ネズミちゃんは知っている
私はネズミちゃん。お城に住んでるの。
本当にネズミではないが、まあ、お城に入り込んでいる浮浪児といったところ。それでも小ぎれいに洗われたり着替えたりさせてもらえるのは、新人の子が王子様やお姫様のお世話をする練習なんだって。
ネズミちゃんは時々増えたり減ったりする。分裂するんじゃないよ。同じネズミちゃんって言われる子がってことだよ。
分裂って難しい言葉だよね。誰が教えてくれたかな。
おぼえてないや。
まあ、とにかく、ネズミちゃんが知っているのはお城のことだけ。ほかのことは何も……。
そう言えばこの間こんなひどい言葉をきいたの。
「王子だからって、求婚に応じやがって。
婚約破棄してすぐに乗り換えるなんて、前から繋がってやがったんだ。
あんな貧相な女でも閨ではましだったんだろう。どうにかもう一度……」
ネズミちゃん、首を傾げちゃった。そこに含まれたものをいろいろ想像して諦めた。ぜんぜんわかんないんだもん。
だから、ネズミちゃんの知識で勝手に推測しようと思う。
この男より王子のほうが良いか。圧倒的に圧勝。
この世界の王子というのは、それなりに価値があるの。王家の血を引いているだけではなくて、その母親もそれなりに権力を持つ実家がある。そうじゃないと死んじゃうんだって!
それでも最近は王家の権力が減っていて王子にも慰謝料請求して離婚しちゃうんだって。すごいよね。でも、慰謝料請求なんてするような人は後ろ盾があるか、元々の身分がそれなりにあるってこと。あるいは本人がとんでもない実力者か。
そうでなければ、黙殺、手切れ金、どこかに隠居、幽閉、毒殺、好きなのを、選んでね!
ほんとうに人に話を聞いてもらうって難しいね。
ネズミちゃんはネズミちゃんだから人に聞いてもらえるなんてことないんだけど。ネズミちゃんもお話を聞いてほしいとは思わないから一緒かな。
まあ、とにかく、王子様ってのは資産価値がある。
価値があるものに媚を売ろうが体を売ろうが別におかしくないでしょ? 利益を得るためか、不利益を得ないため。
あるいは、恋情、愛情のため。
自分を賭け金に。
その結果、望んで不幸になって、望まずに幸福になったっていいんじゃないかな。
なんて思ったけど、ネズミちゃんはネズミちゃんなので黙っている。ネズミちゃんはいい子だから、話していい人は知っているの。
でも、なんか、腹が立つものいいだなって思ったの。
侮蔑がなければ、そういわないでしょう? 少しは反省するものでしょ?
ほんと、嫌なこと聞いたなって。
音は消えても聞いた記憶は簡単に消えてくれないの。
だからね、そっと、囁くの。
王家の誇りを穢すものがいるぞと。
敵が来たわ。
狩りの始まりよ。
歌うような声は残忍で、ネズミちゃんは震えてしまう。
猫は番人。王家の狩り手。私はただのネズミちゃん。猫の前で怯えたように報告するだけ。
うまくやらないと、私たちは……。
私は可愛いネズミちゃん。
ずっと、お城に住んでるの。ずっとずっと。
怖い猫と一緒に。
狩られないように、誰かの失態を告げるの。
減ったりしたネズミちゃんたちは……。