6-01. ここが、王都
「わぁ…………」
グレーテルは、思わず感嘆の声を漏らした。ぽかんと開いた口をそのままに、ゆっくりと首を巡らせながら周囲を見渡す。
ここが、王都。
建物はどれも背が高く、空に向かってそびえ立つようだった。平屋など一軒も見当たらない。見上げるほどの建物に囲まれて、グレーテルはただただ圧倒される。
「また、口が開いてるよ。おのぼりさん」
すぐそばで、メフィストのからかうような声がした。グレーテルは、はっとして唇を引き結ぶ。
通りを行き交う人々は、それぞれ忙しそうに歩いていて、誰も周囲のことなど気にしていない。
グレーテルは人の流れの中に立ち尽くしながら、そっと考える。
(ここがミルゼンハイムなら、間違いなく話しかけられてたし、なんなら、村の案内されてた……)
メフィストが言っていた通り、都会に住む人々は他人にあまり興味がないようだ。
遠くには、尖塔が複数ある建物が見える。もしかして、とグレーテルは期待を胸にメフィストにたずねた。
「もしかして、あれが王族の人たちが住んでるお城?」
「そうだよ」
「すごい……! 中の見学とか出来るのかな?」
グレーテルの無邪気な問いかけに、メフィストは苦笑する。
「あはは、さすがに警備上、厳しいんじゃない? まぁ、でも……」
言いながら、通りにある店を指さす。
そこには、色とりどりの仮面がずらりと並んでいた。羽根や金糸で飾られたそれらは、まるで夢の世界から飛び出してきたかのようだ。
「仮面舞踏会の日は、入れるかもね」
王都に到着したばかりだが、どことなく浮かれたお祭りのような雰囲気を感じる。仮面舞踏会の開催を前に、皆が浮き足立っているのだろう。
「仮面舞踏会かぁ……。みんなが参加出来るようにしてくれるなんて、第二王子様は、国民思いなのかな?」
「どうだろうね。何も考えてない、ただの道楽者かもよ」
たしか、魔術や錬金術に傾倒した王子がいると、マルタが言っていた。それが、今回の仮面舞踏会を企画した第二王子なのだろうか?
「仮面舞踏会、参加してみたい……かも」
グレーテルは言いつつ、ちらりとメフィストを伺う。
――一緒に行けたらいいな。
そんな淡い願いを胸に抱きながらも、期待は口に出さない。
メフィストにその気がなければ、無理に誘うつもりはない。けれど、もし少しでも興味を持っているなら。
「いいんじゃない? 仮面さえあれば、参加できるだろうし。もちろん、着飾るのも楽しいだろうね」
「メフィストも……こういう、お祭りみたいなものは好き?」
勇気を出して尋ねると、メフィストの口元が、ふっと緩まる。
「大好きだよ」
その言葉に、グレーテルの表情が目に見えて明るくなる。
これなら、きっと一緒に仮面舞踏会に参加できるだろう。
「酒が好きなだけ飲めるからね」
「そっち?!」
思わずツッコミを入れるグレーテルに、メフィストはくつくつと笑う。闇色の瞳が、どこか愉しげに揺れていた。
「君は成人前で、残念だね。王子様が主催なら、いい酒が出るだろうに」
「うーん……? いいお酒はやっぱり、美味しいの?」
「もちろん。仮面舞踏会では、成人してるかどうかなんて分からないし、飲んでみたら?」
「やめとくよ」
グレーテルはいたずらっぽく笑って、メフィストを見上げた。
「成人したら、その時は――初めてのお酒、メフィストにいいやつを奢ってもらおうかな」
それに応えるように、メフィストの口元もふっと綻んだ。
「期待していいよ」
連れ立って歩き始め、王都の大きな通りを進んで行く。
脇の植栽は手入れが行き届き、色とりどりの花々が穏やかな秋の季節を映していた。自然の中とはまた違う、人工の美しさがそこにある。
石畳の道を踏みしめながら、グレーテルはメフィストの隣を歩く。
急ぐでもなく、自然と歩調が合っている――どうやら、メフィストが歩幅を合わせてくれているらしい。
「さて。仮面舞踏会もいいけど、開催まで猶予がありそうだからね。先に大聖堂の件を片付けようか」
当初の目的を、メフィストが口にする。
「とはいえ、教会が行ってる後ろ暗いことの手掛かりがすぐに手に入るとは思えない。長期戦になると思ったほうがいいよ」
「うん……。分かった。それに、私が思い込んでるだけで、お母さんは本当は……自分で、どこかに行ったのかもしれないし……」
グレーテルの声がわずかに震え、視線が下がる。
すると、すぐに隣から穏やかで低い声が降ってきた。
「ここに手掛かりがなければ、また旅を続ければいい。君が母親の行方を追いたいのであれば、俺は最後まで付き合うだけだよ」
鼻の奥がつんと痛くなる。グレーテルは、胸がいっぱいになり、言葉に詰まった。
隣を歩くメフィストの瞳は、どこまでも穏やかで、凪いだ夜明けのようだ。
(メフィストに、大好きだよって伝えたい……けど)
マルタやシーベルには、なんのてらいもなく伝えられていたのに。どうしてか、伝えたあとの反応が怖くて、口には出せなかった。
「ありがとう、メフィスト」
代わりに、感謝の言葉を口にする。好意ではなく、感謝であれば、素直に伝えられるのだ。
「どういたしまして」
メフィストは、いつものように、軽やかにそう返事をした。




