親睦会 ⑤
じっと黙ったまま、テーブルに視線を落とすシスツィーア。
シスツィーアは自覚していないが、キアルとオルレンから見ると十分むっとしていて。
キアルが声を掛けても、シスツィーアの雰囲気もさっきまでの弱弱しいものではなくなって
それどころか静かな圧のようなものを感じて、キアルは口ごもってしまった。
誤解させたかと、「嫌って言ったわけではないし、頑張ってる」そう言い添えたけれど、シスツィーアはキアルの言葉をほとんど聞き流していて、返事もばっさり切り捨てる口調で。
キアルもオルレンも、「女性の涙に惑わされない」「脅しには屈しない」そんな教育は受けている。だから、シスツィーアが涙目になろうが不機嫌になろうが揺らがないはずなのだが・・・
目に涙を浮かべながら、少しだけ怒ったように黙ったシスツィーア。
「おい、オルレン。どうすればいいんだ?」
「私に聞かないでください」
キアルは自分のどの言葉がこの状態を引き起こしたのか、分からずに困惑するばかりで・・・
オルレンもいつもとは違うシスツィーアへ、どう声を掛けていいのか迷い
二人とも彼女へどう接していいのか、分からずにいた。
そもそもキアルがシスツィーアに、側近を辞退するように話をしようとなったのは
「んー」
「キアル、お行儀悪いですよ」
「んー」
レオリードの執務室をあとにしたキアルとオルレンは、食堂で昼食を摂っていた。
いつもならキアルが話をしてオルレンが聞き手になるのだが、午前中の出来事が尾を引いているのか、キアルは黙って主菜をつついていて、食事は進んでいない。
「なんで、バレたんだろ?」
「あなたの好きな人ですか?」
「そ。アランにバレてるとは思わなかった」
キアルとは違って、アランはこの食堂には来ない。
彼女はメイドとは言えアランの部屋付きでもないし、社交界デビューをしていないアランとキアルの好きな女性には接点がなかった。
「どなたかに聞いたのでしょう」
「そうだろうけどなー」
アランが独自の情報網を持っているとは考えにくくて、そうなると一番疑わしいのは義伯母である王妃。
そうなると、キアルの想いは国王にまで知られている可能性があって・・・
「恥ずかしいんだけど・・・」
「そうですか」
ぽつりと呟いて、「うー」と主菜をさらにつつくキアルを放って、オルレンは食事を続ける。
キアルは次男で継ぐ家もない。継承権があるとは言え、現国王の子であるアランやレオリードよりも低いし、まず回ってくるとは思わなかった。
公爵家を継ぐ兄とは違って婚約者もいないし、そもそもキアルに「結婚・婚約者」の話を両親はあまりしない。たぶん結婚してもしなくても、どちらでもいいと考えているのだろう。
だからキアルは、誰と結婚しようが誰に想いを寄せようが、誰にも迷惑かけないと思っていたのだ。
「オレが王座につくことって、絶対にないんだけど」
「そうですか」
オルレンとしては、継承権に関することは自分の範疇外。黙って聞き手に徹するしかない。
「おう。だからレオンの側近になったんだぞ。伯父上はオレに、王座に相応しくないって考えたんだろ」
伯父から「アランとレオリードのどちらかの側近に」と、そう言われたのは自分が王座に相応しくないから。
キアルはそう考えていたし、実際に自分に国王が向いているとも、国王になりたいとも思っていなかった。
けれど
「アランは、自分が王位を継ぐって意識ないよな」
「そうですか」
食事をつつくのを止めて、頬杖をつくキアル。
そもそも『正当な王位継承者』がいるのに、現国王の息子だっているのに、キアルに王座が回ってくることなんてありえない。
アランが寝たきりで時期国王となるのは難しいと、誰の目にも明らかだったのに、国王はレオリードを王太子としなかった。
それはアランの回復を信じて、ぎりぎりまで待っていたとも言える。
アランが今後、王太子となる可能性は高い。
冷静に考えればすぐに分かる事だ。
それなのに、キアルのことをわざわざ持ち出して
その上、「ツィーアに、ずっと側にいて欲しいと思っている」と言うなんて
「それだけ、シスツィーア嬢と離れたくないって、ことだよな」
『正当な王位継承者』としての自覚が薄いと、キアルが感じても仕方なかった。
(アランはシスツィーア嬢のこと、好きなのか?)
それなら、好きな人と離れたくない気持ちは分からなくもない。
あんなにキアルに怒った、アランの気持ちも理解できる。
(けどなー。シスツィーア嬢に「恋してる」とは見えないんだよなー)
シスツィーアと仲が良いのは事実だけれど、「友人ができた」と喜んでいるだけとも言える。
(無自覚、か?)
それは十分にあり得るが、それならもう一人似たようなのがいるし、キアルの見たところあっちの方が重症だ。
それにシスツィーアは、アランに恋心を抱いているようには見えない。
ふぅ。キアルはため息をつく。
どちらにしろ遅かれ早かれ、シスツィーアはアランの側にいることができなくなる。
他の側近候補や婚約者ができれば、邪険にされるのは分かり切っているし、シスツィーアはそれに耐えるしかないことも。
そして、「アランに相応しくない」と、傷つくだけ傷ついて解任されるだろう。
アランがどんなに頑張ったところで、周りの圧力に負けて受け入れるしかなくなる。
(んー。シスツィーア嬢を説得する方が、早いか?)
キアルにしても、弱音も吐かずにアランの為に懸命に頑張る彼女は、好感の持てる相手。
だから、できればこんなことしたくないが
アランが傷つかないうちに、傷が浅いうちに引導を渡すのも、キアルの役目ではないか?
そう考えたのだ。
本当ならアルデス家まで出向くかと思っていたが、まだ城内にいると知り探してみることにした。
オルレンにお茶の用意をするように頼み、シスツィーアを探して
諦めようとしたときに、シスツィーアに会って「親睦会」と称して部屋に招いた。
最初は、キアルの思惑通りに事は進んでいたはずだった。
シスツィーアがリューミラと仲が良いのを、アルツィードがシスツィーアを可愛がっていることを突いて、両家への援助や口添えを約束すれば、シスツィーア個人にも出来るだけの便宜を図れば、大人しく従ってくれる。
そう簡単に考えていたのだ。
それが、なぜかシスツィーアを怒らせてしまった。
なぜ怒ってしまったのかは分からない。
けれど、キアルは一番大切なことを聞き忘れていたことを思い出して
「あのさ、シスツィーア嬢。シスツィーア嬢はさ、アランの側近続けたいのか?」
そう問いかけた。
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