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歴史系

夕陽の中で、男は彼女の姿を求めた

掲載日:2023/11/14

本作は、家紋武範様主催の「夕焼け企画」参加作品です。

 男は秘書代わりの助手に声をかけ、構内を歩き始めた。

 この地方(ワルシャワ)の秋の風は冷たい。

 はらりはらりと、木の葉が落ちて行く。


 寒さにも風にも負けず、ベンチでは若い男女が語り合っている。

 ウチの学生だろうか。

 二人でいれば、寒さも気にならないのだろう。


 老年に差し掛かった男の顔に、笑みが浮かぶ。


 ――そうだな、私も、私と君も、寒さなんて気にならなかったね。


『ねえ、カジー。別々に落ちた葉っぱが、地面で重なる確率って、どれくらいだろう?』

『さあね。重なるって、葉っぱ同士が完全に一致すること? それとも八割方が重なれば、そう見なすの?』


 あの時も秋だった。

 落ちて行く葉は、夕陽を照り返して黄金色だった。


『もう! そんな前提条件を聞いているわけじゃないわ』

『ごめんごめん。でも、数学者にとって、前提は必須だからね』


 唇を尖らすマリアの顔も、夕陽の色に染まっていた。


『真空状態じゃないと、計算出来ないな。でもマリア、何故そんなことを?』


 マリアは目を細める。

 彼女の額の綺麗な曲線は、計算で出せるのだろうか。


『確率計算が出来ないような、人間同士の関係と、ちょっと似ているって思ったの』


 あの時は二人共、二十代前半だった。

 未来への希望と同量の不安を抱いていた。

 若い男は女より臆病だ。

 低い確率の成功事例よりも、規定路線を歩く方が良い。


 マリアは違った。

 夕陽を眺め、こんなことも言っていた。


『太陽と同じような熱量を、地上で産み出すことって、出来ないかしら?』

『どうだろう。何か新しい物質でも使わないと』


 その後、男はひたすら計算を続け、破綻のない生活を進んだ。

 マリアは太陽の代わりになるような物質を、探し続けたのだ。

 彼女の命を削りながら……。


 あの時、男が全ての柵を越えていたら、どうなっていただろう。

 

 いや、これで良かったのだと男は頭を振る。

 マリアの才能を伸ばすのは、自分ではなかったのだから。


 構内を歩いて、男はいつもの場所に辿り着く。

 マリアに会える場所に。

 

 あれから四半世紀が過ぎた。

 でもここに居るマリアは、あの時と同じに見える。

 夕陽を受けて、柔らかい微笑みを浮かべている。


 少しの時間、男も時を遡り、マリアの面影に語り続けた。

 

「君が見つけた物質は、莫大なエネルギーを秘めているね。まるで君みたいだ」


 助手が呼びに来るまで、カジーことカジミェシュ・ジョラフスキは、そこに建つ像に語りかけていたという。

 像のモデル、マリアとは、マリ・キュリーの名で知られている。

お読みくださいまして、ありがとうございました!!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 「夕焼け企画」から拝読させていただきました。 ふふふ。実は私、拙作に三俣真理というマリ・キュリーに憧れる女子高生を登場させた時に調べたので、すぐに分かりましたw まあカジーが優柔不断でなか…
[良い点] 企画から読ませて頂きました。 マリアって誰? って思ってたらキュリー夫人の事でしたか。 偉い科学者にも青春があったんだなぁと改めて思いました。 読ませて頂きありがとうございます。 …
[良い点]  歴史には詳しくないし、登場人物の方の事も知らないのですが、数学が苦手な私には、数学が得意な方って、数学で、こんなにオシャレな会話ができるんだ!と、新鮮でした。
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