5-04. 賑わいと郷愁
「君たち、打ち解けるの早いね」
ローズとの約束の時間になり、グレーテルとメフィストは並んで、宿の食堂へ向かっていた。
「そうかな? ローズが私と同じ年っていうのも、大きいかも」
「まぁ、君は性格的には他人から嫌われるタイプじゃぁなさそうだからね」
「そ、それは……褒め……っ?!」
不意を突かれて動揺するグレーテルに、メフィストがくつくつと笑う。
「魔女という肩書き的には、万人に嫌われるだろうけど」
「そうやって、上げて落とす……」
食堂の扉を開け、中を見回す。すぐに、こちらに向かって手を振るローズの姿が目に入った。
「グレーテル! こっちよ!」
ローズの肩には白いリス――ヴァイセルがちょこんと乗っている。
(かわいいなぁ)
グレーテルの頬が自然と緩む。それを見咎めたメフィストが、低い声でぼそりと聞いた。
「……リス、好きなの?」
「え? まぁ、リスに限らず、動物は好きだよ。……虫は苦手だけど」
「犬は?」
「犬も好きだけど……どうして急に、犬?」
突然の犬に戸惑っていると、メフィストは「気になっただけ」 と肩をすくめて、話を打ち切る。
「ほら、お友達が待ってるよ」
ローズの座るテーブルには、他に三人の姿があった。
そのうちの一人、端に座っていた年嵩の男性が、グレーテルたちの姿を見るなりすっと立ち上がる。
「ローズから、話は聞いている。うちのヴァイセルが、すまなかった。お詫びと言ってはなんだが、今日の夕食は奢らせてくれ」
男は涼しげな目元を細め、メフィストに視線を向ける。日に焼けた茶髪に、落ち着いた黒い瞳。少しだけ旅の疲れを感じさせるが、品のある立ち姿だった。
「我が楽団の団長を務めている、フリッツだ」
そう言って差し出された右手を、メフィストは無言で取った。
握手の一瞬、フリッツの眉がわずかに動く。メフィストの手の冷たさに驚いたようだったが、特に言葉にはせず、すぐに口元を引き結んだ。
「俺はメフィスト。こっちは、グレーテルだよ。よろしくね」
グレーテルが会釈すると、フリッツは柔らかく微笑み、軽く頭を下げて応じた。
「あのね、あのね! ローズ姉ちゃんのヴァイセルは、ほんとはいつもは、いい子なんだよ!」
「そうなの! 人間のお兄さんで、お利口さん!」
「エルマー、ハイダ。そういう話は、ご挨拶してからよ」
ローズにたしなめられ、エルマーと呼ばれた少年はちぇ、と口を尖らせる。一方、ハイダと呼ばれた少女はごめんなさい、と小さく頭を下げた。
二人はよく似た群青色の髪色に、くりっとした蜂蜜色の瞳をしていた。
「大丈夫だよ」と、グレーテルは優しく笑って答える。
そのままメフィストと並んで席に着くと、ローズがヴァイセルを肩から机へ降ろしながら、補足した。
「エルマーとハイダは姉弟なの」
ローズの言葉に、グレーテルは「やっぱり」と納得する。
机の上では、ヴァイセルがエルマーとハイダに撫でられながら、満足そうに目を細めている。
それを見たメフィストは、頬を引きつらせ視線をそらしていた。グレーテルにとっては微笑ましい光景なのに、メフィストにはどうにも納得のいかないものらしい。
「あたしたち、四人と一匹で各地を巡ってるの。修道院への慰問や、お祭りの賑やかしなんかが多いかな。で、今回は音楽奉納の仕事ってわけ」
ローズがそう説明しながら、グレーテルとメフィストに食事のメニューを手渡す。
「はい、これ。好きなもの選んでいいって、団長が言ってたから。高いのから順番に選んだらいいわ」
「おい、ローズ!」
フリッツが声を上げるが、苦笑混じりの声音に非難の色はない。どちらかといえば、楽しんでいる様子だった。
「おいらも、美味しいデザート食べたい!」
「あたいは、美味しいジュースが飲みたい!」
エルマーとハイダが次々に声を上げると、フリッツは「ったく……」と肩をすくめ、机をぽんと叩いて豪快に笑った。
「よし! 今夜は前夜祭だ! 全員好きなものを好きなだけ頼め!」
「いえーい!」
「やったー!」
賑やかな様子に、グレーテルはふとミルゼンハイムでのことを思い出す。
(マルタとシーベルの一家みんなで、一緒にご飯を食べた時もこんな感じだったなぁ……)
胸の奥に、懐かしさと郷愁がじんわりと広がる。
(ミルゼンハイム……いつか帰れるかな)
母親の安否がはっきりしたその時、自分はどこにいるのだろう。グレーテルはそっと隣のメフィストに目を向けた。
(マルタやシーベルと打ち解けられるかは分からないけど、今なら確信できる。メフィストは、きっと――)
「そういえば、グレーテルたちはどうしてこの町に? やっぱり、音楽奉納目当て?」
不意にローズの声が飛んできて、グレーテルはハッと現実に引き戻された。
「あ、ううん。王都に向かう途中で、音楽奉納のことは知らずに、たまたまこの町に来たんだけど……。泊まることにして良かった」
「へぇ。王都と言えば、仮面舞踏会の噂があったわね」
「王子様のやつ!」
「庶民も参加できるって!」
エルマーとハイダが食い気味に叫ぶ。何のことだろう? とグレーテルが首を傾げると、フリッツが肩をすくめて笑った。
「すまんな、うちのはみんなお喋りで。この前寄った王都の近くの町で、第二王子が仮面舞踏会を開くって噂があってな。なんでも、貴族だけじゃなく、庶民も参加できる大規模なものにするらしい」
「わぁ……! 楽しそうですね。王都はすごいなぁ」
グレーテルが目を輝かせる横で、メフィストは眉をしかめる。
「その第二王子……余程、現王に疎まれてるか、腕に自信があるのか、それともただの道楽者なのか……」
「鋭いね、メフィストさん」
フリッツが、にやりと笑う。
「誰が潜り込むか分からない場をわざわざ用意するなんて、酔狂だよな」
「でもでも、参加したらおいしーもの食べれるんでしょ?」
「おいらたちも、楽団として呼ばれたかったなー」
エルマーとハイダが口を尖らせる。ローズがくすっと笑った。
「さすがに、王族の公式行事に四人だけの楽団は呼ばれないわね……」
「ちぇっ」
「グレーテルとメフィストも入団してくれたら、六人になるよ!」
ハイダのきらきらした瞳が、二人に向けられる。その期待を裏切るのは心苦しいが、グレーテルは楽器など一度も触ったこともなかった。せいぜい鼻歌程度だ。
「ほらほら、お喋りばっかりしてても、ご飯は来ないぞ」
フリッツが手を叩いて、場の空気を軽く切り替える。
「さ、お二人とも、遠慮せずに好きなものを頼んでくれ。こいつらのお喋りに付き合ってたら、飲まず食わずのまま、朝になっちまう」
朗らかに笑うフリッツに、グレーテルはありがたくメニューに目を落とした。




