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八  銀鈴、遊牧民に乞われて料理教室を開くのこと

【ご注意!】

 ・本作は、予告なく削除することがあります。あらかじめご了承ください。ですので、もしも「まだ読みかけ」という方は、ご自身でWordやテキストエデッタなどにコピペして保存されることをお勧めします。


 ・本作の作者要望は「長所を教えてください」、目的は「趣味で書く」です。お間違えないようお願いします。「作者を成長させよう」などとのお考えは不要です。執筆はあくまでも【趣味】です。執筆で金銭的利益を得るつもりは全くありません。「善意」であっても、【新人賞受賞のため】【なろうからの書籍化のため】の助言は不必要です。


 ・ご自身の感想姿勢・信念が、本作に「少しでも求められていない」とお感じなら、感想はご遠慮ください。

 

 ・本作は、「鉄道が存在する中華風ファンタジー世界」がどう表現できるか? との実験作です。中華風ファンタジーと鉄道(特に、豊田巧氏の『RAIL WARS』『信長鉄道』、内田百閒氏の『阿呆列車』、大和田健樹氏の『鉄道唱歌』)がお好きでないと、好みに合わないかもしれません。あらかじめ、ご承知おきください。お好みに合わぬ場合には、無理に読まれる必要もなく、感想を書かれる必要もありません。あくまでも【趣味】で、「書きたいもの」を「書きたいように」書いた作品です。その点は十二分にご理解ください!

 

 ・あらすじで興味が持てなければ、本文を読まれる必要はありません。無理に感想を書かれる必要もありません。私も、感想返しが必ずしもできるわけではありません。また、感想返しはご随意に願います。なお、ひと言でも良い点を指摘できる作品に限り、感想を書くようにしています。

 

 ・攻撃的、挑発的態度などのご感想は、「非表示」「ブロック」の措置を取りますことを、あらかじめご承知おきください。


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 長洛出発の六日目。

 朝餉の前の時間。宿営地の銀鈴・仁瑜の天幕。

「お脈を拝見」

 銀鈴は典医に腕を差し出した。

「お体が痛くはありませんか?」

 銀鈴は典医に問われた。

「はい、先生。あちこち痛くて、特に脚が」

「筋肉痛でしょう。昨日さくじつは馬にお乗りになり、踊られましたから。葛根湯をお飲みください」

「葛根湯? あれは風邪薬では?」

「はい。葛根湯は風邪薬として有名ですが、筋肉痛にも効能がございます」

 診察を終えた典医は一礼して、退出した。少しして茘娘が煎じた葛根湯を運んできた。

「……これ、苦いのよね」

「『良薬は口に苦し』です。楽になりますから、ちゃんと飲んでください」

「うん」

 銀鈴は渋い顔でうなずき、葛根湯の碗を飲み干した。

「はい、よくできました。ご褒美です」

 銀鈴は、茘娘から干しあんずを受け取り、口に放り込んだ。その瞬間、仁瑜に抱き寄せられ、頭をなでられた。

「偉いぞ、銀鈴」

「まったく、二人して子供扱いして」

 銀鈴がむくれた。


 二日前の夜に宴席が開かれた大天幕には、複数の炉や火鉢、台が置かれていた。

「皆さんが泰西の料理やお菓子に興味があるとのことで、料理教室を開催します。急なことなので、十分な準備ができませんでしたが、何とか比較的手に入りやすい材料で、作りやすいものを選んでみました。料理とお菓子が二種類ずつです。料理は、つぶした馬鈴薯じゃがいもスープと、羊の揚げ物。お菓子は、麺麭蛋糕パンケーキ『シュマーレン』、果物の砂糖煮ジャム添え、泰西麺麭『スコーン』です。じゃ厨娘 、お願いします」

 長袍に前掛け姿の銀鈴は、集まった古馬族の女性たちを前に告げた。十歳にもならないような子供から、白髪のお婆さんまで、年齢はいろいろだ。銀鈴の遊牧民の長袍は、皇后としての豪華な長袍ではなく、桃色ではあるが、無地の普段着だ。

「では、これより始めます。銀后さまもおっしゃったように、皆さんがお持ちの道具で、手に入りやすい材料で作れるものを選んであります。順番としては、スコーンの生地作り、果物の砂糖煮ジャム、羊肉の揚げ物、スコーンの生地焼き、シュマーレンです。最初のスコーンの生地作りです。焼くのは、羊肉の揚げ物を揚げる前にします。材料は、小麦粉、ふくらし粉、砂糖、お塩、小さめの角切りにした乳酪バター、卵、乳です。材料は、分量の割合はともかく、焼餅シャオビンとあまり変わりません。違いは、油が太白胡麻油から乳酪バターになるのと、粉を混ぜるのがぬるま湯ではなく冷たい乳で、卵を加えて、胡麻は使わないことぐらいです。凍らない程度にしっかり冷やしておいてください」

 厨娘 は、目の前にあるスコーンの材料を指差した。講師が厨娘 、その補佐が銀鈴と、茘娘・棗児たち女官・宮女との陣容。香々もやっては来ていたが、見学という感じだ。

「小麦粉、ふくらし粉、砂糖、お塩を混ぜて、ざるでふるいにかけながら鉢に入れます。網ざるがなければ、ふるいにかけなくても構いません。乳酪バターを入れて、指で乳酪バターを潰しながら、やさしく粉と混ぜます。混ぜ具合は、粉が米粒か、それより小さいぐらいの粒になる程度です。手はあらかじめ、冷たい水で冷やしておいてください」

 古馬族の女性たちが、鉢をのぞいた。

「これぐらいの粒になったら、鉢の真ん中にくぼみを作り、そこへ乳と卵を混ぜた液を加えます。ヘラで切るように混ぜ合わせます。ある程度混ざったら、打ち粉をしながら、手でまとめていきます。食べた時の感じが悪くなるので、餃子の生地のように、強く押したり、こねたりしないでください。雑な感じでだいじょうぶです。まとまったら、麺棒で伸ばして、折りたたむを五、六回繰り返します。そして、手の厚さぐらいに伸ばします。型抜きがあれば丸くくりぬいてもおしゃれですが、今日は適当な大きさに四角く切り分けます。切った断面には触れないようにしてください。生地はぬれ布巾に包んで、一時間ほど冷蔵庫に入れて休ませます。これでスコーンの生地は出来上がりです」

 銀鈴、茘娘、棗児が、鍋を持ってきた。

「次に、スコーンに添える果物の砂糖煮ジャムを作ります。朝のうちから、このようにぬるま湯に浸けておきました。浸ける時間は2、3時間ぐらいです」

 厨娘 は、干し果物を浸けた鍋の蓋を取った。

「この時季は生の果物は手に入りづらいので、ご覧のように干しあんず、干し桃、干しぶどうを使います。生でも、干し果物でも作り方は基本一緒です。違いは、砂糖の割合です。干し果物の場合は、干し果物の量に対して、砂糖は三割から五割です。生の果物では五割から七割です。すぐに食べ切るのであれば砂糖は少なめに、半年から1年の長期間保存するのであれば多めにしてください。浸け汁はひたひたぐらいで。足りないようでしたら、水をひたひたになるまで加えてください。では、中火で沸騰するまで加熱します。沸騰したら、中くらいの弱火で、好みのとろみになるまで煮詰めます。煮詰まったら、煮沸消毒した瓶に詰めます」

 銀鈴が鍋を持ち上げて、炉の弱火の位置に鍋を移した。

 鍋の中の干し果物が煮詰まってきた。干しあんず、干し桃、干しぶどうの甘い香りがただよってきた。

「保存のための、瓶の煮沸消毒の方法を説明します。瓶と蓋をよく洗います。瓶本体を沸騰した鍋も入れて、弱火で十分じっぷん煮て取り出します。取り出したら、蓋をサッと熱湯にくぐらせます。瓶の口を下にして、清潔な布巾の上で、乾燥させます。

 厨娘 が、煮沸消毒された瓶に果物の砂糖煮ジャムを詰めていった。

「瓶が熱いうちに、作りたての果物の砂糖煮ジャムを瓶の九割ほど入れます。このとき、瓶の口が汚れていたら拭いてください。蓋はきつからず、緩からず、適度に締めてください。一分ほど置くと、蓋が若干盛り上がってきます。そうしたら、蓋をほんの少し緩めます。シュッという音がするので、すぐに締め直します。底に布巾を敷いた鍋に瓶を立てて入れ、瓶の蓋の下までジャムの温度に近いお湯を入れてください。蓋にはお湯がかからないようにしてください。沸騰してから、十五分から二十分弱火で煮ます。自然に冷まして完成です。なお、封を開けた場合には数日で食べ切ってください。ですので、瓶は小さめがおすすめです。くれぐれも、果物の砂糖煮ジャムや、瓶や蓋の内側には、直接・間接を問わず、手を触れないようにしてください。傷みやすくなりますので。このように正しく詰められた瓶は、蓋が少しへこんでいます」

 厨娘 は、果物の砂糖煮ジャムを詰め終わった瓶を参加者に見せた。 

「それから、作った日付と開けた日付を書いたふだを貼っておいてください」


「スコーンの生地を休ませている間に、馬鈴薯じゃがいもスープを作ります。材料はご覧の通り、馬鈴薯じゃがいも、玉ネギ、乳酪バター、羊のゆで汁、乳です。羊のゆで汁はあったので使いますが、なければ水でも構いません。また、水餃子のゆで汁を使ってもいいですよ。ゆで汁にはダシが出ていますので。ただ、ゆで汁だと、塩辛いこともありますので、味を見て、塩辛いようなら、水や乳で薄めてください」

 銀鈴が厨娘 に、皮をむいた馬鈴薯じゃがいもと玉ネギを渡した。

馬鈴薯じゃがいもは薄い半月切りに、玉ネギは縦薄切りにしてください」

 厨娘 は馬鈴薯じゃがいもと玉ネギを切り始めた。

「切り終わりましたら、鍋に乳酪バター入れ、溶けたら玉ネギを炒めます。玉ネギがしんなりしてきたら、馬鈴薯じゃがいもを入れ、炒めます。全体に乳酪バターが回ったら、羊のゆで汁を入れて、馬鈴薯じゃがいもがくずれるぐらいまで煮ます」

 馬鈴薯じゃがいもが煮上がった。

「お玉でも、さじでも、麺棒でも何でも良いので、馬鈴薯じゃがいもをつぶします。なめらかにするため、形が残らないよう、ていねいにつぶしてください。こし器があれば、裏ごししてください。よりなめらかになります」

 銀鈴が、お玉で鍋の中の馬鈴薯じゃがいもをつぶした。

馬鈴薯じゃがいもがなめらかになったら、再び火にかけ、乳を好みの濃さになるまで加えて混ぜます」

 厨娘 は鍋に乳を入れ、しばらく煮詰めた。煮上がった鍋にふたをした。

馬鈴薯じゃがいもや玉ねぎは、わりと手に入りやすいですね。乳と乳酪バターは自家製のものがありますし。それにわりあい簡単ですね」

 部族長夫人も鍋の中の馬鈴薯じゃがいもも潰しながらうなずいた。

「泰西の料理って、もっと手に入りにくい材料が要るのかと思ってましたけど」

「このスープなら、普段食べてるもので作れますね」

 他の古馬族の女性からも、部族長夫人と同じような声が上がった。

「出来上がったスープは置いておいて、食べる直前に温め直します。それでは、スコーンの生地を焼きます。まず鍋を温めます」

 厨娘 は鍋を火にかけた。かぶれば笠にもなる、寿国で最も一般的な半球型のものだ。

「温まったら、スコーンの生地を並べます。ふくらみますので、少し離して置いてください。蓋をして、弱めの中火で、五分から七分ほど焼き、底がきれいなキツネ色になっていれば、ひっくり返します。蓋をして、再度五分から七分焼きます。ひっくり返した側の底が焼けていれば、蓋をして、ごく弱火で五分ほど焼きます。必ず蓋をすることと、底の焼き加減は頻繁に確かめてください。大餅ダービン焼餅シャオビンの焼き方にも似ています」

大餅ダービン焼餅シャオビンでしたら、城市まちの屋台でも売ってますわね」

 古馬族の女性から声が上がり、周りの他の古馬族の女性たちがうなずいた。

 大餅ダービンを二つ切りにし、袋状になった中に肉や野菜の具を詰めて売る屋台も多い。

 

「羊肉の揚げ物を作ります。材料は、子羊の肉――本来は牛肉で作るのですが、こちらで手に入りやすい羊肉を使います。揚げ方の基本は具にかかわらず同じです。ですから、子羊や子牛にこだわる必要はありません――、塩、胡椒、麺麭パン粉――硬くなった泰西の麺麭パンがあれば、包丁で粉状になるまで細かく刻んで使います。今日は、硬くなった揚げ麺麭パンを刻んで使います。使う麺麭パンは、甘くないものを使ってください――、卵、生乳皮クリーム、小麦粉、乳酪バターです」

 厨娘 が、台の上の材料を指差した。

「まずは、羊肉を中程度の厚さに切って、叩いて薄くします。卵を溶いて、塩、胡椒、生乳皮クリーム入れて、混ぜ合わせます。鍋に多めの乳酪バターを入れて溶かします。羊肉に小麦粉をまぶして、溶き卵の液に浸して、麺麭パン粉をつけます。そして、鍋に入れて揚げ焼きにします。『揚げ物』とは言いましたが、『揚げる』と『焼く』の中間ぐらいの感じです。乳酪バターの量は、肉がひたひたに浸かる程度です。

 厨娘 は、衣をつけた羊肉を鍋に入れて、揚げだした。

「揚がりましたら、紙の上で油を切り、乳酪バターを塗ります」

 きつね色の揚がった羊肉が皿に載せられた。


「最後のシュマーレンです。材料は、小麦粉、卵、乳、乳酪バター、砂糖、干しぶどう塩、先ほど作った果物の砂糖煮ジャムです。まず、干しぶどうをお湯で洗って、水気を切っておきます。卵黄、乳、砂糖を混ぜ合わせます。この液に、小麦粉を入れて、さらに混ぜます。卵白に塩を加えて、つのが立つまで泡立てます。泡立ったら、小麦粉に加えて、静かに混ぜます。乳酪バターを敷いた鍋に、生地を流して、干しぶどうを加えます。底面が焼けたらひっくり返し、半焼けの状態で、何本か束ねた箸で生地を崩し、弱火でさらに焼きます。皿に盛り、粉砂糖があればふりかけ、果物の砂糖煮ジャムと、好みで生乳酪フレッシュバターを添えます。形にこだわらないお菓子なので、その点ではやりやすいです。出来立てが食べたいので、スコーン、羊の揚げ物、シュマーレンと三組に分かれてやってください」


「ああー! ぐちゃぐちゃになっちゃった」 

 シュマーレンを焼いていた、五、六歳の女の子が叫んだ。

「いいの、いいの。シュマーレンってお菓子は、少しぐらいぐちゃぐちゃなほうがおいしんだから。長洛のお店でも、結構ぐちゃぐちゃで出てくるわよ」

 銀鈴は女の子の前で、わざとぐちゃぐちゃのシュマーレンを焼いてみせた。 


 馬鈴薯じゃがいもスープ、羊肉の揚げ物、シュマーレン、スコーンが出来上がった。忠元の口利きで、鉄道院から借り受けた泰西式食器に盛りつけられ、座卓の上に並べられた。白磁に青色で鉄道院の徽章である機関車の動輪が描かれた食器だ。

「せっかくですので、簡単に泰西式の食卓作法についてもお話しします」

 調理の講師の厨娘 と交代する形で、銀鈴が泰西式の食卓作法について話し始めた。

「食べる順番は、馬鈴薯じゃがいもスープ、前菜――今日は省略です――、主菜の羊肉の揚げ物、食後のお菓子のスコーンとシュマーレンです。まずはスープから。このように茶碗で出された場合、取っ手を持って茶碗に直接口をつけてのんでも、さじが添えてあれば、さじですくえるうちはすくって飲んで、すくえなくなってから直接茶碗に口をつけて飲んでも、どちらでも構いません」

 銀鈴は、羹茶碗スープカップの取っ手を持ち、直接口をつけた。

 それを見た古馬族の女性たちも、羹茶碗スープカップに直接口をつけたり、さじですくったりして、馬鈴薯じゃがいもスープを飲んだ。

「皇后さまが、乳茶ミルクティーを『馬鈴薯じゃがいもスープと似ている』とおっしゃっていましたけど、その通りですね。お茶の風味がないだけで、飲んだ感じは乳茶ミルクティーと近いですね」

 部族長夫人が感想を述べた。

「次に、羊肉の揚げ物の食べ方です。食卓用小刀ナイフ肉叉フォークを使います。このように持って、ひと口大に切り分けて食べます。お箸で食べる場合には、包丁で食べやすい大きさに切り分けて盛りつけてください」

 銀鈴は、食卓用小刀ナイフ肉叉フォークで、羊肉の揚げ物をひと口大に切り分け、口にした。

 古馬族の女性たちも、銀鈴のまねをして、食卓用小刀と肉叉フォークを使って、羊肉の揚げ物を切り分けて口に運んだ。

「鶏のから揚げは城市まちの食堂で食べることもあるけど、この羊の揚げ物は乳酪バターをたっぷり使っているから、わりとなじみやすいわね」

「そうね。さっきの馬鈴薯じゃがいもスープもそうだけど、もっと変わった感じかと思ったんだけど」

 古馬族の女性たちは感想を言いながら食べていた。

「それでは、泰西式の乳茶ミルクティー淹れ方について説明します。まず急須をしっかりと温めます。紅茶碗のほうは温めません。急須の蓋が熱くなったのが目安です。お湯は沸かしたてのものを使ってください。そのほうが味が良くなるので」

 銀鈴は目の前の泰西式急須の蓋を触った。

「急須が温まったら、お湯を捨てます。そして、急須にお茶葉を入れます。お茶葉の量は、重さなら、一杯分二、三瓦グラム、紅茶用のさじなら細かいお茶葉なら中盛り、大きなお茶葉なら大盛り一杯です」

 銀鈴が、紅茶用のさじで紅茶の茶葉を急須に入れていった。

「そうしたら、勢いよくお湯を注ぎます。そして三分待ちます。この間に、紅茶茶碗に冷たい乳を注いでおきます」 

 

 三分後。

「紅茶がちょうどいい具合に出ましたので、紅茶茶碗に注ぎ分けます。シュレーマンの食べ方は先ほどの羊の揚げ物と同じで、食卓用小刀と肉叉フォークで食べやすい大きさに切り分けてください。お箸の場合は、軟らかいのでお箸で切れますよ。スコーンは、うまく膨らんで焼けていればお腹が割れていますので、手で二つ割にして、生乳酪フレッシュバターと果物の砂糖煮ジャムを塗って食べます。生乳酪フレッシュバターを先に塗るかはお好みです」

 銀鈴は、紅茶を注ぎ分け、食卓用小刀と肉叉フォークでシュレーマンを切り分けて口に運び、スコーンに生乳酪フレッシュバターと果物の砂糖煮ジャムを塗って食べた。

焼餅シャオビンは噛み応えがあって、噛みしめるとおいしいけど、スコーンは表面がサクサク、口の中でホロっととろけますね」

「その辺にある食材で、泰西の料理やお菓子は結構作れるんですね」

「ほんとね。州城や、それこそ長洛まで行かないと買えない材料もあるんじゃないかと思ってたんですけど。今日、教わったものなら常にあるか、その辺の県城でも買えそうなものばかりですね」

 参加者の古馬族の女性たちも、食卓用小刀と肉叉フォークでシュレーマンを口にし、スコーンをほおばり、紅茶を飲んでいた。

 州城とは州庁所在地、県城とは県庁所在地。県は、最も大きい地方行政単位「州」の下の地方行政単位。

「確かに今日お教えしたお料理とお菓子は、皆さんが手に入れやすい材料で作れることを重視しました。ですが、もともと泰西のお菓子は、乳酪バター乳皮クリームを使うことが多いです。寿国のお菓子の象徴が、あんまんなどのあんこだとすれば、泰西のお菓子の象徴が乳酪バター乳皮クリームなどの“乳類”です。普段から乳類を口にされている皆さんのほうが、農耕地区の人たちよりも、乳類の良さを引き出せるのでは? スコーンには、ご自慢の生乳酪フレッシュバターがよく合いますし、シュマーレンはふくらし粉も要りませんから」

 厨娘 は、スコーンに生乳酪フレッシュバターとあんずの砂糖煮ジャムを塗った。

「そうですよ。泰西の国の駐在使節からお茶会に招かれたことがあって、スコーンと乳皮クリームを出されたことがあったんです。その時の乳皮クリームよりも、この生乳酪フレッシュバターのほうがおいしいですよ。乳酪バターって聞いてますが、乳皮クリームと言ってもいいぐらいですよ。使節団の皆さんも、『良い乳皮クリームが手に入らない』ってぼやいてしましたからね」

 銀鈴は、シュマーレンに生乳酪フレッシュバターと、桃の砂糖煮ジャムを塗った。

「わたくしたちの普段よく食す、普通の乳酪バター生乳酪フレッシュバターがこれほど泰西のお料理やお菓子に合うとは思いませんでした」

 部族長夫人は、ぶどうの砂糖煮ジャム生乳酪フレッシュバターを塗ったスコーンを口にした。

「奥さまのおっしゃる通り、本当に驚きましたよ。材料もわりと手に入りやすいものですし。こんなに化けるなんて⁉」

 他の古馬族の女性たちからも驚きの声が上がった。

「ねえ、この生乳酪フレッシュバターは長洛で売れない? 銀鈴も言ったけど、異国の駐在使節も乳皮クリームの入手には苦労してるし、長洛には泰西茶屋が何件かあるし。いい商売になるんじゃないの?」

 香々は紅茶茶碗を受け皿に置いて、部族長夫人に言った。

「大おばさま、何もここで商売の話をしなくてもいいじゃないですか。いくら交易の城市まち、火昌の出だからといっても。まあ、わたしもこの生乳酪フレッシュバターが長洛で簡単に食べられればいいですけど」

「太后さま、皇后さま、お気に召していただいて光栄でございます。ただ、普通の乳酪バターなら保存の仕方次第で月単位、年単位で日持ちもしますが、この生乳酪フレッシュバターは、できたその日のうちに食べるものでして。蒼寧の駅から汽車で送って、着いてすぐ召し上がっていただけるか、ギリギリですね。まあ、長洛郊外に牧場を造って牛を飼えば、長洛で生乳酪フレッシュバターを売ることは可能ですが」

 長洛―蒼寧間は、他の列車を退避させ、最優先で運転した御召列車でも二十時間かかった。

「果物の砂糖煮ジャムもおいしいですね」

「揚げ麺麭パンにつけてもおいしんじゃない?」

 古馬族の女性たちも果物の砂糖煮ジャムを楽しんでいた。

「揚げ麺麭パン持ってくる!」

 シュマーレンを焼いていた女の子が声を張り上げ、大天幕を飛び出していった。   


「奥さま、持ってきました」

 女の子がカゴに山盛りなった揚げ麺麭パンを持って帰ってきた。

「ありがとう。皆さんもどうぞ」

 部族長夫人は、女の子から揚げ麺麭パンのカゴを受け取り、参加者たちに回した。

「果物の砂糖煮ジャム、揚げ麺麭パンに合うわね」

「ほんとね。普段は、そのまま食べるか、砂糖をつけるか、乳茶ミルクティーに浸すかだけど、砂糖煮ジャムをつけるのも良いわね。特にぶどうがいいわ」

「わたしは桃」

「あんずもお忘れなく」

「果物の砂糖煮ジャムは、きちんと処理をすれば、半年から一年も持つというし、作り置きしておいたほうが良さそうね」

 古馬族の女性たちから声が上がった。

「果物の砂糖煮ジャム、人気ですね」

 銀鈴は部族長夫人に声をかけた。

「わたくしたちのお料理は、香草、胡椒、しょうが、にんにく程度は使いますが、味付けは基本的に塩味なので、どうしても単調になってしまいますね。揚げ麺麭パンも、砂糖をまぶさないと、乳茶ミルクティーに浸しても、塩味なので。果物の砂糖煮ジャムをつけると、砂糖の甘さのほか、果物の風味も加わって、おいしゅうぐざいます」

 部族長夫人は、銀鈴に答えながら、揚げ麺麭パンに果物の砂糖煮ジャムを塗って口にした。


 大天幕の片付けも終わって、銀鈴が口を開いた。

「これでお料理教室はお開きにします。皆さんに喜んでもらえてうれしいです」

「急に開くことになったので、教本を用意するなど十分な準備もできず失礼しました。こちらの食生活や手に入りやすい材料も分かりましたので、今日お教えしたもの基にした小冊子と、皆さんが作りやすい泰西料理やお菓子の教本を選んで、後日お送りします」

 厨娘 が、銀鈴のあいさつを引き継いだ。

「えっ、今日の教室の内容の小冊子に、泰西料理やお菓子の教本まで⁉ そこまでしていただいて本当によろしいのですか?」

 部族長夫人が声を上げた。

「気にしないでください。果物の砂糖煮ジャムはずいぶんお気に召したようですが、瓶の詰め方を間違えると長持ちしませんから。まだまだお教えしたいこともありましたから」

「厨娘 の言う通りですよ。じん、陛下からも許可を取ってありますし、後宮劇団で地方興行をやったときには、興行先で乞われて古典や歴史なんかの講義をすることもあったようですから。それに、今日のお料理教室は本当に楽しかったです。ねえ、みんな?」

 銀鈴は、茘娘・棗児たち、手伝いの女官・宮女に問いかけた。

「そうですよ。楽しかったですよ」

「銀后さまほどじゃないですけど、後宮では寿国はもちろん、異国の珍しいお料理やお菓子が出るので楽しいです。今日は皆さんとそれをご一緒できて良かったですよ」

 茘娘・棗児が、銀鈴の問いに答えた。他の女官・宮女たちもうなずいていた。

「今日はこれほどの教室を開いてくださって、ありがとうございました」

「ありがとうございました」

 部族長夫人がお礼を述べ深く頭を下げると、他の参加者もお礼を唱和し、一斉に頭を下げた。

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