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グレーテルと悪魔の契約  作者: りきやん
契約のはじまり
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1-04. 寝坊か道草か

 げっそりとした気分で、グレーテルは街の教会へと向かう。


 こじんまりとした教会は、普段は無人である。月一で説教のために来る神官や、たまにやって来る巡礼者のために、小綺麗にはしてあるが、それも、明確な当番などは決められていない。気がついた人間がやる、という、一部の人間に負担のかかるような杜撰な方法で管理されていた。


 教会の脇には小さな宿泊施設もある。辻馬車の駅すらないミルゼンハイムは交通の便が非常に悪い。そのため、神官や巡礼者のために寝床を提供する施設であるが、宿のような気の利いた施設も無いため、一般の旅行者が来た際にも使用されている。


(今日はマルタの家に泊めてもらえるようにお願いして、あとは、シーベルに悪魔に効く花のおまじないがあるか教えてもらおう……)


 おまじない。


 それは、一般的に普及している、魔物や悪魔除けのための手段だ。植物を使った魔除けの作成などは、最も好まれる、まじないの手法の一つである。


 まじないの種類自体は、到底覚えきれないほど存在し、そうした知識に精通している者を魔術師と呼ぶ。ミルゼンハイムには魔術師はいないが、王都では、王家に仕える専門の魔術師も存在するらしい。


 シーベルは魔術師ではないが、花が大好きで、花に関するまじないをよく知っていた。たまに、グレーテルやマルタにも教えてくれたりしていたが、魔物がほとんどいないミルゼンハイムでは必要な知識ではない。そう思って、真面目に聞いていなかったことをグレーテルは後悔した。


(これからは、ちゃんと玄関におまじないをしておこう)


 教会が見えてきた。入口の脇で、マルタが立っているのが見える。グレーテルはほっとした気持ちで、マルタに駆け寄った。


「お待たせ!」

「大丈夫よ。あたしも、いま来たところ」

「シーベルは?」

「まだ来てないわ。寝てるんじゃないでしょうね……」


 マルタの猫目が吊り上がる。たまに仕事も遅刻してくるシーベルだ。遊びの約束で気が緩んだ可能性は大いに有り得る。


 グレーテルはシーベルが来る前に、マルタに伝えるべき要件を済ませようと口を開く。


「あのね、マルタ。突然で申し訳ないんだけど、今日、マルタの家に泊めてもらってもいい?」

「あとで親に聞いてみるわ。大丈夫だとは思うけど。どうしたの?」

「えっと……実は……」


 家に悪魔が来た話を、ぼそぼそと耳打ちする。人に聞かれて大事になるのは良くない。ましてや、教会の前で話すには少し気が引ける内容だ。


「グレーテル……。あんた……よく無事だったわね……」


 マルタがひくりと頬を引きつらせる。


「今日だけじゃなくて、しばらく、うちに泊まれるように、お願いしてみるわ」

「ほんと?! ありがとう!」

「しっかしまぁ、悪魔ねぇ。本当にいるんだ……。いや、いるのは知ってたけど。なんか、ミルゼンハイムにクジラが現れた! くらい、途方もない話しだわ……」


 ミルゼンハイムはもちろん、そもそも国自体が内陸にある。グレーテルたちの住むエルゼリヒト王国は、海のない国家なのだ。そんな場所にクジラが現れるはずもない。現れたら、それは奇跡だ。


「今日、いらっしゃる神官様にも相談したらどう? たしか、教会には異端審問官っていうのがいなかった?」


 悪魔の根絶を掲げ、契約者をあぶり出す――それが、異端審問官だ。他にも悪辣な魔物を退治したりと、人間に害を成すものから守ってくれる。


 魔物退治のエキスパートであれば、きっと、何かしらの悪魔を追い払う手段を持っているのだろう。グレーテルは、今日が神官の来る日で良かったと心の底から安堵した。


「あとで、神官様にお話ししてみようかな」

「そうするといいわ。あ、噂をすれば……」


 マルタがグレーテルの脇を肘でつつく。顎で示した先には、深い紺色の法衣を着た男性がいた。


 明るい紅茶色の髪を綺麗に整えた、清潔感のある装い。垂れ目がちで、柔和な雰囲気があり、右目の下にある泣きぼくろが更に温厚さを引き立てていた。


 通り過ぎる街の人に、柔らかく微笑みながら挨拶する様子はまさに、聖職者然としている。


「やった、若い神官様だ」


 マルタが小さくガッツポーズをする。実際の年齢はわからないが、多く見積もっても20代後半くらいだ。


 神官はゆっくりと歩いて教会に向かってくる。入口の近くで立ち止まっているグレーテルたちにも目を向けると「こんにちは」と挨拶をした。


 マルタとグレーテルも背筋を伸ばして、小さく頭を下げる。挨拶を返せば、神官は微笑んで、教会の中へと入っていった。


 その背を見送ってから、グレーテルは教会前の道を見つめる。シーベルの姿は、見当たらない。


「どうしよう。もうすぐ、始まっちゃう」


 そわそわとグレーテルが、落ち着きなく視線を教会、道、と往復させる。マルタも渋面で腕を組んだ。


「家まで呼びに行く時間も、もう無いわね」

「寝坊かなぁ」

「案外、その辺の道端で花でも見つけて、気を取られてるだけかもしれないわ」

「うーん……ありそう」

「説教の途中で来るんじゃない?」


 マルタは組んでいた腕を解くと、ぐっと伸びをする。そして、くるりと道に背を向けた。


「先に入っちゃいましょ」


 グレーテルはもう一度だけ、教会前の道を見つめる。やはり、シーベルの姿はない。探すことを諦めると、グレーテルはマルタと一緒に教会の中へと入って行った。


 ――その日、説教の最中に、シーベルが姿を現すことはなかった。

魔物→たぬき、へび、きつね、のような、いるところにはいるよね、という珍しさ。

悪魔→ほぼツチノコ。

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ルフナ大賞一次選考通過!(通過率3%)
魔法使いと私
完結済の師弟もの甘々ラブコメファンタジーです。
よろしくお願いします〜!
by りきやん

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