表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/61

5-07. おらぁっ!

 ローレライの歌や、川に落ちるどぼんっ、という音が聞こえてくる中、グレーテルはそわそわと舞台上を見つめていた。


 フリッツが足の高い台を運び、舞台の中央に据える。そこへローズが近づき、そっと手を伸ばすと、肩の上からヴァイセルがぴょんと飛び降りた。


 赤いシャコー帽をちょこんと被り、金飾りのついた立派なジャケットを身にまとっている。小さな体で台の上に立ち、胸を張ったその姿に、観客から笑い声があふれた。


 フリッツがホルンを、ローズがフルートを構える。両脇ではスネアを首から下げたエルマーと、体躯の倍以上あるコントラバスを抱えて椅子に座るハイダ。


 四人が軽く目配せを交わし、中央にいるヴァイセルに注目した。


 小さなリスがきゅっと片手を上げる。四人がぴたりと楽器を構えた。


 そして、体躯に似合わないダイナミックな指揮と共に、演奏が始まった。


「………………」


 隣に立つメフィストから、うめき声ともため息ともつかぬ声が漏れる。やはり、ヴァイセルに何か思うところがあるらしい。


 音楽が広場いっぱいに響き渡り、聴衆は旋律に合わせて手を叩き始めた。ローレライの歌声はいつの間にか消え、川に落ちる音もしなくなっている。


 グレーテルも手拍子を打ちながら、音楽に身を任せる。


(こんな楽しい演奏、はじめて!)


 心が踊るようなリズムに合わせて、自然と体が揺れる。耳元では、イヤーフックの鈴がチリンチリンと弾むように鳴った。


 フルートを吹くローズが、中央に進み出る。そして、旋律の中で一拍置いて、まるで風が流れを変えるように、澄んだ音色でメロディラインを奏ではじめた。


 その瞬間に、ざわりと空気が揺れる。


 びりびりと鼓膜を刺激する音に、明らかに普通の演奏とは違う何かを感じる。


 隣で聞いていたメフィストも唖然として、ローズを見つめていた。その身体がふらりと傾ぐのを見て、グレーテルは慌てて手を引き、支えた。


「だ、大丈夫? メフィスト」


 演奏の邪魔にならないように、こっそり声を掛ける。メフィストは鷹揚に頷いた。


「今のところ、問題ないよ」


 そう返事をしながらも、メフィストは視線をローズから外さない。


「けど、なんであのリスが一緒にいるのかよく分かった。彼女の音楽は魔を寄せる」


「見ててごらん」とメフィストがローズを示す。グレーテルには意味がよく分からなかったが、促されるままに、舞台上を見つめた。


 ――ざばんっ


 舞台の後ろ、川の方向から、水の音がした。観客席から小さなどよめきが上がる。


 川底から這い出てきたそれは、人間に限りなく近い形をしていた。淡い水色の髪は、毛先にいくほど金色へと色を変え、肌はうっすらと緑がかっている。白目のない瞳は、紺碧に深く染まり、じっと舞台を見つめていた。


「ローレライが寄ってきた」

「あれが、ローレライ?!」


 グレーテルははっとする。さっき、川底で見えた水色と金色――あれは、ローレライの髪だったのだ。


『みーんな、寄ってくるんだよ!』


 という、エルマーの言葉を思い出しながら、グレーテルは目を回す。


(みんな、って魔物も含まれるの?!)


 川から這い上がってきたローレライたちは、ずるずると滑るように、ローズに近づいていく。


 心配になったグレーテルは、思わずメフィストの袖をきゅっと引っ張った。


「ローズ、大丈夫? 助けたほうがいい?」

「リスがいるから平気」

「え?! ヴァイセル?!」


 リスはローレライに対する魔除けになるんだろうか? 混乱しながらも、はらはらした気持ちでグレーテルは舞台に視線を戻す。


 すると、ローレライに気づいたヴァイセルが、動きを止めた。小さな手による指揮は止まるが、演奏は止まらない。


 ローズも、フリッツも、エルマーも、ハイダも。明らかに異様な存在が迫っているにもかかわらず、誰ひとりとして怯えることなく、音を紡ぎ続けていた。


 ヴァイセルは慌ただしく台から飛び降りると、どこかへ姿を消してしまう。


(に、逃げた……?!)


 本能に忠実な動物としては正しい行動だろう。けれど、残ったローズたちはどうするのだろうか?


「メ、メフィスト……やっぱり……」


 不安になって隣を見上げれば、メフィストは動じることなく成り行きを見守っている。


「大丈夫だよ」


 ぽん、とグレーテルの頭に冷たい手が置かれた。優しげな仕草に、グレーテルは思わずドギマギする。


(でも……ローズたち、危ないんじゃ……?)


 心配とときめきが入り混じって揺れる中、舞台の横で突如響いた声が、空気をぶった切った。


「おらぁっ!」


 驚いて声のする方に視線を向ける。そこには、ローレライの襟首を掴んでは、躊躇いなく川に投げ入れる青年の姿があった。


 そして、その容姿には非常に見覚えがある。


「金髪の、ルシフェルさん?!」


 グレーテルが思わず声を上げるが、聴衆のざわめきの中へ飲み込まれる。


 服こそ真っ白だが、左肩に垂れた長い三つ編み、翡翠色の瞳。なにより、顔立ちがルシフェルにそっくりだ。ただ、眉間にシワはなく、満面の笑みでローレライに掴みかかっている。


 その光景にぽかんとしていると、隣でメフィストが喉の奥でくつくつと笑った。


「ルシフェルの双子の弟、ミカエルだよ。ヴァイセルの正体」


 グレーテルは目を見開いたまま、言葉を失う。


 それは、すなわち、天使では? 天使がリスになれるなんて、初耳だ。


(も、もしかして……ルシフェルさんが蛇に、メフィストが犬になれるっていうのも……)


 いつかの酔っ払いの戯言を思い出して、グレーテルは黙り込む。そこに、メフィストが付け加えるように、そっと耳打ちした。


「楽団の人たちには内緒だよ」

「内緒も何も、ヴァイセルがいなくなった途端に人が出てきたら怪しすぎるよね?!」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ルフナ大賞一次選考通過!(通過率3%)
魔法使いと私
完結済の師弟もの甘々ラブコメファンタジーです。
よろしくお願いします〜!
by りきやん

― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ