王族としての自覚 ②
「シスツィーア嬢!」
キアルの鋭い、怒気を含んだ声。
「っ!」
さすがにシスツィーアも一瞬で正気に戻って
「申し訳ありません!」
目を見開いてアランを見たあと、勢いよく頭を下げる。
(どうしよう・・・やってしまったわ・・・)
怒鳴られた恐怖からか、シスツィーアの目には涙が浮かぶ。
今の自分の行いが、『王族に対しての不敬罪』にあたる。
そのことに青ざめるが、それよりも腕を引っ張る、強引なアランにむっとしたのも事実で。
(アランは、心配してくれただけなのに)
本当なら、午前中にメイド長と一緒に家具の運び入れを行うはずだった。
けれどメイド長の予定が変わって午後からになったため、シスツィーアは午後の予定だった騎士団長のところで訓練を受けていた。
「遅い!」
今日は上手く身体を動かすことができずに、騎士団長から叱責されることが多くて。
敵役の騎士が振り上げた棒を防ごうとして手にあたって、みみず腫れのような赤い跡が残ってしまったのだ。
医務室に行こうかとも考えたが、棒が当たった時はジンっと痺れていた右手も、しばらくすれば痺れは治まって痛みも引いた。
だから、そのまま執務室へ行ったのだ。
(まさか、アランが気付くなんて・・・)
赤い跡はうっすらだったし長袖のブラウスを着ていたから、アランが気付くなんて思いもしなかった。
そもそも反射的に手を振り払うなんて、びっくりしたのもあるけど、心のどこかにあった、アランに対しての不満。それを自制できなかったからだ。
昨日は具合が悪かったと言え、妙に不機嫌だったアラン。
(なんであんなに不機嫌だったのかしら・・・?わたし、なにかいけなかった?)
シスツィーアはシスツィーアなりに、アランに迷惑を掛けないように頑張ってきた。
魔力を渡したら身体は重くなって、疲れた感じになるけど、アランに普通に過ごして欲しかったから、できるだけ気づかれないように振る舞っていた。
騎士団長との慣れない訓練だって、メイド長からのお茶の淹れ方だって
『お仕事に必要だから』
側近の仕事を引き受けたのはシスツィーアだから、一生懸命にしてきた。
けれど、アランのところで仕事をするようになったから
アルデス家とも生家とも、かろうじてあった繋がりもなくなりそうで
それだけじゃなくて、
ひとりで放り出されそうな不安や、心細さとかが消えなくて
(なんで、わたしばっかり・・・)
訓練中、そんなことが頭をよぎってしまって、怪我もしてしまった。
けれど、そんなことは関係なくて
「申し訳ありませんでした」
下げた頭のまま、更に謝罪を重ねる。
「今のは王族に対する不敬罪として、処罰されてもおかしくない」
「・・・はい」
「ちょっとキアル!」
当然だ。王族の手を振り払うなんて、してはいけない。するにしても、もっとやんわりとした穏やかなやり方でするべきだ。
ふたりの会話を聞いて、慌ててアランが間に入る。
「僕がツィーアに急に触ったからだろ!?僕は気にしてないし」
「そういうわけに参りません。どんな理由で会っても、王族に手を上げたことには変わりがないのですから」
いつもとは違い、キアルの態度は王族に対する家臣の姿。
アランは呆然として、キアルを見つめる。
(嫌がるツィーアの手を無理やり掴んだのは、僕なのに)
シスツィーアは涙を止めて、唇をきゅっと噛みしめる。
(キアルさまの言っていることは、当然のことよ)
守られるべき王族に、怪我を負わせるところだった。
今回、アランに怪我はなかった。
けれど、振り払った時に、例えばシスツィーアの爪でアランの手をひっかいてしまったら・・・?
それは、シスツィーアの落ち度になる。
「申し訳ありません。せっかくの殿下のお気遣いを無下にし、お怪我を負わせるところでした」
「ツィーア!?」
「処罰をお受けします」
「っ!」
戸惑いをみせるアランに、頭を下げたままのシスツィーア。
アランはレオリードを見るが、彼もつらそうに歯を食いしばっている。
(どうしようも・・・ないの・・・?)
キアルの姿勢は揺らがない。
レオリードも、目をそらしていて
今この場でアランに出来ることは、なかった。
「・・処分は、明日伝える。だから、今日はもう帰って」
「畏まりました」
ぐっと歯を食いしばって、かろうじて絞り出したアランの声。
シスツィーアも少し震えた声で答え、頭をあげたシスツィーアとアランの視線が交わる。
二人とも泣きそうな顔をしていて
シスツィーアはアランの視線を振り切るように、レオリードへも謝罪する
「レオリード殿下にも、不快な思いをさせて申し訳ありませんでした。失礼致します」
「・・ああ」
重苦しい雰囲気だけが、部屋に残された。
「なんでキアルがあんなに怒るんだよ!」
「あのな、当たり前だろ!?お前の安全を守るのが彼女の仕事で、怪我させるなんて問題外だ!」
「キアルも見てただろ?!僕が急にツィーアに触れたから、彼女が驚いて僕の手を振り払ったの!」
「見てた!けど、シスツィーア嬢が振り払った時点で、シスツィーア嬢は咎められても仕方なくなるんだよ!」
「そんなの横暴だよ!」
「それだけ王族は守るべきものなんだよ!そもそも、お前もご令嬢に気安く触れるな!」
「うー」
シスツィーアが部屋をでたあと、アランがキアルに食って掛かる。
けれどキアルの言い分が正しくて、アランに勝ち目はなかった。
口惜しそうに恨みがましい目をキアルに向けるアラン。
それを真っ向から受け止めながら、畳み掛けるようにキアルが続ける。
「あのな?急に触れられたら彼女だって反射的に手を払っても仕方ない!けどなぁ、いくらお前とシスツィーア嬢の仲が良くても、お前が「気にしない」と言っても、それでも咎められるのは彼女なんだ!お前も少しは自覚しろ!」
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