本日をもって僕は「ひまわり」を返上します
「もっと顔を上げて」
「そんなんじゃ大きくなれないぞ」
ここはひまわり畑。夏の青空と一面に広がる黄色とのコントラストが美しいと評判のスポットだ。
「嫌だ。眩しいしずっと上を向くのは疲れるよ」
兄弟達は皆お日さまが大好き。朝は揃って東を向き、一日中追いかけ沈むと同時に眠る。花の形もそっくりでまるで恋しているかのよう。でも僕には、どうしてそこまでするのか理解できなかった。
「第一、僕の所までお日さまは届かないよ」
そう、僕は小さかった。
お日さまの光を浴びた兄弟達はすくすく育ち、いつの間にか僕は皆の影になっていた。これではいくら背伸びしたって上を向いたってちっとも大きくなりはしない。
「でもそのままだと死んじゃうよ」
「いいんだ。僕はお日さまなんていらない」
お日さまよりも大切なものがあるのだから。
夜、皆が寝静まった頃、僕はいそいそと起き上がる。
兄弟達は下を向き、昼間よりも広く見やすくなった頭上に光る圧倒的な存在。
「こんばんは、お月さま」
「また起きていたのかい? いけない子だね」
夜空に浮かぶお月さま。
優しい光、穏やかな語り口、美しい姿。あんな暴力的な光を放つお日さまよりよほど素敵だと思う。
「昼に寝てるから大丈夫」
「けれど、また小さくなったのではないかい?」
「そうかな? あまり気にならないけど」
実際そうなのかもしれない。兄弟達との身長差は広がるばかりだ。でもお月さまとお話しできるならそんなこと全く問題ない。
「今日はどんなお話をしてくれるの?」
「そうだねぇ」
お月さまは物知りだ。色んなお話をおもしろおかしく聞かせてくれる。心地の良い声で語られるお話に僕は夢中で聞き惚れるのだ。
「坊や、本当に大丈夫かい?」
「……大丈夫だよ、ちょっと疲れただけだから」
あれから何日経っただろう。僕はますます小さくなった。花は萎れ茎は茶色くなり、もう立つこともできない。日がな一日横たわり夜が来るのをじっと待つ。きっと間も無く土に還るのだろう。
「お月さま、僕、なりたいものがあるんだ」
「なりたいもの?」
「前にお話してくれた、生まれ変わりのお話」
「ああ、覚えているよ」
「会いに行くから。待ってて、欲しいな……」
「お月さま、こんばんは!」
「こんばんは。今日も元気だね」
「うん! 早くお話聞かせて!」
今夜も空に月が舞う。最近、その傍に新しい仲間が増えたという。生まれたばかりのその小さな星は、お月さまといつまでも一緒に楽しく過ごしたのでした。