3-12. 【閑話】シーベルの花まじない
シーベルはグレーテルの家の前で腕を組み、唸っていた。
玄関のドアにはヒイラギのリース。窓の下にはゼラニウムの鉢植え。軒先にはローズマリーの束。
どれもこれも、魔除けとしては申し分ない。
「……完璧なんだけどね」
シーベルは一人、深く頷いた。
「もう、悪魔は去ったあとなんだよね」
グレーテルがさらわれ、どこかへ連れ去られてしまったのなら――もう、この家に戻ってくることはない。
いくらまじないを施しても、意味がなかった。
なぜ、こんな単純なことに、もっと早く気づけなかったのだろうか。
シーベルは自問自答する。けれど、答えは出ない。このままだとマルタに怒られる――それだけは、はっきりしていた。
「シーベル!」
うんうん唸っていたところに、マルタの声が耳に飛び込んでくる。シーベルはどう言い訳しようか考えたが、いい案は浮かばなかった。
まぁ、いいや。怒られよう。
投げやりになったシーベルが、口を開く。
「マルタ。魔除けなんだけど――」
「そんなことより! グレーテルから手紙!」
マルタが手にした紙を、ひらひらと振る。
「えっ?!」
「あたしはもう読んだから、シーベルも読んで!」
シーベルは手渡された紙をパッと広げ、目を通す。
そこには、元気にしてることや、花をくれる魔物のこと、パン屋の新メニューの提案が書いてある。
まるで、ちょっとした小旅行にでも出かけているかのような軽やかな文面に、シーベルは思わず肩の力を抜いた。
安心したような、それでいて今までの心配を返してほしいような――複雑な気持ちが胸に込み上げてくる。
「全くもう……」
思わずこぼれた言葉に、マルタが笑う。
「あたしも同じ気持ちよ。ほんと呑気なもんよね。全くもう……」
二人はそのまま、ずるずるとグレーテルの家の前に腰を下ろした。
そして、ふと見上げた空。澄みきった秋空は、まだ高く広がっている。
――グレーテルも、どこかでこの空を見上げているのだろうか。




