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グレーテルと悪魔の契約  作者: りきやん
いざ、大聖堂へ!

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7-02. そっ閉じ

「あぁ、これは、ファウスト様。まじないの確認をしてくださるということで……ありがとうございます」


 翌日。


 グレーテルとメフィストは、ファウスト、ディートリヒと共に大聖堂を訪れ、王族の墓の扉前に立っていた。


 緋色の法衣を纏った大司教が、わざわざ出迎えに現れている。もっとも、その顔に浮かぶのは面倒そうな色ばかりで、ファウストの立場が王族の中で低いことを雄弁に物語っていた。


「墓の前と、もう一つのまじないも確認しておくよ」


 さらりと告げるファウストに、大司教は疑念を抱く様子もなく、短く頷いた。


「しかしまぁ……騎士は分かりますが……なぜ、侍女を?」


 視線を受けたグレーテルが、ぎくりと身を強張らせる。


 メフィストとディートリヒは揃いの騎士服だが、グレーテルは侍女の装い。騎士については、護衛として同行する理由は立つが、侍女の存在には言い訳が利かない。侵入のために身分を偽っていることが露見したら厄介だ。


 ファウストはスッとその手をグレーテルの腰に伸ばし抱き寄せる。


 ファウストに触れられる嬉しさと羞恥、そして――メフィストに見られている居たたまれなさ。その相反する感情が胸の奥でせめぎ合い、吐き気となって喉まで込み上げる。グレーテルはうっと呻き、口を押さえた。


「僕のお気に入りの侍女なんだ」


 ただ一言。それで十分だったらしい。


 大司教は片眉を吊り上げ、露骨に軽蔑の色を浮かべると、何も言わずに背を向けて去っていった。


「彼は聖職者にしては、真面目な方でね」


 大司教の背を見送りながら、ファウストが軽く笑う。その横でディートリヒが、ひくりと頬を引き攣らせた。


「大司教ごときが、よくもファウスト様に……」


 吐き捨てるような声。それを、隣のメフィストがせせら笑う。


「ファウストに対する妥当な評価だと思うけどね」


「貴様……っ!」


「ディート、どうどう」


 ファウストが声を掛けると、ディートリヒは鼻から荒い息を吐き、メフィストといがみ合うのをやめる。


 その間にファウストはグレーテルの腰から手を離し、顔を覗き込む。眉尻を下げたその表情は、思いのほか傷ついた色を帯びていた。


「えっと、勝手に触ったのは僕が悪かったね。ごめん。けど、その……再会した時もだけど……吐くほど嫌……?」


 グレーテルはそっと距離を取りつつ、吐き気がせり上がらない程度に横に首を振る。


 ファウストにしてみれば、前世からの恋人が目の前に現れたのだ。舞い上がるのも無理はない。弁解するべきだと思い口を開きかけたが、吐き気がせり上がってきて慌てて閉じた。


「おいで」


 メフィストに声を掛けられて、グレーテルは素直に側に寄る。伸びてきた手がゆっくりと背を撫でた。少しずつ、喉奥の苦しさが落ち着いていく。


 ファウストは何も言わずに、その様子をじっと見つめていた。


「あの、なんていうか……。ファウストと親しかった記憶がないのに、恋人同士だったときの感情が勝手に蘇って……その、自分の中の矛盾した気持ちが、吐き気の原因で……。決して、ファウストそのものが気持ち悪いとか、そういうことじゃないから……」


 どうにか言葉を繋げると、胸のつかえも幾分か軽くなった。


 背を撫で続けてくれるメフィストに小さく「ありがとう」と告げると、「どういたしまして」と軽い声が返る。その何気なさに、ふと心がほどけた。


 ファウストは二人から視線を外し、扉前のまじないを触り始める。


「……じゃあ、記憶が追いつけば、吐き気は出ないってことかな」


「マルガレーテのことを思い出したら、そうかもしれない」


「それだけじゃない」


 ファウストは手を止め、真っ直ぐに振り返る。


「今のグレーテル自身が、僕を知って、好きになれば……気持ちと記憶に矛盾なんてなくなるよ」


 グレーテルはなんと返事をすればいいか分からず、黙り込む。再びまじないと向き合ったファウストは、グレーテルの返事がないことは全く気にしていないようだ。


(でも……私は、メフィストが……)


 ちらりと隣を見上げるが、メフィストは涼しい顔でその場に立っている。


「よし、これでメフィストも入れるよ」


 ファウストが扉を開ける。最初に躊躇いなく従ったのは、ディートリヒだ。続いて、メフィストとグレーテルが並んで中へ入る。


 中はひんやりと薄暗く、湿った石の匂いが漂っていた。ずらりと並んだ棺は重々しく、没年と名が彫られた金の飾りが冷たく光っている。エルゼリヒトの歴代の王族の眠りが、のしかかってくるようだ。


「手掛かりと言っても、本命はもう一方かな。こっちは棺があるだけだから」


 気軽な様子でファウストは言い、奥へと続く道を示す。


「とりあえず、ぐるっと回る? それとも、棺を開けて回る?」


「棺を開けて回る?!」


 驚いたグレーテルが、思わず復唱する。ディートリヒも一瞬眉を動かしたが、結局は口をつぐむ。ファウストの意見に逆らう気はないらしい。


 ただ一人、メフィストだけが、くつくつと楽しげに笑った。


「いいアイディアだね」


「やましいものを隠すのには最適だろうし」


 ファウストが、手近にあった一番大きな棺の蓋を押す。蓋はぴくりとも動かない。


「ふむ。メフィスト、これ開けて」


「俺はもう、お前と契約してないけど」


 飄々とかわすメフィストに、ファウストはグレーテルへ視線を向けた。


「じゃあ、グレーテルから頼んでくれる?」


 グレーテルは思わず「えっ」と声を上げる。棺の蓋を開けるなんて、罰当たりなことをしても良いのだろうか?


 ファウストは朗らかな笑みを浮かべたまま立っているし、ディートリヒは無表情でグレーテルに塵ほどの興味も持っていない。


 メフィストだけが、「どうする?」と首を傾げた。


「グレーテルが開けたいなら、魔法で持ち上げてあげるよ」


(ど、どうしよう……! でも、ファウストの言う通り、何かを隠すなら棺の中が怪しいし……。こんなに沢山あるのを全部見るには、絶対に魔法が必要だよね……)


 グレーテルはごくりと唾を飲み込む。


「メフィスト……開けるの、お願いしてもいい?」


「仰せのままに」


 芝居がかった口調でメフィストが答え、指を軽く鳴らす。ファウストは腕を組み、のんびりとその様子を眺めていた。


「中身が骨か灰ならいいけど……。生々しいのは勘弁して欲しいなぁ」


 ゆっくりと、魔法の力で棺の蓋が宙に持ち上がる。その場にいた全員が、そこまでの期待をせずに中をのぞき込んだ。


 そして、同じように声を上げる。


「…………えっ」


 棺の中に横たわっているのは、どう見ても生きてる人間。


 一瞬の沈黙が下りる。


 メフィストは無言のまま、棺の蓋をそっと閉じた。

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ルフナ大賞一次選考通過!(通過率3%)
魔法使いと私
完結済の師弟もの甘々ラブコメファンタジーです。
よろしくお願いします〜!
by りきやん

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