4-11. 【閑話】バッジとレムル
「くそ! 悪魔と魔女め! 騙しやがって! 嘘つき! 人でなし! いや、人じゃないけど! ばか! あほ! あんぽんたん! えーっと、あと、すっとこどっこい!」
坑道から響く聞き覚えのある怒声に、ウルリッヒは安堵した。
近くを通った住民から、「坑道から魔物が呪いを吐く声が聞こえる」という通報を受けて、慌てて立ち寄ったのだ。
「マティアス」
ウルリッヒは坑道に入りながら、声をかける。そして、すぐに驚きに立ち止まった。
視線の先、マティアスの隣に立つ異様な存在に、ウルリッヒの目が釘付けになる。
「ウルリッヒ! さすが、俺の親友! 助けに来てくれたのか?! この身体に絡みついてる影をどうにかしてくれ!」
喜びの声が上がる。いつもなら、ウルリッヒも軽口の一つでも叩くところだが、今はそれどころではなかった。
マティアスと、その隣にいる「何か」を、ギチギチに縛っている影。ウルリッヒは視線を動かさずにマティアスに問いかけた。
「その……隣で一緒に縛られてるのは、なんなんだ?」
マティアスは一瞬きょとんとしてから、隣に視線を向けた。
「レムルのことか? 俺の相棒だよ」
ウルリッヒが思わず息を呑む。
『行き着く先は――レムルだ』
忠告をしてくれた堕天使の声が、頭の中に響いた。
「これが……レムル」
ぽつりと漏らした呟きに、マティアスが軽い調子で返事をする。
「あぁ、見るの初めてだっけ?」
「そう……だな」
言葉を絞り出すように返すウルリッヒの表情は強張っていた。
「それよりさ。俺たち縛ってる影どうにかできない? 悪魔にやられたんだけど」
「悪魔?!」
ウルリッヒが眉をひそめると、マティアスは声を荒げた。
「あの馬車に乗ってたお前の銀髪の友達! あいつの連れが、悪魔と魔女だったんだよ! くそーーっ! ここで捕まえられれば、大司教になるのも夢じゃなかったのに……っ!」
悔しそうに歯噛みするマティアスを眺めながら、マティアスは納得した。
「そうか。あの人は、堕天使だったよ」
パセリ、セージ、ローズマリー、タイム。ハーブの粉末を手元で手早く調合しながら、ウルリッヒは告げる。
マティアスは白目を剥いた。
「堕天使! 道理で! 悪魔の仲間じゃないか!」
「いや……。ルシフェル殿は……」
ウルリッヒは黙り込む。なんと言えばいいのか、言葉が見つからなかった。
堕天使は天使に非ず。掟を破り、罪を犯し、悪魔の元へと堕ちた者。そう言われている。
堕天使。忠告。バッジ。呪い。レムル。ウルリッヒの頭の中で、ぐるぐると疑念が渦巻く。
ひとつため息をついて、調合した粉末をマティアスとレムルに向かって撒いた。ふわりと粉が舞い、独特の香りが広がる。
二人を縛っていた影が、苦しむようにのたうち回り、するすると縮んでいった。
「はぁぁぁ。助かったぁぁ。ウルリッヒ! ありがとな!」
自由になったマティアスは、大げさなほどに伸びをして、肩を回し、首を鳴らす。
ウルリッヒは同じく自由になったレムルを見つめた。レムルは動くこともなく、ぼーっとその場に立っている。
(バッジのこと……マティアスに話すべきだろうか?)
ウルリッヒは思い悩む。けれどもやはり、ここでも心は決まらなかった。




