5-14. 【閑話】カリカリカリカリ
カリカリカリカリ。
ローズは机の上で一心不乱にナッツを齧っているヴァイセルを見つめる。いつになくパンパンになった頬袋を突つきたい衝動に駆られるが、ぐっと我慢し声を掛けた。
「ヴァイセル、ちょっと食べ過ぎじゃないかしら?」
翡翠色の目が、ちらりとローズに向く。けれど、すぐにその視線はナッツへと戻った。
カリカリカリカリ。
小さな音が室内に響く。どう見ても、何か嫌なことがあってヤケ食いをしているようにしか見えない。
(ローレライを投げ飛ばしたのが、そんなに嫌だったの?)
ローズはそっと息をついた。自分のせいで、ヴァイセルが気分を害してしまったのだと考えたのだ。
実のところ、ヴァイセルはヤケ食いをしていた。だが、原因はローレライではない。
(クソッ。メフィストに借りを作ってしまった)
すべての原因は、悪魔に正体を見抜かれたことだった。
(小娘を連れていたな。あれは契約者か?)
茶色い髪に、焦げ茶色の瞳。どこにでもいそうな娘だった。わざわざ契約した理由が全く分からない。
(とりあえず、ローズに私の正体をバラさなかっただけ良しとしようか)
ふと、ヴァイセルの手が動きを止める。カリカリカリカリという音が消え、室内にしんとした空気が広がった。
(……今までのメフィストなら、貸し借りなんて気にせず、おもしろ半分に、ローズに正体を告げそうなものだけど)
何か心境の変化でもあったのだろうか? 特に前の契約者と一緒にいたときの荒れ具合は酷かった。
「あの……ヴァイセル」
そこに、おずおずと言った具合でローズが話しかける。ヴァイセルが振り向いた。
「私が……本気で演奏したせいで、嫌な思いをさせたのかしら……? ごめんなさい」
言われて、ヴァイセルはハッとする。手に持ったナッツを取り落とし、慌ててローズの手に駆け寄る。
すりすり、と柔らかい毛並みを擦り付けながら、必死に思いを伝える。
(違う。違うよ、ローズ。君の演奏はいつだって最高だ)
「あなたがいるからって、最近はちょっと調子に乗ってたかもしれないわね」
寂しそうに苦笑したローズに、ヴァイセルはうるうるとした瞳を向ける。
(大丈夫だよ、ローズ)
この際、悪魔のことは、どうでもいいではないか。今まで通り、ローズと一緒にいられるのだから。
(私が守ってあげるからね)




