずは奴等が退くことが先決であります!」

「そのとおりだ。本国の連中は国境の状況も見ずに物を言う。防衛線を退くなど、とても承服できるものではない。」

「それで、お義父様はどうするおつもりですか?」

 エレナがデニソフに問う。


「和平を打診してくるということは、隣国も苦しいということ。さらには我らクランギルの撤退をあえて名指しするということは、奴等にとって我らクランギルが最大の脅威であるということの証拠に他なりません。」

 エレナの言葉にデニソフは神妙な顔つきで耳を傾けた。

「君の言うとおりだ。この和平は隣国が敗北を意識したからこそ打診してきたもの。我らクランギルはそんな茶番に付き合うつもりはない。

 しかし本国は和平を検討中だ。戦争を続けることは、帝国の利にならないなどと理由をこじつけてな……」


「それはおかしい!我等が隣国の領地を奪えば帝国の領土拡大となり、利となります!

 父上、我らが防衛に甘んじているからこそ、本国も弱腰なのです。ここはあえて隣国に攻め入り、領土拡大を目指しましょう。

 そうすれば、本国の連中も目を覚ますはずです!」


「クランギルが領土拡大に貢献したとあれば、帝国騎士団に大きな顔をさせる事もなくなりますわね。そうすれば、本国の奥様方も我らにひれ伏すことでしょう!」

「お義母様、ひれ伏すどころか、その他の辺境、周辺国も、本国ではなく我らクランギルこそが帝国の精神を体現する本丸であると気付くに違いありません。

 そうなれば本国に代わり我らクランギルによる支配すら現実となりますわ。」

「ク、クランギルが本丸……

 そうなったら、デニソフは皇帝、私は皇女……」

 ハァァと、とうてい実現するとも思えぬ妄想を浮かべて恍惚の表情を浮かべるナターシャ。


「おいおい、お前達、気が早すぎるぞ。あくまで我等は皇帝陛下に忠誠を誓う身。余計な野望は身を滅ぼすぞ。」

「ですが父上、国境の重要性を本国が理解していないことも事実であります。ここで我らが独自に領土拡大を果たせば、本国も我らを無視することは出来ますまい。

 そのためにもこれからの戦い、より一層ミューズの『音の魔女』の力が重要となります。」


 言われたミューズは、山盛りのボテトフライを一心不乱に食べまくっている。

「そうだな。頼んだぞミューズ!」

 ミューズはポテトが入って膨らむ口内に、さらにビーフステーキを押し込んだ。

「ちょっと、聞いているんですの!ミューズさん!」

 エレナが苛立ちながら叫ぶ。


 ミューズは口のなかの物を無理やり飲み込むと、唐突に話した。

「明日、弓の毛替えに行っていいですか。」

「弓って、なぜそんな事が必要なの?今までだって普通に弾きているでしょう。」

「暫く変えて無かったんで、音がおかしくなっているんです。これから戦いが激しくなってくるというならなおさら、ちゃんとした音が出ないと効果が薄れます。」

 ミューズが淡々とそう言う。

 エレナは怪訝な顔を浮かべたが、楽器の音が良くなるのなら、特段止めさせるものでもない。

「分かった。ミューズ、君がそこまで我らの戦いを気にかけてくれて私も嬉しい。我らクランギルのため、君のヴァイオリンの音色を存分に聞かせて欲しい。」

「はーい、がんばりやーす。」

 熱のこもるアナトールに対し、ミューズは気のない返事をした。


 所詮自分は戦争の道具だ。

 エレナに言われた言葉を気にしていたというわけではないが、ミューズはさらに冷めていた。

 自分のせいでペーチャに迷惑をかけた。自分が演奏を聞いてほしいなんて願ったばかりに、ペーチャやパン屋も取引がなくなりかねない程の不利益を被ったのだ。

 であれば、演奏を聞いてもらいたいなんて願わなければ良い。

 戦場に行けば兵士達がいくらでも演奏を聞いてくれる。それで良い。

 戦場に言って兵士達に演奏を聞かせ、戦わせる。それが自分の仕事だ。

 コイツラが何を考えているかは興味ない。帝国やクランギルがどうなろうが、どうだって良い。

 演奏する場所があるからヴァイオリンを弾く。

 ただそれだけだ。


—--


 次の日、ミューズは朝から弓の毛替えに出かけた。

 彼女が屋敷から出ていく様子を、エレナは窓から眺めていた。

「あの女の後を追って頂戴。」

 エレナは、近くにいた召使いに指示をした。

「あの女、またきっとあの男と浮気をするわ。その現場をおさえるのよ。道具の分際で、皆にチヤホヤされるだなんて許せない。化けの皮を剥がしてこのクランギルから追放してやるのよ。」


—-


 なんだか久しぶりに町に出た気がする。心なしか人通りが少なく、前より活気が無いような気がした。

 町の一角に無染みのヴァイオリン工房がある。ミューズがクランギル家にきてからずっと通っている工房だ。

 扉を開けて入るが、普段はカウンター奥の作業机にいる店主の姿が見えない。

「ごめんくださーい。」

 声をかけると奥の方から人が歩いてくる音が聞こえた。

「おや、ミューズさん。いらっしゃい。」

「弓の毛替えをお願いしたいのですけど。」

 お安い御用でと店主は言うと、ミューズから受け取った弓をジロジロ眺めた後に作業に取り掛かった。

 ミューズは手持ち無沙汰になり、店内を見回した。良く見たら、普段は店主が作った売り物のヴァイオリンがところ狭しと置かれているのに、今は一つも無い。

「ヴァイオリン、全部売れちゃったんですか?」

 ミューズが聞くと、店主は作業の手を止め、顔を上げてミューズを見た。

「クランギルのエレナ様が、戦時中に娯楽は不要とか言って全部取り上げて行ったんですよ。ご存知無いのですか?」

 ミューズは言葉を失った。

 自覚は無いが、自分もクランギルの人間だ。にも関わらず何も聞かされていない。

 いや自分が知らなかった事は別に構わない。しかし市民から娯楽を奪うという行為は、到底許せるものではなかった。


 逆だろう。

 戦争で皆の心が荒みかねないからこそ、音楽で人々の心を癒やす必要があるんじゃないのか。一方で、クランギル家の一員としてこの惨状には心が痛んだ。


「ごめんなさい、私の身内が、こんな酷いことを……」

「ミューズさんのせいではありません。貴方が誰よりも音楽を愛していることは分かっています。」

「でも……」

「もし少しでもなんとかしたいと思うなら、楽器を奪われた音楽家達の分までヴァイオリンを弾いて下さい。そしてこの戦争を一刻も早く終わらせることこそが、ミューズさんがすべきことです。」

 優しく聞こえる店主の言葉だが、言っていることはエレナと変わらない。所詮お前はただのヴァイオリン弾きだ。ヴァイオリンを弾くことしか出来ない。

 誰も、ミューズが何か言ったところであのクランギル一家が変わるとは思っていない。この市民達の苦しみを和らげることなど、ミューズには出来ない。

 それは他でもないミューズが分かっている。


 暫く黙って作業していた店主が顔を上げた。

「出来ましたよ。」

 店主から弓を受け取る。

 持ってきたヴァイオリンを弾いてみる。

 弓が滑り、音と音のつながりが良くなった。

「ありがとう。」

 ミューズは工房を後にした。


 改めて町の通りを歩くミューズ。

 気のせいではなく、人は少なくて、活気は無い。

 戦争のために娯楽が制限され、人々から元気と笑顔が奪われているのだ。

 クランギルの連中はこの状況をどう思っているのだろう。彼らは毎日戦域の拡大と、武勲を上げて本国の奥方にマウントを取ることしか考えていない。今市民がどういう状況で、何を考えているのかなど、気にも留めていないのだ。


 ミューズに出来ることは本当に無いのだろうか。早く戦争を終わらせるとは言うものの、クランギルにいる限り、彼らは戦線拡大を目指し、戦争は終わるどころか広がっていくに違いない。いくらヴァイオリンを弾いても、人々の笑顔は戻って来ないのだ。

 

 そんなことを考えながら歩いていたとき、ふと一件の店が目に入る。

 それは、ペーチャが働いているパン屋だった。

 ズシンと、心臓に重くのしかかるものがある。


 パン屋はちゃんと営業出来ているのだろうか。エレナは暗に割引しろと迫っていた。たとえ営業出来ていたとしても、利益が出ずに苦しんでないか。

 それより、ペーチャはどうしているんだろう。エレナにバレたあの日から、ペーチャとは会っていない。きっとミューズの事を恨んでいるだろう。彼女が余計なことをしなければ、今も彼は出入りの業者として屋敷に来れたのだ。


 いや恨んでいても良い。

 ろくに言葉も交わさずに別れてしまったのだ。罵倒でも良い、縁を切りたいというのなら踏ん切りもつく。何でも良いから、どう思っているのか聞きたい。

 気になったらいてもたってもいられず、気付いたらミューズはパン屋のドアを開けていた。

 

 店には誰もいなかった。ミューズは改めて自分が何をしているのか我に返り、すぐに帰ろうとした。しかしそのとき、

「はーい、ちょっと待って下さいよ。」

 という声と共に、奥から人が出てきた。

 ベレー帽を被り、メガネをかけ、顎髭を生やした、いかにも人の良さそうな初老の男性だった。全体的に筋骨隆々な印象を受けるのは、流石は肉体労働のパン屋である。

「あれ、貴方は……」

 相手の男はミューズの事を知っているようであった。クランギルの屋敷に出入りする業者なのだから無理もない。むしろ、ペーチャから聞いて自分を恨んでいるのかも知れない。


 身構えるミューズ。

 しかし店主は僅かに微笑んだ。

「もしかして、ペーチャですか?」

 名前を聞いてドキリとする。

「いや、あの、忙しいならもう、別によくて……」

「おーい、ペーチャ、クランギルのお嬢様がいらしたよ。」

 ミューズの躊躇いを無視し、店主は声をかけながら奥に入っていった。

 ドタバタと慌ただしく人が駆けてくる音が聞こえた。そして、ペーチャが現れると、さらにミューズは心臓が止まるかと思うほど緊張した。


「あれー?お嬢じゃないか。そっちから来るなんて珍しいな。」

 あまりにもいつもと変わらぬペーチャの様子に拍子抜けした。むしろ、何しに来たんだテメェくらい言われる覚悟でいたので、この感じは想定外で、逆に気まずくなった。

 不思議そうにコチラを見つめるペーチャの顔が直視できない。

「あの、私、ペーチャに謝りたくて……」

「謝る?なんで?」

 ペーチャは、本気でわからないという口調で言った。

「だって、私のせいじゃん。ペーチャが屋敷に入れなくなったの。それが申し訳なくて……」

「謝るのはこっちの方だよ。オイラが勝手にお嬢の演奏を盗み聞きしてたから、お嬢の立場が悪くなっちまったんだろ。

 その後大丈夫かい?あの正妻に意地悪されてないか?」

「うん、大丈夫。黙ってヴァイオリン弾いてれば文句言われないから。」

「そりゃ良かった。オイラはもう屋敷には行けないけどさ、嫌なことはあったらおいでよ。悩みくらい聞くぜ。」

「ありがとう。ペーチャにそう言ってもらうだけで安心するよ。」

「お?なんか今日は素直だな?良いことでもあった?」

「え、そうなのかな。自分でもよくわからないや……」

 本当は少し分かっていた気もするのだけど、ミューズには言えなかった。そこで黙ってしまっていたら、ペーチャがそうだと、閃いた様に言った。

「ヴァイオリン持っているんだろ?ここで弾いてみれば良いじゃないか。そうすれば、お嬢がどんな気持ちかオイラには分かるよ。」

 今弾いたらどんな音になるのだろう。少し怖い気もした。でも断るのも変だし、何よりペーチャが聞いてくれるなら、弾きたいと思った。


 毛を替えた弓と、ヴァイオリンを持ち、ミューズは演奏を始めた。

 戦場で弾くときとは違う。

 今日はペーチャが聞いてくれる。

 戦いとは関係無い。

 あの日、ペーチャと別れてから今日まで、戦場と、娯楽を奪われた人々の生活を目の当たりにした、その気持をミューズは演奏に込めた。


 ペーチャは静かにその演奏を聞いていた。パン屋のバックヤードから店主と、若い男女のパン職人二人もやってきて、わぁと声なき感嘆を上げた。

 それだけではない。

 パン屋の外では、町行く人々も、扉から漏れる音に釣られてパン屋を覗き込む。次第に人は増え、パン屋を囲むような人だかりにまでなっていた。

 ペーチャは人だかりに気付くと、ミューズを促し、一緒に外へ出た。

 ミューズは演奏をしながら人前に出る。人々はミューズが現れると、手拍子をしたり、体を揺すったり、男女で手を取り踊ったりした。気付いてみれば、お祭り騒ぎ。

 娯楽の奪われた町に、笑顔が戻ってきたのだ。


 自らの演奏を楽しみ、笑顔が溢れる人々の様子を、ミューズもまた眺めていた。幼き頃、彼女の演奏を聞き、誰もが笑顔になった。あの時と同じだ。


 自分にはヴァイオリンを弾くことしか出来ない。


 だが、それは戦場でなくてもいい。

 こうやって町の中で人々に音楽を聞かせることが出来る。

 戦争で沈んだ人々の心を、自分が勇気づける事が出来るのだ。

 私がやるべきことはこれだ。

 ミューズの心の中に、僅かに光が差した。


 しかし、それは長くは続かなかった。

「何をやっている貴様ら〜!」

 ヴァイオリンの音をかき消すような大声が響き、ミューズは思わず演奏を止めた。周りの民衆も体が止まる。

 クランギル軍の警備兵が数名、こちらに向かって来ていた。

「誰がこんなところで演奏会など開いて良いと言った!戦時中の娯楽は禁止だ!」

 民衆に睨みをきかせる警備兵。そこへ、

「主催者は私よ。」

 ミューズは毅然として言った。


 兵士は人々をかき分け、パン屋の前にいるミューズのところまで来た。そしてミューズを見ると、目を丸くした。

「ミューズ様、何故あなたが……」

「この演奏会を開いたのは私です。私が自分の意志で、町の皆様に聞かせるために演奏したのです。」

「ミューズ様、困ります。クランギル家の方がこのようなことをなされては……」

「クランギルが奪った自由を、クランギル家の私が皆様にお返しすることに何の問題がありましょう?戦時で皆の心が荒んでいるからこそ、民衆には音楽が必要なのではないですか。

 私は娯楽を制限するつもりはありません。クランギル家の一員として皆の笑顔を取り戻します。」


「クランギルの一員としてやるのが問題なのよ。」

 さらに人混みをかき分けやってくる人影。エレナとアナトールだった。

「ミューズ、本当に君が民衆を集めて演奏会などやったというのか……」

 アナトールが困惑と怒りの混ざる表情でミューズを睨んだ。

「そうです。」

 ミューズは毅然と返す。

「私の思いは申し上げた通りです。娯楽を制限するなんて馬鹿げています。クランギルが民衆のために立つ領主であろうと言うなら、今こそ笑顔を取り戻すべく、戦争をやめ、和平交渉に臨むべきなのです。」


 聴衆がどよめく。

「和平だと?」「戦争が終わるのか?」「クランギル軍は何をしてるんだ?」

 アナトールは苦虫を噛み潰したような表情を浮かべた。

「余計なことを言って。まだ自分の立場が分かっていないようね?

 貴方はただ戦場でヴァイオリンを弾いていれば良いのよ。こんなところで民衆に媚を売ったりして、意地汚いったらありゃしないわ。

 道具は道具らしくしていなさいよ!」

「私は戦争の道具なんかじゃない!」

 ミューズが叫ぶ。

 エレナはビクッとして、アナトールの腕に抱きついた。


「な、何よその態度!アナトール様!こんなのは反逆だわ!クランギル家への謀反よ!警備兵は何をしているの!その女を捕まえて!」

 狼狽える警備兵達。

 彼らからするとエレナよりもミューズの方がクランギル家にいる時間が長いため顔見知りでもある。そんなミューズを新参者のエレナの命令で捕まえてよいのか分からなかった。

 騒然とする中で、一人の男が声を発した。


「もうちょっとでうまくいったのに、台無しだな……」

 ミューズは振り向く。

 その声の主、ペーチャの顔からは、普段の様な飄々とした笑顔が消えていた。

 ジトッとした暗い顔つきで、ミューズやクランギル家の面々を順々に眺め回した。


「ありがとうよお嬢さん、全部俺の煽った通りに動いてくれて、期待通りだ。」

 ミューズには、ペーチャが何を言っているのか分からなかった。声音も口調も、いつもとまるで違う。別人のようなペーチャの姿にミューズは怖くなった。

「だがコイツラにつけられてたとはな。もう少しでうまくいったのに、気づかなかったとは俺もヤキが回ったもんだ……」

「ペ、ペーチャ、何を言ってるの……」

「アナトール様!私の言った通りでしたでしょう!コイツラデキてるのよ!」

「黙れよ!娼館上がりの似非貴族が!」

 ペーチャの怒声に、エレナの顔が青くなった。

「こんな女に俺がなびくかよ。俺はこの女の『音の魔女』の力を利用しようとしただけだ。この女の力を使って民衆を扇動し、貴様らクランギルを潰そうと画策したが、こんなに早く見つかっちまうとはな。」

「嘘でしょ、ペーチャ。嘘だよね……?」

 ペーチャはミューズを一瞥するも、すぐに目を逸らし、そして周りで見守る民衆に向けて声を上げた。


「聞け皆!この戦争が続く元凶はクランギルだ!帝国と隣国との和平交渉を無視して戦闘を続け、和平の道を閉ざさんとする大罪人一家だ!

 こんな奴等の支配に甘んじていて良いのか!

 自由も娯楽も奪われ、ただ戦争のためだけに、この搾取されるだけの生活を送り続ける、そんな人生で満足か!今こそ立ち上がるべきなんだ!」

 民衆がにわかに活気づく。そうだという声さえ聞こえる。

「何している!こいつを捕らえろ!」

 アナトールが言うと警備兵がワッと襲いかかり、ペーチャを地面に抑えつけた。


「クソっ!ここまでかよ!」

「ペーチャ!」

 見ていたパン屋の店主も声を上げる。

「パン屋の親父!お前らの店は良い隠れ家にさせてもらったぜ!せいぜいこの後も美味いパンを作るんだな!」

 困惑する店主は隣りにいた男のパン職人と顔を見合わせる。

「わ、私達を騙していたのねー!」

 女のパン職人が叫ぶ。

 警備兵達がペーチャを取り押さえようとするのを、民衆が妨害しようとし、それを退けようと警備兵が暴力を振るう。警備兵は更に増え、民衆と警備兵が衝突する暴動のような事態に発展してしまった。

 

 それら一連の様子を、ミューズはまるで夢の中の出来事のように捉えていた。

「ミューズ!あなたのせいで、クランギルの団結が破壊されようとしているのよ!」

 エレナが、ミューズの肩を揺さぶる。

 エレナの声はミューズに届かない。ミューズは何も応えなかった。

 ペーチャが両脇を抱えられ立ち上がった。警備兵に連れて行かれようとする時に、ミューズとペーチャは目があった。

「ペーチャ、嘘だよね。嘘って言ってよ。」

「つくづくおめでたい女だ。おい、エレナさんとか言ったか?あんたがコイツをいじめてくれたおかげだよ。

 婚約破棄されたら結婚しようって言ったら、コロッと騙されて言いなりになってくれて、本当に扱いやすかったよ。」

 エレナは顔を紅潮させた。

「お前らクランギルが偉そうにしていられるのも、その音の魔女の力のおかげさ。そいつの力を狙っている連中は俺以外にもゴロゴロいる。せいぜい今後は大事に屋敷にしまっておくんだな。」

 再びペーチャはミューズに向き直ると、一瞬真顔になった。

「あばよ。元気でな……」


 そう言うと警備兵に小突かれ、ペーチャは連れて行かれた。

 ミューズはその場にへたり込む。

 周囲では警備兵が強引に民衆を抑えつけ、罵声と怒号が飛び交う。


「嘘だよね、ペーチャ、嘘だよね、嘘だよね……」


  目から溢れ出てくる涙を抑えることもなく、ミューズはつぶやき続けた。


—--


 戦地へ向かう道を、ミューズは自分のヴァイオリンだけを抱え、両脇を兵士に固められながら、他の一般兵達と一緒に並び歩いていった。

「あれが音の魔女か?」

「パン屋の男にたぶらかされて、反逆を企てていたらしいぞ。」

「次期領主の許婚が、落ちぶれたものだな。」


 以前は勝利の女神として誰よりも手厚い待遇を受けていたミューズ。時折馬車から外を覗く姿が美しく、音楽以上に励みになると、一部の兵士達の間で注目されていたが、今はその面影もない。

 ただ暗い顔で俯き、我が子のように大事そうにヴァイオリンを抱えてトボトボと歩いている。


「今回は砦の制圧作戦なんだろ。」

「それじゃあ、俺達が隣国の侵略者じゃないか。」

「本国の和平交渉はどうなってるんだ?」

「クランギルの連中が武勲を上げたいがために仕掛けた戦なんて……」


 クランギル軍の士気は著しく低かった。

 無理もない。

 元々が彼らは雇用の一環としてクランギル領内から寄せ集められた。軍隊の従事者数を多く見せるために、クランギル家が頭数だけ増やした烏合の衆に過ぎない。戦闘に長けているわけでもなく、ましてや国を守るという気概も本来持ち合わせていない。それでも、各々が自分が生まれ育った町は守りたいという使命感から、これまではなんとか体裁を守ってきた。


 しかし、いざこの砦への攻城戦となれば、それぞれの兵士に殆ど利は無い。領地が広がっても彼らには何も影響は無い。

 更には戦闘に勝った際に本国から支給される追加報酬をクランギル家が兵士に配布せずに全て独占してきたという経緯もあり、勝利へ意欲を見せる兵士は一人としていなかった。


 ある意味、そのようなモチベーションの兵士達を連戦連勝に導いてきた、ミューズの奏でるヴァイオリンの凄まじさがわかるエピソードでもある。

 そんな兵士達が口にする不満や不安の数々。

 ミューズの耳に入ってはいるが、届いてはいなかった。


 ペーチャ、今どこにいるの。

 歩きながら、ミューズはペーチャの身を案じた。


 ペーチャ、嘘だよね、私を利用してたって、嘘だよね。

 ペーチャが言った言葉を反芻した。


 ううん、良いの。利用してたのでも構わない。

 嘘でも本当でも良い。貴方の言葉が聞きたい。


 あの日、私が一緒になってって言い間違えたら、顔を真っ赤にしてビックリしてたじゃない。

 ペーチャがそんな反応するんだもん。私もビックリしたよ。

 でももしかしたらペーチャも同じ気持ちだったのかなってちょっと嬉しかったんだ。

 ねえペーチャ、あの時の顔も言葉も嘘だったの?私だけ舞い上がっていたの?

 何でも良い。

 教えてよ。

 話してよ。

 聞きたいの。

 諦められないよ。

 もう一度貴方に会いたい。

 扱いやすい女ならそれでも良い。

 貴方のそばにいたいの。


 ミューズはペーチャの言葉を思いかえす。

 結婚しようって言ったら何でも言うこと聞く……

 

 その時に気付く。

 あれはいつの話だろう。

 婚約破棄されたら結婚しよう。

 そんなこと、言われたことは無い。

 言ったのは自分だ。

 言い間違えて、一緒になってと口走った。

 そうだ。

 ペーチャが自分を言葉巧みに操っていた事なんて無い。ペーチャはいつも、静かに私のヴァイオリンを聞いていただけなんだ。

 私の悩みを音に乗せて、感じ取ってくれていただけなんだ。

 ペーチャはあんな事言わない。

 ペーチャの本心なんかじゃない。

 ペーチャは私を……


「聞け!勇敢なるクランギルの戦士達よ!」

 アナトールの叫びがこだまする。

 気付けばミューズは、いつものようにヴァイオリンを持って、兵士達の前に立っていた。


「隣国は恥を知らず我ら帝国に和平を申し出てきた。本国は愚かにもこれを受けようとした。しかし!そんなことはこれまでこの国境を命がけで守ってきた我らクランギルへの冒涜である!

 隣国は虫の息だ。戦線を維持できぬ程に奴等は弱っている。今こそ我らクランギルを筆頭に、隣国を制圧し帝国により一層の繁栄をもたらす。

 そして世界に、帝国にクランギルありと、その名を轟かせるのだ!」


 アナトールの演説に応える者はいなかった。

 誰も侵略などしたくはない。ましてや和平の話が動いている中で、それを破ってまで敵国に戦闘を仕掛ける意義を誰一人感じていなかったのである。


 アナトールは焦り、狼狽え、しかしてその戸惑いを見せるわけにはいかぬと、更に声を荒げる。

「ミューズ!ヴァイオリンを弾け!兵士達の不安を払拭し、我らに勝利をもたらすのだ!」

 ミューズは言われるがまま、ヴァイオリンを持ち上げ、首に当てた。


 ヴァイオリンを弾くのが私の仕事。

 左手で弦を抑える。


 あれ、でも、誰が聞いてくれるんだろう。

 右手で弓を持ち上げ、弦に当てる。


 もうペーチャはいない。

 なのに、私は何で、ヴァイオリンを弾くんだろう。


 そのときだ。

 ミューズの全身が激しく揺れ始めた。

 ヴァイオリンの弓を弦に当てることも、左手で弦を抑えることもままならない。

普段とまるで違うミューズの姿に、兵士達も動揺する。

「どうしたミューズ、早く演奏を始めろ!」

 アナトールの怒声が飛ぶ。

 それでも揺れはドンドン大きくなり、顎もガクガクと揺れ、顎で挟んでいたヴァイオリンも落としてしまう。

「おい、何をしている!ヴァイオリンを拾え!」

 ヴァイオリンを拾おうと体を屈めるミューズだが、膝にも力が入らず、そのまま床にペタンと座り込んでしまう。


「弾けません……」

 ミューズはガタガタと揺れる己の両手を見つめた。

「無理です……

 弾けないんです……

 手が震えて、

 体が、

 動かないんです……」


「ふざけるな!」

 アナトールがヴァイオリンを拾い上げ、ミューズに押し付けた。

「弓を弦で引けば音は鳴る!たったそれだけのことだろう!

 やれ!弾けよ!敵はもう目の前なんだぞ!」


 その時、

「敵襲ー!!」

 前線にいた斥候の声が響いた。

「なにぃ!?」


 元々はこちらが先に攻め入るハズだった。

 しかし隣国はクランギル軍の動きを察知し、ヴァイオリンの音が鳴る前にこれを粉砕しようと、突撃を仕掛けてきたのだ。


「ええい仕方ない!行け!戦士達よ!隣国の連中を討ち滅ぼせ!」

 アナトールが剣を振り上げ発破をかけるが、

「もう駄目だ〜!俺達は終わりだ〜!」

 一人が泣き叫び、武器を置いて逃げ出した。

 すると、雪崩のように戦士達が我先にと隣国の砦から遠ざかるように走って逃げていく。

「おい貴様ら!逃げるな!敵前逃亡は重罪だぞ!許されると思うな!」

 必死で兵士達を、食い止めようとするアナトールだが、聞く耳を持つ者はいない。

 アナトールからも砦から出てくる敵の大群が見えた。

「くそ!仕方ない!ここは退くぞ!」

 そう言うと、アナトールはミューズの腕を引っ張った。

「貴様も来い!国に戻ったら裁いてやるぞ!」

 そう言いながらミューズを馬車に乗せ、逃げ出した。


—-


 屋敷に戻ったアナトールは家族に敗北を報告した。ショックを隠せぬ一同の前で、アナトールはミューズに対し、激しい怒りを露わにした。


「この裏切り者め!」

 アナトールがミューズの頬を強く叩く。

 ミューズは衝撃で床に倒れた。

「自分が何をしたのか分かっているのか!私の指示に歯向かい、ヴァイオリンも弾かず、隣国の先制攻撃を受け多くの兵士達を危険に晒した!

 帝国への裏切りとも言えるその行動、許されると思うな!」

 アナトールは言いながら、床に寝転ぶミューズを何度も強く踏みつけた。

 痛みのあまり悲鳴を上げるミューズ。


「落ち着けアナトール。相手は音の魔女だ。死んでしまっては元も子も無い。」

「しかしお義父様、先日からの彼女の行動は目に余るものがあります。身の程というものをわきまえさせる必要がありませんこと?」

「気持は分かる。ワシも同じ気持ちだ。

 しかし此奴の力は我らに必要な物。今回の件で帝国内での我らの立場が傾く恐れもある。その時にこの音の魔女の力が良い交渉材料になるだろう。

 ここは領主として私情に囚われず、実利を取らねばならん。即ち、ミューズが再び我らのためにヴァイオリンを弾くというのであれば、此度の命令違反、水に流そうではないか。」

 デニソフの言葉に、妻のナターシャやエレナは、感激するような表情を浮かべた。

「まあ、貴方、この様な不義理を働いた者にもお許しを与えるだなんで、なんと寛大な心をお持ちなのでしょう……」

「ミューズ、父上はそう言っておられる。お前がまたヴァイオリンを弾くというなら、許してやる。」

 アナトールが言うと、ミューズは上半身を起こした。そして俯いたまま、体を震わせて言った。


「もう、弾けません……」


「何だと……」


「もうイヤ……

 弾けない……

 弾きたくない……

 私は皆を笑顔にするために演奏したい……

 人を殺すため、戦いを煽るために音楽を利用する貴方達のために、音楽を奏でたくなんかない……」


「貴様!この期に及んでまだ言うか!そんな事が言える立場ではない!大人しくヴァイオリンを鳴らせ!」

「イヤよ……

 もうイヤ……

 絶対に弾かない……

 誰に頼まれたって、私はもう、

 ヴァイオリンなんか弾きたくない……」


「おのれ!甘い顔していれば良い気になりおって!」

 アナトールが剣を抜いた。ナターシャがキャアと悲鳴を上げる。


「お待ちになってアナトール様!」

 エレナが、アナトールを制止した。

「ここまで頑なに拒否するようであれば、これはクランギルだけでなく帝国に対する反逆と言って差し支えありません。

 もう音の魔女としての利用価値も無いハズです。他所の国家に奪われるくらいなら、正式に国家反逆の罪で処刑するのが良いでしょう。」

「処刑か、なるほど。クランギルへ歯向かおうとする者達へのみせしめにもなるな。」

「えぇその通りです。だから彼女達には、二人仲良く死んでいただくのがよろしいかと存じ上げますわ。」

 エレナは不敵な笑みを浮かべた。


—--


 後日、クランギルの町の中心部に、市民が集められた。市民達が不安げに見つめる先には、大勢のクランギル軍兵士達、そしてその兵士達が取り囲む様に、大きな処刑台が一夜にして作り上げられた。

 クランギル家が用意した処刑台である。

 そしてその上には、アナトール・クランギル、断首を担当する二人の兵士、そして今まさに処刑されんとする音の魔女ミューズが、手を後ろ手に縛られ、跪いていた。


「この者は国家への反逆を計画した大罪人である!よってこの場で処刑する!」


 ペーチャとの別れ以降、ずっと夢なのか現実なのか分からない、曖昧な状況が続いていた。しかし、今処刑台に上らされた彼女は、自分が処刑されることは分かった。

 私、死ぬんだぁ。

 ミューズは、彼女を不安げに見つめる民衆のことを空虚な目で眺めながら、安堵もしていた。

 

 彼女がヴァイオリンを弾く理由は、最早無くなっていた。彼女がヴァイオリンを弾けば弾くほど、人々は不幸になる。自分には、ヴァイオリンを弾くことしか能が無い。自分が生きている限り人々に不幸を振りまくことになる。

 そんな人間、いない方が良い。自分もそうまでして生きていたいと思わない。


 ああ、これで、もう弾かなくて良いんだ、ヴァイオリン……


 あんなに好きだったヴァイオリンなのに、もう未練もなかった。これで人々を不幸にする地獄の様な生活からようやく逃れられるのだと思うと、嬉しくもあった。


「そしてもう一人、同じく国家反逆を企てた者がいる。連れてこい!」


 もう一人……?


 アナトールの呼びかけで、一人の男が兵士に小突かれ、階段を登ってくる。その姿を見た時、ミューズの中で曖昧となっていた現実がハッキリとした物となった。


「ペーチャ!」


 ペーチャは階段を登りきると、ミューズに目を向けた。


「なんだ、お嬢までこんなところに来ちまったら、オイラが一芝居打った意味が無いじゃないか。」

 いつも屋敷で話していたときと変わらぬ飄々とした様子で、ペーチャはミューズに微笑みかけた。

「やっぱり、全部芝居だったのね……」

「正直すぎるんだよ、お嬢は。まっすぐ正論言ったってこの連中が素直に聞くはず無いだろう?余計にお嬢の立場を悪くするだけさ。だからお嬢だけでも逃げてもらおうと思ってね。」

「ペーチャ……」

 心の中が晴れ渡っていく。

 ペーチャは、ミューズを裏切ってなどいなかったのだ。


 それどころか、彼女がこれ以上酷い扱いを受けないよう、身を挺して彼女を庇ったのだ。

 だかそれはつまり、今彼が処刑されようとしているのは、ミューズを守るために嘘をついたためだということだ。


「無駄口を叩くな!さあ来い!」

 二人は並んで、処刑台の中央に連れてこられる。


「よく見ておけ!クランギルに歯向かう者がどうなるのか!」

 アナトールが市民に向けて言う。すると、

「ふざけるな!二人を解放しろ!」

「何が反逆だ!帝国に反逆する悪党はお前らの方だ!」

「和平に応じろ!戦争を終わりにしろ!」

「クランギルを引きずり下ろせ!悪政を終わらせろ!」

 市民達から罵声が上がり、石まで投げる者もいる。

「ええい辞めろ辞めろ愚民ども!警備兵!愚民を抑えつけろ!歯向かうものには容赦するな!」

 また市民と警備兵の間で激しい争いが起こる。警備兵達は容赦するなと言われたものの、良心の呵責に苛まれ、市民からの攻撃を防ぐことしか出来ない。


「ペーチャ、ごめんなさい……」

 民衆達の怒声が飛び交う中、隣りにいるペーチャにミューズは話を切り出した。

「何を謝ってんだい?お嬢が謝る事なんて無いだろう。」

「そんな事無い。私のせいで、ペーチャは処刑されようとしている。私がヴァイオリンを聞いてほしいなんて願ったから……」

「聞かせてほしいと頼んだのはオイラの方だ。お嬢の演奏が好きなんだ。ずっと聞いていたいって、今でも思ってる。」

 ミューズの目から涙が溢れる。

「私の演奏に聞く価値なんて無い。私の演奏は人々を不幸にするだけよ。」

「そんなことはない。君の力を悪用しようとする者達の言葉に負けてはならない。

 ミューズ、君の演奏は人々を笑顔にし、勇気を与え、そして平和をもたらす。今のこの世の中には、君の力が必要なんだ。」

 泣きながらミューズは首を横に振った。

「そんな訳無い。私にそんな事できない。ペーチャだって笑顔に出来なかった。許してほしいなんて言わない。ペーチャ、私は貴方が生きていてくれればそれで良い……」

 声を上げて泣くミューズ。その声は民衆の声にかき消され、ペーチャにしか届かない。


「もし本当に悪いと思っているのなら、オイラの願いを一つだけ聞いてくれないかな?」

 ペーチャが言う、ミューズは泣きながら顔を上げた。

「願い?」

「オイラと結婚してくれよ。」


 一瞬で涙が乾くほどに目ん玉が飛び出た。


「ハァ!?」

「こんなところに連れてこられたってことは、クランギルの坊っちゃんとはめでたく婚約破棄出来たんだろ?だったらもう躊躇う理由も無いじゃないか。」

「いや、チョット、何言ってんの?

 私達、あと数分したら処刑されるんだよ?

 今更結婚って、何?」

「だからだよ。オイラだって死ぬまでに結婚したいって思ってたんだ。このまま結婚したことも無いのに死ぬなんて惨め過ぎる。

 な、頼むよ。もうお嬢にしか頼めないんだ。」

「いや、でもそんな、良くないよ。いくらこんな状況でも、好きでもない人と結婚だなんて……」

「好きでもない女の為に命かける馬鹿がいると思うのかい?」

「〜〜〜〜!!」

 一瞬で顔が火照るのがわかる。

 言ったペーチャも、ミューズを見つめるその顔は耳まで真っ赤になっていた。


 どうしよう、なんて言えば良いの……

 だってこんなタイミングでプロポーズされるなんて、普通誰も思わないじゃん……


 ミューズは頭が真っ白になり、何も考えずに言葉をひねり出した。

「私、掃除洗濯料理も、何もできないよ……」

「オイラが全部やるから大丈夫。」

「私、口悪いよ。馬鹿とか死ねとかすぐ言うよ……」

「知ってる。なんなら言われたことあるし。」

「私、ヴァイオリン弾くくらいしか能無いよ……」

「それで良い。言ったろう。君のヴァイオリンをずっと聞いていたいんだ。」

 何を言ってもペーチャは受け入れてくれる。ミューズは、思い切って、一番聞きたいことを口にした。

「私、自分を愛してくれる人じゃないとイヤ……」

 ミューズが言うと、ペーチャからは普段の飄々とした雰囲気が抜け、真剣な表情で真っ直ぐにミューズを見つめた。


「ミューズ、君が好きだ。

 これまでも、そしてこれからも、ずっと君を愛し続けることを誓う。

 だから、僕と結婚して欲しい。」

 

 そしてミューズはようやく自分の気持ちに気付いた。


 いや、嘘だ。

 ずっと気づいていた。

 ペーチャが初めて屋敷にきたあの日から、ずっとミューズはペーチャのためにヴァイオリンを弾き続けてきた。

 ペーチャさえいれば何もいらなかった。

 戦争の道具にされても、家族に虐められても、ペーチャさえいれば耐えられた。

 ペーチャがいるだけでこの人生には価値があると思えた。


 あと数分でミューズは処刑される。

 あと数分の命だ。

 思い返せば良いことの無かった人生。

 16で好きでもない無い男の許婚になり、戦争の道具として生きることを義務付けられた。

 人生なんてそんなもの。

 ヴァイオリンだけ弾ければそれで良い。

 他に何も望まない。

 そうやって自分の人生を諦めていた。

 

 でもさー。


 人生がもう本当に終わっちゃうって言うなら、

 最期くらいさ、

 一番好きな人と一緒になれたっていう、

 そういう最高の思い出一つくらい、

 あったって罰当たんないよね?


 だって好きなんだもん。

 私、ペーチャが好き。 

 好き好き超好き。

 大好き。

 死ぬほど好き。

 いやもう死ぬんだけど、

 でも良かったじゃん。

 両思いなんて超ラッキーじゃん。

 もう我慢なんてしないよ。

 ペーチャも好きって言ってくれた。

 私、いま人生で、一番幸せ。


「私も、ペーチャの事、大好き。だから……」

 ミューズは笑顔で涙を浮かべ、ペーチャに笑みを返した。そして、


「不束者ですが、よろしくお願いします……」


 ミューズは、ペーチャの思いを受け止めた。

 顔を上げたミューズの浮かべる笑みを、ペーチャもまた驚きと喜びの混ざる笑みを浮かべて応えた。


 しかしだ、

 その次の瞬間、ペーチャの顔が僅かにイタズラっぽい、不敵な笑みに変わった。


「今の言葉、これから何があっても撤回するなよ。」

「は?」


 と、ミューズが言った瞬間、


 バババババババババ!!


 騒ぐ民衆の間で爆竹が破裂するかのような爆発音が鳴り響いた。

「なんだ!何が起きた!」

 処刑台の上で狼狽えるアナトール。

 その隙を見逃さなかったのは、ペーチャだ。


 ペーチャは勢いよく立ち上がると、面食らう処刑担当の兵士二人に勢いよく体当たりして吹き飛ばした。

「何!」

 爆発音に気を取られていたアナトールは、突然立ち上がるペーチャに驚き次の行動が遅れた。

 そうしている間にペーチャは、

「ハッ!」

 と気合を放つと、なんと彼を後ろ手に縛っていた縄が弾け飛んで自由の身に。

「なにい!?」

 慌てるアナトールが剣を抜く。ペーチャも、兵士が落とした剣を拾い上げ、構えた。

「おのれパン屋の分際で!」

「アナトール・クランギル!我が妻ミューズを傷つけた貴様だけは絶対に許さん!」

「妻だ〜!?」

 斬りかかるアナトール。武人だけあってその剣の腕はかなりのもの。

 しかしペーチャは難なくそのアナトールの剣の連撃を受けて交わすと、隙をついてアナトールの首に切っ先を突き付けた。

「ひい!」

 と、怖気づくアナトールは後退りする。

 しかしそこで処刑台は途切れており、足を踏み外したアナトールは、処刑台から真っ逆さまに落ち、頭を打って伸びてしまった。


 え、何が起きてんの。


 一番わけがわからないのはミューズだ。

 さっきまで処刑されそうだったのに、今はもう処刑台の上で動いているのはミューズとペーチャしかいない。


 そのペーチャはミューズの後ろに回り、

「じっとしてて、縄を切るから。」

 言うとペーチャは、ミューズを後ろ手に縛っていた縄を切り、ミューズを解放した。

「立てるかい?」

「え、うん、立てるけど、え、なに?これ?」

「説明すると長くなるんけど……」

 ペーチャが話そうとすると、

「何をしているの!早くそいつらを取り押さえて!」

 エレナの激が飛ぶ。


 もう何がなんやらという感じだが、兵士達が処刑台両脇の階段を登り壇上に上がってくる。不安になるミューズはその時、処刑台を囲む民衆の上を飛んでくる二人の人影を見た。

 文字通り、飛んできたのだ。

 二人は一回の跳躍でらくらくと市民達の上を飛び越え、壇上に上がると、ミューズとペーチャを庇うように背を向け、持っていた剣をふるい、壇上に上がってきた兵士達を一瞬で蹴散らした。

「なんですって〜!?」

 驚愕の悲鳴を上げるエレナ。

 ミューズには、呆気に取られる暇もない。


 しかし、その二人の顔には見覚えがある。優しそうな顔をした若い男女の二人組。


 あれ、この人達、パン屋の……?


 そのパン職人の男の方が、ペーチャの方を振り向き、怒りの表情を浮かべた。

「んも〜!殿下!いくらクランギルの尻尾を掴むためって言ったって、無茶しすぎですよ!」

「ごめんよサティス!でも来てくれるって信じてた!」

「信じてた〜、じゃねーよ!」

 女の職人も声を荒げた。

「馬鹿みたいなアドリブ芝居に付き合わされたこっちの身にもなれっての!私が気づかなかったらどうするつもりだったんだよ!」

「ベル姐もナイス芝居だった!それに、これで全部計画通り、だろ。」

 パン職人二人は呆れたようにため息を付く。

 

 もー駄目だ。

 わけわからんにも程がある。

 なんかペーチャの元からの知り合いっぽいけど、そもそもペーチャが何言ってるのか全然わからん。


 考えるのも面倒くさくなり、流れに身を任せるミューズ。


 そこへ、

「何事だ!」

 人混みをかき分け、デニソフ・クランギルと、ナターシャ・クランギルの夫婦がやってきた。

「あぁ!アナトール!」

 ナターシャは、伸びているアナトールに気づくと近寄り、慌てふためき涙を流した。


「お義父様、パン屋に扮したテロリストが卑怯な騙し討でアナトール様を襲い、兵士たちにも危害を加えているのです!」

「なにぃ!?貴様ら、ここにいるのが、このデニソフ・クランギルの長子、アナトール・クランギルだと知っての狼藉か!ただでは済まさんぞ!」

 デニソフに凄まれてもパン屋の三人は怯む様子もない。


「貴様こそ観念しろデニソフ・クランギル。」

 サティスと呼ばれた男のパン職人が言う。

「貴様らの屋敷は既に帝国騎士団が制圧した。」

「帝国騎士団だと……!?」

 民衆からもざわめきの声が聞こえる。

「本国の精鋭の帝国騎士団だってのか!?」

「嘘だろ、こんな辺境で一生に一度でもお目にかかれるような連中じゃないぞ……」

 ざわめく民衆に構わず、今度は女のパン職人のベル姐が話す。

「国境付近の野営地も解散させた。防衛線は徐々に解除する。直に和平の使者が隣国に到着するだろう。」

 さらにどよめく民衆。

「野営地が解散!?」「戦争が終わるのか……」

 デニソフは顔を青くし黙っている。


「何が帝国騎士団よ!」

 エレナが叫ぶ。

「ここはクランギル領よ!いくら帝国騎士団と言えど、クランギル家の許可無しに勝手な真似は許されないわ!

 ねえお義父様、こんな奴等追い払ってやりましょう!」

「あ、いや、それは……」

 歯切れの悪いデニソフに対し明らかに苛立つエレナ。


 そのとき、民衆が自然と左右に別れ、その間を悠然と、人が歩いてきた。

「随分と偉くなったものだな、デニソフよ。」

 ミューズのちょうど正面にその顔が見える。


 うわー出た、やっぱり、パン屋のオッチャン……


 もう逆に驚かなかった。

 歩いているだけで勝手に人が避けていくのとか、ただ者じゃないオーラがダダ漏れしちゃってる。おかしいと思ったんだよね、いくら肉体労働のパン屋とはいえ体逞しすぎるだろ。


 しかし、そのパン屋の親父が帽子と眼鏡を取ると、顔は変わらないはずなのに、覇気の籠もったど迫力の表情となる。その顔を見ていただけで、民衆からはヒィという悲鳴が上がった。

 そしてそれはデニソフ・クランギルも例外ではない。いやむしろ、その顔を知っているからこそ、彼のほうが強い恐怖を感じていたかも知れない。


「俺の顔を忘れたとは言わさんぞ。」

 デニソフは青ざめ、顔中に冷や汗を浮かべている。

「ク、クロード・ドビス帝国騎士団長閣下……」

「き、きしだんちょう……」

 名前を聞いただけでナターシャが失神した。

 本国の奥方の間でも滅多に姿を見たものはいない。この帝国の中枢のなかの中枢、皇帝の腹心とも言える、虎の子の帝国騎士団を統べる長こそ、このパン屋の親父に扮した、クロード・ドビスである。


「罪のない市民を独断で裁き、処刑しようとするとは。いつの間にお前は、帝国法を無視できる程に偉くなったというのだ?」

「こ、これは、違います。倅のアナトールと、そこにいる嫁のエレナが勝手にやったことで!」

 ギョッとするエレナ。

「私は止めました!クランギルはあくまで帝国法に則り、忠誠を誓わなければならないと!

 だから、クランギル家は関係ありません!どうか、ご容赦を!」

「黙れ!」

 問答無用の喝が飛ぶ。

 デニソフだけでなく周りにいた民衆もとばっちりを受けて肩をすくませた。

「それだけではないぞ。先の和平交渉を無視した独断での隣国への侵攻。皇帝陛下は大変に御立腹だ。追ってクランギルへの処分は言い渡す。おい兵士共、コイツラを牢屋にぶち込んでおけ。」

 クランギル軍の人間が帝国騎士団に従う義務はない。しかしクランギル家のやり方に疑問を抱いていた兵士達は、「帝国騎士団長が言うのなら皇帝陛下の意思も同然」と、帝国民としての義務を果たすべく、クロードの指示に迷うことなく従った。

「皆!騙されちゃだめよ!」

 デニソフとナターシャが観念して連れて行かれる中、エレナだけは諦めていなかった。

「帝国騎士団が今更何よ!この国境の辺境国を守ってきたのは誰?我らクランギル家でしょう!

 帝国の領土を守るために命をかけて戦ってきたのがクランギル家よ!本国が私達に何かしてくれた事がある?今更出張ってきて偉そうな顔してんじゃないわよ!市民を守ってきたのは、いつだって我らクランギルよ!」

 エレナの言い分も間違ってはいない。

 クランギル家のこれまでの戦果を考えれば、市民は一気に支持に傾く恐れもある。しかし、そう甘くはなかった。


「いい加減にしろ!全部ミューズ様のおかげだろ!」

 そう言ったのは他でもない、隣国と戦ってきたクランギル軍の兵士だった。

 エレナは口をつぐんだ。

「そうだそうだ!ミューズ様の演奏がなかったらクランギル軍なんてとっくの昔にぶっ潰れてるわ!」

「この町を守ってきたのはミューズ様だ!」

「そんなミューズ様を処刑しようとしたクランギルを許すな!」

 ミューズ!ミューズ!ミューズ

ミューズ!

 いつの間にやら民衆から上がるミューズコール。

 エレナはついには体の力が抜け、足がガクリと折れる。それを兵士達が支えながら、引きずっていった。


 ミューズコールが鳴り響く中、クロードはゆっくりと壇上に上がり、ミューズに笑みを向けた。

「いやはや大変な人気ですな……まぁ不思議ではないですが。」

 そして今度はペーチャの方を向く。

「殿下、これで全て完了です。クランギルは潰れました。サッサと撤収しましょう。」

「いや駄目だ。先程のエレナ嬢の言葉もある。僕には国民に伝える義務がある。ここで逃げるわけにはいかない。」

「しかし、そこまでご自分を追い込まなくても……」

「それに、こんなに大人気のお姫様を本国に連れて帰ろうって言うんだからな。ファンの皆に一言謝らないと、それこそ暴動になる。」

「まぁ、そうですな……

 わかりました。前口上は私がやります。サティス、ラベルナ、配置に就け。」

 ハッと応えて、パン職人だったハズの二人は処刑台の脇に陣取った。


 ペーチャはミューズに手を差し伸べる。二人は立ち上がり、そして処刑台の中央に並んで立った。


「あの、ミューズ。」

「ん?何?」

「さっき、何があっても撤回しないって言ったよね?結婚のこと。」

「うん言ったよ。もう色々ありすぎて何がなんだかわかんないけど、ペーチャがペーチャなら、それで良いよ。」

「そうか……」

 ペーチャは俯いた。何か考えた後を、意を決した様に顔を上げた。

「僕が、もし、オイラじゃなくても、それでも撤回したら駄目だぞ。」

「え、どういう意味……」

 その会話の途中でクロードが民衆に向けて叫んだ。


「聞け!帝国民たちよ!」

 ミューズコールに湧いていた民衆は、クロードの声が響き渡ると、一気に静かになった。


「これから皆に、帝国からのお言葉を授ける。心して聞け!

 ここにおわすお方こそ、

 帝国現皇帝イリヤ・チャイコフス陛下の御子息にして皇太子、

 ピョートル・チャイコフス皇太子殿下である!」


 え?

 こーたいし?

 だれが?


 一瞬の静寂のあと、民衆から地鳴りのような悲鳴が上がった。

 皇帝の御子息!

 次期皇帝!?

 皇太子がなんでこんなところに!?


 混乱の中、先頭にいた市民の一人が跪き、頭を垂れる。すると、他の市民も習うように、一斉に跪き、静まり返った。


 ペーチャは一歩前に出て、民衆を見回した。


 え、ペーチャ?

 なんで?

 呼ばれたのはこーたいしだよ?

 

 あれ?そういえばさっき、でんかって呼ばれてた?


 え?

 ペーチャ?が?こーたいし?なの?


「皆、長年の戦にも関わらず、この地を守ってくれたこと、礼を言う。この地が平和を保っていられたのも皆のおかげだ。

 帝国の和平の思いに歯向かい道を外したクランギルは潰えた。だがここまで皆を苦しめてきたその理由はクランギルだけではない。帝国もまた、平和を愛し、求める、皆の声に耳を傾けてはこなかった。

 しかし私は、この町で暮らし、皆が本当に愛するもの、戦での勝利ではなく、人々の笑顔が溢れ、何気ない日常に幸福を感じる、そんな生活こそが、帝国が本当に守るべき物であると気付かされたのだ。

 帝国の戦争は終わる。

 私が終わらせてみせる。

 そして皆に、全ての帝国民が笑顔で、安心に暮らせる、戦や、飢えや、病、そんなものに脅かされない平和な国を作ってみせる。今ここに、皇太子ピョートル・チャイコフスの名において、皆にそれを誓おう!」

 民衆から拍手と歓声が巻き起こる。

 これほどの数の民衆の心を動かす、堂々たる見事な演説。


 すごい、ペーチャ、本当に皇太子なんだ。


 ミューズは、この前まで馬鹿話をしていた友達とは思えぬその姿に、驚かずにはいられなかった。


 あれ、友達で良いんだっけ。

 ペーチャって、友達?

 私さっき、なんか約束したような……


「そして皆にもう一つ、詫びなければならない事がある!」


 詫びという言葉で民衆に戸惑いの声が上がる。


「この町を守るために尽力してくれたのは他でもない、皆が知るこの音の魔女ミューズだ。

 私は彼女のヴァイオリンで奏でられる、平和への思いを聞き、心を動かされた。

 この彼女の思いは必ずや全ての人々の心に響くであろう。そしてその思いこそが、帝国の長きに渡る戦いの歴史に終止符を打たんとする私にとって必要なのだ。だから!

 私は彼女と婚約し、皇太子妃として迎え入れることとした!」


 こーたいしひー??


「え、ちょ、え、マジ」

 急に我に返るミューズ。


 そうだ婚約したんだった。

 ペーチャが皇太子なら、

 え、私が皇太子妃?なの?

 マジで?


「皆が愛するミューズを独占するのは忍びない。だが!必ず彼女を幸せにしてみせる!どうか!ミューズを!私に任せてはくれないか!」


 歓声と悲鳴が同時に巻き起こる。

 ペーチャはミューズに向き直った。

「ミューズ、今まで黙っていてすまない。いま言った通り、僕は皇帝の息子、皇太子だ。」

「で、殿下、私こそ、これまでの非礼の数々、お許し下さい……」

 頭を下げようとするミューズを、ペーチャは止めた。

「やめてくれ。僕はペーチャだ。

 言ったはずだよ。何があっても撤回するなと。今更無理だって言ったってもう遅い。絶対に僕が君を幸せにしてみせる。僕は君を愛しつづけると誓ったんだ。離れようたってもう離さない。どこまででも追いかけるぞ。」

「ペーチャ、でいいの……?」

「そうだ。君の前ではペーチャでいさせてほしいんだ。」

 見つめ合う二人。

 ペーチャの瞳に嘘はない。

 ならば、たとえ自分がどういう立場になろうと、二人で歩んでいける。そんな実感が湧き始めていた。


「ペーチャ……」

 静かに見つめ合う二人だったが、

「最期にヴァイオリンを聞かせてくれー!」

 民衆から声が上がった。

「ミューズ様とお別れなんてやだよー!」

「ミューズ様の演奏を聞かせてくれよー!」

 そうだそうだと、騒ぐ民衆。

 二人だけの世界から引き戻される二人。


 いやそう言われても、ヴァイオリンが無いし……

 と思ったら、近くにいたサティスがどこからともなくヴァイオリンを持って来た。

「妃殿下、こちらを。こんなこともあろうかと、クランギルの屋敷から奪い返してきました。」

 それは、ミューズのヴァイオリンだった。

「ひでんかって、私で合ってます?人違いでしたって事ないですよね?」

「ご安心下さい。ミューズ・チャイコフス皇太子妃殿下。」

 ヒィー

 苗字まで言われるといよいよ大変なことになったと思いながらも現実味がない。

 民衆はミューズがヴァイオリンを持ったことで、演奏を期待している。


 しかし、ミューズは気が引けた。

 この前も弾けなかった。

 また自分がヴァイオリンを弾くことで、折角ペーチャ達が作ったこの人々の笑顔も失われてしまうのではないか。

 ペーチャは言った、

 全ての人の心をミューズの演奏で動かし、戦争の歴史を終わらすと。そんな事が自分に出来る気がしない。


 そう思うと手が震えてきて、ヴァイオリンを持っていることすらままならない。気付いたペーチャが、ミューズとヴァイオリンを支えた。

「大丈夫かい?ミューズ?」

「ダメ、弾けない……私には荷が重すぎる……」

「そんな事はない。僕はいつもミューズの演奏に勇気づけられてきた。他の皆だって同じだ。君の演奏は人々を、笑顔にし、勇気づけてくれる。その君の演奏を、皆に届けてほしいんだ。」

 ミューズを励ますペーチャの言葉。

 しかしここで不意に、


 なんかコイツ自分勝手だな……

 

 と、ミューズの意地の悪いところが心の中で囁いた。すると、ちょっとわがままくらい言ってみたくもなった。

「与えるだけじゃイヤ。私にも勇気を頂戴。」

 ミューズが言うと、ペーチャはハッとして、更に言葉を続けた。

「ミューズ、君なら出来る。私は君を信じて」

「言葉だけじゃ無理」

 ペーチャの言葉を遮るミューズ。

「行動で示してよ。」

「行動って……?」

 と、困惑するペーチャに対し、ミューズは口を少し突き出し、そして


「ん」


 とだけ言った。


「え、ここで」

 ペーチャ絶句。


「だって結婚したし。妻だし。隠すことなんて何もないじゃん。」

「いや、それは、だけど、こんな人前で……」

 躊躇うペーチャ。そこへ、


「ビビってんじゃねっぞー!こーたいしー!」

 言ったのは民衆ではなく、脇に控えていた帝国騎士のラベルナだ。満面の笑みでペーチャを煽る。

「ベル姐!やめろよ!」

 すると今度は、サティスが眼鏡を光らせ一言。

「皇帝陛下への説明のためにも既成事実は必要です。殿下、ここは男を見せるべき所かと。」

「サティスまで……」

 ペーチャはハッとする。

 後ろにいる帝国騎士団長クロードが、凄まじい覇気をその体に溜め込んでいることが分かった。

 クロードはペーチャを差し置いて前に出ると、民衆に向けて吠えた。


「ミューズ様の演奏が聞きたいかー!!」


 ウオオオオオオ!


「二人の門出を祝福したいかー!」


 ウオオオオオオ!


「誓いの瞬間を目に焼き付けろよ貴様らー!!」


 ウオオオオオオオオオオオオオ!


 町中に響き渡る咆哮。

 地響きのような歓声。

 民衆のボルテージは超マックス。


「えええええ……」

 狼狽えまくりのペーチャ。


「ほら、皆待ってるから。早く。」

 わかりやすく自分の唇を指でトントン叩くミューズ。

 ペーチャは喉を鳴らし、覚悟を決めた様にミューズの肩を抱く。

 手の震えからペーチャが緊張しているのが伝わり、ミューズの緊張感も高まる。


 ミューズが目を瞑る。

 ペーチャの顔が近づく気配がする。

 盛り上がっていたハズの民衆も静まり返り、その瞬間を息を呑んで見守った。


 そして、本当にサラリとだが、

 二人の唇が触れた。


 何秒だったかわからない。

 一瞬だったかもしれないし、なんだか随分長かった気もする。

 

 ペーチャの唇が離れ、ミューズも目を開ける。真赤になったペーチャの顔が目に入ると、自分も恥ずかしくて、顔が熱くなった。

「ヤッパ、ちょっと、恥ずかったね……」

「だから言ったでしょ……」

 顔を見ていると更に恥ずかしくなる。

 二人は互いの額をくっつけ、荒く息を吐き心を落ち着かせた。


「ありがとう、勇気出た。弾ける気がする。」


 ミューズはヴァイオリンを構えた。

 そして、戦争を乗り越えて掴んだ平和と、ペーチャからの愛、それらへの思いを演奏に乗せた。


 全ての人々が耳を傾け、涙した。


 家族、友人、隣人、同僚、町中ですれ違う人々、遠く本国や周辺国で生きる帝国民、剣を交えた隣国の兵士たちにまで、皆、思いを馳せた。

 長く続いた戦の末にもたらされた平和と、それをもたらす力となった全ての人々に対する愛を、誰もが感じずにはいられなかった。


 その愛は長い月日を経て、帝国中、そして世界中に伝わっていき、この世界に真の平和をもたらした。


 一年後、平和な世界の実現を信じ、尽力を続け、これを達成した、若き帝国皇太子の結婚式が執り行われる。

 本国は愚か、国境付近の辺境国に至るまで全帝国民が祝福する、その中心では、音の魔女と呼ばれた美しき皇太子妃が奏でる、愛と平和を願うヴァイオリンの調べが鳴り響いていた。


〜完〜


終わってみれば水戸黄門


☆キャラクター解説☆

◯ミューズ

本作の主人公。ヴァイオリンを弾くと人々に元気を与えられるという力を持っています。

これはある意味で音楽の本来の力でもあるので、それが魔法の類なのか、単に彼女の演奏が素晴らしすぎるだけなのかは、定かではありません。

ただ、この物語は魔法とか存在しない世界なので、彼女の演奏は一際注目を集めるのです。

名前の由来はmusicをもじったもの。

私の小説に出てくるしっかりものの可愛い子はだいたいみんなミューズです。


◯ペーチャ (ピョートル・チャイコフス)

本作のサブ主人公。その正体は帝国の皇太子。

名前は言わずと知れたロシアの作曲家ピョートル・イリイチ・チャイコフスキーから。

なお、ペーチャはロシア語でいうピョートルの愛称になります。

また父称のイリイチは「イリヤの息子」と言う意味なので、今作では本物のチャイコフスキー同様、父親である皇帝の名をイリヤとしています。

私がチャイコフスキーの花のワルツが好きすぎるがために名付けられたキャラで、本作も頭の中に花のワルツを流しながら読むと良い感じです。

なお、実は幼い頃に聞いたミューズの演奏が忘れられずにずっと気にかけていたけどあまりに好きすぎてまともに声かけられなかったという、拗らせ系追っかけファンだったりします。


〈クランギル一家〉

クランギル家のメンバーの名前は全て、レフ・トルストイの「戦争と平和」のキャラ名をもじったものです。


◯デニソフ・クランギル

クランギル家の現当主。作中だとセクハラ野郎でしたが、意外と忠誠心には厚く、アナトールほど横暴でもないので、部下からも信頼されていたりします。

終盤で言った「アナトールとエレナが勝手にやったこと」は、あながち嘘でもなく、好き放題な息子夫婦に手を焼いているふしがあります。

クランギル領は元々殆ど戦闘も無く、平和でしたが、デニソフの父が他の国境国と比べて武勲に乏しい事を気にして、無理矢理防衛陣地を作って隣国を挑発したのがクランギル領の戦いの由来です。だから今でも、クランギルが退くならという言葉が出るわけです。

名前は戦争と平和に出てくる将校デニソフから。貴族貴族したキャラの多い戦争と平和の中で、割と気の良い強キャラ軍人として出てくる、私の一番好きなキャラだったりします。


◯ナターシャ・クランギル

デニソフの妻。しょっちゅう本国まで遊びに行って、マウント取ったり取られたりしています。つまんない話ばかりしてますが、よくよく考えるとクランギル家の中では一人だけ、特に悪いことしてなかったりします。

名前は戦争と平和のヒロイン ナターシャから。


◯アナトール・クランギル

デニソフとナターシャの息子。次期クランギル家当主。

なんやかんやで幼い頃から武芸に励んできたので、それなりに強いです。生粋の遊び人であり、実はエレナがクランギル家に来たあとも、いろんな女性と関係を持っています。

そんな彼なので、自分の魅力で堕ちないミューズに執着しているというのもあったりします。

名前は戦争と平和に出てくる主人公の敵役アナトーリ・クラーギナから。

ちなみにクランギルという苗字も、クラーギナのもじりです。


◯エレナ・ワシーリン

アナトールの正妻。いつでも相手をしてくれるのでアナトールのお気に入りです。デニソフやナターシャとも顔見知りですが、元々はデニソフと関係を持っていて、そこからクランギルに取り入ったものと思われます。

アナトールと結婚したあとも、デニソフは彼女との蜜月を狙ってるのかもしれませんね。帝国本国を嫌ってそうな発言をしてますが、あまり後先のことを考えずにその場その場で自分の立場が悪くならないように打算的に行動しているだけなので、彼女の言動にあまり思想的な意味はありません。

ホントはペーチャが皇太子と分かったら手のひらを返すエピソードもあれば良かったですが、物語の都合上割愛しました。

名前は戦争と平和の主人公の最初の妻エレン・ワシーリエヴナ・クラーギナから。


〈帝国騎士団〉

帝国騎士団のメンバーの名前はピアノの作曲家から取っています。当初はミューズがピアノ弾きの設定だったのでピアノにちなんだ名前にしてましたが、ピアノ持ち運べないじゃん……となり、ヴァイオリンになりました。

 その時にヴァイオリンにちなんだ名前に変えれば良かったのですが、案外に名前が気に入ったので、このままいくことにしました。


◯クロード・ドビス

帝国騎士団団長 皇帝とは幼いころからの知り合いで、二人きりになるとタメ口になったりします。

貴族でないどころか、元々親もなく野山で半分野盗みたいな生活を送っていた時に、捕まえに来た帝国騎士団を追い返しまくったことから先代団長に見初められ、騎士団に入ったという経歴を持ちます。

家柄バフも無く、騎士学園も出ずに剣の腕一つで騎士団長にまで上り詰めた、正真正銘のスーパー叩き上げです。

気性が荒く、すぐに物を壊すので、給料の大半が備品の修理代に消えています。彼が団長になってから格式が高かったはずの帝国騎士団のガラが悪くなったと、一部で批判をうけています。

なお、終盤にデニソフが彼の顔を見て青ざめるシーンがありますが、本国か周辺かに関わらず、帝国内で若い頃にイキっている騎士は皆必ず一度はクロードに半殺しにされるという伝統行事があります。

名前はピアノの作曲家クロード・ドビュッシーから。


◯ラベルナ・モウリーズ

帝国騎士団皇室親衛隊の一員。モウリーズ公爵家の令嬢であり、ペーチャのはとこにあたります。ペーチャとは年が近く、幼い頃からきょうだいの様に育てられた事から、彼のことを弟の様に扱い、今でも「ペーちゃん」と呼んでいます。

幼い頃に見たクロードの剣技に惚れ込み、それ以来クロードに師事し、剣の道一筋で生きてきました。それ故に他のことは殆ど何も出来ず、貴族家令嬢の嗜みとも言える家事や芸能の類、学業もからきし駄目です。

剣の実力だけで人の優劣をつけるという歪んだ価値観を持っており、故に自分より身分の高い皇帝やペーチャですら、ただの親戚と軽んじています。一方でクロードの事を誰よりも尊敬しており、恋心すら抱いています。

幼少期から同世代では剣で負けたことが無かったのですが、騎士学園で初めて相手をしたサティスに敗れて以来、サティスを目の敵にしています。

名前はピアノの作曲家 モーリス・ラベルから。


◯サティス・エルリック

帝国騎士団皇室親衛隊の一員、現騎士団ではクロードを除くと最強とも言われる若きエースです。庶民出身の叩き上げですが、剣以外にも学業や芸能にも秀でており、騎士団の作戦立案や皇帝の腹心として政策検討までこなす自他ともに認める天才です。

帝国随一の優良物件のためメチャクチャモテますが、根本的に理屈っぽく、過去にデートした女性全てに「一日で飽きる」と言わしめるほどに女性の扱いが下手です。

基本的には礼儀正しい好青年ですが、ラベルナと話すときだけ極端に口が悪くなることがあります。

一応言っておくとラベルナへの恋心とかはありません。

名前はピアノの作曲家 エリック・サティから。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ