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幼馴染は駄目で怠惰なダ天使

作者: れぐるす

「梓ちゃん、おはよう!」

「今日はゆっくりだね」


 教室に入るなり、一緒に登校してきた梓は同級生に囲まれた。

 

「みんな、おはよう」


 クラスメイトの輪の中心で、梓は優しい笑顔を振りまいている。

 

 高校に入学してから一週間。俺の幼馴染の雨宮梓は中学の頃と同じように、クラスのマドンナとしての地位を獲得していた。


 そんなクラスの人気者である梓に群がるクラスメイトの集団を、俺はようやく抜け出すことができた。

 やっぱり、梓の人気っぷりはすごいな。

 


「よ、悠馬」


 梓の周りの人だかりを抜けると、名前を呼ばれた。声の方を振り返ると、中学からの友達の幸太郎が手を振っている。


「お前、今日も雨宮さんと一緒に登校してきたのか?」

「そうだけど」

「クソ羨ましい。前世でどんな善行を積んだら、あんな天使みたいに幼馴染をゲットできるんだよ」


 幸太郎は友達と笑顔で話をしている梓を見ながら、心底羨ましそうな声を上げる。


 天使みたい……ね。


 まぁ、梓の本性を知らなければ、そう見えるのか。


 そりゃあ百歩譲って梓が天使みたいに可愛いことは認めてやってもいい。


 でも、あいつは()目で怠()な、ダの付く天使様だ。


 今朝だってあいつのダ天使ぶりに散々振り回されたんだから。




◇  ◇  ◇




 ピンポンピンポンピンポンピンポン


 チャイムを連打しても反応がない。

 電話をかけても返事がないし、これはまだ寝てるな。


 はぁ、今日もか。

 ため息をつきながら、隣の家の合い鍵を取り出す。


 隣の家、つまり俺の幼馴染の雨宮梓の家だ。


「お邪魔しま~す」


 一応礼儀として挨拶してから家に入るけど、当然返事は帰ってこない。

 ちらりと玄関の靴を見てみると、梓のものであろう小さめのローファーしか残っていなかった。

 多分、梓の母親(おばさん)は既に仕事に出かけてしまったのだろう。


 もう何回も訪れている梓の家の階段を登り、特に迷うことなく梓の部屋にたどり着く。

 一応ノックをしたけれど、反応が返ってこないのでため息をつきながら梓の部屋に入る。


 俺の予想通り、梓はベッドで布団にくるまりながら、幸せそうな表情ですやすやと寝息を立てていた。

 ベッドの脇を見ると、既にアラームを止められていた目覚まし時計が捨てられている。こいつ、二度寝してたな。


「梓。高校に遅刻するぞ!」

「……ん~?」


 声をかけると、間抜けな返事をしながら寝返りをする

 このままでは俺まで遅刻してしまう。


「起きろ!」


 平和的に起こすのを諦めて思いっきり布団を引っぺがしてやった。

 布団を失った梓は、しばらく居心地が悪そうに身じろぎした後、ゆっくりと目を開けた。


「……なんで悠馬が私の部屋にいるの?」

「俺だって来たくて来たわけじゃないんだよ」


 そのまま眠そうに目を閉じようとする梓に、ベッドのわきに転がっていた目覚まし時計を突き付ける。

 時間を確認した梓は目をぱっちりと開けて布団から飛び上がった。


「え、時間ヤバいじゃん!」

「だからそう言ってんだろ」

「どうしてもっと早く起こしてくれなかったの⁉」

 

 どうして高校生にもなって一人で起きられないんだよ。

 そうツッコミを入れる前に、梓は俺がまだ部屋の中にいるというに、パジャマを脱ぎ始めた。


「いや、俺まだ部屋に居るんだけど」

「私の着替えが見たいから私の部屋に入ってきたんじゃないの?」


 そんなわけあるか。


 しかし、ここで慌てては梓が面白がるだけだ。

 俺は努めて冷静な態度を装いながら、梓の部屋から逃げ出した。





 梓の部屋から避難した俺は、いつものように梓の朝食を用意する。

 俺のダメ幼馴染は、放っておいたら朝ごはんを食べずに学校に行ってしまうので、俺が作らないといけないのだ。


 まぁ、作ると言っても用意するのはトーストと梓の好きなココアだけだ。

 時間があれば目玉焼きや焼いたハムも準備したのだけど、今日は無理だ。


 牛乳を梓お気に入りのカップに注いで、電子レンジで温める。

 そして、食パンをトースターに突っ込む。


 欠伸をしながら牛乳が温まるのを待っていると、どたどたと足音が聞こえてきた。

 きっと、梓が洗面台に行った音だと思う。


 パンが焼けてココアが出来上がったタイミングで、梓がリビングに入ってきた。

 さっきまで寝癖で無茶苦茶だった髪の毛も、口元にあったよだれの垂れた跡も、今は綺麗さっぱりなくなって、梓はよそ行きの天使様の姿にフォルムチェンジを遂げていた。


「ほら、まだ少し時間あるから食ってけ」

「うん」

 

 言うが早いか、梓はトーストにかじりつく。


「もう高校生なんだから、いい加減一人で起きてくれよ」

「ほえがれきたらふろうひないよ」


 それができたら苦労しないよ。か。

 というか、食べ物を口に入れたまましゃべるなよ。話しかけた俺も悪いけど。


「ごちそうさま! ほら、行くよ!」


 口の中のトーストをココアで流し込んだ梓は、傍らにあった通学かばんを引っ掴んで玄関に向かう。

 もちろん、朝ごはんに使ったお皿やマグカップは出しっぱなしだ。


「ちょっと悠馬! 遅刻するよ!」


 梓の使った食器をせめて水にだけ漬けておこうと思ってキッチンのシンクで水を出していると、玄関から梓のそんな理不尽な声が聞こえてきた。


「誰のせいで遅刻ギリギリになってると思ってるんだよ!」

 

 俺もかばんを引っ掴んで、俺を置いて先に駅に走って行ってしまった梓を全速力で追いかけた。






 梓と共に全力で走ったおかげで、なんとか学校に間に合う時間に電車に乗ることができた。


「はぁ。悠馬がもっと早く起こしに来てくれれば、駅まで走らずに済んだのに……」

「だから、何で俺のせいなんだよ」


 俺の言葉に、背伸びをしながらつり革を掴んでいる梓が不満そうに頬を膨らませる。


「そもそも、私が寝坊したのは悠馬のせいでもあるんだからね」


 うっ...... そう言われると弱い。


 確かに昨日、俺と梓は夜遅くまでゲームをしていた。俺のせいだという梓の言葉にも一理……

 いや、落ち着け。梓に騙されるな。


「俺は日付が変わる前には寝ようって言ったぞ」


 どちらかというと、俺は梓の負けず嫌いに付き合わされた被害者側だ。


「とにかく、明日はあと三十分早く起こしに来てよ」

「嫌だよ」


 幼馴染の面倒を見るために三十分も早く起きるなんてこと絶対にしたくない。俺が二度寝できなくなる。


「悠馬、そんなこと言っていいのかな?」


 断固拒否する構えの俺の前で、梓はニヤリと口角を上げた。

 そして、背伸びをしたまま俺の耳に顔を近づけてくる。


「もし明日も遅刻しそうになったら、悠馬が小学校三年生の時におねしょしたことみんなに言っちゃおっかな」



 こいつ…… 梓だって、小五の時に家の前でおもらしをしてたくせに……


 でも、そんなことを言ったら梓に社会的に殺される。

 梓は学校ではマドンナ。つまりスクールカーストの頂点に君臨している人間だ。

 そんな強い影響力を持つ梓に自分の黒歴史を暴露されたら、俺の高校生活はマジで終わる。


 だから俺は、歯ぎしりをしながら梓のににやけ面から目をそらすことしかできなかった。




◇  ◇  ◇




 そんな感じで、俺は今日も朝から梓のダ天使ぶりに振り回されてきたのだ。


 しかし、クラスメイトに囲まれている梓の人気っぷりからも分かるように、梓は外では完璧に猫をかぶっている。

 そして、もともとの明るい性格と、幼さが残るゆるふわ感のある見た目(要はチビ)のおかげで、梓は誰からも好かれる人気者だ。


 だから、梓が駄目で怠惰なダ天使であることを知っているのは、幼馴染の俺だけということだ。



「俺もあんな幼馴染が欲しかったな~」


 頭の後ろで手を組み、心底羨ましそうな声を上げる。


「あんな幼馴染、あげるよ」


 毎朝起こしに行かなきゃいけないし、朝ごはんを作ってあげなきゃ何も食べないで学校に来るし、何かと黒歴史を暴露すると脅してくるし。それ以外にも、梓の駄目なところは挙げればきりがないほど出てくる。


 俺はもっと普通な幼馴染が欲しかった。



「悠馬って、本当に面白いよな」

「……なにが?」


 幸太郎がなんだかムカつく顔で俺のことを見てきたので、チョップを喰らわせておく。

 しかし、頭をさすりながらも幸太郎はニヤニヤ顔のままだ。


「雨宮のことが嫌いなんだったら、どうして雨宮と同じ高校に進学したんだよ。お前、雨宮がこの高校を志望するって知ってから、必死になって勉強してたじゃんか」


「いや、それは……」


 確かに、中学の頃の俺はそこまで頭が良くなかった。少なくとも、この高校に入れるレベルの学力はなかった。

 


「......梓に学力で負けるのが悔しかったから必死に勉強しただけだよ」


 幸太郎のにやけ面から目をそらしながらそう答えておく。


 別に、梓と同じ高校に行きたかったから必死になって勉強したとか、そういうことでは決してない。



「いい加減素直になれよ」

「なにがだよ」



 素直になれよ……か。

 そりゃあ俺は梓のことは嫌いではないし、むしろ好ましく思ってはいる。でなければ、毎日梓のことを起こしに行ったりなんてしない。


 でも、これは恋愛的な好意ではない……と思う。


 それに……

 クラスメイトに囲まれながらふわりと笑顔を見せる梓を覗き見る。


 俺の前では駄目で怠惰な梓だけど、学校では高嶺の花のヒロイン女子で、良くも悪くも普通な俺にとっては雲の上の存在だ。



 俺じゃあ、梓とは釣り合わない。


 それに、今朝だって梓は平気な顔をして俺の前で着替えを始めていた。つまり、俺は男として見られていないわけだ。



 いやいや。俺は何を考えてるんだ。


 釣り合う釣り合わないとか、男として見られていないとか以前の問題だろ。

 俺と梓は幼馴染。お互いに良い所も悪い所も知り尽くしている間柄だ。

 そんな俺たちが付き合うなんてこと、絶対にありえないだろう。


「おい悠馬、そろそろ朝のHRが始まるぞ」

「あ、やべ」


 変な事を考えてしまったせいで、ぼーっとしてしまっていた。

 今日は朝から梓に振り回されっぱなしだ。


 まったく。どれもこれも梓がダ天使なせいだ。

 慌てて鞄を片付けて、なんとか朝のHRが始まる前に自分の席に着くことができた。




◇  ◇  ◇




 四時間目の授業が終わり、昼休み。いつも通り幸太郎と一緒に弁当を食べるために幸太郎の席に向かおうとすると、先生がクラスに声をかけた。


「誰か、このプリントを職員室まで運んでくれないか?」


 しかし、先生の呼びかけに答える生徒はいない。

 そりゃそうだ。ここで先生の手伝いなんかしていたら、昼休みの時間が短くなってしまう。俺を含め、みんながそれを理解しているからか、誰も先生と目を合わせようとしない。


「私が運びます」


 そんな中、梓が手を挙げた。

 家では部屋の片付けすら俺に丸投げするほどの怠惰な梓だけど、外での梓は働き者だ。

 しかも、しっかり自分の評価が上がるタイミングで手伝いを申し出る。


 そういうところは打算的だよな。

 まあ、それでも梓がダ天使であることには変わりないけれど。



 そんなことを考えながら教室を出ていく梓の背中をボーっと眺めていると、はっと気が付いた。


 あれ…… そういえば梓、昼ご飯持って来ていなくないか?


 今朝は遅刻ギリギリで、飛び出すように家を出た。だから、お弁当を用意する時間なんてなかったし、梓が家から食べ物を持ってきた様子もなかった。途中でコンビニに寄ったりもしていない。

 

 俺たちの通う高校には学食がないので、昼ご飯を入手するには購買に行くしかない。


 でも、この高校の購買のパンはかなり人気が高く、運が悪いと昼休み開始五分で完売してしまうことすらある。

 プリントを職員室に届けてから購買に行っても、パンが買える保証はない。


 もしパンが買えなかったら、梓はお昼抜きだ。


「悠馬、どうしたんだ?」

「いや、何もないよ」


 幸太郎が不思議そうな顔で俺を見ていたので、慌てて首を振る。


 まあ、俺には関係のない話か。


 そもそも昼ご飯を準備する時間がなかったのは梓が寝坊したせいだ。

 ここで昼ご飯抜きになれば、あいつも少しは反省して明日からは自分で起きてくれるかもしれない。



……なんてな。


 いくら打算的だろうが猫かぶりだろうが、梓が良いことをしているのには違いない。


 先生の手伝いをしていたせいでお昼抜きになるのは、さすがに可愛そうだ。


「ごめん幸太郎。俺、購買行ってくるわ」

「いいけど。悠馬、弁当持ってるじゃん」


「えっと…… なんだか足りない気がしてさ」


 苦しい言い訳なのは分かっている。俺は運動部に所属しているわけではないし、特別大食いというわけでもないから。


 もっと良い言い訳を考えられれば良かったのだけど、そんなことに時間を取られていてはパンが売り切れてしまうだろう。

 納得していないであろう幸太郎を教室に残し、急いで購買に向かうことにした。




 俺が購買にたどり着いた時には、購買のパンは残り数個しか残っていなかった。

 梓一番のお気に入りのクリームパンは残ってなかったけど、この際仕方ない。

 あいつだって、こんな時にそんなわがままを言ったりはしないだろうし。


 ギリギリ売れ残っていたパンを手にして教室に戻ろうとすると、廊下の向こうから先生の手伝いを終えたらしい梓が小走りでこちらに向かってきた。


「梓、どこ行くんだよ」

「購買だよ」


 やっぱり。梓は昼ご飯を持っていなかったみたいだ。


「もう購買にはパン残ってなかったぞ」

「そっか……」


 俯く梓に、さっき購買で買ったパンを押し付ける。


「なに、これ」

「あげる。梓、今日昼ご飯持ってないような気がしたから」

「買って来てくれたの?」


 梓はぱっと表情を明るくしてから、袋を覗き込む。

 しかし、パンの種類を確認した梓は、頬を膨らませて不機嫌そうな表情で俺を見上げてきた。


「……クリームパンが欲しかった」


 こいつ…… せっかく買って来てやったのに。


「いらないなら俺が食べる」


 イラっと来たので梓からパンを取り返そうとするけれど、その前に梓が顔を上げた。

 そして、すっと目をそらして前髪をくるくるいじりながら、ぽつりと呟く。



「うそ。ありがとう……」



……最初から素直にそういえばいいのに。


 さっきのちょっとしたイライラも、梓のふわりとした笑顔によって吹き飛ばされてしまった。


「別に、気にするなよ」


 

 俺は梓にそれだけ言い残して、幸太郎の待つ教室に向かって歩き出した。





「おかえり。ずいぶん遅かったな」


 教室に戻ると、幸太郎はもうほとんど弁当を食べ終えてしまっていた。


「あれ? 悠馬、購買に行ったんじゃなかったのか?」


「あ~ その……」


 そうだった。自分のパンを買いに行くと幸太郎に言い訳して教室を出ていったということを忘れていた。

 梓にパンを全部渡すんじゃなかったな。


「……売り切れてたんだ」

 

 幸太郎は、俺に少し遅れて教室に戻ってきた梓の方をちらりと見てから、頬杖をついてニヤリと口角を上げる。


「あっそ」


 しかし、それ以上は追及してこなかったので、俺も黙って弁当を食べることにした。




◇  ◇  ◇




「ねえ、悠馬」


 帰りのHRも終わり、賑やかになった教室を出ようとすると梓が俺のことを呼び止められた。


「放課後ちょっと付き合ってよ」


 梓の「付き合って」に付き合って良いことがあった試しがない。

 大抵、梓の長い買い物に付き合わされて、その上荷物持ちをさせられるかのがオチだ。


「今日は買い物じゃないから。いいからついて来て」


 俺の心を読んだかのように梓がそう言ってくる。


 俺と梓は幼馴染なので、お互いの考えていることは大体分かる……時もある。

 まぁ、基本的に俺は梓に心を読まれる側だけど。


 だから、俺にだって今の梓の様子がおかしいことくらい分かる。

 なんか、いつもの憎たらしさがないというか、元気がない気がする。


「分かったよ」


 どうやら俺に拒否権はないみたいだし、俺は仕方なく梓に従うことにした。





 梓に歩調を合わせながら歩く。梓はちっこいので俺が普通に歩くと置いて行ってしまうから。


「なあ、一体どこに連れて行かれるんだよ」

「着いたら分かるから」


 隣を歩く梓は、頑なに目的地を教えてくれない。

 しばらく歩いて、駅前のオシャレなカフェにたどり着いた。


「なんか、キラキラした店だな」

「悠馬には似合わないね」


 分かってるなら連れてくるなよ。

 俺みたいな奴がこんなきれいな店に入っていいのかな。「あなたは当店にふさわしくありません」とか言われて追い出されないかな。


「大丈夫。ほら、行くよ」

「え、ちょっと」


 心の準備ができないまま梓に手を引かれて入店させられた。

 

 キラキラした店員さんに案内されて、キラキラした席に座らされる。


「そんなにそわそわしないでよ」


 梓に笑われてしまった。


「ていうか、梓はどうして俺をこんなところに連れて来たんだよ」

「それよりも、まずは注文しよ」


 梓が差し出してきたメニューを見る。

 う…… かなりの値段がするな。


「安心して、今日は私の奢りだから」


 え、マジ? 梓が奢ってくれるなんて。今まで十年以上幼馴染をしてきたけど、梓に奢られるなんて初めてだ。


「明日は雪が降りそうだな」

「悠馬が自分で払いたいなら払ってくれていいんだよ」


 梓が頬を膨らませてむすっとした表情になってしまった。

 これ以上機嫌を損ねられると面倒くさい。とりあえず注文だけ済ませて、また後で聞くか。


 といってもメニューを見ても何が何だかよく分からないので、結局梓のおすすめのパンケーキを注文することにした。

 というか、キラキラした店員さんに話しかけるのが怖かったので、梓に注文してもらった。




「ん~~ 美味しい!」


 届いたパンケーキを頬張り、梓は笑顔を咲かせる。でも、やっぱりいつもの元気がないように見える。


「それで、どうして今日は梓の奢りなの?」


 そう尋ねると、梓は「どうして分からないの?」と目で訴えてくる。

 分からないものは分からないので黙っていると、梓はしばらく口をもにょもにょさせた後、ぼそりと口を開いた。


「だから、悠馬へのお礼だよ」


 お礼? 今日の昼のことか?


「別に、今日の昼のことなら気にしないいいよ。購買のパンはそんなに値段高くないし」

「まあ、それもあるけどさ」


 梓は一度手を止めて、目を伏せる。


「最近悠馬に甘え過ぎちゃったかなって……」

「……最近?」


 最近どころか、物心がついてからずっと梓の面倒を見させられてるんだが。梓が駄目で怠惰なのは今に始まった事じゃないんだし。


「悠馬が助けてくれなくなったら、困るなって思っちゃったの。今日だって、悠馬がいなかったら私はお昼抜きだったわけだし……」


 そりゃあ、クラスメイトは梓が昼ご飯を忘れたことを知らない訳だし、当然だろう。

 いまいち梓の言いたいことがピンと来ない。



「とにかく。ちゃんと悠馬に感謝しないと嫌われちゃうかなって思ったの!」


 梓はもじもじとそう言ってから、ごまかすように大きな口を開けてパンケーキを頬張る。

 というか梓、そんなことを心配してたのかよ。


「そんなことで梓のことを嫌いになるわけないだろ」



「……ほんと?」


 梓の駄目で怠惰なところが本気で嫌いだったら、そもそもこんなに仲良くなんてしてない。


 それに、梓が駄目で怠惰なじゃなくなってしまったら、本当に完璧な高嶺の花のヒロインになってしまう。


 それは…… なんか嫌だ。


「とりあえず、少しくらい迷惑られても、俺は梓のことを嫌いにならないよ。俺たちは幼馴染なんだし」


 そう、俺と梓は幼馴染。

 お互いに嫌なところを知り尽くしていて、それでも仲良くしている関係なんだ。

 だから、そう簡単に嫌いになったりはしない。


「それに、俺だって梓に助けられていることもあるんだし、お互い様だろ」


 俺が今の高校に合格できたのは、梓に勉強を教えてもらったからだし。

 それ以外にも梓に助けてもらったことは色々あるし、おあいこだ。


「そっか」


 梓はふわりと安心したように微笑んでから、ぱくりとパンケーキを口に運ぶ。

 どうやらいつもの調子に戻ったようだ。

 やっぱり梓はそうやって、少し生意気に笑ってるくらいがちょうどいい。


「じゃあ、明日も私を起こしに来てね」

「それは面倒くさいから、自分で起きてくれ」


 いつもの調子に戻った途端にこれかよ。


「私たちは幼馴染、なんでしょ?」


 ニマリと笑う梓。

 はぁ。やっぱりこいつを慰めるんじゃなかったな。

 結局俺をいいようにこき使いたいだけじゃないか。


「今日より三十分早く起こしに行くのは絶対に嫌だぞ」

「じゃあ、十五分早くでいいよ」

「それなら、まあ——」

 

——いいよ。と言ってから、梓の術中にハマってしまっていることに気が付いた。

 

 顔を上げると、ニマリと満面の笑みを浮かべている。


「約束したからね」


 はぁ。やっぱり俺は、梓には敵わないみたいだ。




「ふ~ 美味しかった」


 パンケーキを綺麗に平らげた梓は満足そうな笑顔を浮かべている。

 ちっこいくせによく食べるよな。


「そろそろ帰ろっか」

「うん」


 伝票を持って立ち上がった梓に続いて立ち上がる。 

 

「あ……」


 俺の前を歩く梓が、制服のポケットをぽんぽんと叩いてから間抜けな声を上げた。

 なんだか嫌な予感がする。


「今日、急いでたから財布忘れたんだった」

「嘘だろ……」


 まあ確かに、高校生活で財布が必要な場面は少ないから気づかなくても仕方ない。通学定期を財布にしまっている俺と違って、梓は通学定期を鞄の定期入れに入れているから、気づくタイミングが無かったのだろう。


 でも、人に奢るって言ったんだから、それくらい確認しておけよ。


「悠馬、立て替えてくれない?」


 ごまかすようにへらりとした笑顔を浮かべる梓。

 はぁ。もう嫌だ。


 笑ってごまかそうとするダメダメな幼馴染も嫌だけど、それよりも、そんな梓のことをほんの少しでも可愛いと思ってしまっている自分が嫌だ。


「……しょうがないな」


 やっぱり、俺の幼馴染はいつまで経ってもダ天使だ。



 梓の笑顔から目をそらしながら、俺は黙って財布を取り出した。

 

 

 


—————――――——————―――





 昔から私の両親は仕事が忙しくて、家を空けることが多かった。

 他に兄妹もいなかった私は家ではいつも一人ぼっち。

 それでも寂しくなかったのは、いつも悠馬が私と一緒にいてくれたから。


 悠馬は私がいくらわがままを言っても甘えても、悠馬は文句を言いながらも付き合ってくれる。


 そんな悠馬を好きにならないのは無理だった。



 だから私は悠馬に好かれようといろいろ努力をした。

 可愛いと思ってもらえるように身なりに気をつけて、勉強もして、学級委員長とかにもなって、とにかく悠馬の気を引こうと頑張った。


 そのおかげで、私は人気者になることができたけど。それでも、一番気を引きたかった悠馬の気だけは、引くことができなかった。


 冷静になって考えれば当然かもしれない。

 だって悠馬は幼馴染だから、私の駄目なところもだらしないところも全部知っているんだもん。


 悠馬の目の前で着替えをしてみたり、さりげなく下着を悠馬の視界に入る場所に放置したりしてアピールもしてみたけど、悠馬は涼しい顔をしているし、多分、私は悠馬に女として見られていない。


 幼馴染っていうのは本当に嫌な関係だ。



 

 それでも、悠馬の気を引こうと頑張ったことが全部無駄だったわけでもない。


 本人は気づいていないと思うけど、誰にでも優しいし、面倒見がいいし。顔だって、まあそれなりに格好いい悠馬は割とモテる。


 それでも、悠馬に他の女の子が寄ってこないのは、私が悠馬の隣にいるから。

 私は学校ではみんなに好かれるマドンナだから、そんな私が悠馬の隣にいれば、他の女の子は尻込みして近寄ってこない。

 

 

 ちらりと顔を上げると、私の歩幅に合わせて歩いてくれる悠馬の横顔が目に入る。



 はぁ。幼馴染じゃなかったら、今頃悠馬と付き合えてたのかな。

 

 

 でも、今は幼馴染という生ぬるい関係でいいやと思ってしまう。

 だって、告白なんてする勇気なんて、私にはないんだもん。

 

 今日、悠馬が購買でパンを買って来てくれたことで改めて気づかされた。

 私は悠馬の助けがないと生きていけない。


 もし悠馬に告白して断られでもしたら、私は冗談抜きで死んでしまう。



 告白なんてしなくても悠馬は私の傍にいてくれるし、私を甘やかしてくれる。

 私が悠馬の隣で牽制しておけば、悠馬に彼女ができることはないだろうし。


 だったら私は、幼馴染のままでいいや。


「ねえ、悠馬」

「ん、なに?」

「今から家に来てよ、立て替えてもらってお金を返すからさ」

「……しょうがないな。分かったよ」


 

 面倒くさそうにしながらも、やっぱり悠馬は私のわがままを聞いてくれた。

 

「ねえ、悠馬」

 

——好きだよ。


「ん? なに?」

「......なんでもない!」


 うっかり悠馬に『好きだ』と伝えないように気をつけないと、今の関係が壊れてしまう。


 これからも悠馬の幼馴染でいるために、私は自分の気持ちをそっと胸の奥にしまい込んだ。

最後まで読んでいただき、ありがとうございます。


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