アランの決心
レオリードの執務室をでたあと、アランは庭へ出ていた。
頭に血が上っている。
その自覚があるから、少し風にあたって頭を冷やしたかった。
(キアルの言っていることは、正しいよね)
そのことはアランだって、分かっている。
けれど、シスツィーアが自分の側から離れていく。
シスツィーアを自分から引き離そうとする。
そのことは許容できなかった。
(キアルは知らないからだよ。ツィーアがいなければ、僕が生きていけなことを。だから、勝手なこと言えるんだよね)
シスツィーアがいれば、アランは他の人と変わらない生活ができる。
それが他の者に知れたら、きっとシスツィーアをアランの側に置くことに反対はでない。
アランを疎ましく思う連中もいるけれど、それだって表立っては反対できない。
シスツィーアから魔力を貰っても、自分の魔力を作る機能は損なわれてない。
定期的に行われる検査でも、それは証明されている。
(僕の魔力は作られて、そして奪われている)
それは今も続いているけれど
シスツィーアと魔力性質が同じ。
それが作用しているのか、彼女からの魔力はアランに悪い影響を与えていない。
だから、理由は調べられるだろうけど、シスツィーアをアランの側に置くことに問題はない。
アランもいずれは父のあとを継いで、国王になれる。
でもそれは、シスツィーアの献身があってこそ
このことが明るみになれば、シスツィーアはきっと本人がどんなに抵抗しようと、どんな思いをしようと、生涯アランの側に置かれる。
もちろん身の安全は保障されるし、城の中で王族と同じような生活もできる。
ただ、アランから離れられないだけだ
アランが反対したところで、誰も従わない。
『アランが王族のつとめを果たすこと』
それが、王族にとっての、臣下にとっての、最優先。
それが分かっているからこそ、アランはシスツィーアの意思で側にいて欲しかった。
結婚したいとかそんな思いはない。ただ、このまま側近としてでいいから
アランが強制するわけでなく、シスツィーアが納得して
シスツィーアがシスツィーアのままで、側にいて欲しかった。
最初はシスツィーアを、命令して強制的にでも側に置けばいいと、考えないわけではなかった。
けれどシスツィーアは、アランが寝たきりでもそうでなくても、いつも同じ態度で接してくれた。
迷惑がらずに、嫌な顔一つせずに魔力をくれた。
アランを蔑むことなく、自分に出来ることを一生懸命して、笑顔で接してくれた。
泣いてるときは、慰めてくれた。
それだけでアランの中から、シスツィーアを利用しようという考えがなくなってしまって。
(我ながら、甘いかな)
キアルが知ったらまた怒るだろうし、自分でも苦笑するしかないけれど、
レオリードと比べずに、アランをアランとして扱ってくれたシスツィーア。
それだけで、アランはシスツィーアを利用しようとする気持ちがなくなって
友人になりたいと
ずっと側にいて欲しいと、願うようになったのだ。
「アランディール殿下」
そっと、メイドが声を掛けてくる。
「なに?」
「昼食は如何いたしましょう?お部屋に運ばせますか?」
アランは三食をきちんと摂るように、医師から言われている。
今まで、寝たきりの生活で最低限の栄養しか取れなかった。だから、身体の為にも医師と料理人が相談して作る食事を、必ず摂るようにと言われているのだ。
メイドが声を掛けてきたのも、その為だろう。
「食べるよ。食堂へ行く」
「かしこまりました」
遅くなったからか食堂には誰もいなくて。
一人きりで食事を摂って、部屋に戻る。
昨日のことがあるから、午後からは部屋で休むけれど、
「アラン殿下の側近は、謹慎となったそうですわね」
夕食の席で、国王の側妃からそう言われた。
今日の夕食の席には、国王と王妃はいない。
ふたりは公務で出かけており、まだ戻ってきてなくて。だからこその側妃からの言葉だろう。
「よくご存じですね」
「ええ。小耳に挟んだものですから」
少しだけ愉悦を含んだ、側妃の笑顔。
側妃はアランが普通の生活を送れるようになったことを、表面上は喜んでいても内心は忌々しく思っていて。
いつもならレオリードが間に立って、側妃のアランへの非礼を防ぐのだが、今日はレオリードもいない。異母弟のリオリースは不安そうに瞳をゆらゆらさせるだけで、どう立ち回って良いのか分からずにいた。
(そう言えば、お昼に体調悪そうだっけ。お見舞いに行った方が良いかな)
自分の体調不良がうつったかもしれない。そう考えると、レオリードに申し訳ない気持ちで、更に自己嫌悪に陥りそうだった。
「殿下の足を引っ張ることしか出来ない方なんて、解任されては如何でしょう?きっとその方が、殿下の為でもありますわ」
「ご心配ありがとうございます。ですが、彼女は解任しません」
「まぁ。けれど、彼女も解任された方が良いと、そう考えているかもしれませんわよ。女性なのに身体に傷をつけるなんて、わたくしなら耐えられませんわ」
「どういう意味ですか?」
思い当たることがないアランは、怪訝そうに訊ねる。
「あら?ご存じありませんの?殿下の側近として殿下をお守りできるように、騎士団長から護衛の真似事を教わっておいででしたわ」
目を見開くアランへ、おかしそうに笑みを深めて
「下位貴族ですもの。礼儀作法もなっておりませんでしょう?メイド長からも、随分と厳しく躾けられていたそうですわ」
側妃の更に告げる声が、妙にアランの耳に響いて。
「ご存じありませんでしたの?もしかすると、彼女も恥ずかしくて言えなかったのかもしれませんわね。ご自分が、殿下のお側にいるにふさわしい振る舞いができないばかりか、かえって殿下の品位を下げるだなんて」
どこか嘲るように言う側妃。
「あなたにはその程度の者しか、側にはいないでしょう?」
そんなアランへの侮蔑を含んでいて
ぎゅっ。アランは一度目を閉じて、ゆっくりと側妃と視線を合わせる。
「教えてくれて、ありがとうございます。けれど、彼女ならきっと、やり遂げてくれると信じています」
泰然と微笑んでアランが言うと、側妃は気圧されたように一瞬目を見張り。
そしてすぐに、申し訳なさそうな笑みを浮かべて謝罪する。
「差し出がましいことを申し上げましたわ。お許しください」
「いえ。僕が頼りないからでしょう。ご心配をおかけしました」
シスツィーアとの、すれ違いの理由。
それは全部アランの為で
(ツィーア。ごめんね)
部屋に戻り、早めに休む。
明日シスツィーアは来ないけれど、アランは公務の続きをするつもりだ。
今のアランに出来ることは、シスツィーアがいない間も心配を掛けないように、彼女の負担を少しでも減らせるように、過ごすこと。
そして、シスツィーアが戻ってきたら
(守られてばかりじゃダメだ。僕も、彼女を守る)
今までも彼女を守っているつもりだった。けれどそれは全然足りてない。
王座につきたいとも思わないし、異母兄こそその座に相応しいと思っている。
けれど
(僕に力がなくて、大切なものを守れない。まわりに好き勝手言われて、利用される。そんなのは、冗談じゃない)
アランがこの先、大切なものを守るためには、自分の思い描いた道を歩むためには
その地位に相応しい能力を示し、揺るぎない存在になること
『正当な王位継承者』の存在を、貴族たちに認めさせる
(誰にも、僕の邪魔をさせない)
そう決心した。
最後までお読み下さり、ありがとうございます。




